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第26話

 紅蓮の空を茜色の夕日が幻想的な夕空を作り出していた。


 軍務局の屋根に座り、膝にツクヨミとコクヨウを乗せ、ゆっくり撫でながら沈み行く夕日を眺めていた。

 エリスは僅かに眉をひそめ、沈み行く夕日を見て「私みたいね」と呟いた。

 夕陽が山に消えかける寸前の、赤、朱、橙、橙と青が混じり合い、青、群青の夕凪のグラデーションを眺め「綺麗ね…アスレン…」と寂し気に囁いた。

(ああ、綺麗だ…)

 夕日が沈みきった夜空には満天の星が煌めき出した。それを見たエリスは2匹を抱き締め、決意の籠もった目で立ち上がった。



「復讐もそろそろ終わりにしましょうか」


(行こうか、この世での最後の復讐を)


 暗闇の静寂の中、カツン…カツン…と足音が王城正門前に木霊した。


 門兵達は、近づいて来る足音を警戒し、手に持つ槍に力が入る。公爵邸の消滅は既に聞かされているからだ。足音の主を想像し恐怖で震え、我慢し門番の役目をまっとうする。


 小柄なシルエットが暗闇の中に朧気に目に入り、その姿を網膜が映し出した瞬間、一人の衛兵は「ひいぃぃっ!?」と悲鳴を上げ、槍を投げ捨て城内に駆け出した。


 残された門兵は、恐怖のあまり槍を手放した。それが生死の別れ道だった。衛兵はその場で尻もちをつき、ただ、震えて嵐が過ぎ去るのを待った。


 篝火(かがりび)の炎の揺らめきが、真紅のドレスを赤く赤く染め上げ、真紅の角が灯りを反射して鋭利に煌いていた。その後ろに黒猫が付き添い、少女の肩には真っ黒な鴉がとまり幻想的な雰囲気に唾を飲み込んだ。


 少女は、紅蓮の覇気を纏い、翼を揺らし、その傍らで漆黒のオーラが寄り添う様に威容を示し、カツン…カツン…と通り過ぎていった。衛兵は無事だった事を神に祈りを捧げた。


 城内は、騒然となり、使用人や勤め人は、エリスの姿を目にした途端に、悲鳴を上げ逃げ出して行った。そこに、避難の合図の鐘が鳴り響いた。


(この鐘の音も懐かしく感じるわね。私達のバージンロードを歩いた時と一緒の鐘の音だわ)


(そうだな、あの時とは逆だがな)


「止まれ!これ以上踏み込むなら攻撃する!と、止まれ!」


 エリスの歩みは止まらない。


 エリスが一歩足を踏み入れるたびに、彼女から溢れ出す「紅蓮のオーラ」が、城内の兵士たちを瞬時に塵に還し、エリスの中へと引きずり込んで行く。


 王城に務める者たちは、王都で噂の小鳥を癒した心優しき「断罪と癒やしの女神」が城に攻め込んで来たと聞き、最初は何の冗談かと笑っていたが。


 その姿を見た瞬間、顔色を変えて一目散に城から逃げ出した。公爵邸と同様に消滅させられると、城内に恐怖と畏怖が伝播した。後を追うように城内に務めていた者達全てが、王城の裏口から我先にと逃げ出した。


 王城の最深部、玉座の間。かつてこの国の繁栄を象徴した黄金の装飾は、今はただ、近づきつつある「化け物」に怯えて震えていた。


「宰相はどうした!?軍務卿は!?法務卿は!?騎士団はどうして動かない!?宰相代理はどこへ行った!」


 謁見の間に、王の怒声が鳴り響いた。一息の間に目前の王国の歴史を見続けた大扉が突如その歴史に幕を降ろした。


 重厚な扉は、エリスがその前に立った瞬間に、防御術式も関係なく、物理的な破壊を伴うこともなく「存在」そのものが、漆黒の塵となってエリスに取り込まれて行く。


 国王と第三王女を守るために、20人の精鋭騎士が配置されていた。訓練どおりの陣形に付いた騎士たちは、その姿と少女が纏う紅蓮のオーラと漆黒のオーラが陽炎が揺らめき重苦しいプレッシャーを放ち、少女の身体から紅い燐光を発していた。


 護衛騎士が、立ちはだかるが、エリスの歩みは止まる事なく、襲いかかる20人全て一瞬のうちに塵となってエリスに取り込まれて行く。


「化け物……! 来るな! 近寄るなッ!他の 騎士は、騎士はいないのか! 衛兵でもよい!!余を守れ!?」


 国王は玉座にしがみつき、サリエラ王女はただただ震え、玉座の後ろに這いつくばって隠れ潜む。


 だが、彼らが呼ぶ衛兵も騎士も、すでにこの城内には存在しない。


「サリエラ第三王女殿下、そんな所に隠れ床に這いつくばって滑稽ですわね。リュシテル伯爵子息からの伝言を受け取って頂けたかしら?約束通り復讐に来たわよ」


「な、何なのよ、その姿!?変わり過ぎでしょ!何で角まで生えてるのよ!?」


 王女は、エリスの変わり果てた姿に、根源的な恐怖と畏怖に身体が竦み動けなかった。


「貴方達が、私を冤罪で殺し、私から奪った『未来』と、奪おうとした『家族』を護るために、人間ではいられなかったの。そうさせたのは、貴方達よ」


 エリスの声は、地底の底から響く聖歌のように厳かに謁見の間に響き渡った、それでいて聞く者の心臓を凍りつかせる重圧を伴っていた。


 王とサリエラ王女は、エリスの死してなお家族を護るために、人を捨てざる得なくなったことに、そこまで追い詰めた結果が今なのだと、今更思い至ったのであった。


「園遊会に居た王女殿下の取り巻きは、既に復讐は終わったわ。宰相と軍務卿とウインストは、私の家族に手を出し、多くの家族を殺し、私の大事な人を穢そうとした。だから、3人と、その屋敷に居る者全て奪って上げたわ。私の家族は全て返してもらったわ」


 人を捨てたエリスを、二人は震えながら見ていることしかできない。


 彼女のダークブラウンの髪は、呪毒の刑で白銀に染まり、家族が奪われた事で漆黒の宇宙を湛えた闇に染まっている……。


 王女が嫉妬したエメラルドグリーンに輝いていた瞳は、呪毒の刑で深淵を湛える漆黒に染まり、家族が奪われ続けたことで、憎しみと復讐に燃える紅蓮の瞳に染まり、瞳の奥では紅蓮の焔が揺らめいている……。


 そうして、背後には、紅蓮のオーラと漆黒のオーラが魔神の如く巨大に揺らめていた。


「私の未来を奪った、身勝手なあなたたちの罪は、死では購えない。……冥府の最下層、時間が意味を成さず、ただ『絶望』という概念だけが支配する場所で、永遠に明日を渇望し続けるがいいわ」


 エリスが指をスーッと空間に滑らせた。刹那、玉座の間の床が巨大な「口」を開けた。それは現世と冥府の最下層を繋ぐ一方通行の門。


 絶叫を上げる王と王女を、底なしの闇が飲み込んでいく。彼らが最後に見たのは、美しくも悍ましい、無表情なエリスの眼差しだった。


 彼らが消えた後には、ただの沈黙と、主を失って崩れ落ちた王権の残骸だけが、虚しく夜風に吹かれていた。


 復讐を完遂したエリスが次に向かったのは、両親が身を寄せる邸宅だった。


 しかし、彼女が庭園に降り立った瞬間、咲き誇っていた花々は一瞬で黒く枯れ果て、大気は凍てつく死の波動に支配された。強まって行く力に僅かに眉をひそめた。


 彼女の存在は、もはやこの世という「小さな箱庭」には収まりきらないほど、高次な「猛毒」へと変貌していた。


「お父様、お母様、シェリー、キルム……チェイルまで、記憶が戻ったの?」


 駆け寄ろうとする母テレモアと親友のチェイルとシェリーとキルムを、エリスは静かに片手で制した。


 その手からは、触れるもの全てを分解する紅蓮の燐光が漏れ出している。


「来ないで……。今の私に触れれば、あなたたちの身体は塵に還り、魂は耐えきれず消滅してしまうわ」


「エリス……! どうして、どうしてそんな姿に……。私たちが愛したエリスよ戻ってきてくれ!」


 父プレイドの悲痛な叫びが、夜の静寂にこだまする。エリスは悲しげに父プレイドを見つめた。


「エリス!?言ったわよね!人間じゃ無くなっても、私がお腹を痛めた、たった一人の娘なのよ!どんな姿でも貴女は私の娘よ!心から愛してるいるわ!」


「エリス!おば様から事情は聞いたわ!私の親友のエリスはどんな姿でも私の親友には違いないわ!助けてもらったお礼も、まだちゃんと言えて無いのに!勝手にさようならとかいわないでよ!!」


「お嬢様!奥様からお話は覗いました!仲間の使用人達を生き返らせて下さり、ありがとうございます。どこか行くみたいな事は言わないで下さい!私はずっとお嬢様の専属侍女です!」


「お嬢様、本当に申し訳ありませんでした。お嬢様の孤独で不安に押し潰されそうな気持ちも理解出来ずに、不甲斐ない私を癒やして頂き、ありがとうございます。お嬢様が産まれてから、奥様と一緒に成長を見守ってきました。これからも、見守らせて下さい」


 慈愛に満ちた、かつてのエリスを彷彿とさせる微笑を浮かべた。

 エリスの頬を一筋の輝く液体が伝う。それは、彼女がこの世で流す、最後の涙だった。


「私はもう、この世界の住人には戻れないの。……私の憎しみが育てたこの力、そして冥府から溢れ出す混沌が扉が開き、そこから私の力を奪おうとする新たな『敵』が、この世を飲み込もうと牙を剥いているの。それを食い止められるのは、人を超えた私だけ。私さえ居なければ皆幸せになれるわ」


「行かないで、エリス! お願い、置いていかないで!」


「お嬢様、嫌です!私を置いて何処にも行かないで下さい!」


 チェイルとキルムは泣き崩れ、悲痛な叫びを背に、エリスの身体は星屑のように透き通り始める。


「さようなら、私を愛してくれた人たち。私の心は、この先どんな暗闇の中でも、あなたたちの安寧を祈り続けているわ。おいで、ツクヨミ、コクヨウ行くわよ」


 エリスが背中の紅蓮の翼を大きく羽ばたかせると、光と闇が渦巻く旋風が邸宅を包み込み――次の瞬間、そこにはもう、エリスの姿とツクヨミとコクヨウの姿はなかった。


 後に残されたのは、凍りついた地面に一輪だけ咲き誇る、決して枯れることのない白銀の百合の花だけだった。


 

お読み下さりありがとうございます。応援と評価を下さると励みになります。

どうぞ、引き続きご覧下さい。

宜しくお願いします。

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