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 冬になり、私の学園入学が段々と近付いてきた。制服の採寸も終えて、寮生活の準備も始めた。

学園は全寮制で寮の部屋の家具は自身で用意しなければならない。この時期には半分は終わっていないと入寮に間に合わない。


ジークフリート様は冬に帰ってこられる予定だったけれど、領地の方が今年は酷い大雪で春になって雪が溶けるまで帰れないことになったそうだ。



今日は冬の舞踏会で王宮に来ている。エスコート役は相変わらずお兄様だ。

リンデはお兄様を振り向かせようと必死に頑張っているけれど、お兄様はリンデのエスコートを断って私のエスコートをしている。でも、お兄様も意地を張っているだけで少しは意識しているように見えるのだけど。


リンデが私たちを見つけてこちらへ歩いてきているのが見えた。私もお兄様の手を引いてそちらへ行こうとすると、亜麻色の髪に藍色の瞳の凛々しい青年に行く手を阻まれた。


「ジークフリートが帰らなくて寂しいだろう」

「殿下!」


第1王子、ルクレシオ・ラース・セラテリアン殿下だ。彼は私とジークフリート様の文通のことを知っていてそれを会う度にからかってくる。お兄様曰く、本当はジークフリート様をからかいたいそうだけど、ジークフリート様がいないからその代わりに私をからかって遊んでいるらしい。


「ごきげんよう、ルクレシオ殿下。確かに、ジークフリート様のお戻りが遅くなったのは非常に残念です」

「相変わらず寂しいという言葉は意地でも口に出さないな」

「特段寂しいわけではありませんから」


殿下は呆れたように笑うと、モーリス様とユスティーナ王女殿下のところへ行かれた。


小さく息を吐いてリンデとお兄様の方を見ると、お兄様は社交用の笑顔を貼り付けていてリンデはそれに少し嫌そうな顔をしていた。

いつも我が家にリンデが遊びに来る時はお兄様は遠慮なしで嫌そうな顔をしたり、呆れたようにため息を吐いたりと表情が豊かでリンデも嬉しそうだけど、この社交用の笑顔は苦手らしい。


「ギルベルト様の笑顔はあからさま過ぎます」

「そんなことはないと思うよ。君以外から指摘されたことはないからね。むしろ、私からすれば君が気づく方が不思議だ」

「不思議なことなんて一つもありませんわ。好きな人のことはよく見ているのでそれくらい分かります」


お兄様は一瞬返答に迷った様子をしたけれど、すぐに『そうなんだね』と返した。さすがに公の場で直球に告白されるとは思っていなかったのだろう。さすがのお兄様も少し驚いていた。だけど、表情は1つも変えず穏やかな笑顔を浮かべていた。もう、なんていうか、少し気味が悪いくらいだ。

だけど、リンデは特に気にも留めず1つに編み込んだ髪を揺らした。


「聞きそびれていましたが、わたくしの本日の髪型はどうですか?似合っていますか?」

「よく似合ってるよ」

「もう、全く感情が籠ってませんよ!今日こそ可愛いって言ってもらえると思ったのに」

「天地がひっくり返りでもしない限り、私はそんなことは言わないよ。だから、期限まで頑張らず早く諦めればいいのに」

「いいえ。わたくしは天地をひっくり返してみせます」


リンデとお兄様は相変わらず面白い話をしている。

ルクレシオ殿下も私じゃなくて、この2人をからかえばいいのに。まあ、リンデは真剣だからからかうのは申し訳ないけれど。


ロゼッタに挨拶をしてから、ラウレンツ様にも挨拶へ伺うと入学準備についての話になった。

家具などはもう揃えているけれど、搬入に時間が掛かるという話をしているとラウレンツ様がある提案をしてくれた。


「転移の魔法陣の開発が進み、一定の範囲内なら大体のものは使用できるようになりました。もしよろしければ入寮準備の際に手をお貸しましょうか?」

「よろしいのですか?」

「両親の許可を得てからになりますが、ステラ嬢になら使用許可が下りるでしょう」

「是非、お力をお貸しください」


今は転移の魔法陣は王族によって管理されていてアデレアス公爵家にしか使用することが許されていないそうだ。だけど、アデレアス公爵家が許してそれを王族に報告してアデレアス公爵家の監視下なら他の貴族が使用することも可能だそうだ。

たった1年でそんなに進歩していたなんて正直驚いた。


私も帰ったらお母様とお父様に報告しないと。



舞踏会も終えて、入寮日がやって来た。


ラウレンツ様ではなくラウレンツ様のお母様であるアデレアス公爵夫人の監視の下、寮への家具の搬入が行われた。

転移の魔法陣が記された紙を私の自室と寮の部屋にそれぞれ敷いて運ぶ家具と衣類全てに魔力で印をつける。学園入学に向けて1年間少しずつだけど魔法の扱い方を練習していたから私が作業した。そして魔法陣に魔力を流せば寮の部屋へ転移される仕組みだ。

家具を全て運び終えたら、人も移動する。人の移動は魔法陣に乗って行きたいところを念じるだけで行くことができる。


視界が一瞬真っ白になって、気が付くと知らない部屋に来ていた。

ここが私の新しい部屋か。

家の自室の半分くらいの大きさだけど、これでも十分広いくらいだ。


家具の配置を決めていき、朝から作業を始めて昼前には全て終わった。家具の配置は間取りを見ながらあらかじめ決めていたからすぐだった。


また魔法陣で自室へ戻ってアデレアス公爵夫人にお礼を告げた。夫人は『また困ったことがあったらいつでも頼ってちょうだい』とありがたい言葉をかけてくれた。

だけど、私は知っている。夫人はまだ私とラウレンツ様の婚約を実現させようとしているということを。

ラウレンツ様はお優しいし素敵な方だと思う。嫌かと問われると正直そうでもない。けれど、強制的に困惑させられるのはラウレンツ様が可哀想だ。


再度お礼を告げて、帰る夫人を玄関まで見送った。


もう、入学準備はこれでほとんどが終わった。

私は入学式の直前まで屋敷で過ごすから家具を運び入れただけだけど、九割以上の生徒は明日には完全に入寮するだろう。入寮が遅い生徒は基本的に学園のある王都に実家がある生徒だけだ。


それでもロゼッタのように環境に慣れるために早めに入寮する生徒も少なくない。



自室で本を読んでいるとお兄様がやって来た。


「ステラ、読書の邪魔をして申し訳ないね。これ、ジークフリートから。早いけど入学祝いだって」

「入学祝いまでいただいてしまっても良いのでしょうか」

「学園に入ってから使えるものだと思うから素直に受け取っておけばいいよ」


お兄様に言われて箱を受け取った。中に入っていたのは銀のブックマーカーと空色のシンプルなペンだった。ペンには私のイニシャルが印字されているだけで普通のペンのような金細工や彫刻などは一切ない機能重視の物になっていた。

こういうシンプルな物ってあまりないから欲しいと手紙に書いたことがあったような気がする。だけど、結構前のことだ。覚えていてこれをわざわざ贈ってくれたのだろうか。


お返しはいらないって言われたけど、やっぱり何か返したい。


「お兄様、わたくしからもジークフリート様に何か贈り物を用意したいです」

「気持ちだけで良いと言われると思うけど、それでもいいの?」

「はい。用意してから学園へ行くので返品は受け付けません」


お兄様はそれは受け取るしかないなと笑って、ジークフリート様の好物やよく使う物を紙に書き出してくれた。

仕事に使うものは自分で選ぶのが好きそうだから、食べ物の方がいいのかな。お兄様曰く、お酒が好きだそうだからお酒にしようかな。

お兄様のお勧めのお酒を贈ることにした。


その日の内に手配して、入学後には届くようにした。

ジークフリート様が帰ってくるのは私の入学式の後になっている。だから、ちょうどいい。


必ず受け取ってくださいと書いたお手紙を用意しておいてお兄様に託した。

後は入学式が終わってからお兄様に渡してもらうだけだ。



入学式が7日後に迫ってきた日、お母様から呼び出されお茶をすることになった。

入学するにあたっての小言を言われるのかもしれないと構えて温室へ向かった。もう春だけど、まだ風が少し冷たい。温室に入った瞬間温かい空気に包まれる。


「呼び出して悪いわね。さあ、座ってちょうだい」

「はい」


お母様の向かい側に座ると、お母様の侍女がお茶を用意してくれる。ここまではいつものお茶会と変わりはないけれど。


「ステラ、貴方はラウレンツ様をどうお思いで?」

「素敵な方だと思います。お優しいですし、話していて楽しいです」


お母様は扇子を広げて口元を隠した。そして、真剣な目で私の目を見た。

思っていた答えとは違ったのだろうか、それとも私の答えはお母様を困らせてしまうものだったのだろうか。

少し不安になりながらも目をそらさないようにしているとお母様が小さくため息を吐いた。


「まだ、正式に婚約話が挙がっているわけではありませんがアデレアス公爵夫人からは婚約の打診がこれで4度目です。ギルベルトもハイデリンデ嬢と婚約することになるでしょうし、ハイデリンデ嬢のヴェルヴォルト伯爵家とアデレアス公爵家はしがらみなどは特にありません。貴方が嫌でなければこちらにはもう断る理由はございません」


お母様が躊躇っているのは、ラウレンツ様との婚約するにおいてラウレンツ様の兄であるモーリス様とつい先日ユスティーナ王女殿下がご婚約されたからだろう。いくら王族ではなくなると言っても、アデレアス公爵家に嫁げばユスティーナ王女殿下は多少なりとも贔屓されるだろうから私との扱いの差が大きくなるのは仕方がない。

そもそも、長男の嫁と次男の嫁では長男の嫁を優遇する家が多い。だから、どこに嫁いでも差は違えど扱いが多少雑になるのは仕方がない。


「わたくしはラウレンツ様と婚約しても構いません。ですが、ラウレンツ様の意思を尊重したいです」

「貴方がそう言うのなら、そうしましょう。ハンナ、紙とペンを持ってきてちょうだい」

「承知いたしました、奥様」



翌日、お母様と一緒にアデレアス公爵邸へと赴いた。

公爵夫人に笑顔で出迎えられて、応接間へと通してもらった。

ラウレンツ様が待っていて、お母様と公爵夫人は隣の談話室で私たちの話が終わるのを待つらしい。


「ステラ嬢、母の暴走に付き合わせてしまい申し訳ありません」

「謝らないでください。わたくしは無理やり連れてこられたわけではありません。ラウレンツ様のご意思を確認しておこうと思って参りました」


ラウレンツ様は不可解そうに眉を寄せた。

私はラウレンツ様との婚約話は特に嫌ではないが、ラウレンツ様が嫌だというならするつもりもない。だからその意思を確認したいということを告げると、ラウレンツ様は少し驚いたように一瞬目を見開いた。


「嫌ではない、のですか?」

「はい。ラウレンツ様がよろしいのでしたらわたくしは喜んでお引き受けします」

「どうしてですか?ステラ嬢は私を好いているわけではありませんよね?」

「それは、」


私も正直婚約に夢がないわけではない。好きな人と婚約できればいいなと今でも思っている。だけど、13歳になってから舞踏会やパーティーでの婚約の打診が増えた。だから、それを断る口実が欲しいのと、お兄様が私を口実にリンデのエスコートを断っているから余計な意地を張らせないためだと素直に伝えた。


「こんな打算があるなんてラウレンツ様に対して失礼だと思っております。ですから、嫌なら遠慮なくお断りください」

「いえ、むしろ打算がある方が助かります。私も婚約の打診が増えてきましたので断る口実がほしいと思っていたところです」

「それなら良かった」


話がまとまって、お母様たちの部屋へ行った。

既に婚約する手筈は整っていて、婚約の誓約書を手渡された。お父様とお母様とアデレアス公爵と公爵夫人のサインは既に記されている。


私とラウレンツ様もサインを書いてこれで婚約が成立したらしい。


まさか、こんなあっさり決まってその日の内に婚約が成立するなんて思ってもいなかったからまだ実感は湧かないけれど、婚約者となったということは入学式の後の歓迎パーティーがお披露目になるのかな。


ちなみに、お母様たちには婚約の打算については何も話していない。話すとそんな理由で、と言われてしまいそうだから言わないようにしようとラウレンツ様と約束した。


「これからよろしくお願いします、ステラ嬢」

「婚約したのですからステラとお呼びください」

「そうだね。改めて、よろしく。ステラ」

「よろしくお願いいたします、ラウレンツ様」


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