入学式
馬車を降りると、春らしい温かい風に髪がなびいた。そして、今日の入学式の会場である大きなホールへ足を踏み入れた。
入学式と言っても、学園長と生徒会長からの挨拶とクラス発表をこのホールでするだけだ。
私は運が良かったのか仕組んであるのかは分からないけれど、ロゼッタとラウレンツ様と同じクラスになった。
入学式が終わると、それぞれのクラスに分かれて教室へ移動する。サリーたち侍女は教室までついてくることは出来ないからホールを出れば一度寮に戻る。私たちが寮へ戻る前に、今日の午後からある歓迎パーティーに参加するための準備をしなければならないから侍女たちは生徒たちよりも大忙しだ。
教室へ移動すると、担任となる教師から挨拶があり歓迎パーティーへの招待状がクラス全員分配られた。パーティーには新入生と在校生と王族と一部の貴族しか参加が許されていない。自由参加なため、新入生や在校生の全員が参加することはないそうだけど王族と少しでもお近付きになりたいと考える者は少なくないため新入生は基本的に全員参加するそうだ。
「ステラ様と同じクラスになれて、わたくし本当に幸せです」
「わたくしも、ロゼッタが同じクラスで心強いです」
ホームルームを終えて、ロゼッタと一緒に寮に向かっているとラウレンツ様とその友人らしい人たちと遭遇した。
「皆様もレサン寮ですか?」
「はい」
「では、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「はい。是非」
寮は12で分かれていて、それぞれ月名が割り当てられている。
月名は初めから、レサン、シャルク、ブローティ、スピレ、ヴィンド、シュティル、ルフト、ドゥロー、メゼ、アルセ、フォスト、リットの12月ある。
その中で私達は年が変わる初めの月であるレサンの名が付く寮だ。
寮の振り分けは基本的に住んでいる地域ごとだ。
レサン寮は王都、シャルク寮、ブローティ寮、スピレ寮は東部、ヴィンド寮、シュティル寮、ルフト寮は西部、ドゥロー寮、メゼ寮は北部、アルセ寮、フォスト寮、リット寮は南部に実家がある生徒が暮らしている。
この振り分けは人数を分けるためでもあるけれど、この5つの地域で少しずつ食文化や生活習慣などが違ってくるため寮での精神的疲労を少しでも軽減するための配慮だそうだ。
「わたくしは、今日から寮生活ですが皆様はもう既に入寮していらしたのですか?」
「私とアレックは10日ほど前から寮生活を始めています。少し慣れてきたので今はありませんが、入寮初日は寮内で迷子になりました」
ラウレンツ様の友人であるイグナーツ様がそう言うと、ロゼッタは『少し複雑な造りになっていますからね』と笑った。
私も幼い頃から方向音痴だと、母にもエドガーにも言われていたから気を付けないと。
「ラウレンツ様はわたくしと同じで今日が入寮ですよね?」
「そうだよ」
「楽しみですね」
「そうだね」
深紅の髪を揺らし、榛色の瞳を細めてラウレンツ様は優しく微笑んだ。初めて会ったときはなんて可愛らしい男の子なんだろうって思っていたけれど、1年と少しで身長も私を少し越して大人びた顔つきになっている。それでも、笑った顔はまだまだ可愛らしい印象だ。
寮へ着くと、サリーが出迎えてくれて私を部屋まで案内してくれた。
荷物を運び入れたときは直接部屋へ来ていたから、廊下を通って自室へ行くのは今日が初めてだ。
「お嬢様、湯浴みの前に軽食を召し上がってください」
小腹を満たす程度のスープとサンドイッチを食べて湯浴みを終えると、サリーはすぐに髪を乾かしてそのままヘアセットまでした。そして、化粧まで終わらせるとドレス選びだ。
今日は私の好きな淡い緑色のドレスを選んだ。着替えるのを手伝ってもらって、アクセサリーを選んでいるとサリーが慌てて私の手を止めた。
「お嬢様、そちらのネックレスは候補から外しておくのが無難かと」
「どうして?」
「そちらの物はジークフリート様からの贈り物です。婚約披露の場でもあるこのパーティーにラウレンツ様以外の男性から贈られたアクセサリーを付けるのは外聞がよろしくありません」
「確かにそうですね」
また、外聞。貴族は面倒なことが多い。私がどれだけジークフリート様を兄のように思っていようが周りはそう思わない。婚約した日の夜、お兄様にも忠告された。
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「ステラ、手紙でラウレンツ様との婚約のことをジークフリートに報告するならこれで手紙は最後にしておくんだよ」
「どうしてですか?」
「外聞が悪いからだよ。もし、ジークフリートとステラが文通をしていたなんて知られたら、ステラは不実な令嬢という烙印を押されることになる」
私とジークフリート様の間に恋愛感情がなくても、周りから見れば婚約している令嬢が密かに思いを通わせているように見えるらしい。
そう見られてしまうのはジークフリート様にもラウレンツ様にも申し訳ないし、私自身嫌だ。
だから、その日を境に文通は辞めることにした。
返事は返ってきていないけれど、ジークフリート様は私よりも貴族の常識に聡いから婚約したということを報告した時点で察しはついていると思う。
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ネックレスはお祖父様からいただいた物を選んで、髪飾りとイヤリングはお母様が選んでくれたものを付けた。
今日のパーティーにお母様とお父様は出席しないけれど、ラウレンツ様のご両親とモーリス様とユスティーナ様も出席される。派手すぎず、だけど華やかさのある装いでなければならない。
「どうですか?」
「とてもお似合いです」
「良かった」
「そろそろお時間です。寮のロビーで待ち合わせていらっしゃるのですよね?そろそろ向かわれた方がよろしいかと存じます」
「そうですね。では、行ってきます。サリー、留守は任せましたよ」
「はい。いってらっしゃいませ、お嬢様」
ロビーへ行くと、ラウレンツ様が私に気付いてた歩いてきた。
そっと差し伸べられた手を取って階段を下りた。他の生徒たちはもうほとんど寮を出ているのか、ロビーには私とラウレンツ様の2人しかいない。
「そろそろ会場へ向かおうか」
「はい」
寮から会場までは少し歩くけれど、室外に出ずにそのまま向かえるのは嬉しい。
パーティーの会場は入学式を行ったホールよりもさらに大きいホールだ。
ホールに着いて、招待状を見せてラウレンツ様の腕を組んで会場に入るとたくさんの視線を感じた。
新入生で入学当初に婚約している者は少数だから目立つのは仕方ないけれど、これはラウレンツ様の人気のせいもある気がする。
ラウレンツ様の顔を見上げると、私の視線に気が付いたのか目が合った。
「緊張しているの?」
「はい、少し」
「心配しなくても大丈夫だよ。何があっても私がフォローするから」
「はい」
社交界デビューしたときに、お兄様も似たようなことを言っていた気がする。少し思い出して気が楽になった。
真っ直ぐ前を向いて胸を張ってルクレシオ殿下の方へ向かった。
挨拶に囲まれているだろうと思っていたけれど、私達が来るのが遅かったからなのかルクレシオ殿下の周りにはユスティーナ殿下とモーリス様しかいなかった。
ルクレシオ殿下とユスティーナ殿下とモーリス様の3人に挨拶をすると、ルクレシオ殿下が驚いた表情をしていた。
今日が婚約披露の初めての場だからルクレシオ殿下も知らなかったのだろう。決まったのもつい先日だから、婚約のことを知っているのは私の家族とラウレンツ様の家族くらいの筈だ。
ラウレンツ様がモーリス様とユスティーナ殿下と何やら盛り上がって話していると、ルクレシオ殿下が小さい声で何かを言った。けれど、聞き取れずもう一度聞き直すとため息混じりに私の顔を見た。
「お前は、ジークフリートを好きだったのではないのかと訊いているんだ」
「何度も申しているでしょう。わたくしはジークフリート様を兄のように慕っていますが、殿下のおっしゃる好きという感情はありません」
殿下は信じられないという顔をしてため息を吐いた。私が何度否定しても、恥ずかしがって否定してるだけだと思っていたのだろう。それにしても、どうして私がジークフリート様を好きだと誤解していたのかな。
恋愛に年齢は関係ないと言っても、私はまだ14歳になったばかりでジークフリート様は22歳の成人貴族だ。子供が大人に憧れることはあっても、恋愛感情の好きを大人に向けるのは少ないと思う。
というか、
「仮にわたくしがジークフリート様を好きだったとしてどうして殿下がお気になさるのですか?」
「そんなの、面白いからに決まっているだろう」
さも当然のような顔をされたせいで、私の質問がおかしいようになってしまった。
話が落ち着いたのか戻ってきたモーリス様が私の呆気に取られた表情と、私の反応に対する殿下の困惑した様子を見て混乱していた。
ラウレンツ様のご両親に改めて挨拶をしてから、ロゼッタとラウレンツ様の友人にも挨拶へ向かった。
婚約のことはまだ誰にも言っていなかったからロゼッタたちはすごく驚いていた。
パーティーも中盤に差し掛かって、曲が変わるとホールの真ん中でダンスが始まった。
婚約してからラウレンツ様とダンスをするのはこれが初めてだけど、これまでのパーティーや舞踏会で何度も踊っているから今さら緊張したりはない。というか、お兄様と先生以外では一番多く踊っている気がする。
ダンスを終えて、違う寮の令嬢のグループに話しかけられた。ラウレンツ様は女子同士の話が始まるのを察してその場を立ち去った。正直置いていってほしくなかったけど、仕方がない。友達をつくるチャンスだと思って頑張ろう。
「わたくし、ルフト寮のジェシカと申します」
「同じくルフト寮のエリシアですわ」
「わたくしは……」
それぞれの自己紹介を聞いて、私も自己紹介を返した。このグループはみんなルフト寮の生徒というわけではなく、ルフト寮の生徒であるジェシカ様とエリシア様が友人同士で、他の3人はエリシア様の従兄弟がシャルク寮にいてその繋がりで知り合ったそうだ。
私に声を掛けてくれたのはジェシカ様とエリシア様が私と同じクラスで覚えていてくれたからだそうだ。
「申し訳ありません。わたくし、クラスの方の顔をまだ覚えられていなくて」
「謝らないでください。わたくしたちが貴方を覚えていたのは、綺麗な髪色が印象的だったからです」
「改めて見ると本当にお美しいですわ」
「ありがとうございます」
母と同じこの特徴的な髪を褒められたのが嬉しくてつい表情が緩んでしまいそうになる。母譲りなのです、と言いたいけれどお母様とは髪色が異なるから言えないのが残念だ。
しばらく話していると、ジェシカ様がご友人のお話しているラウレンツ様に視線を向けた。
「あちらの方がステラ様の婚約者様ですよね?」
「はい」
「親しいのですね」
「元々友人として親しくしていた方と婚約したので」
「羨ましいです。わたくしは、婚約者と会話らしい会話もしませんもの」
ジェシカ様は少し寂しそうに目を伏せた。ジェシカ様は伯爵家の長女で幼馴染の公爵家の長男と婚約しているそうだ。幼馴染だけど、婚約してしばらくしてからあまり話さなくなったそうだ。
「親同士が勝手に決めた婚約ですが、わたくしは婚約者が彼で良かったと思っているのです」
そんな風に語る彼女が私も羨ましく感じてしまう。私とラウレンツ様は親しい友人だ。婚約自体も全く嫌じゃない。だけど、お互い特別な感情が分かるわけじゃない。物語が現実になるなんて信じていないけれど、ジェシカ様のように誰かに特別な感情を抱けることが少し羨ましく感じて仕方がない。
「婚約者という関係になったことで、少し気まずくなってしまったのかもしれませんね」
「そうなのでしょうか」
「ジェシカ様から話しかけてみてはいかがですか?向こうももしかしたら話しかける機会を失ってしまっているだけかもしれません」
「参考にさせていただきます」
パーティーを終えて、ラウレンツ様と一緒に寮に向かった。
ラウレンツ様は色んな寮の公爵家の令嬢から声を掛けられたそうだけど、婚約者がいるのでと笑顔で交わしていたそうだ。
便利な断る口実を手に入れて、令嬢ではなく公爵家や伯爵家の子息たちと交流する時間を取れたらしく有意義な時間を過ごせたと嬉しそうだ。
私も、同じクラスの令嬢や他のクラスの人たちとも知り合えて良かった。ロゼッタ以外に友達らしい友達がいなかったから仲良くなれるといいな。
寮について、ラウレンツ様が部屋まで送ってくれた。
「今日は疲れただろうから、早く寝るように」
「ラウレンツ様も、お疲れ様でした」
「ありがとう。おやすみ、ステラ」
「おやすみなさいませ」
ラウレンツ様にお辞儀をして部屋に戻った。
既にサリーが寝る支度をして待っていてくれてドレスから着替えて支度をしてすぐにベッドに入った。
私もいつか、ラウレンツ様に特別な感情を抱く日が来るのかな。




