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宝石姫


『実は、殿下が側室を迎えられるかもしれないのです』


ヘンリエッタ様の言葉に驚きを隠せなかった。

それよりも、そんなことを私に話してしまっても良いのだろうか。不安になって訊ねると、高位の貴族の間ではもう噂は回っているから問題はないそうだ。

子爵家のロゼッタには申し訳ないけれど、まだ話せないらしい。


「あの、どうしてそのような話に?」

「夏季休暇に入ると、隣のオルレア王国からスカーレット王女が来国されるそうなのです。スカーレット王女は宝石姫と呼ばれているくらい美しいお方なのですが、まだどなたとも婚約されていないそうなのです」


そんなスカーレット王女は、ルクレシオ殿下の肖像画を見て一目惚れをしてしまったようでセラテリアン王国に嫁ぐと言い出したらしい。

そして、殿下にはヘンリエッタ様という婚約者がいることを知ると側室でもいいからと結婚を申し込んできたそうだ。


オルレア王国は我がセルテリアン王国と最も親交の深い国で、ジークフリート様の元婚約者のレモニー様がオルレア王国の第二王子に嫁いでからさらに親交が深まっている。

王族としても、国王陛下の姪が嫁いだということもあって申し出を即刻断るわけにもいかないのだろう。


「わたくしが心配しているのは、側室を迎えることだけではないのです。スカーレット王女は本当にお美しいそうなのです。ですから殿下が、スカーレット王女に惹かれて、そのまま側室ではなく王太子妃として迎えてしまわれるのではないかと不安で仕方がないのです」


ヘンリエッタ様は目に涙をためて俯いた。

第三者の私から見れば、殿下がヘンリエッタ様以外と結婚するなんて政治的要因が絡んでいてもないと思う。それくらい、殿下はヘンリエッタ様を愛されているから。

だけど、殿下も殿下でヘンリエッタ様は自分に向けている気持ちは自分とは違うと思っているようで思いを隠している。


ヘンリエッタ様の不安を除くために、殿下が愛しているのはヘンリエッタ様だけですよと言えるのなら言いたい。でも、殿下の気持ちが私が暴露してしまうわけにはいかない。


「その心配はないと思います。殿下はヘンリエッタ様のことをとても大切にしていらっしゃいますから、身勝手に婚約破棄などされないです」

「殿下はお優しいですが、一度決意したら揺るがないお方でもあります。スカーレット王女に心を奪われて彼女と結婚したいと思えば、上手く根回しをして婚約破棄に持っていかれると思います」


ヘンリエッタ様の言葉に反論しようとしたけれど、すぐにやめた。

確かに、婚約者がヘンリエッタ様でなければやっていそうだ。だけど、殿下はヘンリエッタ様をとても愛されている。むしろ何があっても手放す気はないと思う。

例え、宝石姫と呼ばれるくらいの美貌を持ったスカーレット王女に誘惑されるようなことがあってもなびいたりしないだろう。

そもそも、ヘンリエッタ様も本当にお美しい方だ。どんな美人な令嬢もヘンリエッタ様の美しさには敵わない。


政治的な意味もある結婚の申し出だとしても、殿下はお断りされるだろう。


「大丈夫ですよ。きっと殿下は申し出をお断りされます」

「そうだと良いのですが」


不安になる気持ちは分かるから、すぐにその不安を払ってあげられたらと思ってしまう。だけど、私ができることは励ましの言葉をかけることくらいだ。


早くヘンリエッタ様と殿下の思いが通じればいいのに。そうすればすぐに解決することなのに。




あっという間に夏季休暇に入った。

ジークフリート様は殿下の名で今は地方の領地に数日間出張中で夏季休暇だというのに会えないのがもどかしい。

そして、夏季休暇に入った翌日、オルレア王国からスカーレット王女が来国されたそうだ。

その日の夜、ヘンリエッタ様からお手紙が届いた。


『緊急事態です、ステラ様。明日の昼時に我が家へいらしてください』


スカーレット王女と何かあったのだろうか。

すぐに返事を書いて送り返した。緊急事態って、まさかスカーレット王女が側室になることが決まったとかそういうことじゃないよね?


翌日、ヘルヴァディス公爵家へ向かった。

応接間に通されると、少し元気のなさそうなヘンリエッタ様と目が合った。もしかしたら私の不安が的中してしまったのではないかと思いながらゆっくり席についた。

ヘンリエッタ様は私にお茶を勧めると、少し困ったような笑みを浮かべた。


「勘違いだったそうなのです」

「勘違い?それはどういうことですか?」

「スカーレット王女は確かに一目惚れをしたそうなのですが、その相手は殿下ではなかったそうなのです」

「それは、良かったですね」


なんて人騒がせな王女様なのだろう。人違いだなんて。

でも、それなら一目惚れをしたという肖像画は誰の肖像画だったのだろうか。


「王女が一目惚れをされたお相手が問題なのです」


私の心に浮かべた疑問を読み取ったようにヘンリエッタ様が答えた。

まさか、ジークフリート様ではないだろうか。あれほど美しいお顔をされていたら一目惚れされてしまってもおかしくはない。

いや、だけどジークフリート様が肖像画に描かれているなんて想像できない。きっと他の人だ。


だけどそのまさかは的中してしまった。


「スカーレット王女に直接確認をしたわけではないのでまだ確証はありませんが、王女の言う一目惚れをした相手の特徴があまりにもお兄様に当てはまるのです」


紺色の髪に深緑の瞳の無表情の男性貴族。そんなジークフリート様をそのまま表現したような文章で言われてしまうともしかしたら人違いかもしれないという淡い期待は砕け散ってしまった。


「ジークフリート様は3日後にお戻りになられるのですよね?」

「ええ」

「殿下にお願いして参ります。ジークフリート様の出張を、スカーレット王女が発つ5日後まで延ばしてもらえないか」

「急に2日も出張期間を延ばすのは難しいと思いますよ」

「それでも、一応頼んでみます」


だって、ヘンリエッタ様を愛している殿下がスカーレット王女と会ったとしても好きになることはないだろうけれど、私のことをまだ恋愛対象として見てくれていないジークフリート様がスカーレット王女に会ってしまったらどうなるか分からない。

王族ならまだ側室という手があったけれど、公爵家は正妻だけだ。

ジークフリート様がスカーレット王女に惹かれたら、私との婚約はなかったことになってしまう。


せっかく、妹同然から段々一人の貴族女性という立場へ変わってきているというのに私の努力が全て水の泡になってしまう。

私はジークフリート様の婚約者の座を誰にも明け渡したくない。



ヘルヴァディス公爵家を出て、エリセント侯爵家へ戻るとすぐに殿下に手紙を書いた。

きっと忙しいから、殿下の目に入るかは分からないけれど何もしないよりは可能性があるはず。


意外にもその日の夜には返事が来た。


「お嬢様、どうでしたか?」

「『無理だ』って。分かってたけれど、このままじゃジークフリート様がスカーレット王女と婚約してしまうかもしれないっていうのに。『不安に思う必要はない』なんて言われたってどうすればいいのか分からないわよ!」

「落ち着いてください。お嬢様、深呼吸です」


サリーに促されて深呼吸をした。

改めて殿下からの返事を読むことにした。


ジークフリート様は簡単になびくような男ではないから心配しなくてもスカーレット王女と婚約することはないだろうと書かれていた。

そんなことは分かってる。

だけど、宝石のように美しいと言われている王女様に一目惚れをしない可能性はないわけではない。

婚約破棄になってしまったらどうしよう。



結局不安な思いを抱えながら、ジークフリート様が出張から戻ってくる日を迎えた。


朝方に王都へ帰ってきていたそうで、昼頃に私にとお土産を持ってきてくれた。出張先の地方で有名な宝石のついたブックマークだ。


嬉しいけれど、宝石からスカーレット王女を連想してしまった。


「ジークフリート様、この後はどちらへ?」

「王宮に報告へ行く」

「ご迷惑でなければですが、わたくしもご一緒してもよろしいでしょうか?」


私の提案に驚いた様子だったけれど、許してくれた。

ジークフリート様とスカーレット王女が遭遇してしまわないように見張らなければ。


オズウィンも一緒に馬車に乗って王宮へ向かった。


ジークフリート様はそのまま殿下の執務室へ行って、私はその隣にある休憩室で待つことになった。


「王宮にまで着いてくるなんてと、鬱陶しく思われてはいないでしょうか」

「ご心配は不要です。ジークフリート様はステラ様に甘えられて少し嬉しそうにも見えます」


そうだといいけど。


窓から広い庭を眺めていると、光りの反射でまるで虹色に輝く真珠色の髪の令嬢が歩いていた。

不意に顔を上げた令嬢と目が合った。

宝石のスカーレットのような瞳をしたその美しい令嬢から目が離せなくなった。


彼女が噂の宝石姫、スカーレット王女で間違いないだろう。これほど美しい王女から求婚されてしまえば、ジークフリート様も断れないのではないか。そんな不安が頭によぎった。

ちょうどその時、ドアが叩かれて視線を室内に戻した。


入るように促すと、殿下の側近が入ってきた。


「殿下がお呼びです」


殿下が私に何の用だろう。

というか、私を呼ぶってことはジークフリート様からの報告は終えたってこと?

疑問に思いながらも殿下の執務室へ移動した。


入るように促されて扉を開けると、ジークフリート様がお兄様や他の文官たちの仕事を手伝わされているのが見えた。ジークフリート様が出張へ行っていたこの数日はとても大変だったとお兄様が愚痴をこぼしていた。

仕事の愚痴など滅多に言わないお兄様が言うくらいだから、相当に忙しかったのだろう。


「ごきげんよう、殿下。お呼びだとお聞きしたのですがどういったご要件でしょうか」

「スカーレット王女についてだ」


分かっていたけれど、一応聞いてみた。

殿下の発言を受けて、視線をジークフリート様に移した。お兄様も他の文官たちも、溜まっていた執務をこなすのに必死そうでこちらの会話は聞こえていなさそうだ。

少し声を潜めて殿下に問いかけた。


「王女にはまだ探していた相手がジークフリートだということは伝えていない。ただ、2日後に開催する見送りパーティーにはジークフリートも参加することになっているため、どのみち顔を合わせる機会はある」


そんな。私がどれだけ会わせないようにしても、結局会うことになるなんて。

もし、ジークフリート様がスカーレット王女に惹かれてしまったら、私はどうすればいいのか分からない。だからどうか、スカーレット王女のことを好きにならないで。


「そんな険しい表情をするでない。そのパーティーにステラも参加してジークフリートに婚約者がいることを伝えればいい」

「そう簡単に諦めてくださるでしょうか。わざわざ一目惚れをした相手を探すために隣国いらっしゃるような姫ですのに」

「まあ、それはやってみるしかないが。……少なくともジークフリートが王女になびくことはないから、王女が諦めようが諦めまいが正直関係ない」


殿下のその自信はどこから来るものなのだろう。ジークフリート様が王女を好きにならないかどうかなんて分からないのに。

私も王女を見るまでは、不安はあったけど心のどこかではきっと大丈夫だと思っていた。けれど、王女があまりにも美しいからさっきよりもさらに不安な気持ちが湧いてきた。

それに、王女がジークフリート様のことを諦められなくて権力で圧をかけてきたりしたら断るのは難しくなる。

  

「とりあえず、ステラが心配することはない。堂々と胸を張ってジークフリートの隣にいるだけでいい」

「……はい」

「何だその疑うような目は。其方よりもジークフリートとは長い付き合いなんだ。私を信じろ」

「はい」


殿下の言葉を疑っていたのがバレてしまっていたらしい。だけど、確かに殿下の言うことを信じるのもいいかもしれない。私はすぐに悪い方向に考えてしまうから。


お母さんに叱られてしまうところだった。

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