不安
ジェオルジーナ様に言われてジークフリート様と、護衛として来ていたオズウィンは別室で待機してもらうことになった。
私は検査を受けるために薄着になってベッドに横になった。少し緊張しながら待っているとゴーグルのような魔法具を持ったジェオルジーナ様がベッドの横の椅子に座った。
「これは透視の魔法具で、体内の状態を確認することができる」
「そんな物があるなんて知りませんでした」
「子が出来る時以外ではあまり使う機会がないからな」
ジェオルジーナ様はゴーグルを付けて私の方を見下ろす。そして、何かを書き留めていく。異常でも見つかったのだろうか。
ドクドクと心臓が早くなる。
「ステラ、深呼吸だ」
「はい」
「次は魔力の流れを見る」
ジェオルジーナ様はゴーグルの横についていたダイヤルを回して私の方へ視線を戻すとまた何かを書き留め始めた。
検査はあっという間に終わって、ドレスに着替えて髪を整えた。ジェオルジーナ様に頼まれて、ジークフリート様とオズウィンをサリーに呼びに行ってもらう。
結果を聞かされるのだと思うと不安が押し寄せてくる。
すぐに2人を連れてサリーが戻ってきた。
ジークフリート様は私の隣に座ると、真っ直ぐにジェオルジーナ様の顔を見た。
ジェオルジーナ様は一息つくと私とジークフリート様の顔を見た。
「ステラは、ユベール病だ。エリセント侯爵夫人と同じ病を患っている」
その言葉に頭が真っ白になった。その後のジェオルジーナ様の説明を半分くらい聞き逃したくらいには思考が停止していた。
とりあえず分かったことは治療法がないことと、魔力の塊が出来て滞った魔力が体の中で暴走して内臓を次々と破壊していくとても恐ろしい病だということ。
そして、祖母と同じ病を患っていた母は、そんな病を命が尽きる直前まで私に隠し続けていたということ。
「実技などではあまり魔力を使うことを控えるように」
「はい」
私の祖母の家系は体内で流れる魔力が少し捻れていてこの病になりやすいそうだ。そして、一箇所塊ができると他の場所もできやすくなって病状の悪化が速いらしい。
そういえば、ラウレンツ様も私の魔力は変わっていると言っていた。その魔力のせいで病を患うなんて。
「まだ初期段階だから、健康被害はないだろう。症状が出る前に必ず治療法を見つけるからステラは心配するな」
「はい、」
月に一度はここに来るようにと言われて、症状が何か出た場合にもすぐに連絡すると約束して研究所を出た。
正直、不安だし心配だけどそれよりも母への罪悪感が上回っていた。母は、症状もあって今私が抱えてる不安の何倍も不安を感じていたのだろう。苦痛を、恐怖を堪えていたのだろう。
誰にも言えずに最後まで一人で抱え込むだなんて、どれほど辛かっただろう。考えても私には理解できない。
馬車に揺られながら、ジークフリート様の顔を見上げた。
「エリセント侯爵家へ寄っていただけますか?」
「家族に報告するのか」
「はい。」
お祖父様はきっととても心配するだろう。自分の妻と娘を亡くした病に孫娘までかかるなんて。それは父も同じだろう。
お父様、お母様、お兄様、リンデ。皆に心配をかけたくないけれど、言わないわけにはいかない。
小さく息を吐いて窓から外を眺めた。
「もし、治療法が見つからなかったら私、死んじゃうのかな」
ぽつりと呟いた言葉がジークフリート様の耳に届いてしまっていたらしい。
ジークフリート様は私の隣に座ると、私の手を包むように握った。
「そんなことは絶対にさせない。何が何でもステラの病を治す」
その言葉で、さっきまで抱えていた不安や恐怖が少し治まった。安心したせいか、気持ちがぐちゃぐちゃになっていたせいか、気が付いたら涙が溢れていた。
ジークフリート様は私が泣いていることに気付くと、力強く私を抱きしめてくれた。
それが温かくて、さらに涙が出てきた。
我慢せずに思っていることを全部吐き出せと言われて、不安や恐怖を漏らした。
「死ぬのが怖い。わたくし、ジークフリート様と離れたくありません」
「心配するな。私はステラを手放したりしない。勝手に死なせたりしない」
「はい」
安心したせいか、いつの間にかジークフリート様の腕の中で眠ってしまっていたらしい。目が覚めると、エリセント侯爵家の門が見えていた。
我に返ってすぐにジークフリート様から離れた。今さら恥ずかしくなってジークフリート様の顔を見られなくなってしてしまう。
「申し訳ありません」
「謝る必要などない。婚約者なのだから好きな時に甘えればいいだろう」
なんだか、ジークフリート様がいつもよりも甘い気がする。私が不安にならないようにそうしてくれているのだろう。
馬車を降りて、侯爵邸へ入るとお母様が出迎えてくれた。
広間に皆集まってもらって、私は席から立ち上がった。
「わたくしは、お母さんとお祖母様と同じユベール病になってしまったようです。まだ初期段階なので特に症状はありませんが、治療法はまだ確立されていないそうです」
この報告のせいか、沈黙が生まれた。長い沈黙を破ったのはお祖父様だった。
お祖父様は真っ青になって最近使い始めたらしい杖をガンッと床に叩きつけた。慌ててお父様が宥めるけれど、お祖父様はさらに興奮したようで叫び出してしまった。
「落ち着いてください、お祖父様。ジェオルジーナ様がお約束してくださいました。症状が出る前に必ず治療薬を確立すると。わたくしはジェオルジーナ様のお言葉を信じたいと思います」
「……どうして。どうして私の愛する者たちばかりが苦しい思いをしなくてはならないのだ」
「わたくしは今、とても幸せですよ。こうしてお祖父様が、皆が心配してくださるだけでとても幸せです」
「ステラ、私とも約束をしてくれるか?私よりも先には死なないと」
「はい。約束します」
お祖父様の手を握って微笑むと、お祖父様は涙をポタリと零して必ず守ってくれと私の手を強く握り返した。
改めて、愛されている実感が湧いて嬉しくなった。
お父様もお母様もお兄様もリンデも、心配そうな表情をしていたけれど大丈夫だから信じてほしいと言うと頷いてくれた。
そろそろ帰らないと寮の門限に間に合わないから話が終わってすぐに広間を出た。
本当は良くないことだけど、エリセント侯爵家に仕えている使用人たちが聞き耳を立てていたそうで何人かは涙の跡がある。
その中にお父さんもいて、私を見つけてすぐにこちらへ歩いてきた。
「お父さん、聞こえてた?」
「ああ。本当に大丈夫なのか?セリーナは亡くなる直前まで隠していたんだろ?ステラは、隠していないか?突然、いなくなったりしないか?」
「しないよ。症状も本当にない。お母さんが異常なだけで、普通症状なんてあったら隠せないよ」
「そうだよな。悪い。今、一番不安なのはステラだよな。俺はステラの病が治ることを信じてる」
「うん。ありがとう」
お父さんとも別れて馬車に乗った。
寮に向かいながら、ジークフリート様と他愛もない話をする。そうしておかないと不安や恐怖が一気押し寄せてくるから。
だけど、これは夜に一人で眠っているときが一番孤独で不安を感じるのだろう。何か、心を落ち着かせるものがほしい。
学園に着いて、寮の近くまで送ってもらうことになった。まだ、寮に着きたくない。ジークフリート様と一緒にいたい。そう思うのは私のわがままだろうか。
「あの、ジークフリート様」
「どうした?」
「その、身に付けているものを何か一つお貸ししていただけないでしょうか」
「構わないが、何に使うつもりだ?」
「夜、一人になった時に少しでも孤独が和らげばと思いまして」
「そういうことか。それなら手を出せ」
ジークフリート様に言われた通り手のひらを差し出すと、ジークフリート様は手を組んで目を閉じた。しばらくそうしてから目を開けると、私の手のひらに収まるくらいの大きさの魔法石を置いた。
さっきまで魔法石なんて持っていなかったはず。ということは、ジークフリート様が一から自身の魔力で作り出した魔法石と言う事?そんな物、普通は騎士が戦場へ向かう前に結婚相手に贈るくらい大切な人へ贈るものだ。
そんな物を受け取ってしまっても良いのかと思っていると、ジークフリート様が魔法石の上から私の手を握った。
「これがあれば、ステラに何かあったときすぐに気づくことが出来る。何があってもすぐに駆けつける。だから、心配せずに眠ればいい」
「ありがとうございます」
ジークフリート様と別れて寮に入った。
部屋に戻って、貰ったばかりの魔法石を布の袋に入れて夕食を食べて湯浴みをして魔法石を持ってベッドに入った。
ジークフリート様の魔力からできているから、何処となくジークフリート様の気配を感じて安心して眠りについた。
病が発覚してからもう数週間が経った。
以降、魔法の実技には参加せず全て見学をしている。病のことはあまり広めるわけにはいかず、教師以外には魔力切れを起こしやすくなっているから治るまではあまり使えないと説明している。
実技の授業を終えて、次の授業を受ける教室へ移動する途中にラウレンツ様と遭遇した。
「少しお話があるのですけれど、放課後お時間をいただいてもよろしいですか?」
「もちろん」
何の話かは分かっているようで、ラウレンツ様は快く頷いてくれた。
放課後になって、研究棟にある空き部屋にオズウィンと向かった。
既にラウレンツ様は来ていて、窓から外の景色を眺めて待っていた。
「ジークフリート様に聞きました。ラウレンツ様もわたくしの病の治療薬の開発に携わっていらっしゃると。この前、ジークフリート様が学園に訪ねてきたのも、わたくしの患う可能性のある病についての話をするためだったそうですね」
ラウレンツ様は冬季休暇中にジェオルジーナ様の助手をしてして、その時にジークフリート様が私が病を患っていないか検査してほしいとジェオルジーナ様に頼みに来たそうだ。
ラウレンツ様は元々私の魔力が特殊なのを知っていたから病になる可能性も考えていたそうだ。だから、治療薬の研究を手伝わせてほしいと言ってジェオルジーナ様と一緒に魔力による病の治療薬を作ることになったそうだ。
今は私の病が何か判明したため、ユベール病の治療薬を優先的に研究してくださっているようだけど、それが出来たら他の病の治療薬の研究もする予定だそうだ。
「ラウレンツ様もユベール病については知っているのですよね?」
「知っているよ」
「ユベール病は、遺伝してしまうのでしょうか」
「その可能性は高いと思う。事実、ステラの家族は三代にわたってユベール病を患っているからね」
「いつか、わたくしに子供が出来たとして、その子も同じ病になるということですよね?」
「……分かった。ユベール病が遺伝しない方法がないか探してみるよ」
「ありがとうございます、ラウレンツ様。わたくしも出来る限りの範囲で探してみます」
私は卒業後すぐにジークフリート様と結婚する予定だ。そして、ジークフリート様との間に子供を設けることになるだろう。その子まで同じ病になってしまうのは嫌だ。
もし、治療薬が出来ても、私の感じた不安や恐怖を少しは感じることになるだろう。それは嫌だ。
ラウレンツ様と別れて、研究棟にある図書室へ向かった。
ここに来るのも随分と久しぶりな気がする。
相変わらず人がいないから、オズウィンに病に関する本をいくつか運んできてもらって一緒に調べることにした。
調べれば調べるほど、ユベール病がどれほど恐ろしい病なのかを実感していく。
「オズウィン、わたくしにユベール病の症状が出たら臣従契約は破棄しましょう」
「それは命令、ですか?」
「交渉です」
「それなら、嫌です。私は生涯ステラ様以外の主に仕えるつもりはありません。それに、症状が出たからといって必ず命を落とすわけではありません。ステラ様は絶対に大丈夫です」
「……ごめんなさい。わたくし、少し気が弱っているようですね」
オズウィンの言葉に少し元気が出た。
私は無意識のうちにわざとオズウィンを試してしまったのかもしれない。自分の不安や恐怖を少しでも取り払うために、私の生きる価値を私自身で感じ取るために。
なんて最低な人間なんだろう。自分で自分が嫌になる。
本当にオズウィンはこんな主でいいのだろうか。
結局、ユベール病が遺伝しないという手掛かりは見つからず諦めて寮に戻った。
自室に行く途中、ヘンリエッタ様に声を掛けられた。
相談があるらしく、夕食後にヘンリエッタ様のお部屋へお邪魔することになった。
「夜遅くに来てくださってありがとうございます、ステラ様」
「お気になさらないでください。それよりも、相談とは一体」
「はい。実は、殿下が側室を迎えられるかもしれないのです」




