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社交界デビュー


「ステラ、準備は整ったかい?」

「はい、お兄様」


部屋を出てお兄様とお父様とお母様と馬車に乗った。

今日はとうとう、公爵家で行われる舞踏会当日だ。王族の傍系の公爵家で貴族の中でもとても力のある家だそうだ。


「そんなに緊張する必要はないよ。何かあったらすぐに手助け出来るように今日は側を離れないから安心して」

「ありがとうございます、お兄様」


笑顔でお兄様の顔を見ると、お母様は呆れたようにため息を吐いた。


「令嬢たちとの社交を断る口実に妹を使うのではありませんよ」


お兄様の優しさももちろんあると思うが、さっきの発言は令嬢たちとのダンスや会話を断るための口実を作るためのものだったらしい。

社交ってそんなに嫌なものなのだろうか。

また別の不安を抱えつつ、公爵邸に到着して馬車を降りた。


エリセント侯爵邸も中々の規模だけど、ここアデレアス公爵邸はさらに規模が大きい。庭だけでも迷子になりそうだ。


正面口から貴族たちが入っていく。どの令嬢もやはり綺麗に着飾っている。


「ステラ、顔が強張っているよ」


お兄様に指摘されて慌てて表情を取り繕う。本当にこの中でやっていけるのだろうか。

不安を顔に出さないようにして、お兄様にエスコートされながら会場へ向かった。


今日の舞踏会の会場は大広間で、エリセント侯爵邸の大広間よりも2回りも大きい。壁側にあるテーブルにお酒やジュース、お菓子、料理が並べてあって、そこから一番離れた場所に合奏団が集まって演奏している。

そして、その側には今日の主催者であるアデレアス公爵夫妻が他の貴族たちと挨拶を交わしていた。

私もお兄様とお父様とお母様と一緒にアデレアス公爵夫妻の元へ挨拶に向かった。


「お久しぶりです、アデレアス公爵。夫人も半年ぶりほどでしょうか?」

「ああ、そうだな。」

「ところで、レインハルト様。そちらが噂のお嬢さんかしら?」

「はい。娘のステラです。」


お父様に促されて公爵夫妻の前に出て挨拶をする。


「お初にお目にかかります。ステラ・エリセントと申します。お会い出来たこと、光栄に思います」


挨拶を終えてご夫妻の顔を見ると、夫人が優雅に微笑んで私の顔を見た。

何を考えているか分からない貴族らしい笑みに少し怯みつつ笑顔を崩さないように意識して見つめ返した。


「ステラは今年でいくつなの?」

「12になりました」

「それでは、ラウレンツと同じ年ね。ぜひ、仲良くしてあげてくださいな」


友達になってあげてという意味だと思い頷こうとすると、お母様が私と夫人の間に割り込んで微笑んだ。


「アデレアス夫人、ありがたいお話とは存じますがステラはまだ社交界に慣れておりません。婚約のお話は学園に入るまで断ると決めているのです」

「あら、それは残念です。では、また改めて」


そこで話を切り上げて夫人はまた別の貴族たちから挨拶を受けていた。

仲良くしてあげてというのは婚約話だったのか、と驚いているとお母様がため息交じりに私の顔を見た。


「婚約話を軽々と受け入れようとするのではありません」

「申し訳ありません」

「貴方はギルベルトが婚約してから、その家と合う家の者と婚約する予定なのです。ですから、先ほどのように婚約話に頷かないように言葉の裏を読み取れるようになってください」

「はい」


お兄様が社交を嫌う理由がなんとなく分かった気がする。言葉の裏を読むなんて、神経がすり減るに決まってる。というか、さりげなく婚約の打診があるなんて毎回上手く躱せる自信がない。


他に両親と関わりのある貴族たちにも挨拶がてら自己紹介を終えると、ちょうど音楽が変わった。少しずつ人が広間の中央に集まってきてダンスを踊り出した。

私もお兄様と曲に合わせて踊る。

先生に教わった通り笑顔を崩さないようにしてお兄様の顔を見上げる。お兄様は優しく微笑んで私の顔を見下ろした。


「すごく上達したね」

「ありがとうございます」

「他の令嬢たちと大差ないよ。短期間ですごく努力したんだね」


小さい頃に比べて、褒められる回数はすごく減っていたからお兄様の言葉が何だか歯痒くて、嬉しさと恥ずかしさが混ざったような気持ちになった。

お兄様とのダンスを終えると、さっき挨拶をした貴族の子息や他の貴族の子息たちからもダンスに誘われて上手く断れなくて一通り誘いを受けた。

そのせいで、もうクタクタだ。

お兄様を探すと、会場の隅で令嬢に囲まれていた。お兄様も笑顔で相手をしているけれど、あの笑顔は心底疲れているときの笑顔だ。

助けてあげたいけれど、さっきまで私がダンスに誘われ続けているのを面白がって傍観していたから少し迷うな。

見捨てようと思ってその場を離れようとすると、お兄様と目が合った。仕方がない。


令嬢たちの後ろに言ってお兄様に声を掛けた。


「お兄様、お母様が探していましたよ」

「分かった。皆さま、大変残念ですが本日はこの辺りで失礼します。また機会があればお話しましょう」


お兄様が令嬢たちの輪から抜け出すと、令嬢たちはギルベルト様と名残惜しそうに名前を呼んでいた。

お兄様って人気なんだな。時々街に来ていた旅役者を思い出す。

そういえば、ミアが好きで私とエドガーを連れてよく観に行っていた。

なんだかんだ言っても、私もエドガーもその旅役者の劇が好きで文句を言いながらも毎回楽しみにしていた。


「ステラ、聞いていたかい?」

「申し訳ありません。なんでしょうか」

「ダンスの上手い断り方。教えるから忘れないように」

「はい」


お兄様はいくつかの誘いの例を出してその例に対しての断り方を教えてくれた。家でのお作法のお勉強を思い出して少し嫌だ。

だけど、断り方を覚えなければまた次の舞踏会に行った時に今日みたいに踊り続けることになってしまう。


一通り教えてもらって覚えたところで、ちょうどダンスに誘われた。お兄様に促されて頷いて振り返った。少し申し訳ない顔をして目を伏せて『まだ不慣れでして、身内以外の方とは踊るなと言われているのです』と覚えたばかりの台詞を告げて顔を上げた。

そこには、見覚えのある顔があった。


「ジークフリート様!違うのです。これは、断り文句の練習をしていただけで、」

「それにしても、ジークフリートが自分からダンスに誘うところを見るのは初めてだよ」

「初めてだからな」


聞き覚えがある声だとは思っていたけれど、まさかジークフリート様だとは思わなかった。ダンスの誘いを断ってしまったのを改めて詫びを入れると、ジークフリート様は私の前に手を差し出した。


「断り文句の練習をしていただけなら、私と踊ってくれるか?」

「わたくしでよければ、喜んで」


少し困惑しながらもダンスの誘いを受けた。

曲に合わせて一歩一歩踊っていると、周りが少しざわめいた。ジークフリート様はその恐ろしく整った容姿で令嬢たちの視線を引きつけている。それと同時に私には妬み嫉みの類の視線が送られる。

断ったままの方が良かったのかもしれない。


「どうして、わたくしをダンスに誘ってくださったのですか?」

「誰か1人はダンスに誘えと言われたのだ。令嬢に気を持たせるようなことをしたくはなかったからな」

「わたくしも令嬢ですけれど」

「ステラはダンスに誘ったくらいで私に好意を抱いたりしないだろう?」

「否定はできません」


私からすればジークフリート様はあくまでもお兄様の友人だ。それに、恋愛感情がどんなものなのかあまり分かっていない。だけど、こんなに注目を浴びるのなら先に知りたかった。教わったばかりの断り文句で断ったのに。


ダンスを終えると、ジークフリート様は『次の舞踏会でもよろしく頼む』と言って私の元を去っていった。

断る隙すら与えてくれない。ため息を吐いてお兄様の元へ行くと少し同情に近い目を向けられた。

周りからはヒソヒソと話し声が聞こえてくる。


『あの子、ギルベルト様の妹だからって』

『ジークフリート様とは到底釣り合わないのに』

『あんな子供を選ぶなんて信じられない』


社交界って怖いんだな。

お兄様が社交を嫌がっている理由がよく分かった。


「なんだか疲れました」

「それじゃあ、お菓子でも食べに行こうか」

「はい」


テーブルに並べられているお菓子を3つほどお皿に取って壁側に寄って食べる。

ヴィカもあるし、ヴィカのような生地にクリームを絞ったお菓子もある。

あまり食べ過ぎてはいけないとお母様に言われているから、一口一口味わって食べて近くにいた公爵家の従者に空いた皿を回収してもらった。


また、食べたくなってしまうからお菓子の置いてある方から視線を逸らすとどこかの子息に言い寄られている令嬢と目が合った。

助けに行こうとすると、お兄様に引き止められた。


「口出ししても面倒なことになるだけだよ。それに、上手く対処が出来るのかい?」

「分からないけど、困っている人がいるのに放っておけないよ」


お兄様の手を振りほどいて令嬢のところへ行った。

少し気の弱そうな令嬢で子息の顔色を窺いながら私の方に何度も視線を向けてくる。

挨拶をしていないということは、エリセント侯爵家とはあまり関わり合いのない貴族の子息だろう。

貴族のことにまだまだ疎い私が下手に口を出すのはお父様たちにも迷惑をかけてしまうかもしれない。それでも、困っている人を見て見ぬふりするのは後味が悪い。


「ご令嬢が困っているのが分からないのですか?」

「誰だ?見たことがない顔だが、口を出さないでもらいたい」


子息は私を無視して令嬢に婚約を迫っていた。どうやら、令嬢の父親と子息の父親が同じ職場の部下と上司のようで子息は断れば父親に令嬢の家の悪い噂を伝えると脅していたらしい。


「脅して婚約を迫るなど、紳士の行う所業ではございませんよ」

「子供は黙っていろ。私は伯爵家の長男だぞ。お前のような無礼な子供はせいぜい子爵家の下っ端か男爵家の出自だろう」


私は、と言いかけたときお母様の言葉を思い出した。


『侯爵家は高位の貴族です。だからこそ、簡単に権力を振りかざすような品位を疑われる無粋なことはしてはなりません』


そういうときこそ、余裕を見せないといけないと教わったのだ。そっと微笑んで子息の顔を見上げた。年上だろうが、あくまでも貴族の子息だ。街の男は怒れば手を出す人もいたけれどそんなことはしてこないだろう。


「無礼で結構。貴方のように情けないわけではないのであれば。」

「私が情けないだと?」

「殿方が自分よりも立場が弱い令嬢に脅して婚約を迫るなど自分に魅力がないということを言っているも同然です。見ているこちらは情けなくて仕方がありません」


私の話を聞いていた近くの貴族たちが失笑した。あれだけ威勢の良かった貴族子息が私のような子供相手に正論を突きつけられるのだ。貴族からしたら可笑しくて仕方がないだろう。

子息は真っ赤になって急に手を振り上げた。まさか、手を出されるとは思っていなかったから思わず身構えると目の前に2人の男が並んだ。


「「ステラに手を出したら許さない」」


お兄様とジークフリート様が子息の腕を掴んで私の前に立っていた。

子息は慌てて2人の手を振り払うとすぐに会場を出ていった。

こんな大騒ぎにするつもりはなかったのに。令嬢に頭を下げると慌てて私の体を起こさせた。


「謝らないでください。助けてくださってありがとうございました。社交界では基本的に見て見ぬふりをされることが多いのでとても嬉しかったです」

「相手の方はあなたが断れないのを分かって婚約を迫っていましたから。そんなものを見て見ぬふりするのはわたくしが不愉快だっただけです」

「とても素敵です。ステラ様、とおっしゃいましたか?」

「はい」

「ステラ様、本当にありがとうございました」


令嬢、もといロゼッタは改めて感謝の言葉を述べた。そして、話しているうちに私と同じ12歳だと知った。見た目がずいぶん大人っぽくて、背丈も高いからもっと年上だと思っていた。

少し話してロゼッタは家族の元へ行ってそのまま会場を後にした。


お兄様とジークフリート様にさっきの出来事の感謝を伝えていなかったから改めて伝えた。


「ステラのこと、正直見くびっていたよ。年上の男ともあんなに渡り合えるようになっていたなんて。先ほどのステラ、すごく格好良かったよ」

「ありがとうございます。口喧嘩に強くなれとお母様に鍛えられた甲斐がありました。それと、先ほどは崩した口調になってしまい申し訳ありませんでした」

「気にしなくていいよ。」


お兄様はきっとそう言ってくれるだろうと思っていた。本当、お母様が側にいなくて良かった。社交界で口調を崩して少し大きな声で話していたなんて知られたらなんと言われるか。

会場内にお母様を探すと、騒ぎに気づかないくらいご婦人たちと楽しそうに話していた。

安堵のため息を吐いてジークフリート様の顔を見上げた。

相変わらず美しい人だ。

真夜中の空のような紺の髪に、深く澄んだ緑の瞳。普段見慣れている私でも思わず見惚れるほどだ。


「どうかしたか?ぼんやりしていたようだが」

「何でもありません。初めての舞踏会に少し疲れてしまっただけです」


見惚れていたなんて言えるわけもなく、言い訳をするとお兄様が大きく頷いた。私が帰ると言い出すまでエスコート役であるお兄様は帰れない。そろそろ帰りましょうか、と問いかけるとお兄様は優しく微笑んで頷いた。


「ジークフリート様、それではまたお会い出来ることを祈っております」

「ああ。きっとまた会おう」


形式上の挨拶だけど、どうせまたすぐに我が家に遊びに来るだろう。


お父様と合流して、ご婦人たちと一緒にいるお母様の元へ行った。お母様は少し名残惜しそうにしながらご婦人たちに挨拶をして一緒に会場を出た。

馬車に乗ると、お兄様は大きなため息を吐いて整えられていた髪をくしゃくしゃと手で崩した。


「ステラも舞踏会の面倒さが分かっただろう?」

「そうでしょうか?わたくしは、意外と悪くないと思いました。面倒なことももちろんあるでしょうが、ロゼッタのような同い年の女の子と知り合えたのは良かったと思います」


私の返答にお兄様は呆れたように、お母様は安心したように笑った。真逆の表情なのになんだか2人がとても似ているように感じた。

さすが親子だな。

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