お茶会の噂話
春になり、庭に積もっていた雪も全て溶けて春の花が咲き誇った。
ジークフリート様へのお手紙の返事は贈った2日後には返って来て、それ以降お母様とお父様には隠したままジークフリート様と文通をするようになった。荷馬車で贈るとお母様たちに気付かれてしまう可能性が高くなるからお兄様かサリーに魔法で届けてもらう。
私の手紙に魔法をかけると手紙は蝶となって羽ばたいていく。私も学園に入学したらこの魔法を練習することになるらしい。
春とはいえ、夕方になればまだ寒い。さっきまで開けていた窓を閉めようとすると、ちょうど金色に光る蝶が部屋へ入ってきた。ジークフリート様からの手紙だろう。
蝶は机の上にとまると、光の粉のようになって消えて代わりになかったはずの便箋が机の上に置いてあった。
窓を閉めて椅子に座って便箋を開いた。
『ベルヴァディス公爵領はもう春一色だ。王都ももう暖かい日が続いているだろう。夏には王都に戻る予定だったが領内が少しごたついていて戻れるのは冬頃になるだろう。ステラが学園へ入る前に教えておきたいことが山程あったがそれも中々出来そうにない。だが、これだけは教えておく。私が後ろ盾になるからステラは学園に入るまでに信用できる者と関係を築くことに専念しろ。』
ジークフリート様が後ろ盾になってくださるなんて、とても心強い。ベルヴァディス公爵家の跡取りの彼よりも高い地位の貴族なんて指折り数えるほどしかいない。この前の誕生パーティーのように、私を嫌う貴族もいる。だから、あまり社交界に顔を出したくはなかったけれど学園に入れば社交は常に隣り合わせになる。だから、それまでに信用できる者との関係を築くことで学校生活が少し楽になる。それに、その中から婚約者も選ぶことになるだろう。
感謝の言葉と体調を案ずる言葉を綴ってサリーに手紙を飛ばしてもらった。
「サリー、ロゼッタに招待されたお茶会に参加すると手紙を贈ってください」
「承知いたしました」
今日のお茶会はロゼッタの家で行われる。殿方のいないお茶会だから今日はお兄様は同伴できない。代わりにサリーが同伴してくれることになった。
クレザテーネ子爵家に着いて馬車を降りるとロゼッタが出迎えてくれて、玄関からお茶会の開かれる庭まで案内してもらった。
ロゼッタ主催のお茶会だから皆同じくらいの年の子ばかりだ。14歳以上の貴族令嬢は学園で寮生活だから社交界デビューをしている11から13歳までの貴族が集まるのだから当たり前だけど。秋になれば10歳の子たちもデビューを終えて社交界に出てくるからもう少し人数が増えるだろう。
今日のお茶会の参加者は15人で伯爵家や子爵家の令嬢ばかりだ。この中では私が一番上の爵位の家になる。だからなのか、皆して私のドレスや髪飾りやらを褒めてくれる。だけど、ロゼッタだけはどこか違う。
「ステラ様はいかなる時も本当お美しいですね」
「ロゼッタ、わたくしたちは友人でしょう?お世辞は辞めてください」
「何を仰るのですか?わたくし、お世辞なんて言っておりません。ただ、事実を述べているだけです」
ロゼッタは私が舞踏会で助けて以来ずっとこんな調子だ。会う度に褒め称えられる。最初は気恥ずかしさがありながらも、そこまで嫌でもなかった。だけど、毎回のよつに褒められ続けると何だかもう呆れてきた。何も言わずに聞き流す方が賢い選択かもしれないと思い出してきた。
お茶会での話題は基本的に社交界での噂話だ。特に今はアデレアス公爵家の長男でラウレンツ様の兄のモーリス様とルクレシオ殿下の姉で第一王女のユスティーナ王女殿下の話で持ち切りだ。
お二人はまだご婚約されているわけではないけれど、モーリス様がユスティーナ殿下に春の初めに開かれた夜会で思いを告げられたそうだ。
ユスティーナ殿下は今年で18歳になる成人だ。だから、そろそろ婚約を、と声が上がっていてその有力候補は山を隔てた隣にあるフローゼンス王国の第一王子だった。もし、その婚約が決まってしまえばユスティーナ殿下と会えなくなってしまうと思ったモーリス様が敢えて国王陛下もいる夜会の場で愛の告白をしたそうだ。
「陛下はまだ何も公表されてしませんが、ユスティーナ殿下もモーリス様に淡い想いを抱いていらっしゃる様子だったそうです」
「わたくしの姉も、ユスティーナ殿下とモーリス様は両想いだと言っておりました」
「ですが、お二人が結婚すれば殿下は王族ではなくなってしまいます。陛下はそれを危惧されているのでは?」
貴族女性でも平民の女性でも変わらないところがあるとすれば、噂話、特に恋愛の噂話が大好物だということだ。夜会での愛の告白に憧れを抱いたり、好きな人と両思いになることを夢に見たり、貴族の女の子たちも普通の女の子のようだ。
「わたくしもモーリス様のようなお方と婚約したいです」
「わたくしはギルベルト様のようなお方と」
「わたくしはジークフリート様のようなお方が」
お兄様やジークフリート様の名前が出てきて少しドキリとした。2人が社交界で人気なのは知っていたけれど、年の離れている令嬢たちにも人気があったとは知らなかった。
さっきまで、ユスティーナ殿下とモーリス様の恋愛話だったというのに今度はお兄様とジークフリート様についての質問が飛んできた。
「やっぱり、ギルベルト様ってお優しいのですか?」
「そうですね。でも、時々意地悪なんです。わたくしが困っているのを分かっていて面白がって見ているのです」
株を少し落とすくらい何も言われないだろうと思って少し裏の顔を晒してみたけれど、逆効果だった。『意地悪なギルベルト様も素敵』だなんて、そんな返答が来るなんて思いもしなかった。顔が良ければ許されてしまうこともあるのだろうか。
「ステラ様はどんな殿方が好みですか?」
「わたくしの好み、ですか?」
「はい!」
「教えてください」
好みか。正直、あまり考えたことはない。恋愛の物語は好きでよく読んでいたけれど、自分が恋愛をすることを想像するのが出来ない。物語みたいな恋愛に憧れがないわけではないけれど。
「強いていえば、愛情表現をたくさんしてくれる方でしょうか」
「素敵ですよね。そんな殿方と出会いたいです」
「愛してると日々伝えてくださる方に憧れます」
何だか、恋愛の話をしていると少しこそばゆい。楽しいけれど何だか恥ずかしくなってくる。だけど、いつかは私にもそんな素敵な人が現れないかななんて少しは考えてしまう。
お茶会が終わり、屋敷へ帰るとお兄様が帰ってきていた。
今日の仕事は昼まででそれ以降は休みらしい。だから、お茶会で聞いた話をお兄様に話してみた。今年21になるお兄様と17になるモーリス様は学園ではちょうど入れ替わりだから詳しくは知らないかもしれないけれど、私たちよりはよく知っているはずだ。
「間違ってないと思うよ。お互いに想い合っているのは、王宮内では常識くらい知られているからね。フローゼンスの王子からの婚約は正式に断ったようだし、婚約するのも時間の問題だろうね」
「そうでしたのね。何だか、物語みたいで憧れます」
私の言葉にお兄様が驚いたような顔をして私の顔を見下ろした。
「てっきりステラは恋愛には興味がないのかと思ってたよ」
「恋愛感情は分かりませんが、恋愛への憧れはありますよ。貴族としての政略的な婚約は面倒そうだなとは思いますけれど」
「そうだね。だけど、もう十分物語みたいだけどね」
「身に覚えがないのですが」
「両親に隠れて手紙のやり取りなんて物語そのものだと思うよ」
お兄様はからかうように笑った。ジークフリート様との文通のことを言っているのだろう。確かに、両親に隠れて文通をしているという言葉だけ聞くと物語みたいだけど、文通の内容は至って普通の世間話や体調の確認だ。それに、私が貴族らしい手紙を書く練習も兼ねているから時々推敲されていたりする。そんな物に情緒は感じない。
私の反応に面白くなさそうな顔をして、お兄様は小さくため息を吐いた。
「無自覚なだけだと思うんだけど」
「何のことですか?」
「なんでもないよ」
お兄様の言葉の真意が分からず首を傾げていると、金色の蝶が飛んできた。手のひらを向けると、蝶がこちらへ飛んできて止まったと思うと便箋に変わった。
噂をすれば、ジークフリート様からの手紙のようだ。
明日13歳になる私に贈り物を用意してくださったそうだ。それと、誕生日へのお祝いの言葉が書かれていた。
そうだった。もう明日で13歳になるんだ。
お祖父様に頼んだら教会に連れて行ってもらえるかな。
「ジークフリートからか?」
「はい。誕生日のお祝いの贈り物をくださるそうです」
「何だろうね」
「書いてないので分かりませんが、楽しみです」
ジークフリート様からまさかお祝いしてもらえるだなんて思ってもいなかったから少し驚いたけれど、素直に嬉しい。贈り物は正直想像がつかないけれど、勉強道具とかだろう。
夕食の時間になり、全員揃って食事を済ませた。
食後にお祖父様に教会にいけないかと恐る恐る訊いてみた。
許可はもらえないだろうと思っていたけれど、お祖父様は意外とすんなり許してくれた。明日は私の誕生日だから特別に許してくれたのかもしれない。
私の元々住んでいた街までは丸一日ほどの距離だから誕生日は教会に行きたいという私の願いを叶えるために急遽今夜出発することになった。しかも、お祖父様が付き添ってくれるそうだ。
部屋に戻ってすぐに支度をして、サリーと私、お祖父様とお祖父様の執事のフリードでそれぞれ馬車に乗った。今回の馬車の馬は魔術具で出来た馬だから一晩の休息の必要はないから今出たら、街に着くのは明日の昼ごろだろう。
「お嬢様、質問をしても良いですか?」
「いいよ」
「お嬢様は、またわたくしたちと共に屋敷へ帰りますよね?」
「当たり前でしょ。どうしてそんなこと訊くの?」
「街に行って市民に戻られるおつもりなのかと思いまして」
「そんなことしないよ。街での生活は楽しかったし大切な人もいるけれど、今の私の家族はサリーたち、エリセント侯爵家に仕える人も含めてのみんなだもん」
そう言うと、サリーは安心したように微笑んだ。正直、サリーはあまり私に心を拓いてくれていないと思っていた。基本的に感情をあまり出さないし、淡々と話すことが多かったから。だけど、気が利いていけないことはいけないと教えてくれる優しいサリーを私は尊敬しているし、信頼している。だから、サリーも私を大切に思ってくれているのが分かって嬉しい。
「あ、今、口調が崩れてたのはお母様には内緒ですよ」
「承知いたしました」
外がもう真っ暗になってきて、明日に備えて今日はもう寝ることにした。
毛布を掛けて頭の部分に枕を置いて座ったまま目を閉じた。起きる頃にはもう街に着いているかな。そんな期待をしながら眠りについた。




