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第27話

 愛する家族達と親友と永遠の別れをし、エリスは今、現世と冥界の狭間――あらゆる理が崩壊し、狂気が渦巻く「境界」に立っていた。


 前方からは、冥王ハデスが送り込んだ軍勢、幾万の亡者と異形の波が、エリスを飲み込まんと地響きを立てて迫り来る。


 そこにあるのは、永遠に続くかのような、絶望的な戦い。

 だが、エリスの隣には、いつも「彼」がいた。


「……エリシーラ。怖いか? この先の戦いを、お前は受け入れるのか」


「ええ、受け入れるわ、アスレン。……不思議ね。人間を辞めて、家族を捨て、光の世界を後にしたのに。今、あなたと共にいることが、何よりも幸せだわ。それに、愛する人達のためにも、私は戦い続けるわ」


 アスレンの魂は冥府の狭間に辿り着くやいなや、出会った時と同じく、魂が実体化し、神格を得たエリスと自然と切り離された。


 慌てたエリスは即座にアスレンの魂だけの実体化を生前と同様の姿に蘇生を試みた。エリスの思惑どおり生命の蘇生を成し遂げたのだ。


 こうして、二人は同等の存在として実在していた。


 実体化したアスレンの腕が、エリスの肩を力強く抱き寄せ、その肩にエリスはコテンと頭を置き、この束の間の幸せに浸っていた。


「ならば、この暗黒の果てまで共に行こう。お前が戦うなら、俺はお前の剣となる。お前が疲れたなら、俺はお前の揺りかごになる。誰にも邪魔をさせない……愛するお前と永遠に一緒だ」


「ええ、アスレン。……大好きよ。愛しているわ。私もあなたと、今度こそ永遠を共にするわ。そのためにも、この戦いを早く終わらせなくてはね」


 エリスは、数万の敵を前にしながら、恋する乙女のように蕩けるような微笑を浮かべた。


「ああ、そうだな。しかし、お前は俺を蘇生するのにかなりのエネルギーを使ったはずだ。なるべく、大技は使わずに行けるか?」


「ええ、考えがあるわ。ツクヨミ、コクヨウ…」


 次の瞬間、彼女の瞳の紅蓮が閃光を放ち、影に潜んでいたツクヨミが飛び出した。闇へと形を一瞬のうちに変え、エリスの右手に収まり、漆黒と紅蓮が混じり合う巨大な鎌へと変質する。


 同時にコクヨウはアスレンの左手に収まり、巨大な漆黒の剣へと変質した。


「これで、どうかしら。アスレンは扱えそう?」


「問題ない。まず、肩慣らしに目の前の羽虫を蹴散らすとしようか」


 紅蓮のオーラと漆黒のオーラが猛烈な勢いで、立ち昇り大鎌と大剣に収まっていった。二人は、大鎌と大剣を構えた。


「私達の安寧を邪魔する者は、消えなさい」

「俺達の愛を阻む羽虫は、消えろ」


 二閃──────


───ドゥゥウゴォォオオオン!!

───バァゴォォォォオオオン!!


 ただ二振りの大鎌と剣が放つ衝撃波が、数万の魔軍を塵へと変え、冥府の狭間の空間そのものを切り裂いた。


───パッキィィィイイイン───


 圧倒的な力。孤独な戦場。しかし、そこには二人の愛だけが、永遠に枯れることのない唯一の真実として、燦然と輝き続けていた。


 空間の裂け目から冥界へと歩みを進めた二人は、地平まで埋め尽くす亡者の群れと異形の怪物達と対峙していた。


「これは……一体どれぐらいいるのかしら?万は遥かに超えてるわね……」


「そうだな、冥王は数で俺達にぶつけ、戦う力を奪ってから、お前の黄泉の死と再生の力を奪おうとしている」


「そうね、でも恐くないわ。アスレンが隣に居るもの。それに、私のこの力を奪われたら、冥府と光の世界とのパイプが好きに繋げられてしまうわ。大切な人達がいる世界を絶対壊させないわ」



 暗闇を歩む二人の背後は、新たな世界の黎明が、漆黒と紅蓮の光となって芽吹き始めていた。


「最初の挨拶だ『メテオ・フォール』!」


 上空から、召喚された大小様々な流星群が夜空を割り、漆黒の焔を纏い地平線を埋める亡者の群れに突き刺さった。


───キィ───イイイン……


───ズズズズズゥゥウウ──ン


「行くぞ、エリス」


「ええ、いつでも行けるわ」


 エリスとアスレンは紅蓮と漆黒の翼を広げ、思い切り羽撃いた。爆風が砂塵を吹き飛ばし、二人が立っていた地面が爆ぜた。風を置き去りにして、紅蓮の輝きと漆黒の燐光が夜空に二筋の軌跡を描き、亡者の群れに飛び込んだ。


 紅蓮のオーラを纏った大鎌を横薙に振るうたび、万の亡者が消滅しエリスの中に吸収されていった。


 漆黒の大剣が縦横無尽に駆け巡り、漆黒の焔で焼き尽くされて行く。


 「お前たちが、冥王様にたてつく神に成り立ての女神と堕天した神か。ここで、くたばってもらおう…か!!」


───ガッキィィイイイン!!


「…お前は?」


「クッ!?防いだか!俺か!冥土の土産に名乗ってやる!冥府の伝令神ヘルメスだ!」


───ゴッ!ギィィイイイン!!


「お前のような神はどれ程いる?」


「クッ…て、敵に塩を送る奴がどこにいる」


「そうか、なら死ね…」


───ザシュ───!!


「ぐぅぅぁぁぁぁああああ!?」


(エリス…聞こえるか…冥王の配下もこの亡者の中に混じっているぞ。気を付けろ)


(……ッ!えぇ!?こっちも交戦中よ…ヘカテーと…いう名の女神らしいわ…クッ!)


「…アスレンと話してるんだから…邪魔をしないでぇええ!!消え失せろ!」


「きゃぁぁあああ───ッ……」


(…大丈夫か…助太刀が必要なら言え)


(ええ、もう終わったわ。ありがとう、アスレン。そっちも助太刀が必要なら言ってね)


 それでも、地平線の彼方まで、冥王の配下の神々と亡者の群れは続いている。それでも二人は戦い続ける。愛する人と共に、愛する者たちを守るため……。



──時間の概念が崩壊したここ冥界でエリスとアスレンは1年が過ぎようとしている。現世では数年が経っていた。


 エリスとアスレンは、神々との熾烈な戦いと押し寄せる無限の亡者の軍勢を相手に、ただひたすらに大鎌と剣を振るい続けていた。


「ハア…ハア…クッ!これで……最後よ…」


───ザシュッ─────!


「ぐぅぁぁあああ!?このタナトス様が敗れると────は……」


「大丈夫か…エリス…」


 かつて真紅に輝いていたエリスのドレスは、冥王の配下達と幾億という無限に供給される亡者や異形たちの返り血と、自身の傷から流れる鮮血に汚れ、死線の名残を刻んだ襤褸(ぼろ)のように翻っている。


 アスレンも、エリス同様に漆黒の神衣は返り血と自らの鮮血で汚れていた。


「…ハア…ハア……ア、アスレン、まだ……終わらないのかしら…」


「……ああ。だが、お前が倒れる時は、俺も共に逝こう、エリスとともに……」


 傷つき、膝をつき、意識が遠のくたびに、二人は互いの魂を繋ぎ合い、無理やり鼓舞してきた。


 そして、全ての神々を退け、幾億の亡者と異形も退け、ついに二人は辿り着いた。


 冥界の最奥、冷徹な死者の王――冥王ハデスが鎮座する、絶望の玉座へと。


 しかし、二人は満身創痍……。

 最悪の状態での、最凶の絶望が待ち受けていた。


 玉座の傍ら、冷たく光る魔導の鳥籠の中に、その「光景」はあった。

 そこに囚われていたのは、深く皺の刻まれた、老いた父プレイドと母テレモアだった。


「お父様……お母様……っ!?」


 エリスの叫びが、死者の国に響き渡る。ハデスは、冥界の全亡者と異形を二人にぶつけ、弱った頃合いを見て、この冥王の城へとエリス達を誘い込んだのだ。


 エリスのその強大な黄泉の力を奪うための「餌」として、現世から両親を捕らえていたのだ。

 

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