第6話 桁違いのギフト
快晴の朝。
俺は宿からギルドへ向かっていた。
「はあ、この気候最高。マジで気持ちいいぜ」
この世界のシモキタザワは、適度に空気が乾燥していてとても過ごしやすい。
まるでアメリカの西海岸のようだ。
まあ、行ったことはないのだが。
日本の梅雨時は、バンドマンにとって本当に最悪だった。
ギターやベースのネックは曲がるし、ドラマーはスティックが湿るし、木製スネアドラムの音は籠る。
何より、ライブ前に湿気で髪の毛がボワッと広がることだけは許せなかった。
あの季節を考えるともう戻りたくない。
まあしかし、死んじまった今としては、いい思い出だ。
「さて、バンドの参加はまだにしても、クエストで金は稼がなきゃな」
シャルロットからバンドに勧誘されたが、今は保留にしている。
誘ってくれたことは嬉しい。
しかし、現状では足を引っ張るだけだ。
ひとまずソロで稼ぐ。
ギルドに到着し、さっそくクエストボードへ向かう。
「ヴィニーさん!」
Dランクのクエストを物色していると、受付嬢が声をかけてきた。
以前のクエストで顔見知りになったエリサだ。
あの時は猛烈に謝罪されたが、別にエリサのせいではない。
「おはよう、エリサ」
「ヴィニーさん、クエストですか?」
「そうだよ。稼がなきゃいけないからね。はは」
エリサが書類の束を持っている。
これからボードに貼るのだろう。
「なにかいいクエストはあるかい?」
「ソロですよね? Dランクですと、さすがにバンドでの行動が必要になってくるので、Eランクはどうですか?」
「Eランクか。全然構わないよ」
書類をめくるエリサ。
「これなんてどうでしょうか?」
◇◇◇
【クエスト依頼書】
難度 Eランク
種類 労働
内容 『ハル農園』の手伝い
報酬 八千エン
◇◇◇
「農園の手伝いです」
「そんなクエストもあるのか?」
「はい。犯罪以外なら何でもありますよ。買い物だってありますからね」
「そうか。そりゃ凄いな」
「シモキタは農園も多いので、一度体験してもいいと思います」
「そうか。じゃあこれをやってみるよ」
農園の手伝いならモンスターの危険はないだろう。
まだ武器は完成していないから、このクエストはちょうどいい。
それに肉体労働なら前世でバイトしていたから得意だ。
書類にサインをして、俺はギルドを出発した。
シモキタの繁華街を抜け、街道を西へ進むと平原が続く。
平原にはいくつもの農場があり、広大な畑には様々な農作物が育っていた。
家畜の姿も見かける。
「シモキタで、こんなにのどかな田園風景が見られるとはな。わはは」
とはいえ、のんびりしてはいられない。
街道を早歩きで進み、ようやく目的地のハル農園に到着した。
だがしかし、そこからも大変だった。
敷地はとにかく広大だ。
門の入口から建物までどれだけ歩いたことか。
大きな倉庫のような建物で、ようやく人を見つけた。
初老の男だ。
俺は乱れた呼吸を整え、姿勢を正す。
「冒険者ギルドの者です」
「冒険者? ああ、依頼していたやつか。ご苦労さん」
「依頼主の方ですか?」
「そうだ。この農場を経営しているハルードだ」
「冒険者のヴィニーです」
「よろしく頼むよ。さっそくやってもらいたいが、力仕事だぞ? 大丈夫か?」
「はい。こう見えて得意ですから。はは」
俺の年齢的に、厳しいと思ったのだろう。
「じゃあ、移動しよう」
ハルードが馬車を用意した。
馬車を牽くのは、茶色いたてがみが風になびく巨大な馬だ。
蹄の大きさなんて人の頭よりも大きい。
「農園内を馬車で移動?」
「広いからな。ここから見える土地は全部うちの敷地だ」
「え! こ、この周囲全部……」
異世界とはいえ、まさかシモキタにこれほど巨大な農園があるとは思わなかった。
ハルードは大地主なのだろう。
しばらく進むと、雑木林が見えてきた。
「今回の依頼は、あの雑木林でやってもらう仕事だ」
雑木林の手前で、ハルードが馬車を停止させた。
「この木を切ってもらう」
「この木を……」
俺は呟きながら視線を上空へ向ける。
真っ直ぐ伸びる針葉樹の高さは、ゆうに十メートルはあるだろう。
ハルードが馬車の荷台から斧を取り出した。
「この木を十本切ってくれ」
「十本……分かりました」
「三時間後に迎えに来る。もし早く終わったら、他の木も切っていいぞ。その分の報酬は上乗せしよう」
そう言い残し、ハルードは馬車に乗り込み去っていった。
「つまり、三時間で十本以上切れってことか」
長年工事現場で働いてきたので、力仕事には自信がある。
だが、斧で木を切り倒す仕事は初めてだ。
「木こりだな。まあやってみるか」
斧を手に取り、木の幹を見つめる。
直径は三十センチメートルといったところか。
なかなか太い。
「これ、三時間で終わるのか……」
木の前に立ち、両手で斧を構える。
そして、一気に振り抜く。
「え? 二回!?」
衝撃が手首から肘まで伝わると同時に、木を叩く乾いた音がカカンと続けざまに二回鳴り響いた。
「まさか、スキルの二回攻撃か?」
もう一度斧を振ると、同じように連続した音が二回発生。
「スキルが発動している」
こうなれば話は簡単だ。
一振りで二回ヒットするのだから、単純計算で時間は半分で済む。
「っしゃ、やるぜ!」
俺は気合を入れて斧を振った。
一本目を切り倒し、呼吸を整え二本目に取り掛かる。
だが何かが妙だ。
「さっきよりも早い?」
五本目ともなると、明らかに一本目よりも早いと分かる。
結局俺は、いとも簡単に十本を切り倒してしまった。
二回攻撃があるとはいえ、あまりにも早すぎる。
「どういうことだ?」
そもそも、最初よりも後半のほうが楽だったのもおかしい。
筋肉に乳酸が溜まった後半こそ、辛いに決まっているのだが……。
「もしかして、これも能力か? そういえば……」
俺は神爺さんの言葉を思い出した。
『では別のサービスをつけてやろう。今までの努力に見合ったスキルじゃ。それと、おっさんでゼロからスタートは辛かろう。ギフトもつけてやるぞい。このギフトはすんごいぞう。ヌシの努力の積み重ねがそのまま反映するぞい。ふぉふぉふぉ』
爺さんが言う『今までの努力に見合ったスキル』が、二回攻撃なのは間違いない。
もう一つがギフトだ。
このギフトに関して、一つの仮説が頭に浮かんだ。
思い返せば森大蜘蛛を倒した時、一匹目より四匹目のほうが、与える傷が大きかったような気がする。
この木も、一本目より十本目のほうが楽に切り倒せた。
努力の積み重ね――。
「まさか……。打撃するごとに攻撃力が上乗せされているのか……」
俺は斧を手に取り、木に向かって振り下ろす。
打撃音が二回鳴ると、一気に幹の三分の一まで切り込んだ。
別の木にも斧を振り下ろすと、さっきよりも僅かに深く斧が切り込んでいる。
『ギフト、積み重ねじゃ♪』
呑気な神爺さんの声が響いた。
またサンプリングした声だろう。
「積み重ね。ってことは、マジで力の積み重ねなのかよ……」
攻撃力としてどれほど積み重なっているのかは不明だが、一打一打、確実に威力が上がっている。
「これって……、ヤバいってもんじゃないぞ」
攻撃すればするほど威力が上がる。
さらに二回攻撃だ。
「もしかして、攻撃力が無限に上がっていくのか? だとしたら、俺は一体どうなるんだよ……」
俺は自分の掌を見つめた。
だが、考えても分かるわけがない。
なるようになるだけだ。
「ひとまず木を切ろう。しかし、この調子じゃ全部の木を切っちまうぞ……」
俺は斧を手に取り、適度に木を切り倒してハルードの迎えを待った。
***
「なっ! さ、三十本も切ったのか!」
「時間があったので……」
「三時間でできる内容じゃないぞ!」
大声を上げているハルード。
三十本はやりすぎたか。
しかし、これでもかなり抑えたつもりだ。
あのまま続けていたら、この一帯の木を全部切り倒したかもしれない。
「お、斧の性能がよかったんですよ。これはいい斧だなあ。あは、あはは」
笑ってごまかすしかない。
「その斧はな、二十年前に買った普通の斧なんだよ」
呆れた表情を浮かべるハルード。
「今までも冒険者ギルドに依頼してきたが、こんなに凄い冒険者は初めてだ。本当に驚いた」
「あ、ありがとうございます」
「今後はヴィニーを指名して依頼させてもらってもいいか?」
「指名? え、ええ、もちろんです」
クエストに指名制度があるのか。
農園のクエストは安全だし、時間があれば構わない。
俺はクエスト終了のサインをもらい、農園を後にした。
ハルードから追加報酬も受け取っている。
十本のところを三十本切ったということで、三倍の報酬になった。
「神爺さん。ありがたいけど、あんたやりすぎだよ。こんなギフト……いつか宇宙も壊しちまうぞ……」
俺は空を見上げながらギルドへ帰った。




