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侯爵家の令嬢になってしまいました  作者: 神山 仁葉
第三章 学園生活 3年生
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疑惑


 学園祭が近づいてきて、学園内は授業がない日も活気づいている。3年生は毎年劇をするのが恒例で、私たちのクラスも例に沿って劇をすることになった。

ジークフリート様と一緒に観に行った歌劇が話題になったこともあって、どのクラスもとても力を入れている。

私もジークフリート様が来ると聞いて、劇の練習に励んでいる。


「ごきげんよう、ヘンリエッタ様」

「ごきげんよう。ステラ様のクラスの劇はとても話題になっていますね」

「演じる題材が悲恋の名作ですからね」

「それだけではありません。主役がステラ様で、お相手がザヴェリオですから」


ザヴェリオ様は王宮騎士団長の息子で、ヘンリエッタ様が殿下と婚約したあと、側近となることが決まっている。学力も学年で常に上位10名に入るほどだ。騎士クラスではないのは、執務の手伝いもしなければならないからだそうだ。

ザヴェリオ様は毎朝鍛錬をして、授業が終わるとまた鍛錬をするという生活のお陰もあって騎士クラスの学生も顔負けの腕前らしい。一部からは、生徒の中で一、二を争うくらいだとも言われている。

そんな文武両道なザヴェリオ様は容姿も整っている。深緑の髪に茶色の瞳をした凛々しい顔立ちで、鍛え上げられた体をしている。そんな彼に好意を寄せる女子生徒は数多くいる。噂では、騎士クラスの女子生徒からも人気が高いらしい。


そんな方の相手役をするなんて、恐れ多いし他の女子生徒たちからの視線が怖い。

未だに私が市民街出身だということに不満を持つ生徒も少なからずいる。不釣り合いだと陰で言われているのも知っている。だからこそ、演技で見返すために稽古に励まなければならない。


「そういえば、お兄様も殿下の付き添いで学園祭に来るようですね。劇が終わったあと一緒に回られるのですか?」

「いえ、特にそんな予定はありません」


歌劇を観に行ってから何か進展があったわけではない。強いて言えば、ジークフリート様からの手紙の頻度が少し多くなったくらいだ。そういえば、朝も届いていた気がする。帰ったら読もうと思ってまだ読めていないけれど、この前の手紙の返事だろうか。



授業が終わって、劇の練習をして寮に戻ったのは夕食の時間だった。夕食は食堂でとって、そのまま自室へ戻った。

疲れていたから先に湯浴みを終わらせてからジークフリート様からの手紙を読むことにした。


まだ新しいペーパーナイフで封を切って、便箋を取り出す。いつもに比べて文章が短い。短いというか、一文だけが書かれていた。


『次の休みにヘルヴァディス公爵家へ来てほしい』


理由も何もない。とりあえず、承知の返事を書いて訪れる大体の時刻も書いておいた。理由も書かないということは、文面で残して万が一にも誰かに伝わってはいけないということだろう。



次の休み、劇の練習は無しにしてもらってヘルヴァディス公爵家へと向かった。

ジークフリート様の意向でヘンリエッタ様にも伝えていないけれど、いいのかな。


応接間へと案内されると、ジークフリート様とエドガーが待っていた。どうしてヘンリエッタ様の専属料理人になったエドガーがいるのか不思議に思いながら席に着いた。


「従者を下がらせてくれ」

「オズウィンは大丈夫です。臣従契約を結んでおりますので」

「それなら口止めをしておけ」


ジークフリート様に言われてオズウィンの方を振り返った。


「はい。オズウィン、今から聞く話は決して口外しないように」

「承知いたしました」


わざわざ口止めなんてしなくても、オズウィンは人に話したりしないと思うけれど。貴族はそう簡単に他人を信用してはならないそうだから仕方ない。


ジークフリート様は盗聴と盗み見を防止するための魔法をかけているそうで、早速本題に入った。


「今日、ステラを呼び出したのは私ではなくエドガーから話したいことがあると相談されたからだ」


まさか、エドガーが私を呼び出したなんて思ってもいなかったから驚いた。だけど、同時に納得した。エドガーから私に話があるなんて、きっと周りにあまり聞かれてはならないことなのだろう。

話を聞くために姿勢を正した。


「冬季休暇の間、ヘンリエッタが王宮で過ごすことは聞いているな」

「はい」

「エドガーも専属料理人としてそれに付き添うことになっている。そのため4日前、エドガーが王宮の調理場へ見学に行った」


エドガーの夢がもう目の前にあるのかと嬉しくなったけれど、話の本筋からズレないように頭の隅に追いやった。

ジークフリート様がエドガーに続きを話すように促す。ここは盗聴を防ぐ魔法がかかっているから、話しやすい口調でと言われてエドガーは少し安心したように息を吐いた。


「3歳くらいの記憶だし、はっきりと覚えてるわけじゃないけど、すごい似てたんだ。王宮の調理場にいた料理人とステラの父さんが」

「……なに、言ってるの?」

「俺、おばさんが亡くなる直前に、手紙を渡されたんだ。もし、俺が料理人になるために色々な街で修行をするようになったら読んでほしいって」


エドガーは私にその手紙を見せてくれた。そこには母の整った綺麗な文字でこう綴られていた。


『エドにお願いしたいことがあるの。


レオはもしかしたら生きているかもしれない。

ずっとあの日の事故について調べていたの。あの事故で大怪我をした人は多数出たけれど、亡くなった人はいないと書かれていた。もしかしたら、事実を隠蔽しているだけかもしれない。

それでも、もし、レオらしい人に会ったら同封している手紙を渡してほしいの。きっと、生きていたら料理人をしていると思うから、エドと会うこともあるかもしれない。

それと、レオが本当に生きているという確証を得るまではステラには内緒にしておいて』


エドガーの幼い記憶の父に似ているだけの人が父本人だという確証はないはずだ。それなのに、エドガーは私にこのことを話した。エドガーはどんな事があっても約束を破ったりしない、責任感の強すぎる性格をしている。

つまり、エドガーはその料理人を父だと確信しているということになる。


「エド、その料理人の特徴を教えて」

「髪は青緑で、ステラと同じ金の瞳をしていた。それで腕には火傷を負っていて、レオと呼ばれていた。年は40手前くらいの長身の男だった」


思わずため息を吐いた。もしかしたら、偶然かもしれない。だけど、こんなに条件がちょうど揃うことなんて父だと確信してしまうエドの気持ちも分かる。

でも、それでも、まだ疑いたい気持ちがある。

もし、生きていたのならどうして王宮で料理人をやっているのか、どうして帰ってきてくれなかったのか。


あまりはっきりとは覚えていないけれど、周りから聞く母と私をすごく愛してくれていた父が私たちのことを見捨てるわけがない。そう、信じたいから、私はまだ父が生きているということを信じたくない。


「ジークフリート様、どうしたらその料理人と会えますか?」

「冬季休暇になってヘンリエッタが王宮へ移動するときにエドガーも一緒に移動する。その時ならエドガーは話す機会があるだろうから、事情を話して呼んでいてもらえばいい」

「冬季休暇、ですか」


まだ先だ。今すぐにでも確認したいけれど、そんな都合が良く事が進むわけがない。頭では理解していても心が追いつかない。ふぅ、と息を吐いて気持ちを整理しているとジークフリート様が落ち着いた声で私の名前を呼んだ。

その声に顔を上げると、ジークフリート様はいつもと変わらない表情をしていた。


「焦る必要はない」


ジークフリート様のたった一言で少し心が落ち着いた。どんな事でもジークフリート様に心配ない、大丈夫と言われたら本当にそんな気がしてくる。


「冬季休暇まで、一旦このことは頭の隅に置いておきます。学園祭もありますし、せっかく参加するなら楽しみたいですからね」

「ああ」

「エドもありがとう。お母さんとの約束を守ってくれて」

「いいよ。気にすんな」


エドガーは夕食の下拵えなどの仕事があるそうで、話が終わるとすぐに応接間を出ていった。応接間には私とジークフリート様とオズウィンの3人だけになってしまった。

寮の門限があるので私もそろそろ帰ろうかと思い席を立つとジークフリート様に引き留められた。


「ステラを今日ここに呼んだのはエドガーの話だけではない」

「そうなのですか?」

「ああ」


ジークフリート様は私に座るように促すと机の上で手を組んだ。


「レモニー様との婚約を破棄してから1年が経って、周りからはそろそろ次の婚約をという声が上がっている。それで、母上と父上が今候補に挙げているのがステラだ。そのうち正式にエリセント侯爵家に申し出が行くと思う」


言葉の意味がすぐには理解できずに困惑している中、ジークフリート様は話を続ける。


「私ももう24だ。次の婚約はそうそう破棄できるものではない。公爵夫人になる覚悟をして婚約を受け入れるか、保留にするか、好きな者がいるなら断るか。それまで考えていてくれ」


理解が追いつかない。混乱する私にジークフリート様は少し申し訳なさそうな顔をする。


馬車までみおくってもらって、そのまま学園へ戻った。その間も私の心はずっと上の空だった。

寮の部屋に戻って、夕食をとって湯浴みをしてベッドに入った瞬間にジークフリート様の言葉が蘇った。


私がジークフリート様の婚約者候補に挙がっているって、それは、つまり……。やっと意味を理解すると、急に顔が熱くなってきた。夢じゃない?いや、きっと夢だ。早く目が覚めて。いや、覚めないで。



矛盾する心の声がうるさくて、結局まともに寝られずに朝が来た。


「おはようございます、お嬢様。顔色がお悪いようですが、体調が優れませんか?」

「大丈夫、少し寝不足なだけ」

「本日の授業はお休みされますか?」

「いいえ。出席します。心配そうな顔をしないで。大丈夫ですから」


そうなだめてみても、サリーはまだ心配そうにしている。わざと明るく振る舞って、着替えを手伝ってもらった。寝不足ではあるものの、くまが薄くできているくらいなので化粧で隠してもらう。

髪をとかしてもらいながらジークフリート様の婚約者候補になったことをサリーに話した。サリーは私の気持ちを知っているから、喜んでくれたけれどその話をしながら私はふと気になったことを訊いてみた。


「ねえ、サリーは誰かと婚約したりしないのですか?わたくしが12の時からずっと仕えてくれているけれど、誰かとお見合いをしている様子もないからずっと気になっていたの」


すると、サリーの表情が少しだけ曇った。触れてはいけないことに触れてしまったのかもしれない。

慌てて答えなくていいと言おうとするのを遮るようにサリーは話し始めた。


「わたくしは、父の再婚相手である義母に家を追い出されてエリセント侯爵家へ来たのです。社交界に出てもわたくしはもう貴族として扱われることはありません。そんなわたくしと結婚したいと望む殿方はいらっしゃいません」

「ごめんなさい。無理に言わせてしまいましたね」

「そんなことはありません。わたくしはステラお嬢様にお仕えできて今とても幸せなのです。元々、結婚願望はありませんからむしろ都合が良いのです」


サリーの晴れやかな笑みを見て少し安心した。私が貴族になってから一番長い時間を過ごした相手はサリーだ。そんなサリーには幸せになってほしい戸思うと同時に、いつか結婚して私の侍女を辞めてしまうと考えるのがとても寂しかった。

サリーは主従としての距離を取らなければならないと言っていたけれど、私はサリーを家族のように思っているし大好きだ。恥ずかしくて中々言えないけど。



朝食をとって、ロゼッタとヘンリエッタ様と一緒に校舎へ向かった。


頭がぼんやりしたまま授業が終わり、気がついたら放課後になっていた。私たちは劇の練習をするために、貸し切ったホールへやって来た。

いつもと同様、ザヴェリオ様と私で掛け合いの練習をして他の生徒は演奏班は演奏の練習を演出班は演出で使用される魔法の練習をしている。


「今日は気が散っているように見えるのですが、どうかされましたか?」

「いえ、何でもありません」


父のことやジークフリート様の言っていた婚約のことを考えていたなんて言えるわけもなく笑って誤魔化した。ザヴェリオ様は納得したわけではなさそうだけど、話せない事情を察知してそうですかと微笑んだ。


「それはそうと、学園祭まであと少しですね」

「はい。わたくしも初めの頃に比べれば演技が上手くなったように思いませんか?」

「ステラ様は初めからお上手でしたよ。ですが、日に日に役に入り込んでいっていますね」

「少し、ナターリアに共感できるところもありますので」


ナターリアはこの劇に出てくる小国の姫だ。ナターリアとナターリアの護衛騎士であるケビンの悲恋の物語。この物語は街にいた頃に図書館で読んだことがあったけれど私よりもエドガーの妹であるミアがとても気に入っていて何度も借りていた。


「それに、せっかくなら最優秀を取りたいではありませんか」

「そうですね。では、練習を再開しましょうか」

「はい」


学園祭まであと少し。父のこと、婚約のこと。色々考えないといけないけれど、学園祭が終わるまでは劇に集中しょう。

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