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第20話

 二人だけの生活に新たなペットが加わり、8日目の朝を迎えた。今朝は、エリスの我儘を聞く形で、半実体化したアスレンに髪を梳かしてもらいご機嫌なエリスがいた。


「ねえ、8日経つけど、襲って来たのは一回だけよね。王家の動きが分からないと不安よね」


(そうだな、なら従魔にした2匹を使うといい)



「ツクヨミ、コクヨウ。あなたたちの初仕事よ。……いいわね?」


 エリスがリビングのソファに腰掛け、冷徹な美しさを湛えた微笑を浮かべる。


 その膝の上で、オッドアイを妖光に輝かせたツクヨミが「にゃあ」と低く鳴き、肩に止まったコクヨウが鋭い嘴を研いだ。


「本当に大丈夫なの…こんなに可愛いのに」


『案ずるな、エリシーラ。この者たちは冥府の影だ』


 アスレンの声が空間を震わせる。エリスは頷き、二匹に命じた。


「王城へ忍び込みなさい。私から全てを奪おうとする者たちの吐息一つ、漏らさず拾ってきてね」


 その言葉が終わるか否か、二匹は影へと溶け込むように姿を消した。瞬間にコクヨウは蒼穹(そうきゅう)を駆け、王都の街並みが眼下に広がった。


 そして、ツクヨミは風のように屋根を駆けた。エリスの視界には、アスレンの力を通じて、二匹が見る世界の光景が流れ込み始める。


「凄い、素敵ね!街がとても綺麗よ」


 無邪気にはしゃぐエリスは、ソファーから静かに立ち上がり、窓から王城を眺め、アスレンとの視界を合わせ見る。


「わぁあ!不思議な感じね…」


 窓から差し込む陽光は、エリスの白銀の髪を透き通らせ、漆黒のオーラを滲ませた。まるで女神のような神々しさを放っていた。


 そして、外を眺めるエリスのその瞳の奥に宿る漆黒の焔が静かに爆ぜ魂の殻が「ピシッ」と、ひび割れ亀裂が少しずつ広がり始めた。


――王城、軍務局・会議室


 重厚な石造りの壁に囲まれた会議室では、軍務卿ランバートが、額に脂汗を浮かべながら机を叩きつけていた。


「馬鹿な……! 一昨日に仕掛けた精鋭の暗部部隊が、まだ一人として帰還せぬだと!? 相手はたかが小娘一人、エリス嬢以外、誰もおらぬ侯爵家ではなかったのか!」


「落ち着け、軍務卿。声を荒らげても誰も戻らぬ。私の忠言通り家族か親しき者を確実に捕えれば良かったものを…焦りおって」


 冷淡な声の主は、王国の政を司る宰相だった。彼は優雅に紅茶を口に含み、冷え切った瞳で報告書を眺めている。


「……市井で噂の断罪の女神か、あるいは絶望を運ぶ悪魔か。何にせよ、まともに戦って勝てぬ相手なら、戦わねば良いだけのことだ。奴らには守るべき『弱点』がある」


「弱点……エルヴァン侯爵夫妻か」


「左様。エリスの両親を拉致し、見せしめも必要だ。そして、両親を地下牢へ繋ぐ、親の命を盾にすれば、いかに強大な力を持つ化け物とて、大人しく首を差し出すだろう。それに、既に手を打ってある。今日中には全ての駒が手に入るはずだ。これからランサルド公爵邸で、見せしめの調教を行う。軍務卿も調教を愉しむか?」


 下卑た笑い声が、影の中に潜むコクヨウの鋭い瞳に焼き付く。コクヨウは微かに羽を震わせ、その殺意をエリスへと共有した。


――王女の私室


 一方で、王女の寝所には、一人の青年が跪いていた。公爵家の次男、ウインスト・ランサルド。彼は狂信的なまでの忠誠心を王女へと注ぐ、美しき狂犬である。


「ああ……我が愛しき王女殿下。お心を痛めないでください。あのような身の程知らずの小娘、この私が指一本動かさせずに排除してみせましょう」


「ウインスト、貴方の忠誠は嬉しいわ。でも、エリスは恐ろしい化け物よ。騎士団を消滅したあの力を、どう封じるつもり?」


 王女が不安げに、しかし期待を込めてウインストの頬を撫でる。ウインストはその手に狂おしく接吻し、残酷な笑みを浮かべた。


「宰相とも打ち合わせ済みです。力に訴える必要はありません。彼女には、幼い頃から姉妹のように育った幼馴染で親友がいるではありませんか。チェイル・ギラスト伯爵令嬢……」


 その名を聞いた王女は、愉悦に口角を上げた。


「彼女を拉致し、調教してから、我が公爵家の地下牢に幽閉しておきます。エリスが両親を取り戻す為に王城を攻めて来た時、人質にして脅す計画です。エリスが私どもに這いつくばり、涙を流して許しを乞う姿を、殿下にお見せすると約束しましょう」


「……楽しみだわ、ウインスト。あの高慢なエリスと、あの忌々しいチェイルを絶望に濁る瞬間を早く見せてちょうだい。二度と私の前に現れないように、徹底的に穢しなさい!」


 二人の甘い囁きを、カーテンの影でツクヨミの碧と黄の瞳が冷たく見つめていた。


――侯爵家邸宅


 ツクヨミとコクヨウから送られてくる情報を精査していたエリスの周囲に、凄まじい圧迫感の漆黒オーラが渦を巻いた。


「……そう。お父様とお母様だけでなく、チェイルまで…それに、既に動いている」


 エリスの声は静かだったが、それは嵐の前の静寂そのものだった。怒りの咆哮を上げるよりも深く、鋭く、凍てつくような殺意。


(エリシーラ、魂が鳴っている。……奴らは越えてはならぬ一線を越えたな)


「ええ、アスレン。……もう、慈悲なんて言葉は私の中にはないわ。その思惑ごと、彼らの未来を粉砕してあげる」


 憤怒と共に、エリスが立ち上がった瞬間、彼女の背後に漆黒の翼が、内側から食い破るようにして展開された。しかし、その翼の根元には、禍々しい紅蓮の筋が血管のように浮き出ている。


「ウインスト・ランサルド。公爵家の誇りごと、冥府の闇に飲み込んであげる」


 エリスの瞳が白銀から深紅へと一瞬だけ変質し、魂の奥底で、再び「ピシッ」と、魂の殻が壊れる音が響いた。


 それは、人間の殻を破り、より高次の――あるいは、より悍ましい「何か」へと羽化する音だった。


 冥府と現世を繋ぐ穴は、今、エリスの心の中にこそ開かれた。


「ツクヨミとコクヨウに戻る様に伝えて」


(分かった『お前ら一旦こちらへ戻れ』)


 新たな仲間の帰りを待つエリスは、苛立たしげに漆黒の翼で空間を叩き、屋敷にその音が静寂を切り裂き、木霊した。

お読み下さりありがとうございます。応援と評価を下さると励みになります。

どうぞ、引き続きご覧下さい。

宜しくお願いします。

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