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追放されたおっさん、異世界トウキョウで冒険者スローライフを始める  作者: 犬斗
第一部

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2/11

第2話 異世界トウキョウ

 目を覚ますと俺はベッドに寝ていた。

 起き上がり、部屋を見渡す。

 小さな部屋だ。


「俺はバンドを追放され、飲みすぎて水たまりで溺死した……」


 前世の記憶はある。

 そう、俺は神爺さんのおかげで転生した。

 口に出すと恥ずかしいが事実だ。

 戒めとしてしっかりと心に刻もう。


 テーブルには見たこともないショルダーバッグが置かれている。

 きっと俺の持ち物なのだろう。

 中身を取り出すと、紙幣と硬貨、一枚のカードが入っていた。


「Fランク冒険者カードと書いてあるな。名前はヴィニーのままか。俺が冒険者になりたいって言ったから、気を利かせて冒険者にしてくれたんだろうな。そういや、サービスしてやるって言ってたしな」


 神爺さんは、この世界をめちゃファンタジーと言っていた。


 俺は部屋を出て廊下を進む。

 階段を下りると、一階は酒場だった。


「二階が部屋で、一階が酒場だ。まさに異世界ファンタジーの宿屋って感じだな」

「お! お客さん、起きたかい。宿泊は一か月だからって、ゆっくりしすぎだろ。あはは」


 カウンターのおっさんが話しかけてきた。

 その内容から、ここは本当に宿屋で、俺はこの部屋を一か月借りているようだ。

 神爺さんが色々と設定してくれたのだろう。


「えーと、俺は宿泊して何日目だっけ?」

「おいおい、昨日来たばかりだろ。まあ昨夜はめっちゃ飲んでたしな。記憶が飛んだか? あはは」

「そ、そうなんだよ。二日酔いでさ。わはは」


 俺は酒が原因で死んだんだ。

 もう酒はやめよう。


「金はどうしたっけ?」

「前払いで一か月分貰ってるよ」

「そうか。なら安心だ」


 ひとまず、一か月はここに滞在できる。


 俺は酒場を見渡した。

 メニューの文字は読める。

 会話も問題ないし、完全にこの世界にフィットしているようだ。


「ん? 鏡か」


 鏡を覗くと、いつも見るおっさんがいた。

 俺の容姿は前世と同じだ。

 ってことは、年齢も三十八歳だろう。


「お客さん、冒険者なんだろ? ギルドへ行くって言ってたじゃないか」

「そ、そうだったな。えーと、冒険者ギルドはどこにあるんだっけ?」

「ここを出て、街道を左に進めばあるよ」

「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」


 宿を出ると、広い街道に面していた。

 人々が往来し、馬車が通っている。

 石造りの建物や木造の屋台が並ぶ風景は、まさに西洋風の異世界ファンタジーそのものだ。


「これだよこれ! ヨーロッパの風景! まあ本物の景色は知らんけどな。わはは」


 俺は海外へ行ったことがない。

 日本国内をライブツアーで回ったくらいだ。

 ただ、金がなく、ボロい車で無理やり回ったから、観光などは一切していない。


「見てるだけでテンションが上がるぜ。まさか転生して海外に来ることができるとはな。異世界ってやつだが。わはは」


 街を眺めながらしばらく歩くと、ひときわ大きな建物の前に出た。

 石造りで四階建てだ。


 看板を見ると『シモキタザワ冒険者ギルド』と書いてある。


「え!? シモキタザワ? いやいや、待てって……。でも、どう考えても下北沢のことだよな。どういうことだ?」


 偶然の一致とは思えない。


「と、とりあえず入ってみよう」


 扉を開けると広いスペースが広がっていた。

 巨大ショッピングモールのフードコートのようだ。

 ホールにはいくつものテーブルが並んでおり、奥にはカウンターと、大きな看板のような板が立ち並ぶ。

 板にはクエストボードと書いてある。


「イメージ通りの冒険者ギルドではある。だけど、ここは下北沢なのか?」


 まずは情報収集だ。

 俺は受付で話を聞いた。


 ***


「ちょっと怪訝な目で見られたが、なんとか状況は理解したぞ」


 俺はホールのテーブルに移動して、購入したコーヒーを飲む。

 コーヒーは前世とほぼ同じ味で安心した。


 受付嬢の話をまとめるとこうだ。


 ここの地名はシモキタザワで間違いない。

 俺はFランク冒険者になったばかり。

 冒険者ギルドはいくつもの支部がある。

 実力を上げれば、別の支部へ遠征することも可能。

 郊外はモンスターが出没する。


 さらに、今持っている金について聞いてみた。

 俺の持ち金は十万エンだそうだ。


「エンって円だよな。物価もなんとなく似てる。コーヒー一杯百エンだったし」


 そして、驚いたことに、この世界では冒険者パーティーのことを『バンド』と呼ぶらしい。

 正直、音楽用語を別の意味で使用するのはめちゃくちゃ恥ずかしい。


「普通にパーティーでいいだろ。バンドってなんだよ」


 だが、この世界にとってそれが当たり前のことであれば、慣れるしかないだろう。

 ここでは音楽用語とは関係ないようだし、郷に入っては郷に従えだ。


「それにしても、地名といい妙に前世とリンクしている部分があるな」 


 俺は購入した広域地図をテーブルに広げた。

 一枚千エンで、よく見るとトウキョウ地図と書いてある。


「ト、トウキョウってマジかよ……」


 地形的に、前世の東京の地図とほぼ同じだ。

 コーヒーを飲みながら、じっくりと地図を眺める。


「シンジュク、シブヤ、イケブクロ、アキハバラ。キチジョウジもある。地名も場所も位置関係も大体同じ……。これじゃあ……」


 俺は瞳を閉じ、天井に顔を向けた。


「異世界感がないだろうよ……。海外の景色が見たいって言ったのに……。神爺さんは馴染みがあるって言っていたが、このことだったのか」


 景色や建物は洋風なのだが、地名が前世の東京そのままだった。


「まあ来ちまったもんは仕方ないか。せっかくだし、のんびり異世界トウキョウ観光でもするか。前世でできなかったスローライフにチャレンジだ。はは」


 バンドでのメジャーという夢がなくなったし、そもそも死んだんだ。

 やりたいことは特にない。

 神爺さんが言ったように、冒険者としてのんびりとスローライフを過ごすのもいいだろう。


 俺は地図を眺めながら、現在地のシモキタザワ周辺を指差した。

 そして北東へ指をなぞる。


「とりあえず、シモキタザワからシンジュクへ行ってみるか」


 前世なら電車で数分。

 徒歩でも約一時間の距離だ。


 それとなく受付嬢に聞いてみたら、「徒歩ですか? 無理ではないですけど……」と馬車乗り場を案内された。


「もしかして、歩けない理由でもあるのか? そういや、郊外はモンスターが出るって言ってたな。さすがにモンスターは怖い」


 俺はギルドを出て、街の馬車駅へ移動した。

 路線図らしきものを眺めると――。


「な、なんだこりゃ!」


 この世界ではシモキタザワからシンジュクまで、馬車で片道一日かかるという。

 さらに、運賃は七千エンと高額だ。


 イケブクロまでなんて馬車で二日だ。

 運賃は一万三千エンと高すぎるし、シンジュクで一泊するという。


「確かに『西洋風な城や家』『無限に広がる大地』が見たいって言ったけど……。それを東京で再現しろって話じゃないんだよ……。神爺さん……」


 地名に異世界感はなかったが、この広さはヤバい。

 あの神爺さんの軽いノリを思い出した。

 きっと今頃、してやったりとピースサインでもしているに違いない。


「馴染みはあるけど完全な異世界か。はは、おもしれーじゃん。神爺さん、俺はこの世界を楽しみながらやり直すよ」


 俺はギルドに戻った。


 ***


 今の持ち金では、高額な馬車代を支払うことができない。

 となると、このシモキタで稼ぐしかない。

 まあ、このシモキタ自体が恐ろしく広いってことなんだが……。


「ひとまずソロで行けるクエストを探そう」


 俺はクエストボードを眺める。

 だが、どれがいいのか全く分からない。

 受付嬢に聞くことにした。


「すみません。Fランクで、お勧めのクエストを教えてもらえますか?」

「Fランクですか?」

「はい。一人で行けるクエストでお願いしたいです」

「お一人で……。そうですね」


 書類の束をめくる受付嬢。


「あ、これなんかどうですか? 調査クエストです」

「調査ですか?」

「はい。廃墟の調査ですから、ソロでも可能です。場所もそう遠くないので、一日で終わります」


 俺は受付嬢から書類を受け取った。


 ◇◇◇


【クエスト依頼書】

 難度 Fランク

 種類 調査

 内容 廃墟レストラン『ガルデル』の現状調査

 報酬 五千エン


 ◇◇◇


「現状調査で日給五千エンか」


 Fランクだし妥当な線なのだろう。

 気になる点は、命の危険があるかどうかだ。


「危険はないんですか?」

「そうですね。それを含めた調査ではあるのですが、先月の調査では問題はありませんでした。ですので、今回も安全なFランクでの依頼となります」

「分かりました」

「報告書をお渡しするので、それに調査結果を記入して提出していただきます。こちらが建物の間取り図です」

「ありがとうございます」


 俺はクエストの手続きを終え、ロビーの売店で冒険者セットなるものを購入した。

 いくつかの道具と、シモキタの地図がセットで五千エンだ。

 いわば初心者セットのようなものだろう。


 武器も購入しようと思ったが、剣は安くても一本数万エンだった。

 今の持ち金で数万エンの出費は痛い。

 クエストに危険はなさそうなので、武器は次回に回す。


「使う武器の種類も考えたいしな。ってか、そもそも武器なんか使ったこともないし、訓練しなきゃいけないか……」


 クエストにかかる道具類は、全て自前だそうだ。

 そのため、経費を安く済ませないと収益が減ってしまう。


「下手すりゃ赤字だよな。冒険者って個人事業主と同じ扱いなんだな」


 冒険者は基本的にパーティーという名のバンドを組み、役割分担を決めてクエストを受注する。

 通常は固定メンバーで行動するらしい。


「バンドか……」


 俺は前世でバンドを追放された。

 理由は年齢だ。

 この世界でも、おっさんはバンドに加入できるのか疑問ではある。


 神爺さんが若返らせてくれると言ったが、俺は断った。


「かっこつけすぎたかな」


 だが、後悔はしていない。

 俺は今の年齢に誇りを持っている。


「おっさんになって演奏できるようになったこともあるしな。あの深みは、わけー奴には出せんよ。わはは」


 俺は立ち止まり、冷静になった。


「って、この世界に演奏なんて関係ないか……」


 まだ前世の気分が抜けてない。

 まあ、この世界に来て初日だ。

 ゆっくり慣れればいいだろう。


 ***


 俺は繁華街を抜けて、石畳で舗装された街道を歩く。

 シモキタの郊外は、のどかな田園風景が広がっていた。

 これこそ俺がイメージしていた景色だ。


 一時間ほど歩いただろうか。

 街道から外れた緩やかな丘の上に、目的地の廃墟があった。


「よし、ついたぞ」


 この廃墟は、ガルデルという名の有名レストランだったそうだ。

 石造りの三階建てで、地元産の食材を使ったメニューが好評だったのだが、資金繰りが悪化し閉店したという。

 新たに活用もされず、こうして廃墟になった。


「これほどの建物を解体するには、それなりの費用がかかるんだろうな」


 解体はできないが、盗賊などが悪用しないように、行政が定期的に調査を行っているそうだ。

 このクエストの依頼主は、シモキタの領主だった。


「領主ってのがファンタジーらしくていいな。はは」


 預かっていた鍵を取り出し、両手で重厚な二枚扉を開けた。

 蝶番が擦れるギーっという甲高い音が、不気味に鳴り響く。

 室内に照明はない。

 だが、大きな窓から光が差し込むため明るい。

 一応、冒険者セットに懐中電灯のようなライトはあるが、使う必要はなさそうだ。


 まずは一階のホールをチェックした。

 続いてキッチンを見て回る。


「異常なしだ」


 俺は幽霊の類を一切信じていない。

 だから、こういった廃墟も怖くない。

 怖いのは生きている人間や動物だ。


 二階と三階も見て回り、屋上へ出た。


「す、すげーな。シモキタとは思えん景色だぜ」


 三百六十度に広がる景色は、まるでイタリアの南部の田園風景だ。

 もちろん行ったことはない。


 一階に戻り、埃を被ったテーブルを綺麗に拭き取り、そこで書類に調査報告を記入した。

 不思議と文字も書けるため、読み書きに関しては全く問題ない。


 これでクエストは終了だ。

 調査クエストは想像以上に簡単だった。


 俺は改めてホールを見渡す。


「なんだかライブハウスっぽいな。そういや、下北も潰れたライブハウスがいくつもあったよな……」


 二十年もやっていれば、新規オープンや閉店を何度も経験している。

 こけら落としや、閉店の最終公演に出演したこともあった。


「思い出しちまったぜ……。さて、帰るか」


 席を立つと、キッチンからガシャンと大きな物音が聞こえた。

 何かが床に落下したようだ。


「ビ、ビビった。なんだ?」


 だが、音は一回ではなく、何度も聞こえてくる。


「な、何かが歩いてるのか?」


 俺は慎重にキッチンへ向かう。


「ひ、ひいぃぃぃぃ!」


 思わず悲鳴を上げてしまった。

 本気の悲鳴は、マジで情けない。


「なんだよこいつ!」


 さっきまでいなかったはずの巨大な生物の姿があった。

 俺の身体よりも大きい蜘蛛だ。


「モンスターか!」


 巨大蜘蛛は俺の姿を見るなり、口から白い糸を吐いた。

 突然のことに驚きながらも、俺は咄嗟に右へ飛び込んだ。

 前転してすぐに起き上がる。


「なんなんだよ!」


 自分の身体よりもデカい蜘蛛なんて初めて見た。

 気持ち悪いなんてものじゃない。


「確か蜘蛛って、獲物を生きたまま食らうんだよな……」


 あの糸に掴まったら死ぬ。

 しかも俺は丸腰だ。


「くそっ! 武器を買っておけば! この世界を舐めてた!」


 武器を買ったところで扱えないが、それでも買っておくべきだった。


「はあ、はあ! どうすりゃいい! 何か武器の代わりは!」


 俺はすかさずキッチンの作業台に身を隠す。

 この際なんでもいい。

 武器になりそうな道具で攻撃して、蜘蛛を怯ませ、その隙に逃げる。


「ん?」


 顔に水滴がついた。

 天井から液体が降ってきたようだ。


 視線を上げると、大蜘蛛が俺を覗き込んでいた。

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