第21話
ツクヨミとコクヨウが邸宅に帰り着いて直ぐに、エルヴァン侯爵領へコクヨウを、ギラスト伯爵邸へツクヨミを向わせた。
エリスは、眉間に皺を寄せ、漆黒の瞳に焔を滾らせ、漆黒のオーラと白銀のオーラが絡み合い、深く澱んだ霊気を発していた。
(落ち着け、エリシーラ)
「こんな時に、落ち着いてなんていられないわ…」
(分かってる、家族を守るためにも、お前が焦って飛び出したら、向こうの思うツボだ)
「……ええ、アスレン。冷静になるわ」
アスレンにはそう言ったけれど、冷静になどなれなかった…、家族と幼馴染が心配で心配で、怖くて仕方がなかった…、最悪の事態を想像し、そのたびに、私の鼓動が煩いほど胸と鼓膜を叩いた。
焦れば焦るほど時間の流れはゆっくりと感じられる。焦燥に胸が焼き尽くされそうになりながら私は待ち続けた…。
王城の影へと従魔が溶け込み、わずか数刻後のこと。コクヨウが飛び立ち、ツクヨミが駆けてから半刻余りが過ぎた……時の流れすらも、私から大切なものを奪って行くような、強迫観念にさえ苛立ちが募っていく。
(……エリシーラ、来たぞ)
従魔から届けられた漆黒の魔力が知らせたのは───「最悪の凶報」だった。
アスレンの警告と同時に、私の脳内にツクヨミの視界が流れ込む。
ツクヨミがギラスト伯爵家に到着し、屋敷内にチェイルが居ない事を察し、チェイルの部屋に忍び込んだツクヨミは、机に投げ捨てられた手紙を見た…。
そこには、『エリスを預かってる、返して欲しくばお前一人で王都郊外の廃教会へ来い。誰かに伝えた瞬間にエリスの命は無い。』と書かれた手紙と、ダークブラウンの髪が置かれていた。
チェイルはウインスト公爵令息に既に呼び出された後だった。
ツクヨミに匂いで追いかける様にアスレンが指示を出し、ツクヨミは再び駆けた…。
駆けつけた時には、公爵家の刺客がチェイルの馬車を襲った後で、彼女を拉致する無慈悲な場面であった。
首に短剣が当てられたまま、連れて行かれるチェイルをツクヨミの瞳越しで見る事しかできない私は今すぐにでも助けに行こうと立ち上がり、駆け出そうとしたが。アスレンに止められた。
(今、お前が焦って行っても無駄だ。父親達が言ってた通り、お前が現れた瞬間に報復の意味でチェイルが殺されるか、身代わりとなって、お前が隷属の首輪をはめられて、終わりだ)
私は悔しくて、涙を流す事しかできない自分を呪った…そして、私から奪って行く奴らから全て奪ってやると心に刻み、憎しみが溢れ続け、紅蓮の焔が魂を焼き続けた。
「………チェイル」
『 』ピシッ
コクヨウからの知らせも「最悪の凶報」が続く。
それは、軍務局の暗部がエルヴァン侯爵領の屋敷を占拠し、使用人達が切り伏せられ、床が血の海と化した凄惨な光景だった。
私は絶句し膝を落した。死して深淵へ落とされた、あの日のように目の前が真っ暗になった。憎しみが際限なく湧き続け、紅蓮の焔が勢いを増し続ける……。
そうして、私の中の大切なものが、少しずつ壊れて行った……。
『 』ピシッ…ピシッ…
膝から崩れ落ちたエリスを気にしながらも、アスレンは次々と指示を出した。
屋敷内を探索させたが、父プレイドと母テレモアが見つからなかった。宰相の言葉を信じるなら、生きているのは確実だった。
王城へ輸送されている可能性を察し、アスレンはコクヨウに指示を出した。
(直ぐに王都へ引き返し、街道を探せ!)
街道の途中で護送された馬車を発見した。領地から王都へと数刻ほどの距離の所まで来ていた。直ぐにコクヨウに指示を出し、馬車の様子を視認させた。
馬車内で父プレイドと母テレモアは憔悴しているものの生存は確認出来たが、首筋に短剣が突き立てられ、人質として常に警戒している徹底ぶりで、エリスの襲撃に備えていた。
『 』ピシッ…ピシッ…ピシッ…
アスレンは、そのまま尾行を続けるようにコクヨウヘ指示をだした。
王家は、エリスの規格外の力を「正面からねじ伏せる」ことを早々に諦め、代わりに最も卑劣な手段――「愛する者たちの命」を盾にする道を選んだのだ。
「………………」
絶望に打ち拉がれ崩れ落ちていたエリスは、幽鬼のようにゆっくりと立ち上がり、俯いた彼女の顔は髪で隠れ、表情が窺い知れない。
そして、握り締めた両手からは血が滴り落ちていた……。
「───そう…何もかも、私から奪って行くのね───」
エリスの声は、凍てつく冬の夜よりも冷たかった。彼女の影が、意思を持つかのように波打ち始める。流れ込む力の奔流と共に自然と力の本質を理解していった……。
ゆっくりと、顔を上げたエリスの双眸は漆黒の瞳に紅蓮の焔が強く渦を巻き、やがて紅蓮の瞳となり、血の涙が頬を伝い顎から零れ落ちた…。
きつく唇を噛み締め血が滲む……
その額の両端からは漆黒の二本の角が小さく顔を出していた。
(エリシーラ…お前……)
「…エルヴァン侯爵領へ行くわ。キルムとシャーリーの弔いをしないとね……」
新たな力を手に、侯爵邸を飛び出したエリスは、前面に障壁を張り、風を置き去りにし全力で空を駆けた。半刻も掛からず、侯爵領の屋敷前に降り立った。
門前には、軍務局の暗部が警戒に立っていた。ゆっくりと歩みを進め、エリスに気付いた暗部達は暗器を構え警戒した刹那、四肢は弾け飛び、瞬時に暗闇から青白い手が湧き出て、引き込まれて行く……。
「ぎゃぁァァ!?た、たす……」
エリスの歩みは止まらない。荒れ狂っていたオーラも凪の様に静まり、存在その物が霞がかったように揺らいでいる。
(エリシーラ…いや、エリス……それが、お前の本来の魂の力なのか…)
屋敷の扉に前に立ち、手を触れる…霧の様に霧散して消滅していった。玄関ホールには暗器と呪符を構えた暗部が待ち構えていた。
エリスが、暗部一人ひとりを目にした刹那、先程の暗部と同様に四肢は弾け飛び、暗闇から青白い手が湧き出て、次々と引き込まれて行く。
「い、嫌だ!?いや……」
「ぐぅあぁぁぁああ!?やめ……」
玄関ホールに静寂が戻る。エリスの歩みが再開され、廊下で待ち構えていた暗部も四肢は弾け飛び闇に呑まれて消えて行く。
食堂の扉の前に立ち、手を触れる…霧の様に霧散して消滅していった。
「……アスレン…生き残りはいるの…」
(…生き残りは、誰もいない。暗部もさっきの奴で最後だ)
「───そう─」
翼を爆発的に広げ、真紅に輝く瞳を虚空に向けた。
白銀と漆黒のオーラと霊気が混じり合い、黄金のオーラが螺旋を描いて、屋敷の屋根を吹き飛ばし、天を貫く勢いで吹き上がった。
「……さあ…恨みと憎しみ深き魂達よ…この世に泡沫の生を与えましょう。生まれ出なさい……」
屋敷中の死体が暗闇に吸い込まれ、エリスが見つめる虚空が渦を巻き、深淵の穴がポッカリ口を空けた。
その深淵の穴から、殺されたはずの屋敷の使用人達が這い出て来た。
「あなた達は、これからも私の家族よ。痛かったでしょ…苦しかったでしょ…悔しかったでしょ……その恨みは私が譲り受けるわ……キルムとシャーリーは居ないようね……」
(死と再生を司る力か……だから冥王は…)
「奪われ…踏みにじられる苦しみと…絶望を、死の恐怖と共に味わってもらうわ」
使用人達を自身の影に収め、再び王都に向かって飛翔した。真紅に輝く双眸が怪しく夜の闇に残光の軌跡を描いた。
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