お誘い
長いようで短い夏季休暇が終わると、新学期が始まった。夏季休暇を挟んだからか、前よりも生徒たちから噂されることは減った。だけど、先生たちの私を見る目が変わった。
ステラ・エリセントとしてではなく、『セリーナ・エリセントの娘』として私を見る先生が増えた。
新学期最初の試験で古典の結果が良かった。すると、先生たちはさすがセリーナ様の娘だと言って私を褒める。
母が歴史古典研究会に入っていたからといって、私が得意とは限らないではないか。私の頑張りは認められていないように感じて少し気が沈んだ。
だけど、母の後輩で歴史の先生をしているダリウス先生は素直に褒めてくれる。
私がセリーナ・エリセントの娘だと公表して夏季休暇に入るまで色々な噂を流されていた。先生からも嫌味を言われることもあった。その度に、ダリウス先生は庇ってくれた。
どうして毎度庇ってくれるのか気になってダリウス先生に聞いてみた。
「ダリウス先生は、母に想いを寄せていらしたのですか?」
「……私が、セリーナ先輩に?あり得ない。そんな恐ろしいこと」
ダリウス先生の反応的に、嘘ではないということは分かった。
「じゃあ、どうして庇ってくれるのですか?」
「教師が守るべき立場にある生徒に危害を加えようとしているのなら守るのは当然だ。それに、先輩には世話になったから」
普段、母の話題が上がる度にため息を吐いたり青ざめたりしているくらいダリウス先生に恐れられているのに感謝までされているなんて、本当に私の知っている母と貴族令嬢としての母は同一人物なのだろうか。
いや、ダリウス先生の感情が忙しいだけか。
ロゼッタは夏季休暇が明けても特に変わらない。強いて言えば、アレック様と進展がくらいだ。
「アレック様からお誘いを受けて歌劇を観に行ったのです。とても素敵なお話で、きっとステラ様もお好きだと思います」
「本当?わたくし、歌劇ってまだ観たことがなくて。興味はあるのですが中々機会がなく」
「まだ上演しているはずなので、是非行ってみてください。主演のドノヴァン様がとても素敵な方なのです」
そこからロゼッタのドノヴァントークはすごかった。最上級の褒め言葉を使って、如何にドノヴァンの演技や歌唱力が素晴らしいかや、表情や仕草の美しさを力説してくれる。
アレック様よりもドノヴァンに惹かれているのではないかと思ってしまうほどだ。
そういえば、街にいた頃に大衆食堂の常連客のレイナ姉さんが時々やって来る旅役者が来る度にカッコいいと騒いでいた。ロゼッタもそんな感じなのかな。
お兄様やジークフリート様を見ても特に騒ぎもしなかったロゼッタがそこまで言うくらいだ。私も少し観てみたい気持ちが湧いてきた。
「というわけで、どうですか?共に観に行きませんか?」
「嬉しいお誘いなのですが、実はわたくしもその歌劇を殿下と観に行ったのです」
ヘンリエッタ様をお誘いしてみたけど、歌劇好きの中で話題になっているから既に観に行っていたそうだ。お兄様かリンデを誘って観に行こうかと思っていると、一緒に来ていたロゼッタが閃いたようにあ、と声を漏らした。
「ジークフリート様をお誘いしてみてはいかがですか?」
ロゼッタの屈託のない笑みに少し表情が強張る。
「あの、どうしてジークフリート様が出てくるのですか?」
「ジークフリート様のことをお好きなのですよね?なら好都合です。ね、ヘンリエッタ様」
「そうですね。お兄様はあまり歌劇などは嗜まれないですが、ステラ様のお誘いを断ることはないと思います。それに、あの事も知らないでしょうし」
私の誘いは断らないって、ヘンリエッタ様の目にはジークフリート様が私に甘いように見えているのかな。というか、あの事って何?
「ヘンリエッタ様、あの事とは?」
「内緒です。歌劇の内容を話してしまうことになるので観るまでのお楽しみということで」
ヘンリエッタ様とロゼッタは楽しそうに笑っている。
だけど、私の頭の中は混乱して仕方がない。というか、もし歌劇に誘って一緒に行くことになったら、それはまるで逢瀬みたいになるのでは。
そんなの、誘えるわけがない。
だけど、ジークフリート様は私のことを全くと言ってもいいほど異性として意識してくれていない。ということは、誘っても断られる可能性は低い、はず。
とりあえず、歌劇のチケットを2枚購入しておくことにした。もし断られたらサリーに慰めがてら一緒に来てもらおうかな。
チケットが届いてから、ジークフリート様にお誘いの手紙を書いては消してを繰り返している。
直接会って話すならまだもう少し気が楽だったかもしれないけど、手紙だとどんな文面で書けばいいのか分からない。普段と同じ感じでいいのか、もっと特別な書き方がいいのか。
ため息混じりにロゼッタと中庭を通って教室に向かっていると、ロゼッタが足を止めた。
何かあったのかと顔を上げると、何故かルクレシオ殿下とお兄様とジークフリート様の三人が並んでいた。
ジークフリート様のことを考えすぎて、幻でも見えているのかもしれない。
気のせいだと思って、隣を通り過ぎようとするとお兄様に声をかけられた。
「どうして無視するんだ」
「その、見間違いかと思いまして」
「そんなわけないだろう」
引き留められたからには挨拶はせざる負えない。三人に向かって挨拶をすると、騒ぎを聞きつけたのかヘンリエッタ様もやって来た。
殿下の反応を見る限り、ヘンリエッタ様に会いに来たのではと疑いたくなるけれどちゃんと視察だそうだ。
学園の経営は王族の方が行っていて、殿下に引き継がれて今日は最初の視察らしい。設備や授業の様子などを見て不備がないか、教師が家柄によって優遇などをしていないかの確認に来たそうだ。
「あと二限で授業は終わるのだろ?その後研究会を見に行くからステラとヘンリエッタも一緒に来い」
「はい」
「承知いたしました」
三人と別れて、ヘンリエッタ様も途中まで一緒なので共に教室に向かった。
殿下の命だから断れなかったけれど、放課後までジークフリート様と一緒にいたら平常心を保っていられるだろうか。
「良い機会ですね。放課後に、ジークフリート様を直接誘ってみてはいかがですか?」
「確かに、良い案ですね。わたくし、殿下とギルベルト様に協力してもらってステラ様とお兄様が二人きりになれるようにします。きっと殿下たちは喜んで協力してくれます」
「学園内でお誘いしたら、噂になってしまいますよ」
慌てて二人を止めると、二人とも全く気にしていない様子で、むしろ噂になることを良しとしているくらいだ。噂になることで、ジークフリート様に言い寄る令嬢も減るかもしれないし、私とジークフリート様の仲を取り持とうとする者も現れるかもしれないから、と。
そんな都合良くなるだろうかと思いながらも、ヘンリエッタ様の提案を断る気はない。手紙だと、自分で文字に起こしてしまうためどうしても恥ずかしくて送れない。だけど、口頭でならさり気ない話の流れで誘うことができるかもしれない。
「ヘンリエッタ様、ご協力をお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんです。頑張ってくださいな」
ヘンリエッタ様とは別れて、ロゼッタと一緒に教室へ入った。ああ、この後の授業は全く集中出来ずに過ごすことになるのだろう。
あっという間に放課後になっていて、ロゼッタは自分の研究会へと行ってしまった。
私はヘンリエッタ様たちと合流して一緒に研究棟へ向かった。
ヘンリエッタ様と殿下が一昨年の学園祭のときに魔法石研究会でお互いの魔力に染めた魔宝石を贈り合ってから、若い婚約者同士でお互いの魔力に染まった魔法石を贈り合う習慣ができた。だから、魔法石研究会は魔力に色が染まる魔法石を大量に売り出して資金を得てさらに色々な研究に力を入れるようになった。
殿下たちも、その新しい研究に興味があるらしく一番先に魔法石研究会を覗いてから他の研究会を見て回った。
大体の研究会を回り終えると、ヘンリエッタ様が私に目で合図を送った後に殿下とお兄様に視線を送った。すると、殿下がヘンリエッタ様の手を引いて私達の方を向いた。
「私は学長と少し話があるからこの辺りで少し待っていてくれ」
そう言って殿下が立ち去ると、お兄様も元同級生の教師に挨拶をしに行くと言って私とジークフリート様は二人きりになった。
せっかくヘンリエッタ様たちが作ってくれた絶好の機会だ。勇気を出さないと。
「あの、ジークフリート様……、」
口籠っていると、ジークフリート様は研究棟の外にある庭を見た。
「どこかベンチにでも行って座って待とうか」
「はい」
研究棟の側にある庭は中庭よりも大きな規模で、植物や樹木もその分多くあり、ベンチはあまり人目につかない。
研究会の人たちが植物の調査に来ない限り、放課後になるとこの辺りは人が通らない。もう、誘うなら、今しかない。
「最近、女子生徒の間で今上演中の歌劇が話題になっているのです」
「ああ、ヘンリエッタも観に行っていたな」
「はい。その、ジークフリート様は、歌劇や演劇をご覧になられることはありますか?」
ジークフリート様は少し考え込んでから答えた。
「興味がないわけではないが、これまで劇場に観に行く機会があまりなかったから演劇も歌劇も学園祭のものしか観たことがないな」
興味がないわけじゃないなら、誘っても大丈夫かもしれない。
「わたくしも、まだ、劇場へ足を運んだことがなくて。ロゼッタやヘンリエッタ様に勧めていただいた歌劇を是非観に行きたいのです」
私は深呼吸をして、自分の胸に手を当てる。ああ、心臓の音がうるさい。顔が熱くなる感覚がある。表情に出過ぎだとお母様や先生には注意されてしまうかもしれない。
フッと小さく息を吐いてジークフリート様の顔を見上げた。
「それで、もし、ご迷惑でなければ、一緒に観に行きませんか?ちょうどチケットが2枚手に入ったのですが」
ジークフリート様の表情は相変わらず冷静沈着な無表情なのだろうなと思ったけれど、意外にも驚いた表情をしていた。まさか私から劇場に誘われるなんて思ってもいなかったのだろう。迷惑とかそういうのはあまり感じなくて、ただ単に驚きだけが伝わってくる。
「あの、やはりお仕事がお忙しいでしょうか」
「いや、特にそういったことはない。ただ驚いただけで。私で良ければ一緒に行こう」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
少し歯切れの悪さが気になったけれど、誘いを受けてくれて良かった。今から歌劇を観に行くのが既に楽しみだ。
ヘンリエッタ様たちが戻ってきて、無事に歌劇のお誘いが出来たことを報告するととても喜んでくれた。殿下もあの歌劇がお気に召したようで、ジークフリート様にその良さを力説している。
どうやら、お兄様もリンデに連れられて歌劇を観に行ったようだけど、リンデが主役のドノヴァンさんに目を奪われていて面白くなかったそうだ。
「その歌劇を見た令嬢は、皆様ドノヴァンさんがとても素敵だったとおっしゃいますね。そんなに素敵な方なのですか?」
「少し珍しい外見をしているからではないでしょうか?」
「そうなのですか?」
ドノヴァンさんは遠い異国の出で、この辺りの国では珍しい漆黒の髪をしているそう。それに加えては海のような少し暗い青の美しい瞳をしているから、令嬢たちはその美しさに見惚れてしまうそう。ヘンリエッタ様もそれは例外ではないようで、殿下は楽しそうに話しているヘンリエッタ様を少し面白くなさそうな顔で見ていた。
ヘンリエッタ様はまさか殿下がドノヴァンさんに嫉妬しているなんて思ってもないから全く気にする様子はないけれど。
三人を見送って、ヘンリエッタ様と一緒に寮へ向かった。
「正直、ジークフリート様よりも美しい方なんて存在しないと思ってしまうのですが」
「ステラ様は本当お兄様のことが大好きなのですね。確かに、容姿は整っていますがドノヴァン様は美しさに珍しさが伴いますからね。それに、劇での役が本当に素敵なのです。ステラ様も歌劇を見たら彼に心を奪われる令嬢が多い理由がきっと分かりますよ」
ロゼッタだけじゃなくてヘンリエッタ様にもここまで言わせるほどの素晴らしい歌劇なのか。
その翌日に、ジークフリート様から手紙が届いた。歌劇を観に行く日取りについてだ。ジークフリート様の次の休みがちょうど私も授業が休みの日だったからその日に決まった。
それからは、着ていくドレスを選んだりアクセサリーを選んだりその日に向けていつも以上に肌の手入れに力を入れたりと大忙しだ。
可愛いなんて、言ってもらったことはないけれど、可愛いと言ってもらえるようにできることはやり尽くす。
婚約すらしていないのに、誘いを受けてもらえたからと期待しすぎかもしれない。
ジークフリート様はきっと、私を妹同然にしか見ていない。今度こそ絶対に一人の淑女として意識してもらえるように頑張る。




