第2話:明日からの男
「昨日、結局食べました?」
朝一番、席に着いた瞬間にそれが飛んでくる。
「何の話?」
パソコンを立ち上げながら、目は合わせない。
「コンビニの前で悩んでたじゃないですか」
「見られてたん?」
「たまたまです」
「たまたまにしては精度高ない?」
「で、どうなんですか」
少しだけ間が空く。
「……食べてない」
「嘘ですね」
即答。
「なんで分かるん」
「顔に出てます」
「どんな顔やねん」
「満足してる顔です」
「ええやろ別に」
思わず笑う。
誤魔化せてる気がして、
誤魔化せてない気もする。
「で、ダイエットは?」
「やるって。今日から」
「昨日は明日からって言ってませんでした?」
「今日はその明日や」
「便利ですね、その理屈」
「営業やからな」
「関係あります?」
「なんとなく」
軽く流す。
それ以上、続けられへん。
昼。
コンビニの前で、一瞬止まる。
——今日はやる。
頭の中で言う。
弁当を手に取る。
戻す。
サラダを見る。
「……」
値段を見る。
「高」
弁当に戻る。
「……まあ、最初は無理せんとこ」
カゴに入れる。
唐揚げも入れる。
コーヒーも。
いつも通り。
ちょっとだけ早歩きでレジに行く。
午後。
眠い。
「日高、来週の接待な」
上司が声をかけてくる。
「はい」
「ゴルフやから、予定空けとけよ」
「……ゴルフですか」
言葉が一瞬詰まる。
「やったことある?」
「いや、ないです」
「まあええわ。適当で」
適当で。
その言葉に、ちょっとだけ安心する。
「失礼ない程度でええからな」
「……はい」
さっきの安心が、少しだけ引っ込む。
仕事終わり。
「行くで」
藤田が肩を叩いてくる。
「どこ」
「決まってるやろ」
パチンコ屋のネオンが見える。
「今日はやめとくわ」
口から出る。
自分でも少し驚く。
「珍し。どうしたん」
「いや、ちょっと」
理由が出てこない。
「ダイエット?」
「……まあ、そんなとこ」
藤田が笑う。
「三日もたんやつやん」
「うるさいな」
笑い返す。
そのまま、少しだけ立ち止まる。
行かんでもええ気もする。
でも——
「ちょっとだけな」
結局、足はそっちに向く。
夜。
負けた。
「はあ……」
財布を見る。
軽い。
「何してんねやろな、ほんま」
誰に言うでもなく出る。
藤田は隣で笑ってる。
「取り返したらええやん」
「それができたら苦労せん」
「じゃあ次やな」
「そうやな」
頷く。
軽く。
考えんようにする。
帰り道。
夜風がちょっとだけ冷たい。
ポケットの中、軽い。
——ダイエット。
——ゴルフ。
頭に浮かぶ。
「……」
ため息が出る前に、飲み込む。
「まあ、ええか」
口に出す。
それで終わると思ったのに、
終わらん。
さっきの上司の言葉。
“失礼ない程度でええからな”
「……」
ちょっとだけ、引っかかる。
足が止まる。
少しだけ考えて、
スマホを出す。
検索欄に打ち込む。
——ゴルフ 初心者
出てきた画面を、少しだけ眺めて、
「……むずそう」
小さく呟く。
でも、
閉じる指が、少しだけ遅れる。




