第7話 ツユダク
シモキタの繁華街にはいくつもの商店街がある。
その中で、小型店舗が立ち並ぶ雑多な路地を見つけた。
「一昔前の下北っぽいな。やっぱこういう雰囲気が落ち着くぜ」
前世の下北は再開発などがあり、ずいぶんと様変わりしてしまった。
俺としては時代の流れとして受け入れていたし、街が綺麗になることは歓迎だったが、どこか寂しさも感じていた。
この世界のシモキタは西洋風の世界なのだが、どことなく当時の下北の雰囲気にも似ている。
特にこの路地は飲食店が多く、懐かしさに浸ることができた。
「歳を重ねると、あのメチャ不便だった時代でも愛おしくなるよな。はは」
「いらっしゃいませ! あ、ヴィニーさん!」
一軒の食堂に入ると、看板娘が元気に迎え入れてくれた。
赤髪のセミロングが特徴的な娘は、シャルロットたちと同じくらいの年齢に見える。
「今日も牛丼?」
「ああ、大盛りでね」
「例のツユダク?」
「そうだよ。お願いできるかい?」
「うん、大丈夫だよ」
俺はこの路地で、驚くべき食堂を発見した。
そう、ここは牛丼専門店だ。
まさかこの異世界に牛丼があるとは思わなかったが、このオリエンタルなごちゃまぜ文化は下北っぽい。
俺は前世で金がなかったこともあり、よく牛丼を食べていた。
一昔前のバンドマンは、一杯二百円台の牛丼で食い繋いでいた者も多い。
この店に初めて入った時、俺はいつもの癖でツユダクを注文してしまった。
当然ながら、ここにはツユダクなんて文化はない。
だが、説明したら快く応じてくれた。
それが嬉しくて、もう四日連続で来ている。
「ヴィニーさんが注文したツユダクが好評で、みんな真似するようになったんだよ」
「そ、そうか、申し訳ないね」
「ううん。ツユダクのおかげで、お客さんが増えてるってマスターが喜んでたよ。ふふ」
俺がカウンター席に座ると、看板娘のサファーシアは、可愛らしい笑顔を浮かべながらキッチンへ入っていった。
「はあ、今日もサファーシアは可愛いなあ」
「お、俺、今日こそ誘うんだ」
「抜け駆けすんじゃねーよ!」
テーブル席から若い男たちの会話が聞こえる。
サファーシアは明るい性格と見た目の可愛さもあって、とても人気のある看板娘だ。
サファーシア目当てで、この店に通っている客も多いという。
「ん? おめえ、ヴィニーじゃねーか」
名前を呼ばれたので振り返ると、ガタイのいい黒髭の男が立っていた。
「あんたは、ガハルト!」
鍛冶師のガハルトだ。
カウンター席の椅子を引いたガハルトは、俺の左隣に座った。
ガハルトの身体が大きいので、なかなか窮屈だ。
「ちょうどいいところで会ったな。連絡しようと思っていたんだ。例の武器ができたぞ」
「マジか!」
「お前、このあと予定あるか?」
「いや、特にないよ。ギルドへ顔を出そうと思っていたくらいだ」
「じゃあ、うちの店に来い。武器を渡す」
「ああ、そうさせてもらうよ。いやー、嬉しいな」
思わぬところでガハルトと遭遇し、武器の完成を知った。
前世じゃスマホですぐに連絡が来たものだ。
だから、こういう偶然が新鮮に感じる。
厨房から鼻を刺激するいい香りが漂うと、サファーシアが俺の牛丼を運んできた。
「あれー、ガハルトさん」
「よう、サファーシア。お前の武器、完成したぞ」
「ほんと! やったあ!」
ガハルトに声をかけるサファーシア。
二人は知り合いのようだ。
しかし――。
「え? 武器? サファーシアが?」
「ん? お前知らんのか? サファーシアは冒険者だぞ」
「なんだと!」
「優秀な冒険者なんだぞ。がははは」
サファーシアがカウンターにドンブリを置く。
醤油ベースの香ばしさと砂糖の甘い匂いが、湯気と一緒に俺の食欲をそそる。
まさしく牛丼のタレだ。
「その言い方は……。もしかして、ヴィニーさんも冒険者なの?」
「そうなんだよ。冒険者になってまだ短いし、この街に来て一週間だけど、シモキタザワ冒険者ギルドに所属したよ」
「一週間……。え! もしかして、噂で聞いた『初めてのクエストでFランクからDランクに昇格したおっさん』って、ヴィニーさんのこと?」
「そ、そうだが……。そんな噂、恥ずかしすぎる……」
「凄い! 凄い!」
サファーシアが俺の手を取って騒ぐ。
「あ、あのおっさん! サファーシアと手を握ってやがる! 殺す!」
「やっちまおうぜ!」
「やめとけって。ガハルトさんと仲が良さそうだぞ」
テーブルから不穏な声が聞こえたので、俺はすぐサファーシアから手を離した。
「さ、冷めちまうからいただくよ。はは」
「あ、そうだ。ヴィニーさんの注文って言ったら、マスターが持ってけってピクルスをサービスしてくれたよ」
「マジか、ありがとう」
「ねえ、ヴィニーさん。私、もっとお話聞きたいな」
「え? じゃ、じゃあ、飯を食ったらな。ははは」
周囲からの刺すような視線を感じながら、俺は牛丼をかきこんだ。
***
飯を食い終わり、俺はガハルトと武器屋へ向かう。
狭い路地から商店街に出た。
「あのツユダクは、お前が言い出したのか」
「まあね。ここへ来る前に、そういう食べ方ばかりしてたからさ」
「あのツユダクは大発明だ。絶対流行るぞ。ひたひたにタレが染み込んだライスは最高だぜ」
妙に力説するガハルト。
もちろん、ガハルトもツユダクで注文していた。
「すでにお客さん増えてるし、ほとんどツユダクで注文しているんだよ。ふふ」
サファーシアも一緒だ。
冒険者だというサファーシアは、完成した武器を受け取るという。
両手を背中の後ろで組みながら、鼻歌交じりに街道をスキップしている。
正直、可愛らしいと思う。
だが、その見た目とは裏腹に、サファーシアはCランク冒険者だった。
Cランクはインディーズカテゴリーの上位にあたり、猛者と言っても過言ではない。
軽やかに歩くサファーシアを眺めていると、いつの間にかガハルトの武器屋に到着した。
「これがヴィニーの武器だ」
ガハルトからスティックを受け取った。
さっそく握ってみる。
長さは五十センチメートルと、通常のスティックよりも長い。
太さも俺が使用していたスティックより僅かに太くしている。
直径は二センチメートルだ。
グリップには動物の革が巻かれている。
俺としては、演奏に滑り止めなんて不要だ。
繊細なコントロールができなくなるし、しっかり握れば落とすことはほぼない。
だが、これは演奏ではない。
さすがに命を守る武器でもあるから、いざという時に落とさないための滑り止めだ。
「スティックの素材はこだわったぞ。硬さを求めるとすぐに折れるから、柔らかさを意識して配合した。鉄製だが、しなるぞ」
俺はスティックを軽く振った。
ヒュンと空気を切り裂く音が鳴り響く。
「想像以上に軽いな。それに重心の位置が完璧だ。グリップもいい。めちゃくちゃ振りやすいよ」
「そうだろ? 重心の位置は特にこだわったからな。それで時間がかかったんだ」
スティックの先端にはチップがない。
先端からグリップエンドまで同じ太さだ。
「そうそう、先端はオプションでパーツを装着できるようにしたぞ」
「パーツ?」
「そうだ。例えば、この丸い鉄球をつければ……」
ガハルトがスティックの先端に、直径五センチメートルほどの鉄球を取りつけた。
まるでマレットだ。
だが、これで叩けば相当な衝撃が出るだろう。
パーツは他にもハンマー型やアイスピック型などがあった。
「気に入ったよ。この色もいい」
「そうだろ? でも素材の色そのままなんだ。黒鉄石を使ったからな」
色は半艶の黒だ。
暗闇で振ると、スティックの軌道は見えないだろう。
奇襲攻撃なんかにも使えそうだ。
「料金は?」
「結構高くなっちまった。すまんな。二セットで一万エンだ。パーツは最初だしサービスするぞ」
「お、おいおい……」
「すまんって!」
「違うわ! いくらなんでも安すぎるだろ!」
元々スティック一セットで四千エンという話だった。
それを二セットなら八千エンだが、これだけこだわってくれたんだ。
もっと払ってもいい。
「素材はこだわったが、加工は楽なんだよ。それにこの素材は他の武器に使用するから問題ない。気にするな。むしろ、この配合は奇跡だった。スティックを作ったおかげで配合できたんだ。うちの目玉になっていく素材だぞ。がははは」
「じゃあ、他にも何か買うよ。さすがにナイフは必要だろ?」
「そうだな。サバイバルナイフは持っておけ」
「予算が余ったから、いいやつを買うよ」
「ふむ、お勧めは五万エンのサバイバルナイフだ。これは何でも使えるぞ。道具にも武器にもなる」
「分かった。それも貰うよ」
結局、俺は六万エンを支払った。
命を守る道具としては安いだろう。
続いてガハルトは、一本のナイフとアタッシェケースのような物を取り出した。
「さて、サファーシアの武器はこれだ」
「わあ、見事なククリだ」
「お前の注文通り、切る、掘る、叩くができるぞ」
「ありがとう」
「あと、希望通りの発掘セットも作ったぞ。専用ケース付きだ」
「わー、やったー!」
ケースを受け取り喜ぶサファーシア。
さっそく中身をチェックしている。
俺は発掘という言葉に引っかかった。
「発掘セット?」
「そうだ。サファーシアは調査クエスト専門で、考古学者なんだよ」
「へえ! そうなんだ!」
これほど若くて学者だとは思わなかった。
それに、学者なのに冒険者という点も興味深い。
サファーシアはシャベルや小型ハンマー、ピッケルなどいくつもの道具を一つずつ手に取って確認している。
「冒険者って調査クエストで各地を回れるし、身元が保証されているから発掘しやすいんだ」
「なるほどね。サファーシアはバンドを組んでいるのか?」
「ううん、私はソロだよ。危険な地域へ行く時だけ、腕のいい冒険者にサポートを依頼するんだ」
サファーシアが道具のチェックを終え、ケースの蓋をそっと閉じた。
「ガハルト、ありがとう。どれも最高だよ。お金払うね」
「料金は全部で八万エンだ」
サファーシアが財布から紙幣を取り出し、一括で支払った。
いや、そもそもこの世界にローンなんてあるのだろうか?
「バイト代、飛んでっちゃったなあ。あはは」
「この道具で稼げ。がははは」
「うん! 頑張る!」
新しい機材を買うと、テンションが上がるのはどんな世界でも共通だ。
それにしても、この世界でもバイトと呼ぶことに驚いた。
サファーシアがケースを大事そうに胸に抱え、俺の顔を見上げている。
「そういえば、ヴィニーって防具は持ってないの?」
「防具? そうだな。まだ持ってないんだよ」
持ってないというか、何も考えてなかった。
武器を買ったら防具も必要か。
そりゃそうだ。
「私、まだ休憩時間があるから付き合おうか? いいお店があるよ」
「いいのか?」
「うん。私も見たいものがあるしね」
成り行きで、このままサファーシアと防具を買いに行くことになった。
知識のない俺にとっては本当にありがたい。
「じゃあ、行くか。ガハルト、ありがとう」
「おう、また来いよ。がははは」
俺たちは店を後にした。




