異変
新学期が始まって、しばらくが経った。私とロゼッタは3年連続同じクラスになった。友人が誰もいなかったらどうしようかと不安だったから良かった。
今日は魔法具作製の実技の授業で隣のクラスと合同で行うことになった。魔力に差があるため、侯爵家以上の生徒とそれ以下の生徒に分かれて授業を受ける。
ロゼッタと実技室へ向かう途中、深紅の髪の青年が目に入った。
ラウレンツ様、隣のクラスだったんだ。
挨拶くらいした方がいいのか、話しかけない方がいいのか迷っているとラウレンツ様が振り返って私の方へ歩いてきた。
「ステラ、久しぶりだね。一緒に授業を受けられるなんて楽しみだよ」
「あら、ラウレンツ様が楽しみなのはわたくしの実験結果でしょう」
「ステラは何でもお見通しだね」
円満な婚約破棄だったと周知されてはいるけれど、ラウレンツ様が周囲を気にせず話しかけてくるからまだラウレンツ様は私に未練があると思われている。本人は誰かと婚約する気がないから、わざとそう勘違いさせているのだけど。
「ステラ様、ではまた授業終わりにお会いしましょう」
「ええ。ロゼッタも頑張ってくださいね」
「はい」
ロゼッタと分かれて教室へ入る。座席順は魔力差が小さい者同士で先生が既に組んでいて、私はラウレンツ様の友人であるイグナーツ様と隣の席になった。
後ろの席のラウレンツ様が羨ましそうにイグナーツ様を見ている。ここだけ切り取れば、本当に私のことが好きみたいだ。
実際は私の魔力が好きな研究大好き人間なのに。
「今日は物を保管する魔法具を二人一組で作成してもらいます。時間を止める呪文と状態保存の呪文を魔石に刻んでもらいます。その魔石に魔力を込めて形を箱型に変えたら前に提出しに来てください。分からないことがあれば、魔法系の研究会に所属している生徒か教師に質問してください」
ラウレンツ様は魔法陣でしか作ったことがないから呪文を刻んで作るのは楽しみだと嬉しそうに準備に取り掛かっていた。
何だろう。ラウレンツ様のことを恋愛的な意味で好きになったことは一瞬たりともないけれど、こういう子供らしいところは可愛く思う。
「イグナーツ様、時間を止める呪文はわたくしが刻みますから状態保存の呪文を刻んでもらえますか?」
「任せてください」
イグナーツ様が呪文を刻み終わったところに私も呪文を刻んだ。呪文に間違いが無いか確認して順番に魔力を込めていく。魔力を使い過ぎると頭がクラクラしたり意識を失う場合があるため、使い過ぎを防ぐために二人一組で実技を行う。
「そろそろ形を変えられそうですけれど、私がしてしまってもよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
無事に魔法具の作製が終わり提出した者から授業を終える。ちょうどラウレンツ様も終わったようで次は昼休憩だからロゼッタと合流して一緒に食堂に向かうことになった。
というのも、ラウレンツ様の友人で伯爵家の長男であるアレック様がロゼッタに想いを寄せていたようで、授業で久しぶりに話せてせっかくの機会を失いたくないそうだ。
私とラウレンツ様の婚約破棄の影響で話しかけづらくしてしまった償いも込めて今日は5人で一緒に昼食を摂ることにした。
ちょうど5人分の席が空いていたから、昼食を受け取ってそこへ向かった。円卓に椅子が等間隔に並べられていて、アレック様がロゼッタの右隣で、私は左隣に座った。そして、私の隣にラウレンツ様、婚約者のいるイグナーツ様はラウレンツ様とアレック様の間に座る。
「ステラ様たちの方は魔法具の作製だったのですよね?どうでしたか?」
ロゼッタの質問に意外と簡単だったと返すと、ラウレンツ様がため息混じりに笑った。
「今日の魔法具の授業ではどんな事が起こるのかと楽しみにしていたのだけど、何ともなかったよ」
「残念でしたね。ラウレンツ様のお陰で実技も少し得意になったのです。もう変な失敗はしません」
「本当に残念だ」
本気で落ち込む姿を見て、変わらないなと安心した。昼食を終えて、いい雰囲気のロゼッタとアレック様の後ろを3人で並んで歩いた。隣のクラスだから教室まで一緒に帰ることになった。
階段を上る途中、足を踏み外しそうになってラウレンツ様に助けられた。心配だからと、階段を上り終えるまでエスコートしてくれた。
ありがたいけれど、周りの目が気になってしまう。
ラウレンツ様たちと別れて教室に入った。なんだかすごく気力を使った気がする。
席に座ってふう、と息を吐くとクラスメートの令嬢がこちらへ歩いてきた。
「ステラ様、ラウレンツ様と再び婚約されるのですか?」
「しません。どうしてですか?」
「いえ、階段でエスコートされていたので、もしかしてと」
「わたくしが不注意で怪我をしそうになったので心配してエスコートしてくださっただけです。わたくしとラウレンツ様はあくまでも友人ですから」
「そうですか」
だけど、その次の日から私の周りで異変を感じるようになった。
初めは気のせいかと思っていたけれど、どうやら私はクラスの大半の生徒に避けられているらしい。だけど、いつまで経ってもその理由が分からない。
そのまま夏になり、夏季休暇が近付いてきた。
今日はヘンリエッタ様とロゼッタと3人でお茶をすることになった。私がクラスの生徒たちから避けられるようになって少ししてからヘンリエッタ様がよくお茶に誘ってくれるようになってそこで相談に乗ってもらっていた。
「最近はどうですか?クラスで変わったことはありませんか?」
「避けられている感じはありますが、まだその理由が分からないのです。わたくし、何かしてしまったのでしょうか」
クラスどころか、学校中の生徒たちから何か噂をされているのを感じる。だけど、私がその場に行くと皆話題を変えるからどんな噂なのか分からない。
ロゼッタやヘンリエッタ様に知らないか問いかけても知らぬ存ぜぬでずっと分からないままだ。
「直接何かをされたりはしていないのですよね?」
「そういえば、全然ないですね。あれだけ避けたり噂したりしているのに何もされないなんて逆に不気味ですね」
「きっと、信憑性のないくだらない噂なんでしょう。だから皆様少し遠巻きにしているだけなのだと思います」
「ここまで分からないとなると、どんな噂なのか気になってきますね」
そう言って微笑むと、ロゼッタとヘンリエッタ様は少し困ったように微笑んだ。本当は分かってる。私の耳に噂が届かないのはロゼッタとヘンリエッタ様が噂から私を守ってくれているからだって。
ロゼッタは教室で噂話をよくしている令嬢たちから離れた席をわざわざ選んでそこに案内してくれているし、ヘンリエッタ様は(本当はよろしくないけれど)王子の婚約者という立場で私の噂話をしている人たちを脅して話させないようにしてくれている。
多分だけど、ロゼッタはラウレンツ様たちにも協力を頼んでいるからこれだけ期間が経っても私の耳に届いていないのだと思う。
「ステラ様、何かあってからは遅いですから護衛騎士を学園にお呼びした方がよろしいのではないですか?」
「……そうですね。サリー、お願い」
「承知いたしました」
学園にいる間にオズウィンを呼ぶことになるなんて思ってなかった。
私が噂の内容を知ることになったのは意外にもそれからすぐのことだった。
オズウィンは呼んだ翌日には学園へやって来て、騎士の寮へ入寮した。
「急に呼び立ててしまってごめんなさい」
「いえ、早速お役に立てるなんて光栄です」
教室へ入ろうとドアの前に立った時、中から話し声が聞こえた。今日はいつもより早めに来ていてロゼッタがいない。早く来たのはわざとだ。早めに来ている生徒たちの雑談の内容に私に関する噂話があるかもしれない。
オズウィンに魔法で教室の中の声を聞き取りやすくしてもらう。私はあまり魔法が得意ではないけれど、貴族の騎士であるオズウィンは魔法はお手の物のようですんなりとやってくれた。
『ステラ様の噂、真実なのでしょうか?』
『真実に決まっているでしょう。そうじゃないとこんなに広まりません』
『ですが、ヘンリエッタ様は否定されていましたよ』
『そんなの、ヘンリエッタ様がステラ様の友人だからに決まっているではありませんか』
『そう、ですよね』
『疑いたくなる気持ちも分かります。だって、あのステラ様がまさか平民の娘だなんて』
思わず叫びそうになった口を抑えた。オズウィンと顔を見合わせて、教室に入るのはやめてまだ誰もいない音楽室へ移動した。
噂って、まさか私の出身のことだったなんて。ヘンリエッタ様もロゼッタもラウレンツ様たちももう知っているのだろう。信じてはいないからこうして私を庇ってくれているのだろうけれど、もしその噂が本当だと知られれば私のことを嫌いになってしまうだろうか。
市民街出身で父親は貴族ではないと言ってしまったら、幻滅されてしまうだろうか。
とりあえず、今後のことについて一度お母様たちと話し合わなければならない。体調不良ということにして今日は寮へ戻って皆が授業を受けているうちにエリセント家へ帰ろう。
「オズウィン、まだ生徒はあまり来ていませんか?」
「はい」
「では、今のうちに寮へ戻りましょう」
人目に触れることなく寮に戻って、皆が授業に行ったであろう時間になってからサリーとオズウィンと3人でエリセント侯爵邸へと向かった。
馬車から降りて屋敷に入ると、従者たちが驚いた様子で私たちを見ていた。急いでいて連絡する暇もなかったから仕方がない。近くにいたお母様付きの側近にお母様とお祖父様を小広間へ呼んでほしいと頼んで、私は先に小広間に向かった。
緊張しながら待っていると、お母様が先に到着してそれに続いてお祖父様もやって来た。
「お母様、お祖父様。連絡もなしに帰省してそのままお呼び立てしてしまい、申し訳ありません」
「学園で何かあったのですか?」
お母様の言葉に頷いて、二人の顔を交互に見た。
「新学期に入ってしばらくした頃から、わたくしに関する噂が流れていたのですがその内容をずっと知らなかったのですが今日やっと分かったのです」
「どんな噂なのですか?」
「わたくしが……市民街出身の者だという噂です」
私の言葉に、お母様もお祖父様も少し表情を強張らせた。
「これまで噂の内容を知れなかったのはヘンリエッタ様のご厚意でわたくしの耳に届かないようにしてくださっていたようなのです」
もし、この噂が事実無根なものならば私はとても傷ついていたかもしれない。だから、ヘンリエッタ様の配慮はとても助かることだ。
だけど、私は実際に市民街出身だ。もし噂を流した人が私が市民街出身だという証拠を持っていたら言い逃れは出来ない。学園は騎士クラスを除いたら貴族しか通えないことになっているから、私に学園を辞めさせたいと考える生徒や先生は多くいるだろう。
基本的に魔力を持っているのは貴族だけだけど、市民でも時折強い魔力を持つ子が生まれることがある。そういう子達を受け入れるか否かを何度も話し合っているそうだけどまだ1人も受け入れたことがない。
それだけ、市民に貴族と同じ学園で勉強をしてほしくないと思っている貴族が多いということだ。
「公表しよう」
お祖父様が静かにそう言った。
「わたくしが市民街出身だということですか?」
「それもだが、セリーナの娘だということを公表しようという意味だ」
「ですが、お母さんは若くして病に倒れたということになっているのですよね?」
「ああ。だが、セリーナの娘と言えば、ただの市民ではなくエリセント侯爵家の血を引く貴族令嬢が市民街で暮らしていたということになる。それだけで周りの反応は随分と変わるはずだ」
それならば、お母様の娘だと言い張れば良いのではないかと言ってみたけれど、そうしたらお母様が跡取りであるお兄様とそうでない私で差別しているように見えるからよくないそうだ。
正直、母のことを公表するのは気が進まない。もうこの世にはいない母のことを好き勝手に悪く言われてしまうかもしれないのが怖い。
「公表することで丸く収まるとは言えないが、しないと現状維持するか悪化していくだけだ」
「はい」
「心配しなくても大丈夫ですよ。セリーナ様の娘だと知れば、先生方はステラの味方についてくれます。セリーナ様はそれだけ人望がある方でしたから」
「そう、なのですか?……明日、公表することにします」
お母様とお祖父様と、どこまで話すかや何を聞かれて何なら答えるかなどあらかじめ色々と決めておいて明日を待つことにした。
皆がまだ授業を受けているであろう時間に寮に帰ると、ヘンリエッタ様とロゼッタから手紙が来ていた。私が噂の内容を知ってしまったと勘づいたようで隠していた謝罪と自分たちはそんな噂を真に受けていないということが書いてあった。
信じてくれているのに、噂が本当だというのが少し申し訳ない。
ベッドに横になっていると、また手紙が届いた。
「お嬢様、ジークフリート様からお手紙が届いております」
「え、ジークフリート様から?」
サリーからすぐに受け取って封を開けた。
どうやら、ヘンリエッタ様から事情を聞いたそうで、心配して手紙を送ってくれたらしい。ヘンリエッタ様はジークフリート様宛の手紙で噂を広めた生徒に対して相当な怒りを示していたらしい。
ジークフリート様の手紙は怒りよりも私への心配が勝っている。
まだ、妹扱いなのかな。
『あまり無理はするなよ。何かあったらいつでも頼ってくれ。必ず力になる』
今は妹扱いでもいい。忙しい中、わざわざ手紙を送ってくれただけでもすごく嬉しいし心強い。
ジークフリート様へのお礼の手紙を書いて、送り返してベッドに横になった。
早く夏季休暇に入ってジークフリート様と会いたい。




