第4話 武器作製
翌朝、俺は冒険者ギルドへ向かった。
武器屋を教えてもらうためだ。
「お、おい、あいつだ!」
「初クエストで、森大蜘蛛を四匹も倒したって奴か!」
「たった一回のクエストで、FランクからDランクへ上がったそうだぞ!」
「契約金も貰ったって話だ!」
「でもおっさんじゃん」
「ああ、思った以上におっさんだな」
最後の二人の言葉が胸に刺さった。
「ヴィニーさん」
「ん? 君は……シャルロットさんか」
俺を治療してくれた魔法使いのシャルロットが声をかけてきた。
改めてお礼を伝えたい。
「昨日はありがとうございました。おかげで身体の調子がいいですよ。ははは」
俺は深く頭を下げた。
「そ、そんな。ギルドからの依頼ですし、気にしないでください」
焦った表情を見せるシャルロット。
優しい娘なのだろう。
それに、笑顔がとても可愛らしい。
「ヴィニーさん、今日はクエストですか?」
「いえ、武器を買おうと思って、武器屋を紹介してもらう予定です。はは」
「武器ですか?」
「恥ずかしながら、まだ武器を持ってなくて」
「え? ど、どういうことですか? だって昨日森大蜘蛛を討伐していますよね?」
「いや、あれは元々調査だったから、武器を持たずに行ったんです。そしたら森大蜘蛛に遭遇してしまって……」
シャルロットの表情は、どう見てもドン引きしている。
武器を持たずにクエストに行ったからだろう。
ギターも持たずにバンドのリハに行くようなものか。
言わなきゃよかった。
「武器も持たずにどうやって?」
「キッチンに落ちてた器具で……。麺棒とかフライパンとか……」
「調理器具で……、森大蜘蛛を……」
やっぱりドン引きしてる。
「す、凄い! 凄いです!」
突然シャルロットが俺の両手を握った。
「あの! ヴィニーさん、今うちのバンドがメンバーを募集してるんですけど、話だけでも聞いていただけませんか?」
メンバー募集?
冒険者パーティーのことだが、どうしても前世のバンドが頭をよぎった。
「おい、あのおっさん、シャルロットさんに話しかけられてるぞ」
「て、手を握られているだと!」
「マジで殺すか……」
周囲からの物騒な声が気になる。
俺は丁重にシャルロットの手を振りほどいた。
「ひ、ひとまず武器を買いに行くので、その後であれば……」
この場をなんとかしないと、周りの視線が痛い。
「武器だったら、うちのメンバーを紹介しましょうか? 武器オタクですよ」
「そ、それは助かります。はは」
「確か今日はギルドに来てるはずです」
シャルロットがホールを見渡している。
「えーと……。あ、いました! ラズリート! ラズリート!」
カウンターでビールを飲んでいる女に向かって、シャルロットが手を振った。
「ん? シャルロットか。どうした?」
カウンターで立ち飲みしている女がこちらを振り返った。
夜空に輝く満月のような美しい銀髪のショートヘア。
年齢はシャルロットと同世代か。
シャルロットと同じように美しい容姿だが、口の周りにビールの泡を豪快につけている。
朝から飲んでいるのか……。
「ラズリート。こちら、Dランク冒険者のヴィニーさんです」
「Dランク? おっさんなのにインディーズか。なかなか恥ずかしいな。で、何の用だ、シャルロット?」
「またそんな失礼な口を……。すみません、ヴィニーさん」
シャルロットが苦笑しながら、俺に頭を下げた。
「ラズリート。あなた、森大蜘蛛四匹を丸腰で倒せるの?」
「森大蜘蛛を丸腰で? それも四匹? 私でも無理だな。一匹ならまだしも、複数になればあの糸に捕まる」
「ふふ、このヴィニーさんは一人で、それも丸腰で討伐したのよ?」
「何をだ?」
「だから森大蜘蛛を」
「はあ? バカも休み休み言えって」
豪快にビールジョッキをあおるラズリート。
突然その手が止まった。
「ん? 待て待て待て。森大蜘蛛四匹って、昨日ガルデルで討伐されたってやつか?」
「そうよ。それを討伐したのがヴィニーさんよ」
「なんだと?」
「Fランクの、それも初クエストなのよ。凄いと思わない?」
「冒険者デビューで森大蜘蛛の討伐だと?」
「ええ、それでいきなりDランクに昇格なのよ」
「マジか?」
「マジよ。ふふ」
シャルロットが俺の討伐状況をラズリートに説明した。
驚いた表情で俺を見つめるラズリート。
「おっさんなんて言って失礼したな、おっさん。私はラズリートだ」
ラズリートが真顔で右手を差し出した。
結局おっさんと言っているが、この娘は酔ってるのだろうか。
まあいい。
俺は握手を交わした。
「ヴィニーだ」
「よろしく、ヴィニー」
俺よりも完全に年下だが、普通にタメ口だ。
まあ冒険者は年齢よりも実績やランクがものを言うのだろう。
この落ち着き具合は、高ランクに違いない。
「ヴィニーが凄いことは分かったよ。で、用件は何だ?」
「ヴィニーさんは丸腰で森大蜘蛛を討伐したと言ったでしょう?」
「むっ、なるほど、武器屋か。それを早く言え。いい店を紹介してやる。だははは」
ビールを飲み干し、シャツの袖で乱暴に口を拭った。
お前こそおっさんだと言いたい。
「ヴィニー、武器は決まっているのか?」
「まだだよ。実際に見てから決めようと思っている。一応スキルを活用しようと思ってるがな」
「スキル? 何のことだ?」
「ん? スキルはないのか?」
「何を言っている? こんな朝から酔ってるのか?」
酔っているのはお前だと言いたいところだが、俺はその言葉を飲み込む。
ラズリートの反応を見るに、この世界にスキルなんてものはないようだ。
俺だけが持つ能力なのだろう。
それであれば、秘密にすべきだ。
「あー、えーと、俺は自己流でやってきたから。わはは」
ひとまず笑ってごまかした。
「変なおっさんだな」
カウンターに硬貨を置いたラズリートが、マントを翻し首にかけた。
「行くぞ、シャルロット」
そのまま颯爽と出口に向かって歩き始めるラズリート。
「もう、突然なんだから。ヴィニーさん、行きましょう」
俺たちはラズリートの後を追った。
ギルドを出ると、俺の隣をシャルロットが歩く。
「ヴィニーさん、私に敬語は必要ないですからね」
「わ、分かったよ、シャルロット。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
シャルロットが眩しいくらいの可愛らしい笑顔を浮かべる。
まあ俺くらいの年齢になると、若い娘はみんな可愛く見えるが。
「おっさん、なにニヤけてんだよ」
「そ、そんなことない!」
ラズリートが俺の腕を叩いてきた。
確かにシャルロットの笑顔で、ニヤけていたかもしれない。
気をつけないとセクハラおじさんになってしまう。
「ほらおっさん、行くぞ」
「もう口が悪いんだから」
俺たち三人は繁華街へ向かった。
***
「いらっしゃ――、なんだラズリートか。剣の調子はどうだ?」
武器屋に入ると、黒ひげを生やしたガタイのいいおっさんが、ラズリートに笑顔を向けた。
「ガハルト。調子はいいよ。さすが巨匠だよ」
「がはは、褒めても何も出んぞ」
「で、今日の用件なんだが――」
ラズリートが俺を指差した。
「ガハルト、紹介する。Dランク冒険者のヴィニーだ」
ラズリートが俺を紹介してくれた。
ガハルトと握手を交わす。
「鍛冶師のガハルトだ。よろしくな」
イメージ通りの鍛冶師に、俺は少し嬉しくなった。
「ヴィニーです」
「ほう、いい手だな。何十年と剣を振った手だ」
剣ではない。
二十年以上スティックを振っただけだ。
「いや、剣は初めてなんだ」
「なに?」
「まあちょっと木の棒を振ってたんだ。はは」
「木剣か? それでも凄いぞ。この手は一朝一夕では身につかん。がははは」
豪快だが、人のよさそうな職人という印象だ。
こういう人物は気さくにつき合える。
俺もタメ口でいいだろう。
「さっそくだが、ガハルト。武器を買いたいんだ」
「ふむ、武器の種類は決めているのか?」
「特に決めていない。だけど、ロングソードがいいかなと思っている」
「ロングソードか。基本ではあるが、だからこそ奥が深いぞ」
「もちろん練習するさ」
「お、いい心がけだな。最近のわけー奴は、いきなり強くなりたいってバカなことを言うんだ。剣の道はあくなき反復練習だ。ただひたすら剣を振るのみ」
ドラムと剣は全く違うが、本質としては同じで安心した。
ドラムの練習もひたすら地味な反復練習だ。
「なあ、ガハルト。剣の相場を聞いてもいいかな?」
「種類にもよる。俺が一人で仕上げたロングソードは五十万エンからだ。弟子たちの作品は数万からある。ヴィニーの予算は?」
「まだ駆け出しだし、十万エンが限度なんだ」
可能であればもっと安く済ませたい。
だが、職人に向かって安くしたいと伝えることは失礼だろう。
「低予算なら、ここら辺はどうだ。アマチュアからインディーズクラスのロングソードだ。一本ごとに僅かな違いがあるから、実際に握って手に合うものを選べ」
「分かった。ありがとう、ガハルト」
俺は何本かの剣を手に取った。
だが、どれもしっくりこない。
こういうものは第一印象が最も大切だ。
やはり剣を持ったことがない俺が、いきなりロングソードなんて無理かもしれない。
他に何かいい武器がないかと眺めていると、商品を並べている棚の上に、木の棒が二本置いてあった。
「木の棒? これも武器なのか?」
ドラムのスティックより太くて長い。
一本五十センチメートルといったところか。
俺はその棒を手に取り、先端で自分の太ももを叩いた。
ドラマーは太ももでスティックの感触を確かめることがある。
いつもの癖で、俺はシングルストロークからダブルストロークに移行。
これはスキルではなく、普通にダブルストロークを叩いている。
もう二度とドラムを叩くことはないと思っていたため、俺は懐かしさを感じていた。
「おっさん、なんだそれ!」
「え? ヴィニーさん、音が二つ出てますよ!」
ラズリートとシャルロットが驚きの声を上げた。
「い、いや、ただのダブルだし……」
そんなに驚くものではない。
俺はめちゃくちゃ恥ずかしくなり、すぐに手を止めた。
「お前、その技は何だ?」
「え? い、いや、ちょっとそういう奏法というか、技術があってね。はは」
ガハルトも目を見開き、俺の手を凝視していた。
それよりも、こんな武器があるのだろうか。
「ていうか、この棒は武器なのかい?」
「それは加工前の素材だ。弟子が置きっぱなしにしたんだろう。ったく、素材は大切にしろと言ったのに。あとで雷を落としてやる」
なんとも古風な言い回しに、俺は少し可笑しくなった。
「雷ね。そういや、雷神様も太鼓を叩いていたな。ははは」
俺は自分の言葉に衝撃が走った。
まさに青天の霹靂だ。
俺は剣を使えないが、これくらいの棒なら扱える。
もちろん、武器として使用するのであれば練習は必要だが、剣よりも遥かに扱いに慣れていることは間違いない。
それに、ドラムなら目をつぶったって叩ける。
「なあ、ガハルト。この木の棒を武器にできないか?」
「木の棒を武器に?」
「そうだ。俺は剣を持ったことはないが、こういった棒なら長年扱ってきた。こっちのほうがいいような気がするんだ」
「ふむ、棒か。武器としてなら棍棒がある。細めの棍棒として考えればアリだ。とはいえ、細いと攻撃力と耐久性に問題があるぞ」
俺たちの会話をつまらなそうに聞いていたラズリートが、俺の手から棒を奪い取り、自分の太ももで叩き始めた。
さっきの俺の真似をしているのだろう。
「なあ、ヴィニー。鉄の棒じゃダメなのか?」
「え? 鉄?」
ラズリートが突拍子もないことを言い始めた。
鉄の棒では重すぎて手首が壊れてしまう。
「いや、待てよ。鉄のスティックなんかよりも、剣のほうが遥かに重いよな。そもそも演奏じゃないんだ。鉄の棒を扱えるくらいじゃないと、モンスターなんて倒せないよな」
身体はこれから鍛えるとして、鉄のスティックという考え方は悪くない。
ゼロから剣を始めるより、絶対上達が早いはずだ。
「なあ、ガハルト。鋼の棒を二本加工したらいくらくらいかな?」
「長さは?」
「一本五十センチメートル。太さは直径二センチメートルってとこかな」
通常のスティックよりも長くて太いが、武器として使うなら、これくらいだろう。
「ふむ、それくらいなら、加工代含めて一本二千エンってところだな」
「マジか!」
セットでも四千エンだ。
練習用に数セット買っても、予算以内どころではない。
驚くほど安く済む。
「じゃあ、二セット頼んでもいいかな?」
「それは構わんが、それで足りるのか?」
「まずは練習してみるよ。サイズの調整とかあるかもしれんしな」
「分かった。俺も初めて作る武器だ。調整にはつき合ってもらうぞ」
「ああ、もちろんさ」
ガハルトが腕を組み、ラズリートに視線を向けた。
「ラズリート、おもしれー奴を連れてきたな。がははは」
やっぱり気のいい職人気質の鍛冶師だ。
初めての武器作りが、ガハルトでよかった。
「ありがとう、ガハルト。無理言ってすまんな」
「いいってことよ、向こうで話を詰めるぞ」
まさか剣と魔法の世界に来て、武器がスティックになるとは思わなかった。
俺としてはロングソードに憧れていたのだが、これでよかったのかもしれない。
もういい歳だし、使い慣れた道具が一番だろう。
「神爺さんが見たら、喜ぶだろうな。ははは」
俺は天井を見上げ、神爺さんの喜ぶ姿を想像した。




