3.少女漫画のような恋、終了
その日は、雲一つない青空だった。高瀬くんは食べ終えた弁当箱を脇へ置き、珍しく真剣な顔で私を見た。
「小野寺さんに、前から聞きたいことがあったんだ」
来た。心臓が一度、大きく跳ねた。告白かもしれない。もし彼が好きだと言ってくれたら、私も好きだと答えよう。そのあとで、秘密を打ち明けるのだ。
学校では目立たない私が、夜には可愛い声で笑い、何万人もの前で歌っていることを。怖い。でも、高瀬くんなら。
「小野寺さんって、Vtuberとか見る?」
「……え?」
予想とは少し違った。あるいは、私の正体に気づいているのだろうか。
「どうして、そんなことを?」
「昨日、クラスの男子が話してたから。でじた何とかっていう」
心臓が止まりかけた。
「でじた……るん?」
「そう、それ」
やはり気づかれている? 私は膝の上で拳を握った。ならば、自分から言おう。
「あのね、高瀬くん。実は私――」
「俺、Vtuberって本当に無理なんだよね。Vtuberアンチってヤツ」
青空を、渡り鳥が飛んでいった。私の告白も、そいつらと一緒にどこか遠くへ飛んでいった。
「……無理?」
「うん。絵の後ろで現実の人間が変な声を出してるんだろ。見てると恥ずかしくならない?」
「ならないけど」
「『みんな~、会いに来てくれてありがとにゃん』とかさ、気持ち悪い」
高瀬くんは妙に完成度の高い可愛い声を出した。それ、どこで覚えた。
「それに、同じグッズを三個も買うファンも意味が分からない。観賞用、保存用、予備用って、全部同じだろ」
具体的すぎる。
「高瀬くん、アンチのわりに詳しくない?」
「……一般論だよ」
「ずいぶん解像度の高い一般論だね」
「とにかく、俺は無理」
言い切られた。『実は私が、そのでじた何とかです』とは、とても続けられなかった。
「小野寺さんは、好きなの?」
「わ、私は……」
ここで肯定すれば、話を広げられる。少しずつ誤解を解き、いつか正体を伝えられるかもしれない。なのに、彼に嫌われるのが怖くて、口から出たのは最悪の答えだった。
「あんまり、興味ないかな」
自分で自分を刺し殺した。
「そっか」
彼は安心したように笑った。
終わった。私の初恋、終了。告白イベントは開始前に運営都合で中止となりました。チケットの払い戻しはございません。その日の放課後、私は誰より早く帰宅し、自室の防音ドアを閉めた。そして、いつもどおり配信を始めた。
『でじた民のみんな~! 今日も一緒に、るんるんしてる~?』
《るんるーん!》
《待ってた》
《今日もかわいい》
《おっぱいでっっっか》
画面の向こうでは、水色の少女が完璧な笑顔を浮かべている。私は二時間、笑った。歌った。ゲームで負けて叫んだ。いつもどおりの、でじた るんだった。
『それじゃあ、今日もありがとう! おつるん!』
《おつるん!》
《今日も神回》
《るんちゃんしか勝たん》
《今日はこれでいいや》
配信終了のボタンを押した。笑顔が消えた。私は机に突っ伏し、非公開のグループチャットを開いた。
でじた るん[緊急相談があります。]
三秒で既読が五つ、ついた。




