見送りパーティー
ジークフリート様がスカーレット王女に惹かれてしまうのではないかという不安な気持ちは頭の隅に置いて見送りパーティーの日を静かに待った。
そしてあっという間に2日が経った。
私は少しでもスカーレット王女の美しさに張り合おうと朝から湯浴みをして髪も肌もいつも以上に丁寧に手入れをしてもらった。事情を聞いた侍女たちが、化粧も髪を結うのも婚約式以上ではないかと思うほど気合を入れてしてくれた。
ドレスもまだ袖を通したことのないつい先日届いたばかりの夏用のドレスを選んだ。もちろん装飾品は全てジークフリート様からの贈り物を身に着けている。
鏡を見ると主役級に目立つような格好になってしまっていた。
さすがに気合いを入れすぎてしまったかもしれない。
侍女たちも気付いたらしく、慌てて髪を少し大人しめに結い直して化粧も少し薄くしてくれた。
主役よりも派手な格好で行くのは社交界ではご法度だからね。
改めて鏡で全身を見直す。
ネックレスは13歳の誕生日に初めてジークフリート様からいただいたもので、私の瞳と同じ金色に光る宝石と空色の髪と同じ色の宝石がついている。
これをいただいたときは、ジークフリート様に恋心を抱くことになるなんて思いもよらなかった。
貰ったときはもちろん大切にしようと思っていたけれど、今は宝物だ。
レース生地の手袋もつけて、ジークフリート様がお迎えに来られるまで広間で待機だ。
今日もオズウィンに護衛としてついてきてもらう。
「少し冷却の魔法具が効きすぎていますね」
魔法具の威力を弱めようとすると、オズウィンが手を伸ばした。
「私にお任せください。ステラ様は意識して魔力や魔法のご使用をお控えください」
「そうでした。ありがとう、オズウィン。気をつけます」
ユベール病だと分かった当初こそ怯えていたけれど、あまりに症状が出ないせいで自分が病だということをすっかり忘れてしまいそうになる。
こうして魔法具の使用を止められるのはもう二度目だ。気をつけないと。
「お嬢様、ジークフリート様がいらっしゃいました」
エントランスでジークフリート様が来るのを待っていたサリーが呼びに来てくれた。広間を出て玄関へ行って合流する。いつものパーティーの流れと同じなのに、違う緊張感がある。
ジークフリート様にエスコートされながら馬車に乗って王宮へ向かった。
王宮に着いて、会場に入るといつものパーティーよりも浮ついた雰囲気を感じ取った。皆、スカーレット王女を見るのが楽しみなのだろう。
音楽隊が演奏を始め、それに合わせるように国王陛下夫妻とルクレシオ殿下、ヘンリエッタ様が入場すると少しして違う扉からスカーレット王女が会場へ入ってきた。
ああ、本当に何度見ても美しい方だ。彼女以上に宝石姫と言う名が似合う女性は世界中探してもいないだろう。ジークフリート様の反応を窺うように顔を見上げると目が合ってしまって慌てて視線を逸らした。
スカーレット王女が宝石姫なら、ジークフリート様は満天の星空のような美しさだろう。多分、誰もが等しく感じ取れる美しさだ。
「お似合いだなぁ」
ぽつりと呟いた言葉がジークフリート様にも少し聞こえてしまっていたようで聞き返された。
何事もなかったように笑ってジークフリート様の目を見つめる。
「スカーレット王女がとても美しいという話です」
ジークフリート様は否定も肯定もせず、そうかとだけ相槌を打った。
本当に感情が読めない。殿下はジークフリート様がスカーレット王女に惹かれないだろうと仰っていたけれど、今スカーレット王女を気になっているのか全く気にも留めていないのか分からない。
陛下の始まりの挨拶に続いて、王女が挨拶をすると歓声が上がった。
パーティーが始まり、陛下たちへ挨拶に向かう。もうすぐ、王女とジークフリート様が対面してしまう。
緊張しながら陛下たちの元へ向かうと、案の定王女は殿下とヘンリエッタ様とお話されていた。
陛下と王妃様へ挨拶をして、殿下たちにも挨拶をする。スカーレット王女はジークフリート様を見た瞬間、驚いたように目を瞬かせて頬を桃色に染めた。
そして、一歩近寄ってジークフリート様を見上げた。
「ずっと、貴方にお会い出来たらと思っておりました。ジークフリート様と仰るのですね。お会い出来て光栄です」
「私には勿体ないお言葉、ありがとうございます」
「わたくし、肖像画で貴方を見てなんて美しいお方なのだろうと夢にも見たのです。ですが、現実はさらに麗しいお方でますます貴方への想いが強くなってまいりました。このように誰かを想うのは、初めてなのです」
なんて直球な告白なんだと衝撃を受けながら、ジークフリート様の反応を伺う。
本当にどう思ってるの?嬉しいのか、困っているのか。少しくらい顔に出してくれたらいいのに。
王女は私はお構い無しでジークフリート様に想いを伝え続ける。
「貴方を好きになってしまいました。ですから、わたくしと結婚してください」
「申し訳ありません。私には婚約者がいるので、お気持ちはありがたいのですが王女殿下の申し出は受けることができません」
まさかの即答に私もヘンリエッタ様も驚いて顔を見合わせた。けれど、案の定スカーレット王女は諦めてはくれなかった。
「わたくし、第二夫人でも構いません」
「セラテリアン王国は一夫一妻制ですので不可能です」
「でしたら、愛人でも」
「一国の王女を愛人にするわけにはいきません」
ジークフリート様が丁重に断ると、王女は私に視線を移した。まるで、私からもジークフリート様を説得してほしいとでも言いたげな表情に見えたのは気のせいだろうか。
気付いていないふりをして笑みを浮かべると、王女は私に頼るのを諦めたのかヘンリエッタ様や殿下の方を見て目で何かを伝えている。
ジークフリート様は一瞬面倒くさそうな表情をしてすぐに表情を戻した。
「スカーレット王女殿下。貴方に何と言われようと私は貴方と結婚することは出来ません」
その言葉に心底驚いたのは王女だけでなく、私もだった。ジークフリート様は殿下の言っていた通り、本当に王女に惹かれる素振りを全く見せない。
驚いてはいたものの、王女はまだ納得がいかない様子でジークフリート様に求婚していた。
顔色一つ変えずに断り続けるジークフリート様に、王女も少しずつ苛立ち始めたようにも見える。
「わたくしのどこが、婚約者様に劣っているというのですか!」
王女が叫ぶと、ヘンリエッタ様が王女に抗議しようとしてくれた。けれど、それを殿下が制止するとヘンリエッタ様はジークフリート様の顔色を伺って何も言わずに口をつぐんだ。
ヘンリエッタ様からすれば、兄の婚約者で友人の私を侮辱する言葉に聞こえてしまったのかもしれないけれど私にはただ疑問を問いかけていたようにしか見えなかった。
仮に侮辱だとしても、スカーレット王女が私に劣っているところがあると言うのなら私だって知りたいくらいだ。
私は気にしないからジークフリート様も気にしないでほしいと思ったけれど、ジークフリート様からすれば私に好意を抱いていなくても婚約者を侮辱されたことになる。そうなればジークフリート様自身を侮辱されたも同然だ。怒るのも仕方がない。
恐る恐る顔を見上げると眉間に皺を寄せてスカーレット王女の方を見ていた。
「むしろ、王女殿下のどのあたりがステラに勝っているのかお教えください」
ジークフリート様がそう言うと、スカーレット王女は呆気に取られたように言葉を失っていた。私からしてもまさかの言葉でただ驚いてジークフリート様の顔を見上げた。
しばらく沈黙が続くと、ジークフリート様はスカーレット王女に謝罪をした。
「少し頭に血がのぼっていたようです。失礼な物言いをしてしまい申し訳ありません」
「……どうして、わたくしではいけないのですか」
「王女殿下がいけないわけではありません。ですが、私はステラが良いのです。お気持ちにお応え出来ず申し訳ありません」
ジークフリート様がそう告げると、スカーレット王女はその場で泣き出してしまった。なんだか、気持ちが分かるから私の胸も痛んでくる。確かにスカーレット王女は暴走しすぎだったし、正直迷惑でもあったけれど、本当に本気でジークフリート様を好きだったんだ。
もし、私よりも先にスカーレット王女がジークフリート様と出会っていたら結果は違ったのかな。
なかなか泣き止まないスカーレット王女の元に側近がやって来てそのまま側近と共に退場していった。
そして、主役のいなくなったパーティーは予定よりも早くお開きになった。
作戦とはいえ、不快な思いをさせてしまったからとルクレシオ殿下が謝罪の意を込めて私とジークフリート様にスイーツを振る舞ってくれた。
別に殿下が謝る必要はないし、そこまで不快な思いをしたわけではないけれどお言葉に甘えていただくことにした。
スイーツを食べ終えると、ジークフリート様は文官に呼ばれて席を外したのでジークフリート様が戻るまでお茶をいただいて待つことになった。
「正直、ジークフリート様といえどスカーレット王女の美貌には敵わないのではないかと少し不安でした」
「スカーレット王女は3人兄弟の末の娘として生まれて兄2人からも両親や側近たちからも甘やかされて可愛がられて育ったそうだからな。少々自分本位なところがあるのだ」
確かに、性格は年より少し幼いように感じたけれどそれを補えるくらいの美貌は持ち合わせている。まあ、ジークフリート様からすれば少し苦手な系統の性格の方なのだろう。
納得していると、ヘンリエッタ様が『いいえ』と首を振った。
「それだけではありません。きっと、ステラ様がスカーレット王女に負けないくらい美しいというのもあったと思います。お兄様は普段からお美しいステラ様の側にいるので、スカーレット王女を見ても全く動じなかったのでしょう」
「そうだな。ステラとヘンリエッタは社交界の精霊と称えられているくらいだからな。」
「ご冗談を」
ヘンリエッタ様はまだしも、私が精霊なんて。母はとても美人だったし、父も整った顔立ちをしているから私も整っている方だとは思うけれどヘンリエッタ様と並ぶほどではない。何と言っても、ヘンリエッタ様はあのジークフリート様の妹なのだから。
「本当にステラ様はご自身の魅力を理解なさっていないのですから。わたくしがステラ様にお世辞を言う筈がありませんのに」
「そうでしたね。申し訳ありません」
「まあ、その謙虚なところもステラ様の良いところなのですけれどね」
ヘンリエッタ様は仕方なさそうに微笑むとお茶を一口飲んだ。
私、ジークフリート様の婚約者としての自信をもう少し持ったほうがいいのかもしれない。それに、堂々としている方が魅力的だ。
きっと、ジークフリート様もおどおどとした態度の人よりも芯のある堂々とした態度の人を好意的に捉えるだろう。
用事を終えたジークフリート様が戻ってきて、エリセント侯爵家まで馬車で送ってもらう。
王宮から侯爵邸までは馬車だとすぐだ。少し遠回りをしてくれないかなと期待はするけれど、そんなことをするわけもなくもう門が見えてきた。
『もう少し、一緒にいたかったな』
その呟きはジークフリート様の耳に届いていたようで、少し驚いたように私の顔を見た。
「さすがに今日は遅いから帰さないわけにはいかないが、今度の休みに湖にでも行くか?」
「とても嬉しいお誘いなのですが、しばらくお忙しいのでしょう?お休みの日くらいわたくしの相手などせず、ゆっくり過ごされた方が良いのでは?」
「休養も兼ねて湖に誘っているのだ」
「ならば、是非ご一緒させてください」
少し食い気味に答えてしまった。
ジークフリート様は少しだけ目を見開いたかと思うと、ふっと口元を緩めた。本当にスカーレット王女が一目惚れをした理由がよく分かる。普段、滅多に表情を崩さないからこそ、不意に見せる笑顔への耐性がなかなかつかない。こういうことがある度に好きが上書きされていく気がする。
玄関前に着いて、馬車を降りた。
「送っていただきありがとうございました。おやすみなさいませ」
「ああ。では、また連絡する」
「はい」
馬車が去っていく後ろ姿を見届けて自室へ帰った。
なんだか、すごく婚約者らしかった気がする。婚約してから初めてジークフリート様にお出掛けに誘われた。早く、ジークフリート様のお仕事が休みの日になってほしい。
上機嫌で湯浴みをしてもらって、ベッドに入ろうとするとサイドテーブルに手紙が置かれていた。つい先程届いたのか、まだ魔力の痕跡を感じる。
誰からだろう。
差出人の名前を確認すると、ジェオルジーナ様からだと分かった。
急いで封を切って便箋を取り出した。
そこには貴族らしからぬ走り書きで、なるべく早くジークフリート様と一緒に研究所へ来るようにとだけ書かれていた。
すぐにジークフリート様にも同じ内容の手紙を出した。もう夜遅いし返事はすぐには来ないだろうからと思いそのままベッドに潜った。
色々なことが頭に浮かんでくるのに、眠気に襲われて思考が止まっていく。ジェオルジーナ様からの手紙ということは……。




