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侯爵家の令嬢になってしまいました  作者: 神山 仁葉
第三章 学園生活 3年生
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告白


 朝から気合を入れるために湯浴みをして、伸びた髪を上げて1つに結んだ。申し訳程度の髪飾りをつけて、化粧をしっかりして寮を出た。

オズウィンに声を掛けられて顔を上げると、ロゼッタとヘンリエッタ様が並んで待っていた。2人とも私を心配してくれていたのだろう。笑って2人の手を取った。


「心配かけて申し訳ありません。わたくし、ちゃんと皆様にお話しようと思います。だから、勇気をください」


2人は顔を見合わせて頷くと、私の手を強く握ってくれた。



2年生のヘンリエッタ様とは別れて、私とロゼッタは教室へ向かう。胸を張って前を向かないと。深呼吸をして教師の扉に手を掛けた。


始まる前から悪い方向に考えるのは良くないんだよね、お母さん。


扉を開けると、すでに来ていた生徒たちの視線が全部私に向いたと思うくらい注目を浴びた。昨日、休んだ時点で噂を認めたも同然なのだから当たり前だろう。

それでもその噂を信じずに、いつも通りに接してくれるロゼッタとヘンリエッタ様には本当に感謝しかない。


今日はまた隣のクラスと合同での授業がある。魔法系教科の実技ではなく、講演会だから家の爵位などに関係なくホールに全員が揃う。

言うなら講演会が終わった直後しかない。


それにしても、誰の講演会なんだろう。


「ロゼッタ、知ってる?」

「いいえ。貴族の役職に関する講演会ということくらいしか存じておりません」


予鈴が鳴ると、見覚えのある3人がホールに入ってきた。ルクレシオ殿下にお兄様、ジークフリート様まで。

まさかの3人が講師で驚きながらも、ざわつく生徒たちと同じになりたくないと思い動揺していないふりをする。


殿下が咳払いをすると、ホール内に沈黙が落ちた。


「本日の特別講師を務めることになった、ルクレシオ・ラースだ。他に二人、私の補佐官でエリセント侯爵家のギルベルトとヘルヴァディス公爵家のジークフリートだ」


殿下の執務室付きの文官から補佐官になっていたなんて知らなかった。お兄様もジークフリート様も知らぬ間に出世をしていた。


講演会は毎年3年生のために開かれる。4年生になると卒業後の役職で専門的な授業が始まるため、3年生が終わるまでに役職を決めなければならない。研究職員や外交文官が毎年人気だけど、私は多分事務文官を選ぶことになる。事務文官はどの職場にも行きやすいため、結婚して王都から離れても仕事を続けられる。


この講演会では、それぞれの役職についての説明と実際の仕事での経験談を語ってもらえるらしい。


毎年、侯爵家以上の貴族が3人来るのが恒例なようだけど、殿下が来るのは今年が初めてらしい。



「〜のように、文官にも様々な種類がある。教員については、先生方に聞いた方が良いだろう。何か質問のある者がいれば挙手を。役職に関すること以外でも構わない」


殿下の言葉に真っ先に手を挙げたのはラウレンツ様だ。殿下はラウレンツ様の勢いに圧倒されつつも指名した。


「王宮の研究施設は設備が充実しているとお聞きしているのですが、宿泊することも可能なのでしょうか?」

「宿泊施設と呼べるほどのものはありませんが、寝泊まりしている研究職員も少なくはありません」


質問に答えたのはお兄様だ。お兄様は研究職員と共に仕事をしたことがあるようで、皆ソファやら簡易のベッドで仮眠をして何日も家に帰らない者もいるという。なのに、ラウレンツ様は目を輝かせている。それほどまでに研究に没頭したいのだろうか。


その後も続いた質問を少し早めに締め切って、殿下たちは演台から去った。だけど、まだホール内に残っている。

先生に頼んで講演会の後に少し時間をほしいと頼んでいたけれど、殿下たちにも伝えてくれていたのか殿下に視線で合図をされた。


ロゼッタが心配そうに私の顔を見る。それに笑い返して席を立った。演台までがやけに遠く感じる。階段を登って演台の前に立った。


「先生に無理を言って講演会の後に時間を作ってもらいました。皆様、少々わたくしの話にお付き合い願います」


ざわつくホールと一緒に私の心臓もドクドクと速くなっていく。深呼吸をして、お兄様たちの方に視線を一度向けてから生徒たちに視線を戻した。


「わたくしに関する噂について、ここで明言しておきます。皆様、ご存じの通りわたくしが市民街出身だという噂が学園中に広まっています。この噂の真偽については……事実です」


はっきりと言い切ると、生徒や先生たちだけでなく殿下も少し驚いていた。だけど、感じを見る限り知らなかったわけではなさそうだ。


「わたくしは12の年まで地方の領地の市民街で一般市民として暮らしていました。ですが、12歳のときに王都へやって来てレインハルト・エリセントとヴィレミーナ・エリセントの養子になりました」


『やっぱり市民だったのか!』『市民が貴族クラスに混じってるな!』など、予想通りの声も飛んでくるけれど、怒りなどよりも戸惑っている生徒が多く見える。今のうちに全て言い切ってしまおう。


「ですが、わたくしはエリセント家の血を引く者です。わたくし、ステラ・エリセントは若くしてその命が尽きたと言われているセリーナ・エリセントの娘です」


私の言葉に驚愕の表情を浮かべる先生方と、母を知らない生徒たちと、名前だけは聞いたことがあるような生徒たちの反応の差が激しい。


「わたくしを貴族として認めるかどうかは皆様次第です。もし、今はまだ認められないというのならそれでも構いません。わたくしは皆様に認められるようにこれからも努力を続けたいと思っております。どうか、見守っていてはくださらないでしょうか」


私の言葉にホールは大きな拍手に包まれた。なんとかまとまったと思って息を吐くと、同じクラスの令嬢が急に席を立ち上がって私のいる演台まで上ってきた。

オズウィンが彼女を制止しようとしたのを止めてオズウィンの前に出た。

彼女はそのまま私に怒りをぶつけるように髪を思いっきり引っ張って私の頬に爪で線を引いた。

そして私の頭を演台へと打ち付けようと掴んだとき、誰かが彼女の腕を掴んだ。


顔を上げると、これまでに見たことがないくらい怒った表情をしたジークフリート様がいた。彼女は暴れながらも先生に取り押さえられてホールから連れ出された。


私も私でジークフリート様とお兄様とルクレシオ殿下と一緒に3人の控室へと行った。

ジークフリート様は相変わらず怒った表情のまま私の頬に手を当てた。


「ステラ、何故騎士を止めた。何のための護衛騎士だ」

「……申し訳ありません。皆様を裏切ってしまったので、その償いとして少しの怒りは受け入れようと思ったのです」

「無茶はするなと言っただろう?」

「申し訳ありません」


ジークフリート様が私の頬から手を離すと、少し指に血がついていた。


「お怪我をされたのですか?」


心配になってそう問いかけると、ジークフリート様だけでなくお兄様も殿下も呆れたような顔をした。


「怪我をしたのはステラだろう?その血はステラの傷を手当てしたときについたものだよ」

「ああ、頬の引っ掻き傷、皮が切れていたのですね」


私の言葉にお兄様はわざとらしくため息を吐いた。お兄様と私の間に入り込むようにして殿下が私の顔を見下ろした。


「ステラ、今後一切このような無茶はしないと今ここで誓え。其方が自分自身を傷付けるということは、ヘンリエッタや其方の友人や周囲の者まで傷付ける行為だと自覚しろ」

「はい。申し訳ありません。わたくしは今後一切、自分自身を傷付けるような無茶はしないとルクレシオ第一王子殿下に誓います」


3人全員に怒られて、少し落ち込むけれど心配してくれている気持ちはすごく伝わってきた。

正直、私が皆の怒りを受け止められたら丸く収まるとは思っていたけれどそう簡単ではないらしい。

だけど、意外と多くの生徒が受け入れてくれたように見えて安心した。


「ヘンリエッタ様とロゼッタには改めて謝罪とお礼をしなくてはなりませんね。噂は虚偽のものだと言ってずっとわたくしの味方をしてくださっていたのですから」

「二人とも怒ってないと思うよ」


お兄様はそう微笑むと、扉を開けた。

ヘンリエッタ様とロゼッタが立っていて、今にも泣きそうな顔で私に駆け寄った。

ずっと二人を騙してたようで申し訳なかった、と謝ろうとするとヘンリエッタ様が私を抱きしめた。


「謝らないでください。わたくしの方こそ、むしろ追い詰めてしまって申し訳ありません」

「わたくしも、申し訳ありませんでした」

「二人に追い詰められたなんて思っていませんよ。むしろ、最後までわたくしを信じてくれてとても心強かったです」


ロゼッタとヘンリエッタ様の二人を抱きしめると、背の高いロゼッタは目に涙をためながら私の顔を見下ろした。


「ステラ様が貴族だろうと市民だろうと関係ありません。ステラ様、初めてお会いした日を覚えていらっしゃいますか?」

「もちろん。ロゼッタが殿方に脅迫まがいの求婚をされていたのですよね」

「はい。その時、皆見て見ぬふりをする中助けてくださったステラ様に本当に感謝しているのです。そして、そんな勇敢で素敵なステラ様だからお慕いしているのです。わたくしがこれからもお側にいたいと思っているのは、エリセント侯爵家の令嬢ではなくステラ様なのです」


ロゼッタの言葉に私まで涙が込み上げてきた。二人はきっと私が市民街出身でも親切にしてくれると思っていたけれど、もしかしたら、真実を知ってしまったら私と距離を取ってしまうのではないかと内心不安で仕方がなかった。ヘンリエッタ様もロゼッタの言葉に何度も頷いて私の手を握った。


「ロゼッタの言う通りです。わたくしたちは、ステラ様の家柄ではなく人柄に魅されて友人になったのですよ」

「ありがとう、ございます。二人とも、大好きです」


泣いてしまったせいで目の周りの化粧は崩れただろう。私はこんな時まで恋する乙女のようで、ジークフリート様には見られないようにして化粧を落とした。



その翌日、目撃者ということもあって、昨日の講演会に来ていた三人の代表としてジークフリート様立ち会いの元、私に襲いかかった令嬢の事情聴取に向かった。


昨日、私の命令のせいで動けなかったオズウィンに、今日は命令をしないでくださいと頼み込まれてオズウィンとジークフリート様の間に挟まれるようにして令嬢と向かい合って座った。


「これよりアンナ・リクセス嬢の事情聴取を始める」


アンナさん側には先生が立っていて、少し不安を抱えた表情をしている。


「噂を流したのは、アンナさんなのですか?」

「それが何?」

「どうして、噂を流したのですか?」


私の言葉が癪に障ったのか、アンナさんはバンッと机を叩いて立ち上がった。その目には怒りが満ちている。


「あんたが、ラウレンツ様と婚約破棄したくせに未だに近付く図々しい女だからに決まっているでしょう!」


まさかの言葉に驚いて、瞬きをしているとアンナさんが私を睨みつけた。


アンナさんは幼い頃に何度かラウレンツ様と会ったことがあったそうで、ずっと密かに想いを寄せていたそうだ。そんな中、入学式の後の歓迎パーティーで私がラウレンツ様の婚約者だと知って落胆したそうだ。元々、アンナさんが婚約者候補として挙がっていたのに他に婚約者が出来たと知って私をすごく恨んだそうだ。

そして、私とラウレンツ様の婚約を破棄させるために私の弱みを情報屋などに頼って調べていたそうだ。中々難航していたけれど、ついにその情報が手に入ったとき既に私とラウレンツ様は婚約を破棄していた。


だから初めは、その情報を公開するつもりはなかったそうだ。だけど、ラウレンツ様が私に未練があるという噂が流れるようになって、この間、私をエスコートする場面を見てしまったそうだ。

そして、その日の放課後に友人を通して私が市民街出身だという噂を流し始めたそうだ。



「ラウレンツ様はわたくしを好いてはいませんよ。未練なんて微塵もないと思いますよ」

「ステラ様は鈍感ですから、気付いていないだけですよ」

「鈍感かどうかは関係ありません。ラウレンツ様本人が仰っていましたから。わたくしとラウレンツ様は婚約破棄する前も今もあくまでも友人同士です」


納得がいかない顔で『そうでしたか』とだけ呟いて私を睨みつけている。


「アンナ嬢、ステラへの謝罪はないのか?」

「ジークフリート様、わたくしは謝罪なんて求めていません」

「ステラが謝罪を求めるかどうかは関係ない。謝罪もなく、反省した様子も見せない彼女をこのまま学園で放っておくわけにはいかない」


ジークフリート様の言葉に私もアンナさんもゴクリと唾を飲み込んだ。そんな大きな処罰になるなら、オズウィンのことを止めずに彼女を取り押さえてもらっておけば良かった。だけど、彼女が私に襲い掛かろうとした時点で少なくとも謹慎処分は受けることになっていたそうだ。


「あの場は第一王子であるルクレシオ殿下の講演会で、ステラは殿下に時間を作っていただいて話をしていた。だから、あの場の主催は殿下なのだ。そして、そんな場を壊すということは殿下の催事を妨害するということに等しい」


それに加えて私への暴力行為に対する厳罰もあるそうだ。殿下は心底反省した様子を見せていれば罰は無くすと言っていたそうだけどその様子が全く見受けられなかったため、ジークフリート様はアンナさんに対して罰を言い渡した。


「3日間の謹慎と学年が変わるまで別教室での授業、それに加えてステラへの接近禁止だ。もちろん、別室での授業ということは他の生徒達とも関わりが絶たれるということだ」


アンナさんは最後の言葉を聞いた瞬間に青ざめて叫びだした。そして怒りを私にぶつけるように私の髪を掴もうとした。だけど、今回はオズウィンに腕を掴まれてそのまま捻り上げられた。


「罪を重ねるつもりか?ステラ、もう事情聴取は済んだ。後は先生に任せるとしよう」


先生は近くで待機していた騎士を呼んで暴れるアンナさんを押さえて私達には先に部屋を出るように促した。小さく、謝罪の言葉を呟いてオズウィンとジークフリート様と部屋を出た。


寮まで送ってもらう途中、ジークフリート様が呆れたようにため息を吐いて私の顔を見下ろした。


「どうして最後に謝罪なんてしたんだ?あの女にステラが謝罪する必要なんてないだろう?」

「あの女って。……わたくしは、利害関係でラウレンツ様と婚約しました。ですが、わたくしがラウレンツ様と婚約しなければ彼女は道を踏み外すことはなかったのかもしれないと思いまして」

「ステラじゃなくても、他の令嬢とラウレンツ様が婚約していれば結果は同じだっただろう」


確かにそうかもしれないけれど、好きでもない私がラウレンツ様と婚約するよりも、形はどうであれ誰よりもラウレンツ様を慕っているアンナさんが婚約していれば丸く収まっていたのではないかと考えてしまう。

視線を落として足を止めると、頭に少し重みが伝わった。顔を上げるとジークフリート様が私の頭を優しく撫でた。


「どちらにせよ、ステラが気に病む必要はない。昨日と今日で色々あって疲れただろう。よく頑張ったな。今日はゆっくり休めよ」


ジークフリート様はこういうところがいけないと思う。妹扱いされていることくらい分かってる。だけど、こんなに優しくされたら期待したくなる。

小さく息を吐いて、私の頭に優しく置かれたジークフリート様の手に自分の手を重ねてそっと頭から下ろした。その手を掴んだままジークフリート様の目を見つめる。


「お忙しいのは分かっております。ですがもし、ご迷惑でなければなのですが……また文通をしてくれませんか?」

「ああ、構わない」


相変わらずの無表情に、泣けるどころかいっそ笑いが込み上げてきそうだ。これだけ頑張っても全く響いている気配がしない。手強そうな人を好きになってしまったみたいだ。

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