第3話 俺にはこれといった特技や、才能がありませんよ
その夜。
俺はコンビニ弁当を広げ、幽霊と向かい合っていた。
「いつも、コンビニ弁当なんですか」
古谷さんが、眉をひそめてこちらを覗き込んでくる。
「え、まあ……。一人暮らしなんで——これが一番楽です」
「『野菜』足りてますか? ちゃんと噛んで食べてますか? 早食いは体に悪いですよ」
「幽霊に栄養指導される日が来るとは思いませんでしたよ」
(古谷さんも一緒に食事できたらいいのに)
そんなことを考えている俺は、大丈夫なのか。
テーブルの上に、湯気の立たない味噌汁。
古谷さんは、当然ながら食べることも、匂いを感じることもできない。
それでも——。
『食事の時間には、必ず呼んでくださいね』と言ってくれる。
(同じ釜の飯を食う仲間が幽霊というのも、面白くていいかも)
「ところで田中さん——今の仕事はどうですか」
「嫌いじゃないですけど疲れます。営業って仕事自体は嫌いじゃないんですけど——いろいろありまして」
「わかりますよ。あなた、私と似てる気がします。この世は真面目な人ほど損をします。頼まれると、断れない性格じゃないですか?」
「そう、そうなんです。断ったら人間関係がギクシャクしますよね——それが嫌で……」
「では、練習してみませんか。『すみません、それはできません』と、はい——どうぞ」
俺は、真面目に練習し始めた。
「すみません、それはできません」
「緊張して言うのはダメです。こういうのは明るく、爽やかに。はい、もう一回!」
「すみません、それはできません」
「いいですね。爽やかです。断り方を間違えると、相手を怒らせてしまいます」
真面目な幽霊に、爽やかな断り方を教わる俺。
このまま行くと、俺も『断れずに死ぬパターン』になる気がしてきた。
「あと、猫背も直したほうがいいですよ。声も、もう少しお腹から出して——」
「断り方の練習のはずが、なんか色々指導が追加されてません?」
「気になったもので、つい……」
(古谷さん、真面目だからな)
でもなぜか、嫌な気はしなかった。
こんな風に、誰かに構われることが、いつぶりだろう。
人生、どこでなにを、誰に学ぶかわからないものだな。
***
断り方指導を終え、古谷さんはふと天井を見上げて言った。
「田中さん、夢はありますか」
田中は少し考えてから答えた。
「会社や人に振り回されず、ただ真面目にコツコツと生きていきたいですね。いっそ、会社から解放されたいというか……」
「それは素晴らしい! 私も同意します」
古谷さんは、我が事のように、うんうんと何度も頷いている。
「会社から解放されれば、自由は手に入ります。でも、会社を辞めれば食べていけませんから」
「田中さん、会社から解放されても、生きていける方法はあります」
「え? そんな方法があるんですか?」
「自分の力でお金を稼ぐんです」
「そんなこと……。俺にはこれといった特技や、才能がありませんよ」
「あなたに特技がなくても、私にありますから、それを活かしてください」
「ちなみに、幽霊の特技って、なんですか? 『呪い』とか、やめてくださいね」
「幽霊にそんな特技はありません。持ちたくも持てません。幽霊の私が言うのですから、間違いありません」
古谷さんは、少し得意げに続けた。
「まず幽霊はですね——どこにでも行けます。絶対に見つからない忍者、みたいなもんです」
そう言って、忍者のポーズを作ってみせる。
あれは走っているやつだな。今度は消えているところかな。
「なるほど——それは、確かに便利ですね」
(本当は、そこまで驚いてないんだけどな。まあ、ここは驚いた顔をして……)
「それだけではありませんよ。こうして田中さんに姿を見せて、話をしているのも特技です。幽霊なら、誰でもできるってわけじゃありませんからね」
少し間を置いて、古谷さんは言った。
「とにかく誰かと話したくて——真面目に、何度も何度も練習した成果なんです」
(さっきまでの控えめな言葉遣いが、いつの間にか、営業マンのプレゼンみたいになってきたぞ)
「ところで、古谷さんの声って、俺にしか聞こえないんですか?」
「もちろんです。あなた以外の耳には、届きません」
「そうなんですね――ちょっと不思議ですね」
「実は私には、ひとと感覚を共有できる『リンク能力』があります。声を、あなたにだけ届ける、というのも、その能力の一つなんです」
「え、そうなんですか——」
「はい。今、お話ししているのは、いわば初歩編です。本気を出すと、もっといろいろできます」
「本気って……」
「私が見て、聞いている情報を、そのまま田中さんに、感覚として伝えることもできるんです」
「……リンク能力、ですか」
古谷さんの熱量に対して、俺の反応がどうにも薄い。
(すごい能力なんだろうけど……なにがすごいのか、考える前に思考が止まる)
会社では、考えるより先に『はい』と言う癖がついてる。
自分の頭で考えることなんて、もう何年もなかった気がする。




