第14話 不穏な音
早朝、俺たちは宿のロビーに集合した。
六階層へ下る階段へ向かい、ゲートで冒険者カードを提示。
ここでインディーズ以上の確認を行う。
「おはようございます。下の様子はどうですか?」
「昨日のインディーズは、十二階層と十五階層で討伐報告があったぞ。メジャーは言わずもがなだ。モンスターの活動が相当激しいようだ」
テオドールの質問に、係員が答えてくれた。
六階層以下へ潜ると、夜七時までに報告義務がある。
それを元に、冒険者ギルドのシンジュク支部では、ダンジョン情報がリアルタイムで公開されるという。
その情報は、娯楽や賭けの対象にもなっているそうだ。
「今はどれくらいのバンドが潜ってますか?」
「インディーズが約三百、メジャーは五十だな。いつもより少ないぞ」
「じゃあ、中で他のバンドに遭遇することはないですね」
「場所によるな。お前たちの目標は?」
「十階層北部です」
「そうか。その場所なら遭遇はないぞ。今は、ほとんどのバンドが十階層より下にいるからな」
「分かりました。ありがとうございます」
「ああ、気をつけて行けよ」
俺たちはゲートを抜けて、六階層へ進んだ。
ここからは、フロアの様々な場所に人工的な階段や、自然にできた下層に繋がる通路が点在しているという。
まさに迷宮だ。
今回の俺たちは十階層の北部を目指すため、各フロアを北へ進みながら下層へ下りていく。
六階層からは洞窟内に照明がない。
一切の光が届かない完全な闇だ。
各自、魔力で光る懐中電灯のようなライトを持っている。
さらに、額にも魔力式のヘッドライトを装着。
光はいくらあっても多いことはない。
「ヤバいな。もうどこにいるのか分からん……」
こうも真っ暗だと、方向感覚を失ってしまう。
「これがシンジュクダンジョンです」
「五階層までは楽勝だと思っていたよ。はは」
「六階層からが本番です。うふふ」
シャルロットがライトで地図を照らしながら、常に現在地を書き込んでいる。
ディータも自分の地図に記入していた。
現在位置の記録は二人体制だ。
隊列はテオドールとラズリートが先頭で、シャルロットとディータが中列、俺は最後尾を歩く。
フロアは平坦ではなく起伏に富んでおり、場所によっては岩場を越えたり、身長ほどの段差を飛び降りる。
なかなかハードだ。
それでも八階層までは順調だった。
「ここで休憩だ。昼食にしよう」
広場のような空間に差しかかったところで、テオドールの指示で休憩となった。
荷物を下ろし、各自保存食を取り出す。
「ん?」
突然、ラズリートが動きを止めた。
「どうした? ラズ」
「兄貴、気配だ。モンスターかもしれない」
「分かった。全員準備しろ」
二人が剣を抜いた。
俺もバッグからスティックを取り出す。
かすかに聞こえる物音が、洞窟に反響しながら近づいてくるのが分かった。
「足音か……。かなりの低音、四足歩行、歩幅は大きいな。相当大きなモンスターじゃないか?」
自慢じゃないが、俺は耳がいい。
一応元ミュージシャンとして音には敏感だ。
さらに、暗闇の中にいたことで、聴力が研ぎ澄まされている。
演奏中に目をつぶると集中できるのと同じだ。
「ヴィニーさんの言う通りならヤバいな。ラズ、最悪撤退準備を」
「撤退? ……まさか?」
「黒夜竜かもしれない」
テオドールとラズリートが話している。
「黒夜竜って?」
俺はシャルロットに話しかけた。
ライトで照らされたシャルロットの額から、脂汗が滲んでいる。
「Bランクモンスターです。メジャーモンスターなので、我々では対処できません」
「何だって!」
「こんな浅層にいていいモンスターではありません」
俺たちインディーズは、Bランク以上のモンスターの討伐は禁止されている。
理由は単純で、危険だからだ。
とはいえ、緊急時はそれに該当しない。
「しかし、撤退って言っても近づいてきてるぞ?」
足音が徐々に大きくなっている。
もう全員が感じ取っているだろう。
テオドールがディータに視線を向けた。
「やむを得ないな。ディータ、ひとまず通信を」
「もうしている。返事は『許可』だ」
「分かった。全員準備しろ」
ラズリートたちが戦闘準備を開始した。
「ヴィニーさん。状況を説明します。ギルドは我々に黒夜竜の討伐許可を出しました。ですが、あくまでも緊急の許可です。本来は格上のモンスター。勝てる可能性は低いです。撃退が理想だと思ってください」
「分かった。でも撃退じゃ、一時的に危険が去るだけだろ? となると、この自主企画は中止になるのかい?」
「そうですね。このフロアはアラートが出されて、メジャー冒険者が討伐のために派遣されます」
「せっかくここまで来て中止はしんどいな」
「仕方ありません。またの機会にチャレンジします」
言葉は冷静だが、テオドールの声には悔しさが滲んでいた。
「兄貴、この広場で迎え撃つぞ」
「ああ、広さはちょうどいい。ラズ、無理するなよ」
「兄貴もな」
二人が剣を構え、ライトを消した。
一度この広場を暗闇にする作戦だ。
俺もライトを消す。
「全員、合図したら目をつぶれ。強烈な閃光を出して目潰しする。その後、部屋を照らす」
ディータの声が暗闇に響いた。
足音と振動で、黒夜竜がすぐそこまで来ていることが分かる。
「ふうう」
俺は緊張で、自分の心臓の音がはっきりと聞こえていた。
生唾を飲み込む音までクリアだ。
「目をつぶれ! 閃光!」
ディータが叫ぶと、目を閉じても光を感じるほど強い閃光が発せられた。
「グギャオォォオオォォォォ!」
黒夜竜の悲鳴のような咆哮が、空気を激しく揺さぶる。
「ぐっ!」
耳を塞ぎたいほどの音圧だった。
「目は開けていいのか!」
「いいぞ!」
目を開けると、天井に放たれた光の球体が部屋全体を照らしていた。
正面にいるのは、十メートル近くある四足歩行のモンスター。
まるで図鑑で見た恐竜だ。
閃光で目を焼かれたのか、苦しそうに首を大きく振り回している。
「行くぞ、ラズ!」
「おう!」
兄妹が突っ込む。
俺も怯んではいられない。
両手でスティックを握り、黒夜竜に突進した。




