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過労死寸前だった営業マン、幽霊を味方に成り上がる  作者: ゲンタ
第1章 ミナト精密パーツ 営業マン

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第12話 真面目な人は、地味に儲けるがあっています

天才トレーダーの仕事部屋。


「田中さん、部屋に侵入しました。どうです、まだ繋がってますか」


「良好です。俺も部屋の中にいるような不思議な感覚です」


「成功ですね」


「それにしても……トレードのためのモニターと椅子があるだけ。ずいぶん殺風景な部屋ですね」


「確かにそうです」


「彼は、現在トレード中みたいですよ。彼の後ろに移動してみますね」


「どうです。彼の動きと、モニター画面の両方とも見えてますか」


「はい、見えてます」


視界の中に、モニターが六面。

その前に、キーボードが三つ並んでいるのが見えた。

革張りの椅子に、男が座り、集中した様子でキーボードを叩いていた。


***


男の指が、高速でキーボードの数字を叩き始めた。

(うわぁ、速い! 目が動きについていけない)


「天才さん、集中してますね。1秒を競って、売り買いをしているのでしょうね」


「今、『ローング——!』と、叫びましたよ」


「トレーダーは、体育会系ノリなんですかね」


「いや、言葉でテンションを上げていくタイプの人なんでしょう。心拍数が上がると判断力が冴えると言いますから」


「なるほど」


「おっと、今度は『ショート——!』と。さっきと逆です」


注文に合わせて、画面のチャートが激しく上下に揺れていた。

(板が激しく上下するほどの大口注文なのか)


板が動く目まぐるしさに、俺の頭が少し痛くなってきた。

「古谷さん、もう——何をやってどうなっているのか……まったくわからないです」


「私もですよ。動きが速すぎて、指の動きが見えないくらいです。息をする時間も惜しんでいるかもしれないですね」


「トレードは、格闘ゲームみたいなものみたいですね」


「天才さんは、デイトレードというよりも、スキャルピングを主体にしているようですね」


「デイトレードとは、翌日に持ち越さないトレードのことですね。スキャルピングとは、なんでしたっけ?」


「お、株知識、少し身についてきましたね。スキャルピングというのは、数秒から数分といった極端に短い時間で、何度も売買を繰り返して小さな利益を積み重ねるトレードのことですよ」


「思い出しました。見ているだけで——神経すり減らしそうなトレードですね」


***


約2時間が経過。


最初は面白がって見ていたはずなのに、いつの間にか、笑えなくなっていた。

天才さんの集中と緊張が伝わってくる。

見ているだけなのに、俺の胃がキリキリしている。


「見ているだけで、胃が痛くなってきました。やってる本人は、どうなんでしょう」


「楽しいんだと思いますよ。きっと、このギリギリの緊張感が、たまらないのでしょう」


男の背中——微動だにしない。

その肩の凝りまで、俺の体に伝わってくる気がした。


「体に悪くないんでしょうか」


「真面目な人ほど、手を止められないんです。努力をやめる勇気がないとも言えますね」


「なるほど——刺さりました」


***


ふと、連打男が小さく呟いた。

「トレードが好きで始めたこの仕事だが。最初は楽しかったが、感情を押し殺すことに慣れてくると、ただの作業に……。いや、余計なことを考えたらミスる。負けたら終わりだ。集中、集中!」


その言葉が、耳ではなく胸の奥に響いてくる。

俺は思わず息をのんだ。


(この人——幸せなのかな? 聞いてみたいけど、聞けないよね)


***


「田中さん……」


「はい」


「もう引き上げましょうか」


「そ、そうですね。古谷さん……」


「田中さん、これを真似するの——どうですか」


「俺には無理です。胃に穴が空いて、過労死する気がします。ブラック職場から解放されたら、またブラックだったというオチは——」


「同感です。私も見ていて、幽霊なのに疲れました」


***


自分のマンションに戻ると、古谷さんはいつもの顔つきに戻っていた。

「しかし、天才さんの集中力。真面目さの極致といえますね。そして、良くわかりました」


「なにが、わかったんですか?」


「株価は、欲望と恐怖の結果だと説明しましたが、その世界で勝利するには、欲望と恐怖の感情を捨て、自分自身が、感情を持たないトレードマシンになる必要があると」


「ブラック職場から解放されたい気持ちはありますが、解放された先が、感情のない、無機質・モノトーンの世界というのは……どうかと……」


「では、方向転換ですね。デイトレードやスキャルピングではなく。スイングトレードにしましょう」


「あまり忙しくないのがいいです」


「そうと決まれば——株を大量に買う組織に狙いを変更しますね。ファンドの会議に忍び込んで、彼らが仕込む前に株を買えばいいんですよ」


「なるほど。大口が買い始める前に、先回りして買うわけですね」


「はい。地味に儲ける作戦に変更です」


(それも——しっかりとインサイダーな気がするけど、『幽霊の通り道でたまたま聞いた理論』で論破されそうだな)


「地味に、という響きはいいですね。あのトレードを見た後では、なぜか安心できますね」


「やはり、真面目な人は、地味に儲けるがあっています」


「そうですね。同意します」


二人で笑った。


***


夜。布団に入ると、古谷さんの声が聞こえてきた。

「田中さん。今日はお疲れさまでした」


「ありがとうございます。古谷さんも疲れたりしましたか」


「今日みたいに、誰かの必死な生き方を、間近で見てしまうと疲れます。魂が削られるというやつです。明日は、そんなに疲れないと思いますよ」


「今日、俺はすごく疲れました。でも自分と違う世界を見ることで、視野が広がりますね。今の職場で縮こまっていたら、なにも考えなくなっていたでしょうから」


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