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追放されたおっさん、異世界トウキョウで冒険者スローライフを始める  作者: 犬斗
第一部

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1/11

第1話 残酷なメジャーデビュー

「かんぱーい!」


 俺はビールのジョッキを掲げた。


「くぅぅ、うめー! 五臓六腑に染み渡るぜ!」


 一杯目を一気に飲み干す。


「生おかわり!」


 バンドを始めてから二十年以上も経った。

 俺ももう三十代後半だ。


「ここまで長かったぜ」


 俺が作ったバンドは、幾度となくメンバーチェンジを繰り返し、何度も解散の危機を乗り越えてきた。

 元メンバーたちは、とっくにバンドを辞めて就職している。


 同年代の連中に会うと、『いい年してみっともない。絶対無理。恥ずかしい』と言われたものだ。

 だが、俺は諦めなかった。

 一昨年、新たにメンバー募集をかけ、一回り以上も年下の連中をメンバーに迎えて頑張ってきた。

 その甲斐あって、ようやくメジャーデビューのチャンスを掴んだ。


「ついにこの時が来たな! ここから見返してやるぜ! わはは!」


 下北沢のスタジオでリハを終えた俺たちは、メンバー四人で居酒屋に来た。

 バンド業界も時代が変わっている。

 昔とは違い、リハの後に酒を飲むことなんてない。

 それどころか、今はライブ後の打ち上げすらない。

 即帰宅だ。

 このメンバーで酒を飲むなんて初めてだった。


「お前ら本当によくやってくれたよ。今日は俺の奢りだ。飲め飲め」


 バイト代が入ったばかりで懐は温かい。

 それにメジャーデビューの決定だ。

 今日はとことん飲む。


「懐かしいな……」


 昔の下北は、道を歩けば必ず知り合いのバンドマンに遭遇した。

 それどころか、ライブを終えたバンドマンたちが自然と集まり、安い餃子を頬張りながら朝まで飲み明かしたものだ。


「あの、ヴィニーさん」

「ん? なんだ?」


 ヴォーカルが俺のあだ名を呼んだ。

 その視線はビールジョッキに向けられていた。

 さっきから酒に手をつけていない。


 他のメンバーも、神妙な表情を浮かべながら、ヴォーカルと同じようにジョッキを見つめていた。

 メジャーデビューを前に緊張しているのだろうか。

 もしかして、酒が苦手だったのかもしれない。


 バンドマンは酒が命と考える俺は、もう古い人間か。

 このままでは酒ハラスメントと言われてしまう。

 デビューを前に、コンプライアンスについてアップデートする必要がある。


「あの……」

「どうした? 烏龍茶にするか?」

「俺たち……。ヴィニーさんのドラム、すげーと思ってます」

「ど、どうした急に……」

「マジですげーっす。俺たちはヴィニーさんに憧れて、バンド募集に応募したんです」

「な、何だよ、照れるな、はは。でも、ありがとう」

「だけど……。俺たちとは世代が違うって気づいて……」


 突然三人が立ち上がり、俺に向かって深々と頭を下げた。


「すみません! ドラムを替えます!」


 叫ぶヴォーカル。


 ドラムを替える?

 俺がクビ?


「ま、待てよ! 俺のバンドだぞ!」

「今の楽曲は俺たち三人で作ってます。それに、昔の曲はもう演奏してません」

「だ、だからって! メジャーまで来たんだぞ!」

「実は、ヴィニーさんの脱退がメジャーデビューの条件なんです!」

「ふ、ふざけんじゃねーぞ!」


 俺は両手でテーブルを叩き、立ち上がった。


「ここまで来るのに二十三年だぞ! 二十三年やってきたんだぞ!」

「俺たちだって、デビューしたいんです!」

「俺のバンドだ!」

「今はもう違います! ヴィニーさんは古いんです!」

「ふ、古いだと……」

「バンドには、もういらないんですよ!」


 テーブルに追加のビールを置いた店員が、逃げるように厨房へ向かった。

 賑やかだった店内に、緊張と静寂が訪れる。


「そう熱くなるな、ヴィニー。周りに迷惑だぞ?」


 背後から聞こえる低く落ち着いた声。

 同時に右肩を軽く叩かれた。


「ロ、ロンドンさん」


 振り返ると、スーツを着た男性が立っていた。

 レコード会社のロンドンさんだ。

 この人のスカウトで、俺のバンドはメジャーデビューを掴んだ――はずだった。


「君もこの業界が長いんだ。いくらでも見てきただろう?」

「ど、どういうことですか?」

「デビューのタイミングで、ドラムを替える」

「なっ!」


 メジャーデビューのタイミングで、メンバーチェンジはよくある。

 そのほとんどは、実力不足が理由だ。

 レコード会社によっては、メインのヴォーカルだけが欲しいというパターンもある。


「君の実力は高いよ。プロでも十分通用するだろう。だが、メンバーたちと一回り以上離れているんだ。バンドとしてルックスもセンスも合わない。年齢的に、もう厳しいことくらい分かるだろう?」


 俺は音楽に身を捧げ、バンドに人生を捧げてきた。

 生活の全てを犠牲にして、必死に練習して実力を上げ、ようやく掴んだチャンスだった。


 だが、年齢だけはどうにもならない。

 若い頃に戻ることは不可能だ。


「安心しろ。君は脱退扱いにする。理由は病気だ。これなら評判も気にならないだろ? 他のバンドを続けることもできる。だがな、老婆心ながら引退を勧めるよ。もうギリギリの年齢だ。普通の仕事に就くんだ」


 笑みを浮かべながら、ロンドンさんがスーツの内ポケットから長財布を取り出した。


「俺が……追放……」


 俺は力なく、椅子に崩れ落ちた。


「我々はこれから打ち合わせだ。今日はこれで好きなだけ飲むといい。今までご苦労だったな」


 ロンドンさんが新札の三万円をテーブルに置く。

 あらかじめ用意していたのだろう。


 メンバーたちを引き連れて店から出ていった。


「嘘だろ……」


 俺は目の前のジョッキを一気に飲み干した。


「嘘って言えよ!」


 突然降り出した豪雨。

 アスファルトを叩きつける音が店内まで響き、俺の叫びをかき消した。


 ***


「こ、ここは?」


 目を開けると、俺は芝生の上に寝ていた。


 バンドを追放されたショックで、浴びるほど酒を飲んだ。

 あの店を出た後のことは全く憶えていない。

 もしかして、代々木公園まで歩いて寝てしまったのだろうか。

 いや、確か豪雨だったはずだ。


「さ、財布は!」


 リハに持っていったドラム機材も、財布が入ったバッグも、全てがなくなっている。


「マジかよ……。やっちまった。ひとまず交番行くか」


 周囲を見渡すが、何かがおかしい。

 公園の芝生なんかじゃない。

 見渡す限り草原が広がっている。


「な、なんだよ! ここどこだよ!」

「起きたか」

「だ、誰だ!」


 声が聞こえる方向に視線を向けると、一人の老人が立っていた。

 白くて長い髭が特徴的だ。

 その割に頭は禿げ散らかしている。

 物語に登場する仙人のようだ。


「誰がハゲじゃ!」

「え?」


 心を読まれたのだろうか。

 いや、俺の目線が頭に向いたから、気づかれただけか。


「まあよい。ヌシは死んだんじゃ」

「は? 何言ってんだ、爺さん」

「ヌシの音楽は好きじゃったんだけどのう。残念じゃよ」

「ど、どういうことだ!」

「ヌシは楽団をクビになって、やけ酒したじゃろ。すんごい飲んでたぞ? で、雨の中歩いていたら転んでのう。水たまりに顔を突っ込んだまま、気絶して溺れ死んだんじゃ」

「は?」

「人類でもトップレベルで恥ずかしい死に方じゃな。水たまりで溺死。ぷぷぷ」

「ふ、ふざけんな! 生きてんだろうが!」

「ここ天界。ヌシは死んだんじゃって」


 このジジイの言うことは信じられないが、周囲は見たこともない景色だ。

 天界と言われても納得できる景色ではある。


「ヌシ、ライブハウスの裏にあった小さな社に、シーデーを置いたじゃろ?」

「え? なぜそれを?」

「そんなお供え物は初めてじゃったから嬉しくてのう。たくさん聴いたぞ。全曲好きだが、三曲目の激しいやつが好きじゃ。あのドラムは神がかっておる。ドゴドゴドゴってな。ふぉふぉふぉ」


 爺さんがドラムを叩く真似をしている。


 俺は昔、あまりにメジャーデビューしたすぎて、神頼みをしたことがある。

 ポータブルCDプレーヤーごと小さな社に供えた。

 それを知っているとなれば本物の……。


「だからそうじゃって。ワシ、神じゃもん」


 言葉を発していないのに爺さんが答えた。

 心を読んだのだろうか。


「うむ、そうじゃよ。バッチリ分かるぞ」

「マ、マジで俺……死んだの?」

「そうじゃ。あんなに頑張ったのに、何一つ叶わず死んだのじゃよ。しかも恥ずかしい死に方じゃ。ぷぷぷ」

「う、うるせーな!」


 俺は掌を見つめた。

 何十年もスティックだけを握ってきた掌だが、結局何も残らなかった。


「本当は死んだ直後に『天国への階段』を上るんじゃが、ワシの権限でヌシをここに呼び寄せた」

「どうして?」

「シーデーにサインが欲しくてのう」


 爺さんがローブの袖から俺のCDを取り出した。

 間違いない、俺が供えたCDだ。


「爺さんの言ってることは全部本当なのか……」

「うん」

「俺、マジで死んだのか……」

「うん」


 爺さんが頷く。

 そして俺にCDを手渡そうとする。


「はよせい」


 失意の俺を無視して、サインをせがむ爺さん。

 俺はジャケットにサインを書いた。


「やった! 深音(しんおん)のヴィニーからサインを貰ったのじゃ!」


 俺のバンド名は『深淵を覗く音』という。

 俺の名前やバンドの略称まで知っているとなると、爺さんは本物のファンなのだろう。


「はは、ファンは神様ってか。嬉しいよ」

「やった! やった! 自慢するぞい!」


 爺さんがジャケットを空にかざしながら喜んでいる。

 とても神様とは思えない。

 だが、俺のCDで喜ぶ姿を見るのは嬉しい。


 その姿を見て、俺は全てを受け入れる気になった。


「はあ、死んじまったもんは仕方ねーか……」


 俺は空を見上げた。

 無限に広がる青空は、雲一つない。


「まあ悪くない人生だったよ。成功したかったけどな、はは。その分、来世で頑張るさ」

「来世か。うーむ、このままヌシを生まれ変わらせるのも忍びない。サインの礼をしようぞ」

「なんかくれるのか? って言っても死んじまったがな。ははは」

「そうじゃのう、転生させてやろう」

「て、転生?」

「うむ。同じ世界には戻せんが、全く別の世界なら行かせてやれるぞ。どの世界がいい?」


 突然そんなことを言われても、答えられるわけがない。


「ど、どんなのがあるんだ?」

「かぁぁ、アーチストだったのに聞かなきゃ分からんのか!? だから古いって言われるのじゃ!」

「う、うるせーな!」

「イメージせい!」

「イメージ?」

「目をつぶって思い浮かべろ。その景色じゃ」


 爺さんに言われた通り瞳を閉じた。


「別の世界……。別の世界……」


 そう呟くと、俺の脳裏にふと一つの景色が思い浮かんだ。


「海外の景色だ。俺は海外に行ったことがなくてね。一度見たかったな。無限に広がる大地。西洋風な城や家。やっぱ、プログレだよ。それに、昔は剣と魔法のファンタジー世界に憧れたんだ。冒険者ってやつになりたかったんだよな。はは」

「ふむ、あるぞ。そういう世界がな」

「え? マ、マジ?」

「うむ。希望通り送ってしんぜよう」


 爺さんがローブの袖から一冊の本を取り出した。

 ページをめくっている。


「そういえば、ヌシが深音をクビになった理由はおっさんだからじゃろ? 恥ずかしい理由じゃな。ぷぷぷ」

「うるせーな!」

「ヌシが深音を始めた十五歳に巻き戻してやってもいいぞ?」

「よく知ってるな」

「ヌシのファンじゃもん。せっかくじゃ、記憶を持ったまま若返って人生やり直せ。ふぉふぉふぉ」


 確かに俺は年齢が理由でクビになった。

 正直、若返りたい気持ちはある。


 だが――。


 二十年以上も頑張ってきた歴史は俺の誇りだ。

 まあ、最後は恥ずかしい死に方だったが……。


「いや、このままでいいよ。自分の歴史まで否定したら、頑張った俺がかわいそうだ」

「ほほう、潔いのう。気に入った! よし!」


 爺さんが笑みを浮かべながら、手を叩いた。


「では別のサービスをつけてやろう。今までの努力に見合ったスキルじゃ。それと、おっさんでゼロからスタートは辛かろう。ギフトもつけてやるぞい。このギフトはすんごいぞう。ヌシの努力の積み重ねがそのまま反映するぞい。ふぉふぉふぉ」


 爺さんがページをめくる手を止めた。


「お、あったあった。この世界じゃ。めちゃファンタジーじゃぞ。しかもヌシに馴染みもある」

「そりゃ楽しみだ。ははは」

「死んだらまた会おうぞ」

「え、縁起でもねーな! 二度と来ねーよ!」

「ふぉふぉふぉ、人は必ず死ぬのじゃよ。次来たらワシと楽団をやっとくれ」

「ちっ、分かったよ。また来たらな。楽器の練習しておけよ」

「ワシはドラムをやりたいのじゃ」

「俺のパートだっつーの! ギターとか練習しろよ!」

「ふぉふぉふぉ、一緒にドラムをやってもいいじゃろう?」

「まあツインドラムがあるしな。……ったく、いいよ。一緒にバンドやろうぜ」


 俺は爺さんの顔を見つめた。

 なかなかファンキーな爺さんだ。


 ノリは軽いが、この雰囲気のおかげで死んだことを受け入れられた。

 感謝している。

 CDをお供えしてよかった。


「爺さん、今度はちゃんと成功してくるぜ」

「うむ。ヌシのやり直し人生じゃ。スローライフを満喫してくるのじゃぞ。それと、今度はメジャーへ行くのじゃぞ。ふぉふぉふぉ」

「え? メジャー?」


 爺さんが手をかざすと、俺の意識は遠のいた。

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