↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労死寸前だった営業マン、幽霊を味方に成り上がる  作者: ゲンタ
第1章 ミナト精密パーツ 営業マン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/43

第24話 私が社内で拾ってきた噂話ですが

ショーが終わり、館内のカフェでアイスコーヒーを飲みながら、俺は腹を決めた。

「小早川さん、実は——話したいことがあるんです」


「はい」


「会社を辞める理由なんですけど」


小早川さんが真剣な表情で、俺の目を見つめてくれていた。

言葉を選びながら、ゆっくりと伝えた。


「俺は、揉めごとがきらいで、頼まれれば断るのも苦手、本当に優柔不断です。でも困っているひとがいれば、助けてあげたいと思います。そのせいで、どんどん仕事が増えて——このまま会社にいたら、潰れてしまうと思いました」


「職場のみんなが、田中さんに、仕事を押し付けていましたからね」


「だから、ミナト精密パーツを辞めたら、自分の会社を作ろうって思っています。漠然とした話ですけど、自分の力で、自分の人生を生きてみたいと思っています」


小早川さんは、驚きで目を大きく開き、それから少し微笑んだ。

「すごいです。真面目な田中さんが、自分の会社を作る決意をしていたなんて」


「怖いし、不安です。でも、自分自身で決めた人生を生きていきたいんです。そのためには、自分の会社を作るしかないと思いました」


「田中さんのそんな顔、初めて見ました」


「え?」


「なんというか——今までで一番、いい顔してますよ」

小早川さんが俺の方をじっと見つめてくれていた。


「でも——心配です。田中さん、お人好し過ぎるから」

(心配してくれる女性がいるというのは、こんなにうれしいのか)


「だから……もし、田中さんの会社がうまくいかなかったら」


小早川さんは、少しだけ照れながら続けた。

「うちのおじさんが、小さな工務店をやっています。人手が足りなくて、困っているみたいなんです。ですから、もしものときは紹介できますからね」


「え——そんな……」


「いいんです。田中さんには、助けてもらってばっかりだから」


(いや……この展開……最高すぎるんだけど……)

心のどこかが、ふっと温かくなっていくのを感じた。


その後も、二人でゆっくり館内を回った。

ペンギンのコーナーでは、よちよち歩く姿に二人で笑い。

深海魚のエリアでは、少し不気味な生き物に小早川さんが小さく悲鳴を上げて、俺の腕にしがみついてきた。


(心臓、もう何回目の限界だろう)


気づけば、あっという間に閉館の時間が近づいていた。

もっと一緒にいたい、と思う自分がいた。


***


出口へ向かう途中、彼女が小さくつぶやいた。

「田中さん……あの……時々でいいので、また会っていただけますか?」


「もちろんです。俺も——お会いしたいです」


その瞬間、小早川さんがふっと笑う。

それは、今日見た中で最高の笑顔だった。


***


部屋に戻ると、古谷さんが笑顔で近づいてきた。

「田中さん! 青春——まぶしい……ですね」


「絶対に見てませんよね——本当に……」


「はい、直接見ることはしていません。ただ、周囲の気配は、念のため確認していました」


「気配?」


「周囲の気配のなかに、一人だけ、妙に田中さんたちを意識する女性がいまして」


「意識する女性って……」


「単なる通行人、というには、少し視線が長すぎましたね。見張っていた、というか、探っていた、というか」


「そんなことを、やりそうなひとといえば——まさかと思うけど、西垣さんですか?」


「違います。私が見たことのない若い女性でした」


(誰か気になるけど——今日は、嫌なことは考えたくないな)


***


古谷さんの表情が、すっと真剣に引き締まった。


(え——まだなにかあるの? 今日は幸せな気分で眠りたいんですけど)


「どうしようかな——言うべきか、言わぬべきか……。でも、真面目な性分が、隠し事を許してくれなくて……」


「そこまで前置きされたら——聞かないと、逆に怖いじゃないですか。話してくださいよ」


「あくまで『私が社内で拾ってきた噂話』ですが——聞きたいですか?」


「聞きたいもなにも、もう話し始めてますから」


「噂をつなぎ合わせると、会社の影が、じわじわ見えてきましてね」


「裏の顔——ですか?」


「人事に、親会社の調査員が、紛れ込んだ話はしましたよね。目的は——会社の不正調査です。会社の影という話は、そこに繋がると思います」


「不正調査? うちの会社に——どんな不正があったのでしょうか」


「社長と部長が、協力会社から、せっせと裏金を集めているみたいなのです。そしてその裏金は、親会社の派閥争いに流れています」


「は、派閥争いですか」


「そして、西垣さんですが。イケメン若手男性社員に異常接近したり、自分に従わない女性社員に執拗な嫌がらせをしたり。『それが原因で、女子社員がごっそり退職した年がある』という噂も」


「えぇ——そんな……!」

今日の水族館の、淡く幸せな思い出が、遠くへ消えていく気がした。


古谷さんは小さくため息をつき、柔らかい声で言った。

「田中さん、あえて、できる限り優しく言いますね。あなたの会社、田中さんが想像するよりずっと腐っています」


「優しい言い方でそれですか? 腐り切っているということですね」


(俺が懸命に働いて——いや働かされていた裏で……。みなさん、好き放題やっていたというわけなのか)


「では詳しく話しますね。嫌な話ですから、深呼吸でもしながら、落ち着いて聞いてください」


古谷さんは、詳しく話してくれた。

ただし、古谷さんには、顔がわかっても、個人名や、所属する会社名はわからない。明日以降にでも、俺と感覚をリンクして、個人名や会社名を確認してほしいそうだ。


ベッドに倒れ込んだ俺は、天井を見つめながら思った。

(どうなっているんだ俺の会社。もう少ししたら、俺の会社じゃなくなるか)


こうして、会社の闇の入口と、小早川さんとの幸せな光が、同時に開いたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。