第7話 好きという弱点
穏やかに学院生活が流れていた、ある週末。
シンシアとリリアナは、クラリスに呼ばれ王宮を訪れていた。
「三ヶ月後には、デビュタントですもの! 一緒にドレスを選びたいの!」
クラリスが真っ白なドレスを広げる。
「デビュタントは白だけなの。知っているでしょう?」
「ええ……装飾も白か、婚約者の瞳の色だけ。」
リリアナが静かに補足する。
「婚約者がいる女性はイヤリングに。男性はボタンや留め具に入れるのよ。」
クラリスはくるりと回った。
「だからね、シンシア。形を揃えましょう?
色は交換できないけれど、お揃いにはできるわ!」
その無邪気な笑顔。
けれど、リリアナの手がわずかに止まる。
「……クラリス様。それは、周囲がどう見るかご存知ですか?」
「え?」
「王女殿下と同じ意匠。
それは――王室が認めた、と受け取られかねません。」
部屋の空気が、わずかに張り詰めた。
シンシアの胸がひやりとする。
(私が……王太子妃、確定?)
胸の奥がざわめく。
クラリスはきょとんとしたまま、やがて頬を膨らませた。
「そんなの関係ないわ! 私はシンシアとお揃いがいいの!」
その純粋さが、かえって重い。
「クラリス様、シンシア嬢を困らせてはなりません。」
クラリスの側に、茶髪の女性が立っていた。
「はじめまして。宰相の娘、カーラ・フォラストと申します。」
隙のないカーテシーだった。
「はじめまして、カーラ様。シンシア・エルディナと申します。」
「シンシアの姉、リリアナ・エルディナと申します。」
形式ばった挨拶が交わされる。
「もう、カーラったら。堅いのだから。」
クラリスが頬を膨らませる。
「私はね、本当の姉妹になってもいいくらい、シンシアを大切に思っているのよ。」
その言葉に、シンシアのまつ毛がわずかに震える。
「シンシアだって、アルベルトお兄様が好きでしょう?」
部屋の空気が、音を立てずに止まった。
「ち、違います!」
すぐにシンシアの頬が一気に染まる。
「わ、私はただ……尊敬しているだけで……」
クラリスはにやにやと笑う。
カーラが、静かに口を開く。
「シンシア嬢。」
声音はやわらかくも冷静だった。
「王宮では、感情は武器にもなれば、弱点にもなります。」
シンシアの表情が固まる。
「今の反応は、誰の目にも明らかでした。」
責める口調ではない。ただ、事実を置く。
「好意は隠すものではありません。
ですが――晒すものでもありません。」
部屋の空気が、また一段階変わる。
クラリスが小さく首を傾げる。
「カーラは難しいことを言うのね。」
「難しくはございません、クラリス様。
ただ、生きる場所が違うだけですから。」
その言葉が、シンシアの胸に重く落ちる。
馬車が静かに揺れる。
「……あんなに、分かりやすかったかしら。」
シンシアは窓の外を見たまま呟く。
「ええ。」
リリアナは穏やかに答える。
「王宮では、好きという感情も交渉材料になるものよ。」
「好きな人がいても?」
一瞬だけ、視線が揺れる。
「……好きだからこそ、守るの。」
リリアナは窓の外へ視線を向けた。
その心がどこにあるのか、
シンシアには分からなかった。




