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過労死寸前だった営業マン、幽霊を味方に成り上がる  作者: ゲンタ
第1章 ミナト精密パーツ 営業マン

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第2話 選挙でいえば、最後のお願いアピールのポーズだ

引っ越し当日。


「あなたがこの部屋の新しい住人さんですね。これから、よろしくお願いします」

そう言って、また深く頭を下げる。今日、何度目のお辞儀だろう。


「よ、よろしくお願いしますって——これからずっとよろしくされちゃうの……」


「大丈夫ですよ。超安全な幽霊、健康で話好きの幽霊ですから——なんとか頼みます……仲良くしましょう。お願いします」

語尾まで、きちんと言い切る話し方だった。


「仲良くですか——仲良くできなくもな……」


「そうです。そうです。ほらこんな風に、物に触ることすらできませんから。ね——安全でしょ!」


そう言って、『実演させていただきますね』」とでも言いたげに、古谷さんはテーブルのコップに手を伸ばした。

すり抜けた手を、律儀にパタパタと振っている。


「……ね? 大丈夫だったでしょ……」


妙にうれしそうだ。証明できたことが、よほど嬉しいらしい。

その姿があまりにも真剣で、なんだか親近感が湧いた。

ここまで一生懸命、自分の安全性をアピールする幽霊って、他にもいるのだろうか。


(安全だよな。本人がここまで言うんだから……)


俺の表情がOKに近づいてきたのを感じたのか、畳みかけるように最後のアピールを開始した。


「それに、こうして話し相手にだってなれますよ。なんなら、相談相手にもなれます。どうです。便利でしょ。なんせ私——ひとりでいると暇で……暇で困ってるんです」


言い終えると、古谷さんは少し照れたように、姿勢をただした。


「幽霊でも、暇とか感じるものですか?」


「えぇ。死んでから三年ほど、この部屋に一人でいます。それに、この部屋から出ていこうとしても、六時間くらい経過すると引き戻されてしまって。ほとほと困ってまして……」


「それは、お困りですね」


「ご心配、ありがとうございます」

古谷さんは、また律儀に頭を下げた。


「そうなんです! 最後に誰かとちゃんと話したのは、生きていた頃の職場ですから——もう三年も前です。だから今、あなたと話していることが、うれしくて」


「三年もですか」


「ホント、長かったな。あなたが来てくれて、久しぶりに人と話ができましたよ」

そう言って、古谷さんは深々と一礼した。


まるで、長年世話になった上司にでも挨拶するような、丁寧すぎるお辞儀だった。

なんだろう。不思議だった。

恐怖より先に、『ほっておけない』という気持ちが芽生えてきていた。


古谷さんの話は、さらに続いた。

「もともと、私は公務員だったんです。真面目に働いて、真面目に死にました。とにかく、真面目に生きることを信条にしていましたから」


古谷さんは、まるで履歴書でも読み上げるような、きっちりとした口調だった。


「真面目に生きていたために、死んでしまった——そういうことですね」


「そうともいえます。過労死でしたから」


あっさりと言われると——逆に返答に困る。

(確かに——『真面目に生きる』ことを信条にしていたというなら、そういうこともあるかも。俺も、過労死しそうなんだよな……)


「ひとの仕事を——真面目に背負い込み、気がついたら……心臓が止まってました」


(それ、まんま俺の未来じゃない)

(やっぱり俺と似ている。他人事とは思えない)


「見たところ、あなたも無理をするタイプのようですね」


図星だった。心臓に矢が刺さった気がした。

「まあ……そうかもしれないですね」


「気をつけたほうがいいですよ。私を反面教師にしてくださいね」


(説得力ありすぎて、逆に怖いんですけど)

未来の自分を、目の前で見せられているような気分だった。


「これまで——新しい入居者が来るたびに、『初めまして』と挨拶していたら、みなさん逃げ出してしまいまして……。それ以来、ずっと退屈でした。こうして、話せる方が来てくれて——本当に、うれしいです」


(こんなに喜んでいるのに、『出て行きます』って言えないな)


そんな気持ちを察知したのか。

「出て行くって言わないでくださいね。あなたがいなくなったら、また孤独に逆戻り——もう、この先どうすればいいか……」


古谷さんは、俺の両手を握りしめようと、勢いよく手を伸ばした。

選挙でいえば、最後のお願いアピールのポーズだ。

だが、その手は、あっさりと俺の手をすり抜ける。


それでもめげず、もう一度。

また、すり抜ける。

何度も、何度も繰り返して、ようやく諦めたように、深々と頭を下げた。


(幽霊と一緒に住むのも、悪くないか。いいひと——いや、いい幽霊みたいだし。それに——なんだか、他人とは思えないんだよな)


俺はまだ知らなかった。

この真面目すぎる幽霊が、ブラック企業に殺されるはずだった俺を、『救う側』に引きずり込む存在になることを。


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