第23話
生者の居なくなった、静まり返る公爵邸の中庭で、静かに目を閉じ、ツクヨミとコクヨウとの魂の繋がりに意識を向けた。
エリスの意識は今、ツクヨミとコクヨウの視覚を通じて、チェイルがいる広間と両親がいる王城の地下牢と完全に同調した。
軍務局の地下牢で、短剣を首に押し当てられ血を流し、震えながらエリスの懐柔を拒み続け、暴力を振るわれる父プレイドと母テレモア。
そして、ウインストという名の獣に蹂躙されようとしている親友チェイル。
その光景が網膜に焼き付いた瞬間――。
──パッッキッッィィィ──ン
エリスの魂の殻が決定的に壊れる音がした。それは、彼女を「人間」という器に繋ぎ止めていた、最後の魂の枷が爆散した音だった。枷を失ったエリスに世界の真理が激流のように流れ込む。
「優位……? 勝ち誇っている……? 私を、思い通りに……? 私の大切な人たちを、その汚い手で……」
エリスの口から漏れる声は、もはや少女のものではなかった。
地底の深淵から響くような、重く、悍ましく、それでいてガラスのように透き通った。死の宣告。
彼女の白銀の髪は、毛先から漆黒の闇へと侵食され始め、額の漆黒の小さく突き出た角が真紅に染まり太く鋭く突き出した。
背後に広がる翼は、紅蓮に染まり物理的な質量を無視して膨れ上がり、王都の空間そのものを圧迫し始めた。
「ああ……いいわ。あなたたちがそうやって、人生で一番幸せな瞬間に……、その輝かしい未来ごと、魂を細切れにしてあげる」
凪の様に静まり、存在そのものが霞がかったように揺らいでいたエリスという存在が殻を破り新たな世界へと、産声を上げた瞬間だった。
エリスの周囲の空間が目に見えて歪み、公爵邸を囲む冥府を繋ぐ異界がエリスへと収束されていった、白銀の魂と冥府の力が高度に融和した紅蓮の「未知のエネルギー」が溢れ出す。
それは次元の理を根底から拒絶し、中庭の敷石や噴水などの造形物は瞬く間に砂へと変わっていった。
(これは神気……俺の魂の残滓を己の魂に取込み昇華して、俺と同格の神格を得たのか。それに、この力はやはり、黄泉の力か…)
エリスが怪訝な顔をし、王都の空を仰ぎ見た。手が虚空を掴んだその瞬間、王都の上空に巧妙に隠蔽された最悪の『脅威』が姿を現わした。
エリスが取り込み消失したはずの冥府の蓋が、再び王都の上空で開こうとしていた。ただ、エリスが呼び出す冥府の蓋とは異なり、無理矢理、冥府と現世を繫げたのか、王都の空に巨大な亀裂が走っていた。
『……冥府への蓋が、開いた?…いや……死者の王が直接干渉したのか……私が繋いだ冥府と現世との通路を利用しているのか…』
予め待機させていた様に、幾万の亡者が黒い奔流となって空に開いた亀裂に集まり蠢いていた。王都の夕焼け前の空を黒く染め、王都に影を落とし、異形が早く解き放てと言わんばかりに、現世との境界に群がっていた。
王都から、阿鼻叫喚の絶叫が鳴り響く。逃げ惑い、腰を抜かし、口を開き空を放心して見上げ、恐怖に顔から色を失った人々が絶望を湛えていた。
「死者の王よ、私の邪魔をするな…。私の大切な者達が暮らす…世界を汚すな…」
静かな怒りに、神格が震える──
やがて、現世との境界が耐え切れず、硝子が割れたように砕け散った。
──ガシャァァアアン……
『グゥギャァー……グルゥゥウウ……』と異形の化け物が、現世への顕現に歓びの咆哮があがる。
この世の終焉の様な光景に王都の人達は、生を諦めたかの様に、目から光を失くし空を見上げていた……。
亡者や異形の化け物が現世へと溢れ出そうとした――瞬間。
エリスの背後の翼から、紅蓮の羽が「意志」を持って射出された。
それは王都の魔法障壁すら紙細工のように貫き、冥府から這い出ようとした亡者どもを瞬時に焼き尽くし、現世の境界を瞬時に修復した。
死者の王は、再び蓋をこじ開けようと、エリスの力に抗った。拮抗する力は、王都の空は死の灰色と再生の紅蓮色が衝突しあい、空が禍々しいマーブル模様の乳房雲が、今にも地上に零れ落ちそうな程地上に近づきつつあった。
王都の住民達も不安と恐怖に包まれ、騒然としていた。
しかし、公爵邸が漆黒の球体から紅蓮の光が飛び出し、空に映る異形の化け物を燃やし尽くす姿をみて、「断罪と癒やしの女神」を誰もが胸に思い描き、膝を突き祈った。その時、王都中に「断罪と癒やしの女神」の叫びが響き渡った……。
「これ以上…私から…誰も!何も!奪わせないわ!死者の王よ!冥府に帰れぇぇぇええええ!!」
エリスは、圧倒的な神威で冥府の蓋を押し戻した。その衝撃は王都の空を明滅させ、死者の王の灰色を全て燃やし尽くした。夕焼け前の空を強引に紅く黒く……禍々しくも美しい紅蓮色へと塗り替えた。
死者の王からの干渉を力でねじ伏せ、強制的に現世へ繋がる穴を閉ざしたその時、ツクヨミから窮地を報せる念が届く……。
虚空を見つめ眉をひそめたエリスは漆黒の霧を生み出し、怒りと共に広間へ踏み込んだ。
ドレスを破かれたチェイルに覆い被さり、その欲望を吐き出そうと片手は親友の下着に手をかけ、半ば脱がされ必死に抵抗するチェイル……。
「ぅぅぅ!ぅゔぅ!?……」
(嫌!嫌嫌!やめて!?嫌よ!こんな奴に、穢されるのだけは嫌!いっ、やぁぁぁああああ!!)
「はぁ…はぁ…抵抗するだけ無駄だ、諦めろ!ここは、公爵邸だ。助けを期待するだけ無駄だ!!ほら!もっと、抵抗してみろ!グワッハハハ!………」
「ぅぅ…ぅぅぅ………」
(も、もう…、やめ、てよ……。エリス、助けて………)
もう片方の手で自身のズボンを脱ぎ捨て、下着に手を掛け降ろし始めた。その時──
「……ねえ、ウインスト。その汚い手で、私のチェイルに触れないでくれる?」
ウインストの耳元で死の囁きが響いた。
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