4.配信外恋愛対策本部
グループの名前は「絶対に漏らすな」だった。特に仲のよいVtuberだけが参加する、完全非公開の連絡場所だ。普段はコラボの日程調整や機材相談、炎上しそうな発言の事前確認などに使っている。
黒羽ネネ[身バレ?]
海月しずく[炎上しましたか?]
獄道める[妊娠?]
でじた るん[飛躍しすぎです。好きな人がVtuberアンチでした。]
黒羽ネネ[詰み。]
海月しずく[通話を立てます。]
姫宮みみか[詳細キボンヌ(`・ω・´)]
でじた るん[師匠はネット老人会から帰ってきてください。]
――姫宮みみか。活動歴十年を超える、Vtuber界の生ける伝説だ。永遠の十七歳を名乗る電脳妖精で、甘い声と古風な語尾が特徴。伸び悩んでいた私をコラボへ誘い、配信のイロハを教えてくれた師匠でもある。
私たちは何度もコラボし、配信外でもよく通話する。しかし互いの本名も、素顔も、年齢も、住んでいる場所も知らない。それが、この世界の礼儀だった。ボイスチャットへ入ると、開口一番、獄道めるが言った。
『別れな』
「まだ付き合ってません」
『じゃあ別の男を探しな』
「好きなんです!」
『面倒くさ』
海月しずくが咳払いした。配信では清楚なお嬢様だが、裏では会議の進行役である。
『この件は配信への持ち込み禁止、口外禁止、詮索禁止です。相手の特定も認めません』
全員が了承した。ふざけてはいても、越えてはいけない線を知っている仲間たちだ。だから私は、学校名も彼の名前も伏せたまま、屋上で起きたことを話した。話し終えると、数秒の沈黙があった。
『ご愁傷さま』とネネ。
『開始五分でバッドエンドじゃな』とみみか師匠。
「終わらせないでください」
『しかし、なぜその男はVtuberを嫌っておる?』
「変な声を出して、ぶりっこしているのが気持ち悪いって」
『偏見じゃ!』
師匠の配信声が一段高くなった。
『可愛い声を出すために、我々がどれほど鍛錬しておると思っておる!』
『みみかさん、今、何を食べながら話してます?』
『スルメじゃ』
『説得力が死にましたね』
「あと、ファンが同じグッズを三つ買うのも理解できないそうです」
『観賞用、保存用、予備用は常識じゃろう!』
「師匠もそう思いますよね!」
『うむ。妾の夫も毎回三つ買っておる』
通話が静まり返った。
「師匠、結婚してたんですか?」
『……今のは忘れるのじゃ』
私たちは互いの私生活を詮索しない。師匠に夫がいてもおかしくはない。
『と、ともかくじゃ』
師匠は話を戻した。
『その男が嫌っておるのは、おぬし自身ではない。Vtuberという曖昧な像じゃ。少しずつ理解してもらえばよい』
「どうやって?」
画面共有が始まった。しずくが、わずか二分で作った資料を表示する。
◆対Vtuberアンチ攻略計画
①嫌悪の原因を特定
②健全な配信者を紹介
③偏見を段階的に緩和
④正体を開示
⑤失恋した場合は朝まで慰める
「会社の会議みたいにしないでください」
『恋愛は長期案件ですから』
「案件ではありません」
『成功すれば専属契約じゃん』とネネ。
「恋人をスポンサーみたいに言わないで!」
私の恋愛は、その日から人気Vtuberたちによる共同プロジェクトになった。もちろん、リスナーには完全非公開で。




