第3話 初めてのクエスト
「うわああああっ!」
情けない声を出しながら、俺は四つん這いのまま床を這って逃げた。
「し、死んじまうっ!」
転生した直後に死ぬなんて、洒落にならん。
また神爺さんに笑われちまう。
「がっ!」
走り出そうと身体を起こすと、棚に肩を強打し、派手に転んでしまった。
しかし、痛みよりも恐怖が勝つ。
その衝撃で調理器具が床に散らばった。
カランと乾いた音を立てながら、床を転がる二本の長い木の棒。
麺棒のようだ。
「なんでもいいっ!」
とにかく俺はその麺棒を掴んだ。
「うわああああああっ!」
その瞬間、天井から飛びついてきた大蜘蛛。
俺は両手に掴んだ麺棒を振り下ろした。
『スキル、二回攻撃じゃ♪』
神爺さんの明るい声が聞こえた。
だが、構っている場合じゃない。
俺はバチで和太鼓を叩くかのように、大蜘蛛の脚を連打した。
「死ねっ! 死ねっ!」
大蜘蛛の脚が砕け、床に転がる。
「死ねええええええ!」
俺は大蜘蛛の頭に向かって、麺棒を打ちつけた。
無我夢中で麺棒を振る。
必死に叩くと、気づいたら麺棒はへし折れていた。
大蜘蛛の頭は潰れ、緑の体液が流れ出て、ピクピクと痙攣している。
俺はその隙にキッチンの出口へ走った。
「う、嘘だろ!」
だが、出口を塞ぐように、さらに三匹の大蜘蛛が姿を現した。
どこかに潜んでいたのだろう。
「どうする!」
どうするもこうするも、戦わないと死ぬ。
大蜘蛛はあきらかに俺を狙っていた。
気持ち悪い脚を上下に動かし、俺を威嚇するかのように身体を揺らしている。
「何か武器は!」
周囲を見渡すと、小さなフライパンがいくつか転がっていた。
咄嗟に二つ拾い上げ、片手ずつ握る。
一匹が糸を吐き出した。
すかさず左手のフライパンでガードすると、古びた鉄の反響音が鳴り響く。
割れたシンバルのような濁った音だ。
今度は別の一匹が、俺に向かって飛びかかってきた。
「くっ!」
俺は一歩下がって落下地点から離れながらも、大蜘蛛に向かって右手のフライパンを振り下ろす。
「死ねええええ!」
長細い脚の先端にヒットすると、カカンと反響音が二回聞こえた。
同時に大蜘蛛の脚が根元からもげる。
さらに左手のフライパンを振り抜くと、またしても衝撃音が二回発生し、別の脚が吹き飛んだ。
「ダブルストローク!?」
掌の感触も二回感じている。
さっきの神爺さんの声でダブルストロークと聞こえたが、このことか?
大蜘蛛が怯んだ瞬間、俺は両手のフライパンで大蜘蛛の気持ち悪い顔面を連打した。
やはり一回の打撃で二回音が発生する。
「間違いない! ダブルストロークだ!」
ドラムの奏法に、一回の腕の振りで二回叩く技術がある。
それが発動しているようだ。
つまり全ての攻撃が、二回攻撃ということになる。
威力も十分だ。
フライパンの攻撃で、大蜘蛛の頭部は潰れていた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
俺は自分を鼓舞するかのように大声を上げ、残り二匹の大蜘蛛へ突進した。
倒さないとキッチンから出られない。
やるしかない。
ひたすらフライパンを振った。
スティックよりも重たいが、命がかかっている。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!」
大蜘蛛が吐き出す糸を叩き落とし、脚をへし折り、頭を砕く。
気がつくと全ての大蜘蛛が痙攣して死んでいた。
俺は即座にキッチンを出て、ホールを抜けて扉から外へ駆け出す。
「はあ、はあ!」
両手を見ると掌の皮が剥け、血だらけだった。
長年スティックを握った手だが、あれほど乱暴にモノを叩いたことはない。
「い、痛え……」
棚に強打した肩が痛み始めた。
さらに、掌は血だらけだ。
それでもなんとか生きている。
「いねーって言ってたのに!」
モンスターの出現が、今頃恐怖となって降りかかってきた。
心臓がはち切れそうなほど鼓動している。
「くそ、荷物がホールだ……」
戻りたくないが、バッグには全財産が入っている。
俺は恐る恐るホールに戻り、報告書類とバッグを持ってすぐに外に出た。
「も、もう嫌だ……」
そして、半泣きしながらギルドへ走る。
この歳になって、恐怖で泣くとは思わなかった。
◇◇◇
シモキタザワ冒険者ギルドで、営業課長が受付カウンターに姿を見せた。
「エリサ君。廃レストラン『ガルデル』の調査クエストの件だが――」
受付嬢に声をかけた営業課長。
クエストの状況を確認するためだ。
「はい課長。先ほどFランクの冒険者さんにブッキングして、調査に向かっていただきました」
「え? Fランク?」
「はい。Fランクで依頼が来ていましたので……」
課長の顔色が、一気に青ざめていく。
「ち、違うんだよ! あれはCランクに該当する案件なんだ!」
「え! し、しかし、Fランクのファイルに……」
「Cランクでブッキングするように指示していたんだ! ど、どのパーティーが行ったんだ!?」
「ソ、ソロです。調査だけだからと……」
「なんだって! ガルデル付近にモンスターの目撃情報があったんだ!」
「え! ど、どうすれば!」
「冒険者を手配しよう! すぐに向かわせる!」
「は、はい!」
二人が話しているとホールがざわめいた。
怪我をした冒険者が帰ってきたという。
「まさか!」
「ヴィニーさんかもしれません!」
◇◇◇
俺はようやくシモキタの繁華街に戻ってきた。
「水が……飲みたいぜ……」
すでに水筒の水は飲み干している。
血だらけの掌は、タオルできつく縛った。
肩の痛みが激しさを増し、脳まで響く。
もしかしたら、骨折しているのかもしれない。
それでも必死に歩き、なんとかギルドに辿り着いた。
力なく扉を開け、ロビーを進む。
妙に騒がしいが、痛みはもう限界だ。
「ヴィ、ヴィニーさん! ご無事でしたか!」
受付嬢がカウンターから走って来た。
「お身体は大丈夫ですか!」
「肩が……痛……」
俺はその場に倒れ込んだ。
***
目を開けると天井が見える。
「ここは?」
「お身体は大丈夫ですか?」
声の方向に視線を向けると、白いローブを着た、容姿の美しい若い女が椅子に座っていた。
俺は上半身を起こす。
不思議と痛みはない。
「治療しているので痛みはないと思います」
「治療?」
俺は掌を見つめた。
皮が剥けて血だらけだった手は、すっかり元通りだ。
ということは、相当な時間が経過しているのだろうか?
「そ、そういやクエストは!」
「私から説明します」
スーツを着た男が、ベッドの隣で深く頭を下げていた。
「私はシモキタザワ冒険者ギルド営業課長のルワールです。この度はご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした」
「ヴィニーです」
ルワールの見た目は三十歳前後か。
黒髪の短髪で、サラリーマンという印象だ。
「そ、そのままで結構です! ヴィニーさん!」
俺がベッドを降りようとすると、少し焦って両手を振った。
この仕草からも、人の良さがうかがえる。
「今回の状況をご説明します」
ルワールの話によると、周辺地域にモンスターが出現したことによって、あのクエストはFランクからCランクへ変更したそうだ。
それに伴い、内容も調査から討伐へ変更したはずだったのだが、手違いで俺が受注した。
つまり、完全なモンスター案件だった。
「自分が帰還して、どれくらい経っていますか?」
「二時間ほどです」
「二時間!? え? でも、怪我が治って――」
「彼女の魔法で治療しました」
微笑みながら、女がお辞儀をした。
「はい。治療させていただきました。鎖骨は骨折していましたが、もう完治しています」
「骨折が二時間で完治……」
状況の整理をしよう。
まず二時間という言葉だが、窓に目を向けるとまだ青空だから、前世と同じ時間の長さで間違いないだろう。
そして魔法だ。
剣と魔法のファンタジー世界へ転生を願ったのだから当然なのだが、やはり目の当たりにすると驚く。
「失礼ですが、あなたは魔法使い……なんですか?」
「はい、そうです。シャルロットと申します。私も冒険者です」
シャルロットの年齢は二十代前半か。
ロングの金髪を一本の三つ編みにしている。
魔法使いのイメージそのものだ。
シャルロットは微笑みながら、俺を真っ直ぐ見つめている。
「それにしても、ヴィニーさん。本当に凄いですね」
「す、凄いとは?」
「だって、あの森大蜘蛛を倒したのですから」
「マガーロ?」
「蜘蛛のモンスターです」
俺たちの会話を聞いていたルワールが咳払いした。
「私からご説明します。あの森大蜘蛛は、Cランクモンスターです。ですから、通常はCランク以上の冒険者が対応するほどの、危険極まりないモンスターなのです」
俺のFランクは、冒険者カードを取得したばかりの初心者中の初心者だ。
クエストをこなし、実績を積むことでランクは上がっていく。
「Fランクで森大蜘蛛を討伐した記録はありません。それも一度に四匹も、です」
「必死でしたから……」
「必死だからって、ソロで森大蜘蛛を四匹討伐なんて、Cランク冒険者でもできません」
額に汗を浮かべるルワール。
ハンカチで汗を拭いながら、書類を取り出した。
「ヴィニーさんはまだ所属のギルドが決まってないようですが、所属先のご予定はありますか?」
「所属? えーと、特にはないですが……」
「そうですか! では、シモキタザワ支部に所属していただけませんか?」
「それはどういった内容でしょうか?」
「活動の場がシモキタザワ支部中心となります。その際、私共からクエスト依頼のブッキングをさせていただくことがあります。カテゴリーが上がれば、他の地域へ遠征に行っていただくことは問題ありません」
シモキタザワで活動と聞き、俺の脳裏に前世が蘇る。
俺のバンド『深淵を覗く音』は下北のバンドだった。
深音にはホームとするライブハウスがあって、よくブッキングの依頼をもらって出演していた。
他の街のライブハウスに出ることもあったし、ツアーへ行くこともあったが、ホームは下北だ。
「シモキタで活動か……」
冒険者の活動もバンドと酷似していた。
異世界に来たとはいえ、これも下北繋がりの縁だろう。
「分かりました。こちらでお世話になります」
「ありがとうございます!」
丁寧な姿勢を崩さないルワール。
口元が緩まないよう必死に堪えているのが分かる。
よほど嬉しいのだろう。
俺自身、これほど必要とされることはなかったような気がする。
なにせ追放された身だ。
正直めちゃくちゃ嬉しい。
「それでは、ヴィニーさんに契約金をお支払いします」
「え? け、契約金」
「はい。さらにランクも引き上げさせていただきます」
契約金が発生することを当たり前のように説明しているが、バンドとライブハウスにそんなものはない。
契約金の発生だけでも、俺がこの支部に所属するメリットは大きい。
「ヴィニーさんは初クエストで、これほどの結果を出されました。こちらの不手際で、一切の準備をしていないにも関わらずです。ですので、Dランクに昇格とさせていただきます。これは冒険者ギルドの歴史で初めてのことです」
「え? Dランク?」
「はい。ヴィニーさんのカテゴリーは、アマチュアからインディーズに上がります」
「インディーズ……」
冒険者はランクによってカテゴリーが分かれている。
インディーズに上がれば、他の支部へ遠征に行けるという話だった。
◇◇◇
アマチュア
Fランク
Eランク
インディーズ
Dランク
Cランク
メジャー
Bランク
Aランク
レジェンド
Sランク
◇◇◇
ランクはクエストの数や内容、モンスターの討伐数などで決まるという。
俺の場合はたった一回のクエストで、いきなりDランクに昇格した。
「今回の件は異例中の異例ですし、契約金は百万エンをご用意しています」
「ひゃ、百万エン!」
思わず声を出してしまった。
今の俺には驚くほどの大金だ。
「クエスト報酬も修正しております。Cランクのクエストとさせていただいたので、報酬は三万エンです。森大蜘蛛の討伐で一匹五万エン。合計で二十三万エンです」
「そ、そんなに?」
「森大蜘蛛の素材は需要が高いのです。特に糸を作る器官は死んでもしばらく糸を作りますので、様々な道具に使用されます」
俺はベッドから出て、いくつかの書類にサインした。
「最後に……。今回はこちらのミスで、ヴィニーさんにご迷惑をおかけしました。お金で解決できると思っているわけではありませんが、慰謝料をお支払いさせてください。治療費は当然こちらがお支払いしますので、どうぞご安心ください」
深く頭を下げるルワール。
結局俺は合計で百四十三万エンを受け取った。
全て現金だ。
これで俺は、シモキタザワ冒険者ギルドに所属する冒険者になった。
***
俺は宿に帰り、テーブルに乗せた現金を眺める。
「この俺が契約か。くうう、やったぜ!」
嬉しさのあまり、両手の拳を握りしめていた。
人生を捧げた音楽での契約は叶わなかったが、この異世界で、自分の実力を認められ所属契約に至った。
その経緯が偶然だろうが、結果は結果だ。
素直に受け入れて喜ぶとしよう。
「祝杯でも……。っと酒はやめたんだ。それに――」
ニヤける顔を両手で挟み込むように引っ叩いた。
「喜んでばかりいられないぞ。この金を当面の活動資金にしなきゃならん」
ギルドを出る時に、魔法使いのシャルロットに教えてもらったのだが、魔法による治療は非常に高額だという。
骨折を完治させるレベルだと、一回あたり数十万エンはかかるそうだ。
まあ、骨折しても金を払ってその場で治るなら安いものではあるが。
今回の俺の治療費はギルドが支払っている。
「治療費として、半分はとっておくべきだな」
命あってのものだ。
俺は一度死んでいるが、死んでも次があるなんて思ってはいけない。
この転生は、神爺さんがくれた一回だけの慈悲だ。
俺は札束を半分に分けた。
「こっちが治療費で、こっちが雑費だ」
冒険者として活動するための、装備や道具を買う必要がある。
「大金だけど足りんな……」
というか、あのスキルという言葉だ。
「神爺さんの声で『スキル、二回攻撃じゃ♪』って聞こえたぞ。スキルってのは、あのスキルのことだよな」
俺は天井に顔を向けた。
「爺さん、聞こえているか! 爺さん! 返事をしろ!」
神爺さんからの反応はない。
この世界に干渉しないようだ。
「つまり、あらかじめサンプリングしていた音声が流れただけか。あれほどピンチの状況で、妙に嬉しそうな声だったしな。嬉々として用意してたんだろうよ。ったく」
俺は椅子の背もたれに大きく寄りかかりながら、天井を見つめた。
「神爺さんがサービスって言っていたのは、このスキルのことだったか。まあ普通に考えれば二回攻撃ってエグいよな」
昔遊んだゲームでは、二回攻撃はラスト間際に取得するような武器やスキルだった。
だが、強すぎるがゆえに、攻撃力は半分などナーフされる。
それはあくまでもゲームバランスだ。
リアルの話になると、俺はダブルストロークの弱点を解消している。
「ダブルは二発目が弱くなりがちだが、俺はそれを克服したんだよな」
ダブルストロークはスティックのバウンドを利用して二発叩く。
そのため、どうしても二発目の音が弱くなる。
しかし、上級者になると二発目の音量を落とすことなく演奏することが可能だ。
「俺のドラムスキルが、そのまま戦闘スキルになったっていうことか。あの努力がこの世界で生きるとはな。神爺さんも粋なことしてくれるぜ。今度会ったら礼をしなきゃな。……って、会う時は死ぬ時か。わはは」
俺は天井に向かって、神爺さんに感謝した。
「二回攻撃を活用できる武器を考えればいいのか。となると、手数のある武器だよな」
俺に武道の経験はない。
やってきたのは音楽だけ、というかドラムだけだ。
ドラムは肉体的に鍛えられると思われているが、そんなことはない。
確かに筋肉は使うが、それは全ての楽器に言えること。
ドラムだけで身体が勝手に鍛えられるわけではなく、ドラムを演奏するために身体を鍛えていると言ったほうが正しいだろう。
俺は金がなかったからトレーニングジムには行けなかった。
だから、バイトで工事関係の肉体労働をして、金を稼ぎながら身体を鍛えた。
自慢じゃないが身体は引き締まっているし、年齢の割に体力もあると思う。
「でもなあ、やっぱりロングソードに憧れるよな。はは」
剣と魔法の世界と言えば、俺のイメージはロングソードだ。
悩んでも仕方がない。
実際に武器を見たほうがいいだろう。
「明日は武器屋へ行こう」
俺ははやる気持ちを抑えて、ベッドに潜り込んだ。




