密会
春が来て、私は17歳になった。
今年の誕生日は、初めて父と一緒に母の墓に挨拶に行った。お祖父様も一緒で少し気まずそうだったけれど、そこは諦めてもらった。かそは、さ
私は母を亡くしてもう5年近くが経ったから寂しさも和らいできて挨拶をする度に涙が溢ののれるようなことはなかったけれど、父は母の死の傷が癒えていないようで墓の前でひっそりと泣いていた。こら、
そんな父が少し羨ましかった。は
父はきっとすごく辛いと思う。当時の私がそうだった。母の死が受け入れられなくて、理解はしているけれど納得できない感じ。だけど、時間が経つにつれてその悲しい気持ちも薄れてきてしまった。
私はなんて薄情な人間なんだと自覚してしまうのが少し怖かった。
街から帰ってきてすぐにお祖父様の提案で、母の墓をエリセント侯爵家へ移すことにした。
母はあの街が好きだった。だけど、誰よりも家族が好きだった。だから、家族皆がいるこのエリセント侯爵家に帰ってくる方が良いのではないかと。それに、母に付いていた従者や屋敷で働く侍女や執事も母に挨拶をしたいだろうからと言われて、同意した。
それから新学期が始まって補佐官の授業にも慣れてきた。
今日は最後の授業がまさにその授業で、鐘が鳴ると講堂を出て寮に向かう。
その途中に、ジークフリート様らしき人物を見つけた。
「オズウィン、あちらにいらっしゃるのはジークフリート様ですよね?」
「そう見えます」
「学園に用があったのでしょうか。帰ってしまう前に挨拶に行きましょう」
後を追っているといつの間にか研究棟にまで来ていて、ジークフリート様は魔法薬学研究会の資料室の前で立ち止まった。
すると、中からラウレンツ様が出てきて怪しげに人がいないか確認してジークフリート様を招いていた。
ラウレンツ様とジークフリート様ってそんなに親しかったかな。
でも、同じ王都に住む公爵家同士、私の知らないところで関わりがあってもおかしくはないか。
挨拶は諦めて寮に戻った。
翌朝、校舎に向かう途中にラウレンツ様たちに遭遇して、昨日ジークフリート様といたところを目撃したことを話すと、ラウレンツ様はそうなんだとだけ言って微笑んだ。
そして、これ以上話を広げられることを拒否するように話題をすり替えられた。
「ギルベルト様がルクレシオ殿下の永世補佐官になられたそうだね」
「はい。国王陛下からの推薦があったそうで。ジークフリート様は公爵位を継いだ後に領地経営もあるそうでお断りされたようですが」
「確かに領地経営も加わると永世補佐官は難しいね」
そんな雑談をしているうちに教室に着いてしまった。結局、ジークフリート様となぜ会っていたのかは聞き出せなかった。
きっとジークフリート様に聞いても同じようにはぐらかされて教えてもらえないだろうから聞くのは諦めることにした。
とりあえず、昨日のことは忘れて授業に集中しないと。4年生に上がってから、魔法系教科の授業がさらに難しくなってきた。王国史も複雑になってきて覚えるのが大変だからどの授業も気が抜けない。
全ての授業を終えて、中庭へ向かう。今日は、ヘンリエッタ様とお茶をする約束をしている。
中庭のガゼボに行くと、ちょうどヘンリエッタ様もいらっしゃったようだ。
「ごきげんよう、ヘンリエッタ様」
「ごきげんよう、ステラ様。お茶のお誘い、ありがとうございます」
「とても美味しいヴィカを実家から送ってもらったので、是非ヘンリエッタ様にも召し上がっていただきたくて」
「楽しみです」
ロゼッタも一緒にお茶が出来れば良かったのだけど、1年生の時から所属している魔植物研究会が忙しいそうで放課後も休日も中々時間を作れないらしい。
サリーがお茶を淹れてくれて、甘酸っぱいベリーのジャムが混ぜ込まれたヴィカを切り分けてくれる。
このヴィカは今の季節しか作れない物だそうで、私が食べたいだろうと料理長と父が作って送ってくれた。
「そういえば昨日、研究棟の方でジークフリート様を見ました。ラウレンツとお話していたので、今朝尋ねたのですがはぐらかされてしまいました」
「ステラ様もですか?わたくしも、お兄様を見た気がしていたのですが遠目でしたので見間違いなのかと思いました」
「ジークフリート様のような綺麗な方を見間違えることなんてありませんよ」
ヘンリエッタ様の言葉にそう返すと、微笑んで『確かに』と返してくれた。
そこからヘンリエッタ様と殿下の惚気を聞いたり、ロゼッタとイグナーツ様の婚約後の関係について話したり、私がジークフリート様と進展するにはどうすればいいかと話し合ったりお茶の時間を有意義に楽しんだ。
まだ外は明るいけれど早めに切り上げて寮に戻ることにした。
寮に戻る途中、ラウレンツ様と赤髪の長身の男性が歩いているのが見えた。歳は明らかに上だけど、いくつぐらいか分からない。皺一つない肌と艷やかな髪とつい見惚れてしまうほどの美しさのせいで実年齢よりも若く見えていると思う。
赤髪の男性に釘付けになっているとヘンリエッタ様が驚いたような顔をした。
「あの方は確か……」
「ヘンリエッタ様、あちらのお方をご存知なのですか?」
「ええ。むしろ、ステラ様はご存知なかったのですね。あちらの方はラウレンツ様の叔母様のジェオルジーナ様です」
ヘンリエッタ様の言葉を理解するのに少し時間が掛かった。
あの方が転移陣を作った優秀な研究者と噂のラウレンツ様の叔母様?というか叔母ということは女性?
ドレスではなく魔法師がよく着ているローブを羽織っていて長身だったから、てっきり男性だとばかり思っていた。
「でも、どうして学園にいらっしゃったのでしょうか。ジェオルジーナ様といえば、研究所から滅多に出てこないと言われているのに」
「ラウレンツ様に御用があったのでは?」
「それなら重要な用件でしょうね。家族であっても向こうから研究所に来ない限りは基本的に手紙でのやり取りしかしないそうですから」
「そこまでだなんて」
さすがラウレンツ様の叔母だ。
ラウレンツ様よりも研究好きというか、もはや研究が生き甲斐でそれ無しでは生きていけないくらいになっているのではないだろうか。
血筋を感じる。
ラウレンツ様と何やら話し込んでいるけれど、周りには聞こえていないのか内容が難しくて理解できていないのか不可解そうな表情を浮かべていた。
それにしても、昨日のジークフリート様に続きラウレンツ様の叔母様まで学園に訪ねてくるなんて何かあったのだろうか。
いや、気にしたところで真相は分からないのだから気にしないでおこう。そう決めた直後、ラウレンツ様がジェオルジーナ様と一緒にこちらへやって来た。
「先生、こちらの女子生徒がステラでその隣にいらっしゃるのがヘンリエッタ様です」
「ヘンリエッタ様はいつ以来だろうか。元気そうで何よりだ」
「はい。ジェオルジーナ様もお変わりなくお過ごしのようで安心いたしました」
ヘンリエッタ様との挨拶を交わしたジェオルジーナ様はすぐに私の方へと向き直って手を差し出した。
「初めまして。ラウレンツの叔母のジェオルジーナ・アデレアスだ。君がステラか。会えて光栄だ」
私も挨拶を交わしてジェオルジーナ様の手を握る。貴族社会で握手は特段珍しいことと言うわけではないけれど、何か約束を交わす時などにすることが多くて挨拶で握手を求められることはあまりない。少し不思議に感じながらもジェオルジーナ様の美しさに見惚れてしまう。
貴族女性らしい柔らかい口調ではなく、どちらかといえば貴族男性のような硬い口調の彼女は尚更凛々しく見える。
「そういえば、先程ラウレンツ様が先生とお呼びしていましたがそれはどういう」
「ああ。冬季休暇にラウレンツが助手をしていたんだ」
そういうことか。
確かに、ラウレンツ様なら身内でそんなすごい研究者がいれば弟子入りでも何でもするだろう。
「ステラ。よかったら、次の休みにうちの研究所へ遊びにおいで。婚約者も連れてな」
「ありがとうございます。婚約者であるジークフリート様の予定を聞いてからにはなりますが、是非お伺いたく存じます」
「ああ。楽しみに待っているよ」
ジェオルジーナ様は優しく微笑むとラウレンツ様と一緒に門の方へ歩いていった。
まさかの誘いに驚きつつも、研究所に行くのが少し楽しみでわくわくしてしまう。
ヘンリエッタ様と寮に帰って、ジークフリート様に手紙を書く。その後、父にも手紙を送った。理由は分からないけれど、父に魔力で手紙を送っても必ず届いているらしい。返事は郵送だから、やっぱり母からの手紙が手元にあるからなのだろうか。
2日後、門までジークフリート様が馬車で迎えに来てくれて一緒に研究所へ向かうことになった。
これから行く王立研究所は研究文官と言われる国から頼まれた研究を主に行う文官たちと、魔法師と言われる魔法を使った研究を王族に許可を取った上で独自に行う人たちがいる。
ジェオルジーナ様は後者の魔法師で、転移の魔法陣を作ったのも元は新鮮な魚を食べたいからあったらいいなくらいに考えたからだそうだ。
魔法師には資格はないから、研究文官の授業を取っているラウレンツ様ももしかしたら魔法師になるのかもしれない。
王立研究所までは馬車だとそんなに時間はかからない。学園の近くの森の中にあるらしい。
「ここですか?」
「ああ」
「思っていたよりも綺麗なんですね」
「状態維持の魔法が常にかかっているそうだ」
「なるほど。さすが魔法師がたくさんいる研究所ですね」
ジークフリート様は躊躇うことなく研究所の扉の施錠を開けて中に入っていく。施錠は魔法のようだけど、どうして研究員でもないジークフリート様が開けられるのだろうか。殿下のお仕事のお手伝いでここに来たことがあるのだろうか。
疑問に思いながらも後を追う。
たくさんの部屋があって、それぞれの部屋からガチャガチャとした物音や話し声が聞こえてくる。
階段を昇って2階に上がってその突き当たりの部屋の前でジークフリート様は立ち止まった。
すると、扉が開いてジェオルジーナ様が待っていた。
「ようこそ、ステラ。ジークフリート様も待っていたよ」
「お招きありがとうございます。……あの、こちらは」
「ああ。研究所内にある私の自室だ。寝泊まりをするからと拵えたのだが、研究室でそのまま寝てしまうためあまり使っていないがな。今は来客用に使っている」
ジェオルジーナ様は私とジークフリート様に座るように促すと、お茶を淹れてくれた。見たところ侍女はいないようだ。研究所には招かれた人か研究に携わる人以外は立ち入りができないのだろうか。
お菓子も勧められてありがたくいただいた。そして、そのお菓子を食べながら今、ジェオルジーナ様が研究しているという病についての内容を聞かせてもらう。
貴族がなる特有の病がいくつか存在して、その病の原因やまだ確立されていない治療薬の開発の研究をしているらしい。
病がなぜ貴族特有なのかと言うと、魔力によって引き起こされるからだそうだ。市民でもごく稀に魔力を持つ者が生まれるけれど半世紀に一人くらいの確率でほとんど存在しない。だから、ジェオルジーナ様の研究している病にかかるのはほとんどが貴族なのだそう。
「わたくしのお祖母様が患っていた病も魔力によるものなのでしょうか?」
「侯爵からはそう聞いている」
私の母も祖母と同じ病だったそうだ。もしかしたら、私もなる可能性があるのではないだろうか。
ジェオルジーナ様の顔を見ると、静かに頷いた。
「今日ここにステラを呼んだのは、君がその病を患っていないか検査するためだ」
「検査ですか?」
「ああ。ジークフリート様から頼まれてステラの魔力で病を患っていないかの検査をしてみたがやはり魔力だけでは検査が出来なかった。だから、こうしてステラ本人に足を運んでもらうことにした」
ジークフリート様の顔を見上げると、申し訳なさそうに眉をひそめていた。どうやら、母が父宛てに書いた手紙の中で祖母と同じ病だったと知ったジークフリート様は私も同じ病になる可能性があるのではと疑ったそうだ。
そして、お祖父様に尋ねて祖母が病を患ったのも若い頃だったと知ってもしかしたらもう患っているかもしれないと思って医者でもあるジェオルジーナ様の元へ訪ねたそうだ。
私がそれを知れば不安になると思って私には知らせずに検査出来ないかと訊いたところ、ある程度の魔力があれば出来るかもしれないと言われて私に魔法具に魔力を込めるように言ったそうだ。
「魔力でどの病になる可能性が一番高いかは割り出せたが、現在その病を患っているのかそうでないのかは分からなかった」
「それで直接検査をすることになったのですね」
「ああ」




