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侯爵家の令嬢になってしまいました  作者: 神山 仁葉
第三章 学園生活 3年生
24/25

歌劇鑑賞


 ついに、待ちに待ったこの日がやって来た。朝から寮を出て学園の前まで迎えに来てくれているジークフリート様の元へ向かった。

ドレスは新しいもので、まだジークフリート様には見せたことがないものを選んだ。普段下ろしている水色の髪も今日はまとめてお団子にしている。イヤリングはお祖父様からの贈り物でネックレスは以前ジークフリート様からいただいた物を付けた。


さすがにここまでするのはジークフリート様への気持ちを匂わせ過ぎかもしれない。


今更ながら後悔が押し寄せてくるけれど、もう遅い。門の前に着くと、ジークフリート様が待っていて、ヘルヴァディス公爵家の紋章が入った馬車を側に待たせていた。


「お待たせいたしました」

「気にするな。ステラ、手を」


ジークフリート様の手に自分の手を重ねて馬車に乗り込んだ。見送りに来てくれたサリーに小さく手を振って向かい側に座るジークフリート様の方へと視線を向ける。

何を考えているのか分からない表情で馬車の外を眺めている。今、どんな事を思っているんだろう。ジークフリート様にも、歌劇が楽しみで落ち着かないなんて可愛らしい一面があったりするのだろうか。


劇場は王都の貴族の生活区域と市民の生活区域の間くらいにあって、その近くにはカフェなども充実しているそうだ。


「オズウィンは休みによくこの辺りに来るそうです。だから、今日は案内役も込めて護衛として付いてきてもらうことにしたのです」

「私はあまり来たことがない。時々殿下に言われて使いに来ることはあるが、私生活の中で訪れるのは初めてだ」

「わたくしも、この辺りへ来るのは初めてなのでとても楽しみです」


ロゼッタ曰く、宝石店や布屋などの商店もあるそうだから歌劇の上演時間よりも早めに来ている。歌劇を観る前に少しお茶をしたり、買い物をする予定だ。


広場に着いて馬車を降りると、少し先に大きな劇場が見えた。劇場までの通りにも、店が並んでいて、劇場から少し離れた通りまでいくつもの店が並んでいる。

通りを歩いていると、少し古そうなレンガ積みの店が目に留まった。貴族の屋敷や王宮や学園ではあまり見ない作りの建物だからか、どうしてか気になった。


「ジークフリート様、あちらのお店を覗いてもよろしいでしょうか」

「ああ」



どうやらこの店は老舗の文具店のようで、装飾が施されたものから実用的なものまで取り揃えられている。

ペンや見たことがない色のインクや可愛らしい便箋など、私の興味を引くものがたくさんあって目移りしてしまう。


せっかくだし、文通に使う文房具を見ようと思って店員の女性に案内してもらった。レターセットとしてペンとインクに便箋と封筒、ペーパーナイフとスタンプまで一通りが揃った箱が置いてあった。中身や箱のデザインは自分の好みで選べるそうで、買うことにした。


ジークフリート様はジークフリート様で他の商品を見ているようだ。


私はレターセットの中身を選ぶことにした。

ペンはジークフリート様から貰ったペンが使いやすかったからそれと似た物にして、インクは紺色と青色に決めた。

便箋は真っ白な物に金の罫線が入ったシンプルな物を選んで、封筒は無地の淡い水色のものにした。私の髪の色も水色だから、主張し過ぎかと思ったけれどこの封筒の色は白と水色の間くらいだから大丈夫だろう。

ペーパーナイフは金製の物に小さく宝石が埋め込まれているものを、スタンプは金色のロウと星の模様が刻まれた印を選んで磁器で出来た箱に詰めた。


数年前まではこんな高い買い物をすることになるなんて全く思ってもいなかったけれど、もうすっかり慣れてしまった。なんだか無駄遣いをしているように思えてずっと貯めていたけれど、ずっと貯金して使わないよりも、使って経済を回す方が人のためになるのだとお母様に教わってからドレスやアクセサリーなども季節ごとにこしえるようになった。


「こちらを購入させてもらいます」

「ご購入ありがとうございます。包装いたしますので、少々お待ちください」

「はい」


包装を待っている間にジークフリート様もお買い物を終えたようだ。側近を呼んで、私の購入したレターセットと一緒に馬車へ運ばせていた。


買い物を終えると、ちょうど入場時間頃になっていたので、そのまま劇場へ行ってチケットを見せて席へ案内してもらった。


私とジークフリート様の席は2階にあるボックス席で舞台からはすごく近い。

基本的に伯爵家以上の貴族はボックス席での観覧が暗黙の了解のようになっていて、子爵家以下の貴族や富豪は一階や二階の大衆席から観覧する。正直、大衆席の前の列辺りが一番見やすそうだけど、護衛のこともありなるべく近いボックス席を選んだ。


ジークフリート様と隣合わせに座って、オズウィンは扉の前で見張っている。完全に二人きりではなくて正直助かった。

二人きりだったら、きっと緊張しすぎてきっと歌劇に集中できないと思う。


「楽しみですね」

「そうだな」



少しして舞台の幕がゆっくりと上がると、漆黒の髪に暗い青の瞳の美青年が立っていた。

青年は観客席に向かって少し遊び人の雰囲気を感じる笑顔を見せた。すると、音楽が流れ出すと、女性がたくさん出てきて青年は歌い始めた。


『ああ、美しい、愛らしい。綺麗な花たちを愛でよう。一番なんて選べない』


青年は女性たちと交互に踊って透き通った綺麗な歌声を響かせる。

女性たちが舞台から去ると、青年は一人になり舞台の照明は少し暗くなった。


『本当は誰にも興味がない。一番なんて選ぶつもりもない。国一の美女さえも、俺に釘付けになる。面白みのない、退屈な毎日だ』


場面が変わって、青年が舞台から捌けると町娘の衣装を着た女性が出てくる。その女性を追いかけるように初老の男性も舞台へ出てくる。男性は低い声で女性を引き留めるように歌い出した。


『我が娘よ、どこへ行く。明日はお前の晴れ舞台。幸せが目の前にあるというのに何が不安なんだ』

『止めないで、父さん!私は自分で幸せを掴むわ。結婚は好きになった人としたいの』

『わがままはいい加減にしろ!お前ももう、子供じゃないだろ。俺を困らせるんじゃない』

『ああ、許してはくれないのね。さようなら、父さん。元気でいてね』



完全に照明が落ちて、点くと侍女の格好をしたさっきの女性が舞台に立っていた。


『お貴族様のお屋敷で、侍女見習いになったけど、ご主人様とはまだ一度もお会いできない』


掃除をして、洗濯をして、料理の手伝いをする。そんな女性の前に、さっきの青年が現れる。


『見ない顔だな。新人か?』

『ご主人様ですか?』

『ああ、この屋敷の主人のドノヴァンだ』

『10日ほど前からお世話になっています。侍女見習いのマイです』


女性は仕事があるのでと断りを入れて青年ドノヴァンの元を去った。ドノヴァンは急に笑い出した。とても愉快だと観客席に向かって手を伸ばして綺麗な歌声を響かせた。


『どんなご令嬢も、もちろん侍女も。俺を見て皆頬を染める。なのに、彼女は、マイだけは、全く俺に興味を示さない。ああ、あの娘を落としたい。俺を好きだと言わせたい。こんな気持ちは初めてだ』


それから、マイとドノヴァンの攻防戦が始まる。ドノヴァンは毎日のようにマイを褒め、贈り物をし、マイの心を自分のものにしようとした。それに対して、マイは褒め言葉は受け流し、贈り物はすべて断る。全くドノヴァンになびく様子はない。


『マイ、君はどうして、俺のことを好きにならない』

『ご主人様のことをまだよく知りませんから』

『そんなことは関係ない。皆、俺を見ただけで好きになる』

『私は人を好きになるのには見た目の美しさよりも、お人柄が重要だと考えています。まだご主人様のお人柄をよく存じ上げません。だから、好きも嫌いもありません』



再び照明が落ちて、点くとマイが屋敷の前で父親と言い争っていた。


『早く帰ってきなさい。お前は働かなくていい。結婚して商家で裕福な暮らしをするんだ。何が不満だというのだ』

『好きな人と結婚したいと、言ったでしょ。彼は私の他に愛し合っている人がいるわ。その彼女との関係を隠すための結婚なんて嫌よ』

『いつ冷めるか分からぬ愛より、安定した金の方が重要だ。裕福な暮らしをしていればそんな子供じみた考えはなくなる』

『それは父さんの考えじゃない。私の幸せは私が決めるの』

『こうなったら手段は選ばない。悪く思うなよ。お前のためだ』


父親がマイの手を引いてズンズンと歩いて舞台袖へ向かっていくと、ドノヴァンが現れてマイを父親から離した。


『俺の侍女をどこへ連れて行く』

『俺はこいつの父親です。マイは結婚することになったので仕事は辞めさせます』

『マイ本人の意思ではない限り、退職することは認めない』


ドノヴァンはマイの顔をじっと見る。マイは涙を堪えてドノヴァンの顔を見上げる。


『私は、結婚したくないです。皆やドノヴァン様のいるこの屋敷で、ずっと生きていたい』

『ああ、そうか。なら、ずっとここにいればいい。君が嫌だと言うまでこの屋敷で暮らせばいい』


納得のいかない父親は何度も説得を試みるが、マイの心は動かず諦めて帰っていった。


マイとドノヴァンが二人きりになると、和やかな音楽が流れ始めた。ドノヴァンがマイの手を取ってダンスを踊る。まるで、完全に恋に落ちた表情のドノヴァンと少し戸惑いつつも楽しげなマイの様子に、見惚れてしまいそう。


場面が変わり、舞台が明るくなるとドノヴァンが辺りを見回していた。


『マイから話があると呼び出されたのは初めてだ。何の話だろうか』


コツコツと足音が聞こえて、侍女の服ではなく、少し綺麗めなワンピースを着たマイが現れた。


『お待たせしてしまい申し訳ありません』

『いいよ。それより話とは何だ?』

『はい』


マイはドノヴァンの手を取り、顔を見上げた。


『私は正直、ドノヴァン様が苦手でした。軽口ばかり言う人だと思っていましたし、どうせすぐに目移りするのだろうと思っていました。ですが、ドノヴァン様はいつまで経っても私を褒めてくださいます。毎日お忙しいのに必ず挨拶をしてくださいます。困ったときは助けてくださいます。気配りもしてくださいます』


マイは少し震えた声で話を続ける。


『私、ドノヴァン様の少し子供っぽい笑顔が好きです。ドノヴァン様に名前を呼ばれるのが好きです。時々いたずらを仕掛けてきて私が怒ると、ご主人様なのに本気で謝られるところが好きです。真剣に私に想いを伝えてくださる、お優しくて頼りになるドノヴァン様が大好きです』


ドノヴァンはそのままマイを抱きしめたかと思うと、舞台袖に入ってすぐに戻ってきた。その右手には一輪の花が握られていた。

あの花はドノヴァンがマイを口説くときに毎回持っていた花だ。その花をマイはまだ一度も受け取ったことがない。ワイスの花言葉は“貴方は私のすべて”というとドノヴァンが言っていた。


『あの時は、君を口説くために花言葉なんて女々しいことを言っていたけれど、今はそれが本心だ。マイ、俺は君と出会って初めてこんなに人を愛する気持ちを知った。愛する人に愛される幸せを知った。これから先、ずっと君の隣にいたい。許してくれるかな』

『もちろんです』


マイがワイスの花を受け取ると、ドノヴァンはそのままマイを抱きしめた。マイは仕方なさそうに笑ってドノヴァンを抱き返す。


『本当なら、貴方はご主人様なのですから側にいる許しを乞うのは私の方なのに。だけど、そういうところが大好きですよ』



幕が下りると、劇場内は拍手に包まれた。私はハンカチで目から今にも溢れそうな涙を拭き取る。ロゼッタやヘンリエッタ様の言う通り、ドノヴァンは、いやドノヴァン様は本当に素敵だった。最初は人に興味がないのに、最後は誰よりも一人の人間を愛していた。元々遊び人だったドノヴァン様の真摯的な愛情表現は本当に心に刺さった。人気な理由も分かる。


余韻に浸っていると、幕の前にドノヴァン様が現れた。


「ご観覧ありがとうございました!紳士の皆様は劇場内に残っていただいて、淑女の皆様はお先にご退場お願いいたします」


何かあるのだろうか。とりあえず、私はオズウィンと先に劇場を出てジークフリート様が出てくるのを待つことにした。


他の観客たちも、一緒に来ていたパートナーを待っているのか劇場の前に集まっている。

少ししてから、何人か男性が劇場から出てきた。ジークフリート様ももうすぐで来るのかと思いながら劇場の方を見ていると、明らかに他の人よりも注目を浴びたジークフリート様がこちらへ歩いてきた。


「待たせて悪い」

「ジークフリート様が謝ることはないですよ」


微笑んで、ジークフリート様の顔を見上げると視線を逸らされた。そのまま、咳払いをして私の目の前に一輪のベアリの花を差し出した。淡い青の可愛らしい花で顔に近づけるとふわりと爽やかな香りがする。


「ステラ、今日は誘ってくれてありがとう。私が思う、ステラに一番似合う花だ。どうか受け取ってくれ」


ジークフリート様からまさか花を贈ってもらえるなんて思ってもいなかったから驚いた。夢か現実か分からない状態で頭がふわふわしているけれど、とりあえずベアリは受け取った。


「ありがとうございます。とても、嬉しいです」

「それなら良かった」


少し熱くなる顔を隠すように、花を持った手を顔の前まで持ってきた。


「あの、これのために男性陣は劇場に残っていたのですか?」

「ああ。席まで何種類かの花が運ばれてきてその中からパートナーに似合う花を選んで贈るというのがこの歌劇の恒例らしい」


元々知っていたらこのドキドキした雰囲気も半減するだろう。だから、ヘンリエッタ様たちは教えてくれなかったのだろう。



学園の寮まで馬車で送ってもらった。

一日が経つのが早すぎる。もう少し一緒にいたかった。だけど、婚約者でもない私がそんなわがままを言ってはいけないことくらいもう分かっている。


「ジークフリート様のお陰でとても楽しい時間を過ごせました。ベアリも状態維持の魔法をかけて寮の部屋の花瓶に挿しておきます」

「魔法をかけてまでするほどの物ではない。花は儚いから美しいのだと詩人が言っていた」

「ですが、」


せっかくジークフリート様から花をもらえたというのに、枯れてしまうのは悲しい。これが最初で最後かもしれないのに。


「花くらいで良ければ、またいつでも贈る」

「本当ですか?」

「ああ、約束する」

「はい。約束です」


ジークフリート様は仕方なさそうな笑みをこぼした。久しぶりに笑った顔を見れたと思ったのに、気がついたらもういつもの冷静な表情に戻っていた。

これからはもっと笑顔にさせるんだから。覚悟しておいてもらわないと。

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