再会
夏季休暇に入るとすぐに大量のお見合いが持ち込まれた。お母様曰く、母に憧れていた令嬢や令息が大人になって自分の息子達に私を嫁がせて繋がりを持とうとしているらしい。もちろん、お見合いは全て却下だ。
ジークフリート様のことが好きで婚約を破棄したというのに、お見合いなんてするわけがない。
その現実から逃げるように、今日はヘルヴァディス公爵家でお泊まりだ。侯爵家へ来てから、寮以外での外泊は初めてだ。
「いらっしゃいませ、ステラ様」
「お招きいただきありがとうございます。今日をとても待ち遠しく思っていました」
「わたくしもです。では、我が家の書庫へご案内します」
ヘンリエッタ様からとてもドラマチックで切ない恋愛の物語があると聞いてそれを読ませてもらうことになった。その後は、詩集をしたり庭を散歩させてもらったりする予定だ。
ヘルヴァディス公爵家の書庫の蔵書数が多いことは知っていたけれど、規模が違いすぎる。エリセント侯爵家の書庫は本邸から渡り廊下で繋がった別邸の一階にあるけれど、ヘルヴァディス公爵家の書庫は同じように別館にあるのではなく書庫というよりも図書館に近い感じで建物そのものが書庫になっている。
中は吹き抜けで、2階にもずらりと本が並べてある。
「すごい数の本ですね」
「二分の一は魔術か政治の本ですけれどね」
それでもすごい数だ。
本には2種類あって、貴族向けの本と市民向けの本。市民向けに作られた本は主に娯楽用で大量生産されたものだ。だけど、貴族向けの本は一冊一冊職人が手作りをするから市民向けの本と内容は同じでも言葉遣いを直したり、装飾したりするため値段が全く違う。
だから、こんなに大量に揃えられるなんてさすが公爵家と言わざるを得ない。
そういえば、ラウレンツ様のアデレアス公爵家の書庫も同じような造りだった気がする。研究資料などがたくさん置いてあるそうだから入ったことはないけれど、建物そのものが書庫になっていた。
公爵家と侯爵家でそんなに差があるものなんだ。
生まれながらの貴族ではない私からすればあまりその差が分かっていなかったけれど、こういうところで差を感じる。
「読み終えましたか?でしたら、今日は風が心地よくて過ごしやすい気候ですから庭を少し散歩しましょう。ずっと座っていては疲れてしまいますから」
「確かに今日はお散歩日和ですね」
ヘンリエッタ様と一緒に書庫を出て庭へ向かった。
夏の花が咲き誇る美しい庭を見ながら、ヘンリエッタ様と恋愛話をする。
ルクレシオ殿下とヘンリエッタ様はお互い想い合っているのに、相手は自分と同じ気持ちではないと思い込んでいる。どうして人の気持ちってこうもすれ違いやすいのだろう。
「ステラ様は、お兄様戸何か進展はありましたか?」
「いいえ。文通を始めたのはいいのですが、学園に入る前にしていた時と変わらないのです。わたくしはどうしたら1人の女性として意識してもらえるのでしょうか」
「学園に入学する前から知っているとなると、その人の中ではずっと子供の姿で映ってしまうようですからね」
私もヘンリエッタ様も想いを寄せている相手と年の差があるから恋愛話になると共感できる部分が多い。まあ、ヘンリエッタ様の場合は殿下もヘンリエッタ様ご自身もが気持ちを隠すのが上手なせいで伝わっていないだけだけど。
殿下もヘンリエッタ様も私には隠さず話しているのにお互いを目の前にすると何故か、政略結婚のための婚約者という仮面を被る。
相手の気持ちが分からない状態で自分の気持ちを伝えるのが怖いのは分からなくはないけれど。
お散歩を終えて、小広間でヘンリエッタ様とお茶をすることになった。お菓子がたくさん置いてあって、お茶好きのヘンリエッタ様がどんなお菓子にも合うと勧めてくれたお茶を侍女が淹れてくれる。
カップがもう一つある。誰か来るのかな。
「たくさん召し上がってください。わたくしの専属料理人がステラ様のために腕を振るって作ってくださったものです」
「菓子職人ではなく、料理人がですか?」
「ええ。わたくしの料理人はお料理を作ってもお菓子を作ってもすごく腕がいいのです」
ヘンリエッタ様は自慢気に笑うとクッキーを1枚口に運んで幸せそうに微笑んだ。
そんなに美味しいんだ。
私もクッキーに手を伸ばしてドキドキしながら口に運んだ。
確かに美味しい。だけど、懐かしい味だ。サクサクとしたこの食感も砂糖ではない少しフルーティなこの甘みも。きっとドゥーエという砂糖の代用品を使って作られている。ただ、懐かしい味ではなく、確実に何度も食べたことがある味だ。
「ヘンリエッタ様、こちらのクッキーを作った料理人は市民街出身の者でしょうか?」
「ええ。よくお分かりになりましたね」
「あの、もし可能なら、こちらのクッキーを作った料理人に一目会わさていただけないでしょうか」
私の無茶なお願いにヘンリエッタ様は微笑んで頷いた。そして、侍女に告げると、侍女が部屋を出て少しした後ジークフリート様と黄色の強い金髪に飴色の瞳の青年が入ってきた。
青年と目が合った瞬間、私は多分ひどい顔をしていた。言葉を発せようとしても喉がキュッと締まる感覚があって目から溢れる涙は止まらない。ジークフリート様の前でこんな顔をしたくなかったけど、そんなことを考える余裕すらなかった。
居ても立ってもいられなくなった私は思わず立ち上がって青年の前まで行って抱きしめた。
「エド!会いたかった!」
幼馴染のエドガーは何も言わずに躊躇いがちに私の頭に手を乗せた。
しばらくして我に返って慌ててエドガーから離れた。こんなところ、侍女たちに見られたりしたら、それこそ良くない噂が流れる。貴族令嬢として婚約者でもない異性と抱き合っているなんてふしだらだとか言われてしまうかもしれない。
「心配する必要はない。この部屋には防音と防視ノ魔法をかけているし、ヘンリエッタと私とステラの侍女しかいない」
ジークフリート様の言葉に安心して息を吐いて改めてエドガーを見る。4年ぶりだけど、笑顔は変わらない。背は同じくらいだったのが今は私よりも頭1つ分高くなっている。
「本当にまた会えるなんて、嬉しい。元気そうでよかったよ」
「約束しただろ?絶対に会いに行くって」
「うん。ありがとう」
「また泣くのかよ。まあ、ステラも元気そうで良かった」
エドガーは呆れたように笑って私の頭を軽く叩く。
それから、エドガーが王都に来た経緯や私がいなくなってからの待ちの様子について教えてもらった。
そして、なんと、エドガーは宮廷料理人になることがほぼ確定したそうだ。ヘンリエッタ様の専属料理人として、ヘンリエッタ様が殿下に嫁いだら一緒に王宮へ行って料理人として働くことになるそうだ。
「おめでとう!すごいよ!エドは努力家だもんね」
「ステラのお陰もある。ステラにまた会うためだと思ったから頑張れた。だからありがとうな」
「感謝されることなんて何もないよ」
それから思い出話に花を咲かせた。幼い頃、エドガーとミアと3人でイタズラをしておばさんたちに叱られた話や、母と一緒に星を見に行ったときのことなど懐かしくて愛おしい思い出が蘇ってきた。
だけど、その時間も長くは続かない。
「そろそろ戻らねえと」
「もう、行っちゃうの?」
「仕事があるからな。あ、そうだ。今日の晩餐楽しみにしてろよ。お嬢様の分とステラの分は俺が腕を振るって作るから」
「うん。期待してるよ」
ニヤッといたずらっぽく笑ってみせると、ハードルを上げすぎたかなとエドガーは苦笑した。その笑顔が少し寂しくて私まで寂しくなってしまう。
「まあ、ステラが貴族になってもステラのままで安心した」
「何それ。褒めてる?」
「褒めてはねえかも。……なあ、ステラ。今、幸せか?」
真剣な目で問うエドガーに満面の笑みを浮かべて頷いた。
「幸せ。エドがあの時私の背中を押してくれたから、今、大好きな人たちに出会えてすごく幸せだよ。ありがとう、エド」
「それなら良かった」
エドガーは席を立つと私の頬に手を伸ばして、触れる直前で手を止めた。
「それじゃあ、元気でな」
エドガーは少し寂しそうに笑って部屋を出ていった。
今、この瞬間から私とエドガーの間にははっきりとした線が引かれた気がした。私とエドガーはあくまでも他人で何の関わりもない。そういう風に過ごすしかない。だけど、近くにエドガーがいると思うと少し心強い。
エドガーが出ていった後の扉を名残惜しく見つめていたのをやめて視線をヘンリエッタ様とジークフリート様に移した。
「お二人のご配慮、痛み入ります。本当に幸せな時間を過ごせました。ありがとうございます」
「わたくしは自然体なステラ様が見れてとても新鮮でした。お気になさらないでください」
ヘンリエッタ様が微笑むのに対して、ジークフリート様は表情一つ変えずに窓から庭を眺めていた。まるで自分は関係ないとでもいいたげな態度にため息をつきたくなる。
感謝の気持くらい、軽く受け取ってくれたらいいのに。
日が暮れた頃、ヘンリエッタ様たちと共に食堂へ向かった。夕食は、ヘンリエッタ様とジークフリート様とヘルヴァディス公爵と公爵夫人も一緒だ。公爵と公爵夫人は二人ともあまり社交界に顔を出さないから遠くから見たことがある程度で、挨拶すらまだしたことがない。
緊張しながら食堂に入ると、まだジークフリート様しかいなかった。
座って待っていると、公爵と公爵夫人がやって来て私は席を立って二人に挨拶をした。
「お初にお目にかかります。わたくしはエリセント侯爵家のステラと申します」
ジークフリート様に瓜二つの公爵とヘンリエッタ様に似た雰囲気の公爵夫人にじっと見られて内心怯えていると公爵が私の前まで歩いてきた。
「ああ、君がセリーナの娘か」
「はい」
「顔以外は似ていないのだな」
公爵の言葉を公爵夫人が止めて代わりに私に謝罪した。別に嫌な思いをしたわけじゃないから、謝られるのは申し訳ない。
夕食を終えて、公爵夫人に声をかけられた。
食後のお茶をしようと誘われて、ヘンリエッタ様と共に食堂近くの応接間へ招かれた。
「旦那様が失礼なことを言いましたね。ごめんなさい」
「いいえ。お気になさらないでください。気にしてませんので」
「そう言ってくださって助かるわ」
夫人は安心したように微笑むと、お茶を飲んだ。正直、年上で、しかも王都を支える公爵家の当主が、跡継ぎでもない侯爵家の娘に嫌な思いをさせたところで謝る必要なんてない。それなのにわざわざ謝罪をするなんて、さすがヘンリエッタ様のお母様だ。平等に人を見ているのだろう。
「実は、旦那様とセリーナ様は年は9つ違いましたが幼馴染なのです。わたくしもセリーナ様とは親しくさせてもらっていましたが、どうにも旦那様とセリーナ様は馬が合わないようで顔を合わせれば何かしらについて口論をしていらっしゃいました」
貴族になって色々なことを知る度に驚きや発見があるけれど、何よりも驚いたのは貴族令嬢としての母は好戦的というか少しきつい性格をしていたということだ。エリセント侯爵家の料理長曰く、父と出会ってから母は丸くなったのではないかということらしい。
「ですが、セリーナ様が成人して少しした頃、突然姿を消しました。お命が尽きたとお聞きしたときはとても気が沈みましたが、旦那様はそんなわけがないとそのお話を信じていらっしゃらなかったのです。きっと、セリーナ様が許されない想いを抱いていたことにお気付きだったのでしょう。ステラさんのお話を聞いたとき、全く驚いていなかったのです」
まさか、母が公爵と幼馴染だったなんて驚いた。お祖父様もお父様もお母様も私がジークフリート様はヘンリエッタ様と親しくしていても何も言わなかったから全く知らなかった。
「旦那様もわたくしも、セリーナ様を本当の妹のように思っていたのです。ですから、彼女が悩んでいたのに何もできなかったことを後悔していました。ですが、こうしてステラさんに会えて良かった。貴方はセリーナ様が幸せに暮らしていたという証明ですから」
もう一つ、貴族になって母の話を聞く度に思うことがある。母は、多くの人にとても愛されていたということだ。私の知ってる母ならまだしも、夫人たちの言う性格のきつい尖った母がこれだけ愛されていたというのは本当にすごいと思う。
きつくても、母はきっと心根の優しく勇気のある素敵な令嬢だったのだろう。
「長々とごめんなさいね。ジークフリートのことで相談があるならヘンリエッタだけじゃなくてわたくしにも是非相談してちょうだいね。この年になるとあまり恋愛のお話は聞けないから」
夫人の笑みに飲んでいたお茶をむせそうになってしまった。どうして皆、私の気持ちに気付いてしまうのだろう。
「ステラ様は目でお兄様への愛を語っていらっしゃいますからね」
「え!ヘンリエッタ様、それはどういう…」
「今日、一目見ただけのわたくしにも分かるくらいですからね。まあ、ジークフリートは鈍感ですから気付いていないでしょうけれど」
ヘンリエッタ様と夫人は呆れたようなため息を吐く。まさか、そんなに分かりやすいなんて。気を付けようと思いながらも、もっと分かりやすくないとジークフリート様には伝わらないのかと思うと気が沈む。
初対面の夫人でも私の気持ちを見抜けるくらい分かりやすいのに、長い付き合いのジークフリート様は全く気づかないだなんて。
「振り向いてもらえるように、これからも頑張ります」
「協力するから何でも言ってちょうだいね」
「わたくしも、殿下もきっと協力してくれます」
「さすがに殿下の手を煩わすほどの協力は求めませんよ」
夫人の侍女に止められるまで、ヘンリエッタ様と夫人は私の恋愛話で盛り上がっていた。




