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お兄様のお見合い


 夏が近づいてきて、青々とした葉が生い茂る頃ユスティーナ王女殿下とモーリス様が婚約を発表した。冬にはモーリス様が学園を卒業するため、ユスティーナ殿下がモーリス様の家であるアデレアス公爵家に嫁入りをするそうだ。

そして、お兄様もそろそろ婚約をという話が頻繁に出るようになってきた。ギルベルトお兄様は今年で21歳。お祖父様はお兄様がある程度の年齢までは自由に決めてよいと許可をしているそうだけどお母様は未だに婚約をする気がないお兄様に痺れを切らしてお見合いの場を何度も設けている。


今日もお兄様はお母様に付き添われてお見合いに参加させられていた。相手はお母様のご友人の伯爵家の娘で会場はエリセント邸だ。

廊下から庭を覗き込むとガゼボにお兄様とお母様、その向かい側に相手とその母親らしき女性が並んで座っていた。


「お兄様、社交のときの顔してる。今回も断るつもりなんだろうなあ」

「そうですね」

「ソヴェル!」


お兄様の側近のソヴェルが隣に来て窓から外を眺めていた。


「お見合いだというのにちゃんと相手を見ようともしない、ギルベルト様の悪いところですね」

「本当に。だけど、お兄様が婚約したらしたで寂しくなるのでしょうね」

「お嬢様、ギルベルト様にはそのことを仰らないでくださいね。それを言い訳に断るようになってしまいますから」

「はい」


ソヴェルの圧に押されながら頷いた。確かにお兄様なら『妹が寂しがるのでしばらくどなたとも婚約するつもりはありません』とか言って私が成人するまで断り続けそう。


あ、お母様と相手の母親が席空けた。


お兄様と相手の令嬢を観察していると、令嬢が散歩にでも誘ったのかガゼボを出て庭を歩き出した。


「うわ、絶対お相手に誘わせてる。ギルベルト様、さすがに興味がなくてもそれはないですよ!」


ソヴェルが窓越しに叫ぶと、お兄様が一瞬振り返ってこちらを睨んだ。

いやいやいや、聞こえてるわけないよね。

ソヴェルも慌てて窓から離れてお兄様の様子を伺う。さっきのは幻覚だったのかと思うくらい何事もなかったかのように令嬢と談笑している。


「お兄様って地獄耳なの?」

「そんなことはないと思うのですが」


さっき睨まれたというのに、ソヴェルも私もお兄様のお見合いの観察を止めない。

庭を散歩していた令嬢が不意に足でも挫いたのか転びそうになった。お兄様が間一髪で令嬢を抱き留めて事なきを得た。すごい反射神経。

令嬢はお兄様にすがるように何かを訴えかけると、お兄様は令嬢を抱き抱えた。


「ギルベルト様、少々お顔が引きつっておられますね」

「そうですね」


お兄様のあの表情を見る限り、令嬢はわざと転ぶふりをしたのだろう。だって、この邸の庭はしっかり手入れされていて地面がガタついたところなんて一つもないし、私よりも年上の令嬢がゆっくり歩いているときにヒールで躓くことなんてそうそうない。

きっと、あのご令嬢はお兄様のブラックリストに入っただろう。


こうなってしまうともう他のお見合いと変わらない。見るのを止めようと思い窓から離れようとすると、令嬢と目が合った。何故か令嬢の表情が明るくなってお兄様に挨拶をしてその場を去った。


あれ、もうお見合い終わった?諦めたのかな。

まあ、お兄様からすれば助かる話だろう。



そんなことを考えていた2日後、お兄様のお見合い相手だったヴェルヴォルト伯爵家の長女であるハイデリンデ様から一通の手紙が届いた。


また我が家へお邪魔しても良いかという打診と是非私とお茶をしたいということが書かれていた。


「サリー、どうしましょう」

「一度、奥様に相談してみてはいかがでしょう。返事を書くには旦那様か奥様か大旦那様の許可を得てからになりますし」

「そうするわ。ありがとう、サリー」


ちょうど午後からお母様とお茶をすることになっているからその時に訊いてみよう。



「お母様、ハイデリンデ様からお手紙が届いたのですが……」


事情を話すと、お母様は乗り気で是非お誘いを受けるようにと言われた。お兄様とお見合いした令嬢たちはみんなお兄様のあまりに興味を持たない態度を見て諦めてしまう人ばかりだ。だから、こうして外堀を埋めてでも婚約を掴み取ろうとする令嬢にお母様は喜んでいるのだろう。


「では、そう返事を出すようにします」

「よろしくお願いします」


お茶を終えて自室に戻ってハイデリンデ様に返事を書いた。


「サリー、これを」

「承知いたしました」


サリーに手紙を預けてペンのインクの蓋を閉めた。すると、タイミングを図ったかのように光る蝶が飛んできて私のデスクに留まった。

ジークフリート様からだ。暑くなってきてからは忙しかったのかあまり手紙が来なかったから私からも送っていない。

手紙が来るのは誕生日以来だ。


『こうして手紙を書くのは久しぶりだな。暑くなってきたが元気にしているか?ステラも学園の入学準備も本格的に始まって忙しいだろう。そういえば、誕生日に贈ったネックレス、気に入ってくれたようで良かった。お返しをしたいとのことだが、気持ちだけ受け取っておく。さすがに8歳も下の令嬢から贈り物を貰うのは少々気が引けるからな。私は君を本当の妹のように思っている。だから、そう気を遣う必要はない』


閉じたばかりのインクの蓋を開けてジークフリート様にも返事を書いて、戻ってきたサリーに魔法で送ってもらった。



3日後、ハイデリンデ様が我が家へやって来た。

外も暑くなってきたので室温を涼しくする魔術具を使用して応接間でお茶をすることにした。

ハイデリンデ様は若葉色の髪にブラウンの瞳の令嬢で綺麗な方というよりは可愛らしい印象の方だ。今日は髪を編み込んでお団子にしている。


「単刀直入に申してもよろしいでしょうか」

「はい」

「ステラ様、わたくしに協力してくださいませんか?」

「協力、ですか?」


ハイデリンデ様は挨拶を終えると早々に切り出した。驚いていると、ハイデリンデ様は落ち着きを取り戻したのかお茶を一口飲んだ。


「わたくしとギルベルト様の仲を取り持っていただきたいのです」

「どうしてですか」

「どうしてと言われましても、ギルベルト様をお慕いしているからに決まっているではありませんか」


あまりにも直球で言われて少し言葉に詰まった。正直、侯爵家の跡取り息子に嫁ぎたいという貪欲な方なのかと思っていたけれど、そういうわけではないのかもしれない。


「わたくし、もう何年も前からギルベルト様をお慕いしているのです」



 ーーーーー



わたくしたちの出会いはわたくしが学園の1年生でギルベルト様が4年生の卒業式の時です。入学してすぐに、4年生に眉目端麗と有名なお方が2人いました。ギルベルト様とジークフリート様です。

確かに、皆様が仰るようにお二方はとてもお綺麗な殿方でした。ですが、わたくしは正直苦手でした。人に対する視線が冷たいように見えて少々怖いとも思っていました。

当時のわたくしは地味で自信がなく友達と呼べるほどの親しい人もいなかったので、特に関わることはないだろうと思いながら過ごして、ギルベルト様たちの卒業の日がやって来ました。


その日、わたくしは盛大な失態を犯してしまったのです。数日前から体調不良でしたが、卒業式は体調不良者でも相当ひどくない限り強制的に参加を求められます。だから、薬を飲んで会場へ向かいました。

クラス順に席が決まっており、わたくしは卒業生が通る通路側の席に座ることになりました。


式が始まり卒業生が入場してきて、ジークフリート様やギルベルト様が近づいてくるにつれてわたくしの隣の席の令嬢は身を乗り出してお二人を見ようとしました。そして、わたくしは体調不良で身体にあまり力が入っていなかったというのもあり席から転げ落ちてギルベルト様の目の前に出てしまいました。


卒業生の晴れ舞台である卒業式を台無しにしてしまったこともですが、よりにもよって苦手意識を持っていたギルベルト様の通るタイミングで転んでしまったのが申し訳ないと共に恐ろしくて、体調不良と精神的疲労によってそのまま気を失ってしまいました。


目が覚めると、養護室のベッドで眠っていました。

その頃にはもう卒業式が終わって、卒業パーティーが始まっていました。謝罪をしにいかなければと思い体を起こすと隣にギルベルト様がいらっしゃいました。


「目が覚めたかい?」


ギルベルト様がいらっしゃることに驚いて、それと同時に叱られると思い怖くなって涙が溢れてきてしまいました。すると、ギルベルト様はわたくしをなだめるように優しく「大丈夫」と何度も声をかけてくださいました。


「ギルベルト様、先程は大変な失態を晒してしまい申し訳ございません。卒業式でもご迷惑をおかけして本当に、」

「謝罪はいらないよ。今回の件、君に落ち度はないから気にしなくていいよ」

「……ありがとうございます。」


ギルベルト様はわたくしの想像とは少し違いました。気遣う言葉から優しさが伝わってきます。


「あの、卒業パーティーに参加されないのですか?もう始まっているのではありませんか?」

「君のお見舞いがあるから遅れると伝えている」


これはギルベルト様のわたくしを心配するお心遣いもあるでしょうが、卒業パーティーに行きたくないという本音がうっすらと聞こえてきました。

ギルベルト様は気さくで優しくて怖がっていたのが馬鹿らしくなってしまいました。


他愛もない話をしばらくして、ギルベルト様は席を立たれました。


「そろそろパーティーに行かないと叱られてしまうね。君はもう寮へ戻って休むといい。先生から許可は得ているから心配いらないよ」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。では、またどこかで会えるといいね、ハイディ」


ギルベルト様はからかうようにそうおっしゃって養護室を出ていかれました。わたくし、ハイデリンデの愛称でお呼びになったのです。こんなのもう、鼓動が速くなってしまうではありませんか!


そうして、わたくしはまんまとギルベルト様に恋をしてしまったのです。



 ーーーーー



ハイデリンデ様は興奮気味に出会いを話してくれたけれど、そんなことよりもお兄様の本性というか本当に興味のない相手によく向ける冷たい視線に気付いていたことに驚いた。

お兄様に熱を上げている令嬢に対しても、お兄様は笑顔ではあっても冷たい視線を向けていることがある。だけど、令嬢たちはそれに気づく様子はなかった。

ハイデリンデ様って実はすごい方なのかもしれない。


「話は理解しました。ハイデリンデ様、わたくしに出来ることなら全面的に協力しますので何でもおっしゃってください」

「ステラ様!ありがとうございます!わたくしのことは是非ハイディかリンデとお呼びください」

「それではリンデと呼ばせてもらいます」


ハイディという愛称はお兄様に呼んでもらいたいだろうから私はリンデと呼ぶ方がいい気がする。


それから、作戦会議を始めた。


お兄様はまだしばらくは婚約する気が全くない。あそこまで婚約することを嫌がるのは女性に対して苦手意識のようなものがあり、本人曰く、好きでもない女性から興味のない話をひたすら聞かされたり、くだらない嫉妬をされたりするのが面倒だからだそうだ。

だから、まずは会話の話題について考えることにした。


「お兄様は仕事人間ですから、政治の話やそれに絡んだ歴史の話ならば退屈はしないと思います」

「政治や歴史ですか。確かに、第一王子の側近をしているくらいですものね」

「ですが、あまり仕事に近い話をしてしまうと国家機密などがあるので社交で話すくらいの話が良いでしょう」

「そうですね。困らせてしまうわけにはいきませんものね」


他にお兄様が興味のありそうな話題があるとしたら、ジークフリート様と私の文通の内容だと思うけれどさすがにそれは勧められない。

話題づくりが終わると、今度はお兄様への贈り物についての作戦会議だ。


「お兄様が貰って嬉しいものといえば、お酒でしょうか」

「お酒なら、わたくしの母方の領地は果実酒が特産なので是非それを取り寄せましょう」


作戦会議に盛り上がっていると、応接間の扉が叩かれた。お母様かもしれないと思いリンデに許可を取って入るように促した。

だけど、応接間に入ってきたのはお母様ではなくお兄様だった。


お兄様はリンデを見るとあからさまにため息を吐いた。なんて酷い態度を取るのだろうと思ったけれどリンデの仕方なさそうな顔を見てお兄様は変に期待させないようにわざとこうして態度に出しているのだと分かった。


「ヴェルヴォルト伯爵令嬢、君との婚約話は先日きっぱりと断ったはずだけど。どうして我が家にいるのかな」

「ステラ様にお話があったのです。まさか、ギルベルト様にお会い出来るなんて思っていなかったのでとても幸せです」


お兄様が呆れるような顔でため息を吐いた。リンデはそんなことは気にも留めずお兄様の顔をじっと見つめた。


「ギルベルト様、お慕いしております。わたくしと婚約してくださいませ」

「お断りします」


あまりにも即答で、少し可哀想にも思えてきたけれどリンデは少しだけ不満気な顔をして再度お兄様の顔を見つめた。


「わたくし、また何度でも求婚しますから。絶対に貴方を振り向かせてみせます」

「早く諦めてくれ」

「諦められません。ギルベルト様がわたくしを好きでなくてもわたくしはこの世界の誰よりも貴方を愛しております。ですから、振り向かせる自信もあります」


お兄様は驚いたように目を見開いた後、可笑しそうに笑った。こんな直球でくるとは思っていなかったのだろう。


「そこまで言うなら1年以内に私を落とせたら婚約しよう」

「本当ですか!?ステラ様、お聞きしましたよね!?絶対落としてみせます。覚悟していてください」


リンデは本当に嬉しそうに笑っていた。だけどお兄様は少しだけ後悔が顔に出ている。これは、もしかしたらもしかするかもしれない。

早速ジークフリート様にお手紙を出そうと思ってリンデに挨拶をして早足で自室へ戻った。

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