第15話 臨時ボーナス
テオドールとラズリートが、同時に黒夜竜の頭部へ剣を振り下ろした。
さすがは兄妹、動きが揃っている。
近づくと邪魔をしそうだ。
「死ねぇぇぇぇ!」
ラズリートの叫びとともに、黒夜竜の頭部に二本の剣がヒット。
同時に大きな火花が散った。
耳をつんざく甲高い金属音が広間へ反響していく。
致命傷を与えたかと思われたが、黒夜竜は無傷だった。
それよりも、閃光で目を焼かれたダメージが大きいようだ。
黒夜竜は今も首を大きく振っている。
「かってー!」
「ラズ! どうにか怯ませるんだ!」
「どうやんだよ兄貴! こんなの剣が折れちまうよ!」
黒夜竜は闇に生きるモンスターのため、動きは速くないという。
しかも、閃光で一時的に目を焼かれている。
俺でも近づけるはずだ。
「俺がやる!」
俺は黒夜竜の側面に回り、右前足にスティックを振り下ろした。
瞬時に八回叩き込む。
十六分音符を四分音符で二拍分だ。
それに加え、二回攻撃が発動しているため、二本のスティックで手応えは十六回という凶悪さだ。
「まだだ!」
「グギャオォォ!」
さらに連続してスティックを振ると、黒夜竜が悲鳴を上げて右前足から崩れ落ちた。
黒夜竜が倒れた勢いのまま、足をバタつかせている。
鋭い鉤爪を持つため、当たると危険だ。
「ラズ! 離れろ!」
テオドールとラズリートが即座に離れた。
俺はチャンスとばかりに頭部へ回り込み、額に向かってスティックを振り下ろす。
今度は倍の四拍分だ。
十六分音符で連打すれば、俺なら一呼吸で叩き込める。
「グギャオォォ!」
短い咆哮を上げる黒夜竜。
倒れながらも頭部を大きく振り回している。
「くっ、腕が」
積み重ねも確実に発動していた。
その証拠に、攻撃の反動は大きく、腕に痺れと痛みが残っている。
「グゴォボォォ……」
黒夜竜が嘔吐するかのように、口から泡を吹き出している。
とどめを刺せるかもしれない。
「これで! 終わりだああ!」
俺は歯を食いしばりスティックを連打した。
無数の打撃音が鳴り響く。
「グゴォォ……」
黒夜竜の巨大な頭が、地響きを立てて地面に崩れ落ちた。
ピクリとも動かない黒夜竜。
「テオドール君! ラズリート! 大丈夫か!」
俺はすぐに二人に視線を向けた。
「黒夜竜を……倒したのか?」
「う、嘘だろ、おっさん……」
二人は唖然とした表情で、立ちすくんでいる。
地下空間に静寂が訪れた。
「確認する」
ディータが呟きながら、ゆっくりと黒夜竜へ近づく。
静寂の中に、ディータの足音だけが響いていた。
黒夜竜の死骸を入念にチェックするディータ。
「完全に死んでいる。討伐完了だ。報告する」
冷静な声で、ディータが魔法通信を開始。
「ヴィニーさん! お怪我はありませんか!」
シャルロットが走って近づいてきた。
「ああ、大丈夫さ。だけど、ちょっと腕に負担がかかったな」
「診せてください」
俺の腕を触診するシャルロット。
手つきが慣れているように感じる。
「シャルロットは医療の知識もあるのかい?」
「はい。私は医師でもあります」
「なんだって?」
「ラズリートが無茶をするから、医療の勉強をして、そのまま医師の資格も取りました」
そういえば、シャルロットと知り合ったきっかけは俺の治療だ。
治癒魔法を使えるだけじゃなく、そもそも医師だったとは驚いた。
「ヴィニーさんの仰る通り、手首と肘に負担がかかってますね。ひとまず治癒魔法で痛みを取ります。炎症ですので冷やしましょう。今日一日は安静にしてくださいね」
「俺がやろう」
ディータが俺の腕に手をかざした。
「つ、つめてー!」
「冷却魔法だ。我慢しろ」
「ディータ君は、氷魔法が得意なのかい?」
「そうだ。髪の色も青いだろう? 使用する魔法で髪に影響が出るんだ」
性格まで氷魔法の影響かと思ったが、それは黙っておこう。
余計なことを言ったばかりに、メンバー間でケンカに発展することもある。
「なあ、兄貴。どうすんだよ……」
「し、信じられん。Dランク冒険者が、Bランクモンスターを倒したなんて記録はないぞ」
「このおっさん。こんなくたびれた感じなのに、めっちゃ強いんだな」
こういう一言を余計という。
まあでも、ラズリートの言うことは正しい。
俺の見た目はくたびれたおっさんだし、気にしない。
「ギルドには報告済みだ。回収班が二十四時間以内に来る。凍結させておく」
ディータが金属製のロッドをかざし、黒夜竜の死骸を凍らせた。
これほどの巨体を瞬間的に凍らせるなんて、能力が高すぎるだろう。
「瞬間冷凍なんて凄いな……」
「死んだ状態なら凍らせるのは簡単だ。生きていると細胞が活発に動くから凍らせることは難しい」
俺の呟きに対し、早口で説明してくれた。
ディータらしい。
「ポイントを打っておきますね」
シャルロットが木製の杖をかざすと、黒夜竜の背中の一部が光を帯びた。
「これで場所が特定できます。回収班はこのポイントを目指して、ここへ来ます」
発信機のようなものか。
便利かと思ったが、前世でも機械で同じようなことはできている。
機械って、案外魔法と同じなんだと感心した。
「さて、テオドール君。これからどうするんだ?」
「そうですね……。ギルドには報告しているので、黒夜竜の件は問題ありません。みんなのコンディションが大丈夫なら、このまま探索を続けます」
「俺は問題ないよ。今日一日はもう腕が使えないけどね。はは」
他のみんなも頷いていた。
探索続行の意思表示だ。
「分かりました。では、探索は続けます。ヴィニーさんは無理しないようにお願いしますね」
「ああ、ありがとう」
俺たちは準備を整え、その場を出発した。
***
俺の腕の影響で、隊列が変更された。
先頭はテオドールとラズリート、中列が俺とシャルロット、最後尾がディータだ。
俺は隣を歩くシャルロットを見つめた。
「なあ、シャルロット。黒夜竜の死骸はどうなるんだ?」
「ギルドの素材回収班がピックアップします。買取査定されますので、地上へ戻ったら報酬が支払われますよ」
「そうか。それじゃあ、自主企画の売上になるってことだろ? 良かったよ」
「いや、あのですね……」
シャルロットが困惑の表情を浮かべると、先頭を歩くテオドールが振り返った。
「ヴィニーさん。黒夜竜はBランクモンスターですから、買取代金はかなりの高額になるんです」
「そうか、それは良かったじゃないか。費用の足しになるだろう。わはは」
「あの……。我々はBランクモンスターを討伐したことがないので、あくまでも目安ですが……。直近の例で言うと、黒夜竜の買取価格は三百万エンだったはずです」
「へえ、三百か……。え! 三百万エン!」
「はい。状態が良ければもっといきます」
モンスター一頭が三百万エン。
驚いたなんてものじゃない。
「三百万エンって……。信じられん……。いやでも……」
これだけの巨体だから、体重は数トンどころではないだろう。
キロ単位で換算すれば、相当安いのかもしれない。
それに、前世の黒マグロより安いと考えれば納得できる。
いや、無理があるか……。
「ま、まあ、みんなで倒したわけだし、ボーナスってことでいいじゃないか。はは」
「よろしいのですか?」
「よろしいも何も、俺はサポートだし、ちゃんとギャラはいただくんだ。問題ないよ」
「しかし、黒夜竜の討伐はさすがに予想していません」
「じゃあ、こうしよう。黒夜竜の収益に関しては五等分でどうだい?」
「それはあまりにも……。ヴィニーさんが半分、残りの半分を我々四人が等分でいかがですか?」
確かに俺の攻撃で倒したのかもしれないが、みんなちゃんと役割があった。
それに、金は揉め事の原因になる。
バンドを上手く運営させるコツは均等な分配だ。
「いや、五等分で構わないよ。なあ、ラズリート。剣を買いたいだろ?」
「い、いいのかよ?」
「もちろんさ。ガハルト工房でオーダーできるんじゃないか?」
「剣をオーダーして、酒も買う!」
「欲望に忠実だな……」
正直なところ、俺は前世でかなり貧乏だった。
音楽には金がかかるし、ライブの収益なんか雀の涙だ。
金の大切さは身に沁みていた。
だが、今はありがたいことにサポート依頼があるから、クエストで確実に稼げる。
神爺さんのおかげで凶悪なスキルとギフトもあるし、生活するくらいなら金に困らないだろう。
であれば、金に執着しないほうがいい。
これは自分のためでもある。
ちょっと打算的ではあるが、気前の良いおっさんだと思われていたほうがいいはずだ。
俺はもう子供じゃない。
楽しく生きていくためには、それなりのセルフプロデュースも必要ということを理解している。
「我々がこの先で採掘するつもりの素材を、遥かに凌駕した収益になると思います……」
テオドールの見た目はチャラいのだが、非常に真面目だ。
隣で瞳を輝かせているラズリートと兄妹だとは思えない。
「だけど、今回の自主企画は金が目的じゃないんだろう?」
「そうですね。素材の入手ですから」
「じゃあいいじゃないか。降って湧いたボーナスだ。気にせず進もう」
「は、はい。ありがとうございます」
俺たちは暗闇のダンジョンを進んだ。




