第4話 届かないぬくもり
リュシエンヌの歓待が終わる。
貴族たちが、静かに大広間を後にしていく。
ざわめきは、次第に遠ざかっていった。
シンシアとリリアナも、馬車へと向かった。
「あなたが、シンシア嬢かしら?」
声が、すぐ近くから落ちた。
「皇太女様……!」
「急に声をかけてごめんなさいね。セイラから話を聞いていて、少し気になっていたの。」
「……セイラ嬢からですか?」
「純粋で優しい人だと。セイラは人との関わりが少ないから、驚いたわ。」
リュシエンヌは、ふっと視線を和らげる。
「今から、クラリス殿下とリアと共にエリーに会いに行くの。2人も来る?」
「……エリー?」
「……リア?」
二人が不思議そうにする。
「ごめんなさい。アウレリア殿下と女伯爵のことだ。」
リュシエンヌの目元が、先ほどよりも柔らかくなる。
「私だけがそう呼んでいるのよ、……私とエリーは親友だから。」
「ですが……大勢で押しかけては、ご迷惑では?」
リリアナが心配そうにリュシエンヌを見る。
「あなたがリリアナ嬢かしら?」
リュシエンヌは、柔らかく微笑む。
「エリーは、普段屋敷にいることが多いの。大勢で行けば、きっと喜ぶと思うわ。」
リュシエンヌは、アウレリアとクラリスを呼び寄せる。
客室のある離宮へと足を運んだ。
扉の前で、足を止める。
中から、かすかに声が聞こえた。
「……シア、無理をしないでほしい。……だから――」
「ですが、殿下。」
わずかな沈黙。
「……二人きりの時は、そう呼ぶように。」
シンシアの足が、わずかに止まる。
扉が開かれる。
「アル。エリーを独り占めとは、ずるいじゃない。」
軽い声音。
しかし、その一言で空気が変わる。
リュシエンヌは、何事もなかったかのように室内へと入っていく。
アルベルトの視線が、一瞬だけ鋭くなる。
すぐに、いつもの穏やかな表情へと戻る。
(……今のは?)
シンシアの足が、動かない。
そのとき。
「……皆さま、中へどうぞ。」
エリシアは、何事もなかったかのように微笑んだ。
「このような形でのご挨拶となり、申し訳ありません。」
一度、ゆっくりと視線を巡らせる。
「エリシア・フロストリアと申します。セイラから、皆さまのことは伺っております。」
柔らかな微笑み。
「日頃よりお気にかけていただき、ありがとうございます。」
「体調はどう、エリシア?」
「アウレリア殿下、ご心配をおかけしております。」
「ここは非公式の場よ。友人として、心配しているの。」
その声音は、先ほどまでよりも柔らかかった。
「……リア。だいぶ落ち着いたわ。」
先ほどよりも、微笑みが和らぐ。
「嘘ですよ、姉上。まだ、熱があります。」
アルベルトは、迷いなくエリシアの額に触れた。
(……そんな。)
胸の奥が、締めつけられる。
二人のやり取りは、普段のアルベルトからは想像できないものだった。
アウレリアは、困ったように息をつく。
「アル、親しき仲にも礼儀ありよ。」
クラリスは、エリシアの手を取る。
「エリシア様は、アルお兄様達とお知り合いなのですか?」
きらきらとした瞳で見つめる。
「……同盟を結ぶ際、滞在先が辺境伯邸だったのです。」
体調の悪さを感じさせない、落ち着いた受け答え。
(……この人は……)
ノックの音が響く。
扉が開かれた。
「……兄上、セイラ嬢が――シンシア?」
「……シンシア嬢の顔色が優れないようですね。アルベルト殿下、休める場所を――」
エリシアの言葉を遮るように、アルベルトが告げる。
「……レオン。シンシア嬢を案内しなさい。」
レオンは一瞬、目を見開いた。
だが、すぐに頷く。
「……シンシア、行こう。セイラ嬢は中へ。」
シンシアの背に、そっと手を添える。
前へ進めと、言うように。
「……また、お会いしましょう、シンシア嬢。」
その声に、胸が締めつけられる。
シンシアはお辞儀だけして、退出した。
(……話したら、泣いてしまう。)
身支度を終え、ベッドに身を沈める。
目を閉じると、今日の出来事が蘇る。
涙が、静かに頬を伝った。
コンコン、と控えめな音が響く。
扉が、静かに開いた。
リリアナが、そっと入ってくる。
「……シンシア。一緒に寝ましょう。」
「……お姉様。」
二人は手を繋いだまま、何も言わずに眠りについた。
「―――。」
名前を呼ばれた。
誰の声か、すぐにわかる。
――愛している人の声。
「アルト。」
「また、無理をしたのか?」
額に、そっと手が触れる。
(この温もりが、好き。)
目を閉じ、素直に受け取る。
優しい声。
抱きしめられる。
(離れたくない。)
幸せを感じられる、この時間が好き。
いつか離れるとわかっていても、
同じ時間を――
隣にいられることが。
愛されていることが。
何よりの喜びだった。
この時間を、奪わないで。




