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お祖父様の後悔


 目が覚めるとすでに朝になっていた。馬車で寝たにしては特に身体が痛かったりはない。カーテンを開けて馬車の外を覗くと、遠くに領主様の屋敷が見える。

帰って来たんだと実感する。

ここから先は違う馬車に乗り換えないと目立ってしまうため、領主様の屋敷の近くにある農村で馬車を借りてそれに乗り換えた。

荷馬車ではないから屋根はあるけれど、造りがずいぶん質素だ。貴族になる前なら富豪が乗っているようなすごい乗り物だと思っていたけれど、今はすごく乗り心地が悪く感じる。慣れって恐ろしい。

服も目立ちすぎないものに着替えて、エリセント家の御者に馬車を預けてからまた街へ出発した。


領主様の屋敷の外側にある門をくぐると、兵が要件などを訊ねる。お祖父様が名前を出すと、兵は慌てて上司を呼びに行った。

上司である騎士を連れて戻って来ると、騎士はお祖父様を見て改めて用件を確認した。


「貴方様のようなお方が下町の散策ですか?」

「何か問題でもあるのか?」

「いいえ。何もございません。どうぞお通りください」


騎士は貴族が多いからお祖父様のことを知っている人もいるのだろう。丁寧な対応で見送ってくれた。

門を通り過ぎると見られた街並みだ。教会までの道を農村の御者に案内して連れて行ってもらった。

馬車を降りて、お祖父様と一緒に教会に入った。見慣れた顔の牧師が驚いた顔をして私の元へ歩いてきた。

この牧師はジョンという40くらいの優しげな男で、お母さんが亡くなる前からの知り合いだ。


「ステラさん、お久しぶりですね。お元気そうで安心いたしました」

「ジョンさんも、元気そうでよかった」

「今年はお見えにならないのかと思っていました」

「私も来れないと思っていたけど、祖父が連れてきてくれたの」

「そうでしたか。では、ご案内いたします」


いつもと同じようにジョンさんに教会の管理している墓に案内してもらった。故人の名前が刻まれた膝の高さほどの低い石がいくつも並べられている。ジョンさんは気を遣ってくれたのか私とお祖父様とフリードとサリーの4人だけにしてくれた。

綺麗な青い石の前まで歩いてその場に屈んだ。お祖父様は少し眉をひそめてその石に刻まれている名前を眺めていた。石には私の母と父の名前が刻まれている。母の名前はまだ父の名前に比べて石に馴染んでいない。まだ、2年も経っていないから当たり前だ。


「お父さん、お母さん、私、今日で13歳だよ。お祖父様たちと今、元気に幸せに暮らしてるよ。だから、心配しないでこれからも見守っててね。それとお母さん、私を産んでくれてありがとう」


石に刻まれた名前を指で撫でて微笑んだ。それと同時に涙が溢れてきた。もう、立ち直ったはずなのに、まだここに来ると泣いてしまう。

サリーがハンカチを差し出してくれて、涙を拭って顔を上げた。すると、お祖父様も少し涙を堪えていた。お祖父様は私の隣に屈んで同じようにお母さんとお父さんの名前を指で撫でた。


「本当に、君たち2人には申し訳ないことをしてしまったな。いつかちゃんと顔を見て和解したいと思っていたが、それも出来なくなってしまった。本当、すまない」


お祖父様は謝罪の言葉を述べて立ち上がった。

そういえば、まだ一度もお祖父様からお父さんとお母さんの話を聞いたことがなかった気がする。ふと気になってお祖父様に訊いてみた。


「話すと長くなる。どこか休憩できる店に行こう」


富豪の家が多い地区にある、高級喫茶へ行くことにした。


個室のある喫茶店で、早めの昼食と飲み物を頼んで届くと本題に入った。


「セリーナとレオがいつから親しくなったのかは詳しくは知らない。私はセリーナから話を聞くまでは2人の関係を全く知らなかった」



 ーーーーー



「今回の相手も、好青年だったではないか?何が不満なのだ」

「あの方を愛せないと思ったからです」

「どうしてそう決めつける」

「だって、わたくしは、」


気の強いセリーナが珍しく口籠った。

正直、私はセリーナが何を考えているのか分からなかった。セリーナの兄、レインハルトは既に結婚して子供もいるからセリーナにはある程度自由に婚約者を選ばせるつもりだった。だが、セリーナは学園を卒業して18を過ぎてもまだ婚約者を決めるつもりがない様子だった。

私に反抗したいだけだと思い、特に気にも留めていなかったがセリーナは既に覚悟を決めていた。


「わたくしは、レオが好きです。レオ以外の人と婚約するつもりはございません」

「レオ、というのは、料理人見習いのレオか?」

「はい。わたくしは、レオと一緒にこの家を出ようと思います」


頭が真っ白になった。セリーナは、亡き妻にとても似て世話焼きだった。だから、どこかに嫁入りした後も様子を見に時々は顔を出してくれるだろうと思っていた。だから、王都に住む貴族とばかりとお見合いさせていた。だが、レオとこの家を出るというのはもう二度と会えなくなるに等しい。


「そんな事は許さない。フリード、レオに次の休みまでで暇を出す」

「承知いたしました」


セリーナは何も言わずにその場を立ち去った。

それからしばらく、セリーナとは一度も顔を合わせなかった。お互いに避けていたから、食事も何もかも時間をずらしていた。

そして、セリーナを諦めさせるために強引に婚約を決めた。婚約式の日取りまで決まりかけていたというのに、セリーナは文句一つ言いに来ない。それだけ私と顔を合わせたく無かったのだろう。

私はもう、セリーナに対してどう接したらいいかも分からなくなって、亡き妻の遺した日記を久しぶりに読んだ。彼女の優しい美しい文字で家族への愛が綴られた日記。

最後のページには、病に臥せった彼女が亡くなる直前に記した私とレインハルトとセリーナへの思いが綴られている。


『旦那様、どうかセリーナに、誰よりも愛する人が出来たならその時はそっと見守ってあげてください。あの小さな子が手を離れるのはとても寂しいでしょう。だけど、離れていても親子である事に代わりはありません』


忘れていた。これが、彼女との最後の約束だった。その約束を破ってしまうところだった。


レオが屋敷を去る前夜、庭を見張らせていた私の護衛騎士が戻ってきた。セリーナが窓から抜け出してレオと合流して門へ向かっているらしい。守衛にセリーナの護衛騎士と代わり休むように命令を下した。これが、私ができる最大限だった。セリーナと護衛騎士は学園時代からの同級生だ。もう二度と会えなくなるかもしれない友人同士の2人に最後の別れの時間を作ってあげることしか出来なかった。


早朝に、セリーナの元護衛騎士が私の元へやって来た。泣き腫らした目を伏せがちにして、セリーナとレオが屋敷を去っていったと報告した。これで良かったのかは分からない。だが、セリーナを見守るという愛する妻との約束は果たせた気がする。



そして、その2年後に一通の手紙が届いた。エリセントの名を捨て、一般市民として過ごしているセリーナからだ。

レオとの間に娘が生まれたとのことだ。南部の方の領地を通しての手紙だからその下街で暮らしているのだろう。


「フリード、2人目の孫が生まれた。今日は宴だ」

「早急に手配します」


いつか、セリーナとレオと和解して孫娘のステラと会える日を待ち望みながら宴を開いた。従者も、当時セリーナの護衛騎士をしていた者も皆でステラの誕生を祝った。



 ーーーーー



「だが、まさかセリーナも妻と同じ病にかかっていたなんて知らなかった。和解することも出来ずに夫婦揃ってこの世を去ってしまうなんて」


お祖父様は後悔の残る表情で視線を落とした。お母さんはお祖父様を恨んでいたのかな。あまりお母さんからお祖父様の話を聞いたことがないからどうか分からない。だけど、お母さんが最後に頼ったのが親しかったエドガーたち家族ではなくお祖父様だったということは、信頼していたからだろう。



「そういえば、どうして急に教会に来たいと言い出したのだ?なぜ、誕生日である必要があったのだ?」

「誕生日は母親に感謝を伝えるのがこの街の風習だったので。それに、今日は父の命日ですから」




わたくしの父が亡くなったのはわたくしの3歳の誕生日でした。

その日は隣町の料理店に貴族が来るため、料理人として貴族の屋敷で働いたことのある父も手伝いに行っていたそうです。夜までには家へ帰ると約束していたのに、その日の夜に家に来たのは訃報でした。

料理店で大火事が起こったそうです。そして、父はそれに巻き込まれて亡くなったと告げられました。遺体も残らないほどの火事で父の最期の姿さえ見ることは叶いませんでした。

わたくしは、まだ幼くてよく覚えていませんが、母が言うには父が亡くなったことを理解できなかったわたくしは毎日のように父はまだ帰ってこないのか母に訊ねていたそうです。



「きっと、その質問をする度に母は辛かったでしょうね」


お祖父様はそうか、とだけ呟いてコーヒーを飲んだ。

私は空気を変えようとわざと明るい声を出した。


「せっかくの里帰りですし、幼馴染の家族のやっている大衆食堂へ顔を出してもよろしいでしょうか」

「それは許可できない」


お祖父様曰く、今回はお忍びで観光に来ていることになっているそうで幸い観光地である富豪層が住む教会付近には来れても、下街まで行くことは出来ないそうだ。私はあくまでもお父様とお母様の娘で下街に関わりがあるわけがないとこの領地の領主はそう思っている。それなのに、下街へ行ってしかも地元民と親しそうにしているところを見られると不審に思われるかもしれない。

それだけでなく、悪党な貴族たちに知られてしまえばエドガーたち家族を人質に何かを要求されることになるかもしれない。


「そうですね。そうなるくらいなら会わない方がいいですね」


せっかく帰ってきたのに、誰にも会えないなんて寂しいけれど貴族になる時に覚悟したんだ。お祖父様は街の教会に来たいという私のワガママをすぐに受け入れて叶えてくれた。それに、お祖父様の言う通りになってしまうのは嫌だ。



カフェを出ると早々に馬車に乗って街を出た。

門を通って農村でまた馬車を乗り換えた。


帰りも行きと同様寝て過ごした。

途中、王都と街の中間点辺りで休憩がてら夕食を取ってまた馬車に乗って王都へ向かった。



王都に着いたのは夜が明けて少しした頃だ。

エリセント侯爵邸に着くと、従者が揃って出迎えてくれた。部屋に帰って少し休んでから広間へ行くと、豪華な装飾がされていた。


私の誕生日パーティーをしてくれるそうだ。


「おかえり、ステラ。それと、誕生日おめでとう」

「ありがとうございます。このパーティーはお兄様が発案してくださったのですか?」

「私じゃなくてステラの侍女だよ」


お兄様の言葉に驚いてサリーの顔を見るとすぐに顔を背けた。

まさか、サリーが言い出したなんて思ってもなかったから嬉しくて微笑んでお礼を告げた。


美味しいスイーツを食べたりお母様やお父様やお祖父様やお兄様から誕生日プレゼントを貰ったりしながら過ごしていると、屋敷の侍女長が大きな箱を広間へ運んできた。


「クレザテーネ子爵令嬢からの贈り物です」

「ロゼッタから?」


箱を開けると手紙と恋愛物語が2冊と金細工の飾りのついたデスクライトが入っていた。


“親愛なるステラ様、お誕生日おめでとうございます。

読書がお好きだと仰っていらしたのでこの間のお茶会でお話した本を2冊とデスクライトを贈らせていただきます。

お読みになったら是非感想を語り合いましょう”



あとで返事を書かないと。ロゼッタからの贈り物はサリーに頼んで自室まで運んでもらった。

パーティーが終わり、自室に戻ろうとするとお兄様に引き留められた。お兄様は執事に何かを持ってくるように指示をして私をガゼボに行くように促した。

言われるがままガゼボでお兄様の執事を待っていると上等そうな布に包まれた細長い箱を持って戻ってきた。


「これは?」

「ジークフリートからの贈り物だよ」


そっと布を開くと磁器製の箱が現れた。何が入っているのだろうと思いそっと蓋を開けると私の瞳と同じ金色の宝石と髪と同じ水色の宝石のついたネックレスが入っていた。しかも、ネックレスのチェーンは白金製だ。


いくらするんだろう。


「こんな立派なもの、貰ってしまっても良いのでしょうか」

「素直に受け取ってあげて」

「はい」

「全く、私よりも上等な物を渡すなんて私の兄としての面子を潰すつもりなのか?」


お兄様は呆れたように笑ってネックレスを見つめた。

ロゼッタとジークフリート様に感謝の手紙を書かないと。

ガゼボを後にして自室に向かった。

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