第9話 それでも、隣に立つ
夏の暑さが残る中庭。
二人の間には、冬のような静けさが流れていた。
「……風が、気持ちいいですね。」
エリシアが微笑む。
シンシアは、静かに頷いた。
噴水の近くまで歩くと、エリシアが歩みを止めた。
「シンシア嬢。」
少し、間があく。
「……あなたは、アルベルト王太子殿下の隣に立つ覚悟がありますか?」
まっすぐな視線が、シンシアを捉える。
シンシアは、言葉を失った。
うつむき、ドレスを握る。
(エリシア様は、なぜこんな質問を?)
おふたりは、想い合っているはずなのに。
(でも、私は――)
ゆっくりと顔を上げる。
「私は、アルベルト殿下が好きです。」
一度、息を整える。
「……あの方の隣に立って、支えたいです。」
それは、迷いのない言葉だった。
「幸せになってほしいと、思っています。」
エリシアは、わずかに目を見開いた。
だがすぐに、静かに微笑む。
「……そう。」
「それなら、安心ね。」
「あなたは、どうして……」
言葉が、震える。
「どうして、アルベルト殿下と想い合っているのに……」
エリシアは、アルベルトのいる部屋の方へ視線を向けた。
「私は、アルトを愛しています。」
その声は、揺るがない。
視線が、シンシアへと戻る。
「その気持ちは、変わらないわ。」
一拍の間。
「ですが――」
「共に生きることはありません。」
静かに、言い切る。
「私には、愛よりも使命があるのです。」
その言葉には、迷いがなかった。
(……どうして?)
シンシアの目から、涙がこぼれる。
「お時間をありがとうございます、シンシア嬢。」
「そろそろ戻りましょう。私も少し休みます。」
シンシアは、動けなかった。
「……私は、もう少しここにいます。」
エリシアは静かに頷き、一足先に王宮へと戻っていった。
(あんなに、想い合っているのに。)
何があって結ばれないのか、シンシアには分からなかった。
わかることは、ただひとつ。
アルベルトとエリシアは、守るべきものが多く、捨てることができない立場であるということ。
レオンハルトが、シンシアの前に立った。
「……シンシア。」
「……レオン。」
「私、分かっているの。」
言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
「どんなに努力しても、アルベルト殿下のお心はエリシア様から離れることはないって。」
「それでも――」
一歩、踏み出すように。
「結ばれないのなら、隣に立ちたいの。」
声が、わずかに震える。
「……好きなの。」
レオンハルトの手が、シンシアへと伸びる。
だが、触れることはなかった。
静かに、その手を下ろす。
見守ることしか、できなかった。
レオンハルトは、強く手を握りしめた。
その手が、わずかに震えていた。




