5.有識者、役に立たず
翌朝、私は母に相談した。
両親は、私がでじた るんとして活動していることを知っている。防音室の設置にも同意してくれたし、学業を疎かにしないかぎり口も出さない。ただし、応援しているかと聞かれれば、かなり怪しい。
「お母さん。相談があるんだけど」
「進路?」
「恋愛」
味噌汁をよそっていた母の手が止まった。
「あんたに好きな人なんていたの」
「そこから驚かないで。それで、その人がVtuber嫌いなの」
母は豆腐を一つ落とした。
「まあ、普通じゃない?」
「普通なのっ!?」
「だって、絵の後ろで知らない人が気持ち悪い声を出してるんでしょ?」
「悪意ある言い方をしないで」
「間違ってる?」
「気持ち悪くないもんっ!」
父が新聞から顔を上げた。
「そのビーチューブって、お前がやってるやつか」
「ブイチューバー」
「同じだろ」
「違う」
「その男も、よく分かってないんじゃないか?」
「嫌いなくせに、やたら詳しいの。観賞用と保存用と予備用の話まで知ってた」
父は少し考えた。
「同じ物を三つ買う必要はないな」
「お父さんの意見は聞いてない」
「だったら普通に、私がその気持ち悪いVtuberですって言えば?」
母はあっさり言った。
「言い方!」
「隠して付き合うよりいいでしょう。嫌われたら別の人にすればいいし」
正論だった。正論は、たいてい恋する乙女の役に立たない。
学校の友達へ相談することも考えた。しかし、昼休みに同じクラスの佐伯さんへ遠回しに話してみると、早々に行き詰まった。
「もし、好きな人が自分の趣味を嫌ってたらどうする?」
「どんな趣味?」
「それは言えない」
「じゃあ分からないよ」
「ネット関係で、発信する側というか」
「インターネットポエマー?」
「違う」
「踊ってみた?」
「違う」
「まさかVtuber?」
私は驚いて机に膝をぶつけた。
「な、なんで?」
「最近、でじた るんって子にハマってるんだ。知ってる?」
「知らない」
即答した。
「あの子、声がすごく可愛いんだよ。中身は四十代のおばさんかもしれないけど」
「はぁーん!? 女子高生ですけどぉ!?」
「え?」
「……女子高生かもしれないですけどぉ」
危なかった。相談開始から二分で身バレRTAの世界記録を更新するところだった。結局、私が頼れるのはネット上の仲間だけだった。その夜の反省会で報告すると、ネネが腹を抱えて笑った。
『推し本人に「推し知ってる?」って聞いたの? 神イベントじゃーん!』
「当人は地獄です」
『その友達、でじた民なんじゃろ? 大切にするのじゃぞ』
「はい。でも正体は言いません」
私の恋は、秘密の上に秘密を積み重ねていた。




