第4話 田中さんが会社から解放される方法を考えてみますね
「どうです。この『リンク能力』——なにかに使えそうとか……思いつきませんか」
古谷さんが、期待の眼差しでこちらを見ている。
「いや——すみません」
思わず出た言葉に、自分で少し驚いた。
(また、なにも考えずに、反射で答えている)
「そういうところが、ダメなんですよね、俺は——。今、気づきました。『はい』か『すみません』しか、言わなくなっている自分に……」
そう言って、苦笑した。
「ところで、どの幽霊もそんなことができるものなんですか」
「自然にはできませんよ。私の場合は、とにかく誰かと話したかったのですよ。だから、真面目に……何度も、何度も、練習しました。そしたらいろいろできるようになったというわけです」
「まさに、真面目がなせる技ですね」
(俺も……なにか、できるようにならないかな)
「まあ特技の話は、とりあえずいいです。今はとにかく、田中さんのように、私と普通に話してくれる人が、この部屋に入居していただいたことが、ホントにうれしくて」
「さっきの話に戻してすみません。古谷さんの特技を活用すれば、会社から解放されて、自分の力で生きていけるようになりますか」
「大丈夫です。田中さん、会社から解放されれば、あなたは自由を手に入れられます。自分で考えるようになります。きっと幸せになります。でも、そうなっても——田中さんは、この部屋にずっといてくださいね」
「古谷さんのお陰で幸せになれたのなら、古谷さんをひとりになんて、できるはずないじゃないですか」
「ありがとうございます。私も、田中さんが会社から解放される方法を考えてみますね」
その顔が、あまりにもうれしそうで、思わず笑ってしまった。
幽霊だって、こんなふうに笑うんだな。
俺の周りに、こんな顔で笑ってくれる人間が、最近いただろうか。
考えてみたけど、思い浮かばなかった。
——幽霊の方が、よっぽど人間らしいじゃないか。
幽霊だけど、自分にやっと信頼できる仲間ができた気がして、なんだかうれしくなった。
***
夜が更け、窓の外に街の灯りが滲む。
古谷さんはが、ぽつりと言った。
「私が生きていた頃、少しだけ得意なことがありました」
「え、なんですか」
「お金の流れを読むこと、です」
「それって——どういう?」
「もし、あなたの人生を変える情報があるとしたら、どうしますか」
「じょ、情報ですか?」
「ええ。例えば、企業の将来を左右する情報とかです」
息をのんだ。
幽霊の目が、ほんの一瞬だけキラリと光った気がした。
「田中さん。真面目に働くだけが人生じゃありませんよ」
その言葉は、妙に生々しかった。
(どういう意味だろ?)
気になる——。
なんだろう、なんだろう。
あれ——なんで今、荒木課長の顔が浮かんだんだ。
書類の山も。
(いかん、今日押し付けられた雑用、明日の何時までに終わらせられるか、その段取りを考え始めていた)
古谷さんが、せっかく深い話をしてくれているのに、頭の中は雑用のことが——。
(俺の脳みそ、もう雑用処理専用パーツになってないか)
自分で自分にがっかりする。
こういう、なにも考えず、目先のことしか浮かばないところ——俺は本当にダメだ。
考えてみれば、この4年間、ずっとこうだった。
命令されたことを、命令された通りにこなすだけの、雑用処理マシーン。
ロボットみたいなもんだよな、俺。
(いや、ロボットならまだいい。壊れても、修理すれば直る)
俺の場合、この先に待ってるのは、修理じゃなくて——過労死だ。
俺の顔から、なにかを察したのだろう。
古谷さんは、しばらく言葉を選ぶように黙り、それから静かに続けた。
「田中さん、あなたは——自分にどれだけ可能性があるのか知らないだけです。真面目に生きてきた人ほど、環境が変わると化けるものなんですよ」
「化けるって——俺が、ですか」
「仕事のやり方も、生き方も、お金の稼ぎ方も。本来は会社に縛られる必要なんて、まったくないんです。誰だって、自分の人生の経営者になれるんです」
(古谷さんの言葉が重い)
「続きは、また今度話しましょう。あまり一度に話すと、あなたを混乱させてしまいますから」
古谷さんは、なに事もなかったように部屋の空気に溶けていった。
静かになった部屋で、しばらくぼんやりと天井を見つめていた。
今日一日だけで、いつもの何倍も、誰かとちゃんと話した気がする。
明日からの日々が、ほんの少しだけ、違って見える気がした。
『古谷さんという幽霊との出会い』が、俺の人生と口座残高を揺らすとは、この時の俺はまだ知らなかった。




