第2話 未来の期待
静かな神殿の図書室。
二人きりの空間。
机の上には、神話の本がいくつも広げられていた。
「この神話は――」
シンシアが、アルベルトの質問に一つひとつ答えていく。
アルベルトはメモを取りながら、静かに相づちを打っていた。
そのとき。
ふと、動きが止まる。
白の手袋に包まれた手が、胸元へと添えられた。
わずかに、苦しそうな表情。
「……アルベルト殿下?」
「……なんでもありませんよ。」
何事もないように微笑む。
だが、その指先はまだ胸元に触れたままだった。
シンシアは、そっとアルベルトのそばへ近づいた。
「無理はなさらないでください。殿下のお身体が心配です。」
その言葉に、アルベルトはわずかに目を見開く。
「……あなたには、本当に助けられてばかりですね。」
静かな声。
その視線は、まっすぐシンシアを捉えていた。
白の手袋越しに、そっと机に手を置く。
その距離は近いはずなのに――
触れられることはない。
「シンシア嬢なら……」
言いかけて、止まる。
ほんの一瞬の沈黙。
「……忘れてください。」
アルベルトは微笑んだ。
何かを押し込めるように。
視線を逸らし、再び本へと目を落とす。
(……今のは、何?)
言葉にはならない。
それでも。
期待してしまいそうになる。
(この人の隣に、立てるのかもしれない。)
神殿での出来事が、まだ胸に残っていた。
それでも、時間は止まらない。
――イグナリア帝国の来訪の日が訪れた。




