護衛騎士
この春で、私は16歳になる。そして、学園の3年生になった。
一昨年の冬に、ラウレンツ様に婚約についての相談をした。貴族の婚約破棄はだんだんと噂を広めて知らせるもののようで、正式に婚約を破棄したのはその噂が広まった去年の夏頃だ。
公爵夫人への言い訳は、ラウレンツ様がパーティーのエスコートよりも研究会を優先したいという理由で卒業時にお互いまだ新しいパートナーがいなければ再び婚約をしようということになった。
お母様には本当のことを話そうと思って他に好きな人ができたと話すと、何故か相手はジークフリート様だとバレていた。
ヘンリエッタ様だけではなく、お母様まで女の勘で分かったそうだ。恐るべし、女の勘だ。
そして去年の秋に、レモニー様とジークフリート様が婚約を破棄した。その後すぐにレモニー様は隣国のオルレア王国の第二王子へ嫁ぐことになった。何でも、オルレア王国の第二王子が交流会でレモニー様に会ったときに一目惚れをしたようで求婚されたそうだ。レモニー様も第二王子に一目惚れしてお互い合意の上で結婚することになったようだ。
ジークフリート様は婚約を破棄したばかりで次の婚約はしばらく考えられないと言ってお見合いを拒否しているそうで、ヘンリエッタ様は今が潮時だと私の背中を押してくれている。
背中を押してくれる声に応えたいけれど、今はエリセント家が大忙しだから少し落ち着くまで勝手な行動はできない。
「お嬢様、ハイデリンで様からお手紙です」
サリーから封筒を受け取った。
リンデは去年の夏に第一子を懐妊して、つい最近出産したばかりだ。今は体調が落ち着いてきているそうで、早く私にも会わせたいとのことだ。
リンデ曰く、お兄様と同じオレンジ色の髪に栗色の瞳をしている可愛らしい男の子だそうだ。
まだ会えていないけれど、次の休みにはエリセント家へ一度帰るからその時に会えるかもしれない。
エリセント家へ帰ると、お母様とお父様が出迎えてくれた。リンデと甥はまだ寝ているそうで、顔を合わせられるかは分からない。
明日は私の誕生日だから街へ行く。今回はお祖父様がどうしても外せない用が入ってしまったから私とサリーと護衛騎士の3人で昼過ぎには出発する予定だ。
今回、護衛を引き受けてくれたのは中年の男の騎士で、見るからに鍛えているのが分かる。
今回は3人しかいないので、同じ馬車に乗り込んだ。
騎士の名前はラデクといって、少し無愛想な人だ。
沈黙の中、馬車は走り始めた。
大した会話もなく、日が暮れると故郷の街がある領地に近い農村の宿に泊まった。
今日のうちにここまで来ていれば、明日の昼前には街に着くだろう。ベッドに潜ってゆっくりと目を閉じた。
サリーに起こされて軽めの朝食を摂ると、馬車を乗り換えて街へ向かった。
おばさんたち、どうしてるかな。元気かな。ミアは背が伸びてるかな。エドガーは料理人としての修行に励んでるのかな。
街に近づくにつれて、彼らが恋しくなる。
だけど、貴族になると決めたからにはもう簡単には会えない。おじさんとおばさんがやっている大衆食堂がある通りの方に行くことすら出来ないのだから遠くから見るだけも叶わない。
教会に着いて、ジョンさんに案内されて母と父の墓の前に来た。
刻まれた両親の名前を指で撫でる。
「久しぶり。私、もう16歳になったよ。私ね、生まれて初めて好きな人ができたの。いつか、お母さんとお父さんにも紹介できるといいな。楽しみに待っててね。それとお母さん、私を産んでくれてありがとう」
人目につく前に早く帰った方がいいと思って腰を上げてラデクさんに視線を向けた。ラデクさんは墓を見て何も言わず涙を一滴だけ流していた。
感情をあまり出さない人だと思っていたラデクさんの涙に驚いた。
「あの、ラデクさん、どうかしましたか?」
そんな質問に首を横に振ってすぐに涙を拭った。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ありません。……ただ、こういう場に来ると、世を去られてしまったのは現実だと思い知らされますね」
ラデクさんは、母のことを知っているんだ。
年齢的には母と同い年か少し上くらいだろうから学園で学年が被っていても不思議ではない。ラデクさんは母と父の墓の前に屈んで左胸に右の手のひらを置いて下を向いた。貴族社会で最上級の忠誠を誓う時に行う仕草だとお兄様に教えてもらったけど、こうして目にするのは初めてだ。
母たちへの挨拶は済んだから、喫茶店などにも寄らずにそのまま馬車で帰路に着いた。今から出発すれば明日の朝には王都へ着いているだろう。
農村で馬車を乗り換えて、それから長時間エリセント侯爵家の馬車に揺られる。
馬車の中で気になったことをラデクさんにきいてみた。
「ラデクさんは、その、セリーナ様とお知り合いだったのですか?」
「私は事情を知っておりますので、セリーナ様を母と呼んでも構いません。……私はかつて、セリーナ様の護衛騎士をしていました」
どうやら、ラデクさんは母より2つ年上で学園では既に騎士のクラスに所属していたそうだ。そして、母が学生の頃から護衛騎士として行動を共にしていたらしい。
ということは、母だけでなく父のことも知っているかもしれない。
「父のことも、知っていたりしますか?」
「お名前や風貌などは存じております。レオは料理人だったのであまり関わりはありませんでしたが、セリーナ様が侯爵邸を出られた日、少しだけ言葉を交わしました」
「どんな人でしたか?」
「誠実そうな方でした。セリーナ様によると嘘を吐けない性格のようです。侯爵邸から去る直前に、これまでセリーナ様の護衛をしていた私ともう一人の騎士に『俺の愛する人を守ってくれてありがとうございました。これからは俺が貴方たちの代わりに彼女を守ります』とおっしゃいました」
私も、父と会ってみたいな。父のことは本当にうっすらとしか覚えていない。街にいた頃はまだもう少し覚えていたかもしれないけれど、もうエリセント侯爵家へ引き取られて貴族になって4年近く経つ。
私が覚えている父の最後の記憶なんて、仕事から帰ってきて私と母を力強く抱きしめてくれていたということくらいだ。それですら、ほとんど母で上書きされているけれど。
「私からもお聞きしてよろしいでしょうか?」
「なんでしょう」
「セリーナ様は、レオと結ばれて幸せだったと思いますか?」
「ええ、きっと。母は、誰よりも父を愛していたので」
母は、父が侯爵邸で働いていたときから使っていたコック服のボタンをいつも身に着けていた。父が亡くなった火事の現場で唯一形が残っていたものらしい。
そのボタンは、今は木箱に入れて母と父の墓に入っている。母はそうしてほしいと望んだわけではないけれど、私はそうしたかった。母はきっとあのボタンを手放したがらないだろうから。
「貴族として生活を送るようになって、改めて母がどれだけ苦労したのかを思い知りました。貴族として生活していた母が子育てをしながら働いて、家事をこなす。市民からすれば当たり前なのですが、母はきっと大変だったでしょう」
それでも、私は母が貴族だなんて思いもしなかった。他の親と同じに見えていた。それだけ馴染むくらい母は市民としての生活も、母親としての生活も完璧にこなしていたのだろう。だけど、病気を隠す演技だけは完璧でいてほしくなかった。
「自慢の母です。自分が亡くなった後のわたくしのことも全て手配してくれていました。ですが、もっと早く病気のことを教えてほしかった。家族なのに、母は最後までわたくしに心配すらさせてくれませんでした」
「セリーナ様は隠し事がお上手ですからね」
「痛かったり苦しかったりしても取り繕う。その辺りは貴族の片鱗が隠れていたのかもしれませんね」
「そうですね」
夜明け頃、侯爵邸に着くとお祖父様とお母様とお父様が出迎えてくれた。昨日は私の誕生日だったから、3人とも出迎えると同時に祝福の言葉をかけてくれた。
移動で疲れたから、自室で少し休んでから食事を摂ることになった。
短時間だけど、ぐっすり寝たからもう体の疲れは残っていない。サリーに手伝ってもらって着替えてから食堂に向かった。
「おはようございます、ステラ様。そして、お誕生日おめでとうございます」
「リンデ!ありがとう、貴方もご出産おめでとうございます。赤ちゃんはまだ寝ているの?」
「はい。今は侍女のレノアが見てくれています」
元気そうなリンデを見てほっとした。
それからは私の誕生日パーティーだ。豪華な料理やスイーツが並べられて、今日はどれだけ食べてもいいとお母様が許可を出してくれた。いつもはスイーツは一日一回と決められてしまうから誕生日の特権だ。
たくさん料理を味わって、お祖父様たちからそれぞれ贈り物をいただいた。それから少ししてお父様とお兄様は仕事に出かけてリンデも赤ちゃんの元に戻った。
私も、自室に戻って読書でもしようかと思っているとお祖父様に手招きをされた。そのままついていくと、応接間へと案内された。
中に入ると、ラデクさんとラデクさんと同い年くらいの背の高い女性と私より少し年上そうな騎士がいた。
女性は私を見るなり何も言わず涙をこぼして、それをラデクさんがなだめている。
ラデクさんの奥様なのだろうか。
「あの、お祖父様。こちらの方々は一体、」
理由がわからずお祖父様の方を見ると、女性は涙をハンカチで拭ってドレスの裾を持ち上げて軽く会釈をした。
「取り乱してしまい申し訳ありません。わたくしは、ラデクの妻のケイリー・クレイヴィルトと申します。セリーナ様の護衛騎士をしておりました」
「彼女はセリーナの騎士でもあり親友だった。ラデクもそうだ。だから、信用できる2人の息子にステラの護衛騎士を頼もうと思っている。どうだ?」
お祖父様に言われて、年の近い青年の騎士の方へ視線をやった。穏やかな笑みを浮かべているこの人は、どこかお兄様を連想してしまう。優しそうな顔をしながら意地悪ではないだろうか、なんて考えてしまうけれどお祖父様が信用する人なら私も信用できる。
「はい。彼に騎士をお願いしたいと思います」
「ではそうしよう」
お祖父様の言葉を聞いて、青年の騎士は私の前まで歩いてきて跪いた。まだ、信頼関係なんて全くないのに最上級の忠誠を誓う仕草だ。しかも、生涯の忠誠を誓う契約である魔力契約の紙を手にしている。
「私、オズウィン・クレイヴィルト。齢18。何時いかなる時も、ステラ様の盾となり剣となることをここに誓います」
「お願いいたします、オズウィンさん」
「ステラ様は私の主ですからどうか、オズウィンとお呼びください」
「はい」
オズウィンの勢いに驚いたけれど、ケイリーさんとラデクさんはとても誇らしげな表情をしている。
もしかしなくても、私がセリーナ・エリセントの娘だからオズウィンはこうして忠誠を誓っているだけなのではないだろうか。私とオズウィンは学園で去年まで被っていたとはいえ面識はない。親に言われて強制的に誓う忠誠なんて必要ない。
「オズウィンと二人で話がしたいのですが、いいですか?」
「ああ、構わない。ラデク、ケイリー。庭で茶でも使用じゃないか」
「侯爵様にお茶に誘われるなんて光栄です」
「お気遣い、痛み入ります」
3人が部屋を出ていったのを確認して、ソファに座った。オズウィンにも向かい側に座るように促す。
息を吐いて、オズウィンの顔を見る。
「貴方のご両親が、わたくしの実母に仕えていて未だにそれを誇りに思っていらっしゃるのは分かりました。ですが、初対面の貴方が私に一生涯の忠誠を誓うのは違うのではありませんか?そういった信頼関係は徐々に構築するものです」
オズウィンが持っている契約書に視線を向けると、納得したような顔になって私に契約書を差し出した。
「これをご存じでしたか」
本をよく読む私は貴族としての知識の半数は我が家の図書室や学園の図書室の本から得ている。魔法関係はラウレンツ様がよく教えてくださっていたし、おすすめの本も紹介してもらって読んでいたからその辺りも知識だけはある。
生涯、主に忠誠を誓う契約は臣従契約と言って、その契約を一度結ぶと破棄するのはほぼ不可能だ。この契約によって、主の身に危険が迫ったらすぐに察知出来るようになるが、主の命令には絶対に逆らえなくなる。逆らえば代償が伴う。命令の重さにもよるけど、最悪死ぬ場合もある。
もし主の命が失われても契約は続行するため他の人に仕えるときに信用を得にくい。また、婚姻の場でも臣従契約をしていると嫌がられやすい。
「オズウィン、貴方が心の底からわたくしと臣従契約を結びたいと望むのならその時は契約します」
オズウィンは何故か安堵したように笑った。
「それなら良かった。ステラ様、私と臣従契約を結んでください」
「あの、わたくしの話を聞いていましたか?」
「もちろんです。私は両親に言われているのではなく、自分の意志でステラ様と臣従契約を交わしたいと考えているのです」
初対面なのに、どうしてそこまで臣従契約をしたがるのか意味が分からない。
私の戸惑う様子を見てその理由を、オズウィンが話し始めた。
「私は、学園にいた頃からステラ様を存じておりました」
騎士は貴族でなくても素質があればなれるので、学園の騎士クラスには市民街出身の者も多くいる。そして、貴族令嬢や貴族子息はその市民街出身の者に対しての当たりが強かったり、蔑んだり、見下している事が多いのだそう。
そんな中、侯爵家の令嬢である私が騎士クラスの生徒とすれ違いざまにぶつかって転んだことがあったそうだ。正直、私は鈍臭いから学園で誰かにぶつかったり転んだりしたことは何度かあるからあまり覚えていないのだけど、その現場をオズウィンは目撃していたそうだ。
ぶつかった生徒だけでなくその周りにいた生徒たちも、怒った私にどんなことをされるのかととても怯えていたようだけど、私は立ち上がってその生徒に怪我の有無を確認して謝罪だけ言ってその場を立ち去ったそうだ。
それ以降も私を見かけたそうで、ある時は庭師に挨拶を、またある時は脅されていた男爵家の令嬢を助ける場面を目撃したそうだ。
「市民から貴族になって地位も権力も手に入れたのに、力に目を眩むこともなく困っている人を助けられる強くお優しいあなたを心の底から尊敬しております。そして、私はあなたのような方に生涯仕えたいと思っていたのです」
オズウィンは契約書に自身のサインを書いて私の前に魔力で書けるペンと契約書を差し出した。
「……後悔しないと、誓えますか?」
「はい」
魔力を込めてペンを握ってサインをした。そして、その下にある2つの魔法陣の片方に手をかざすとオズウィンももう片方の魔法陣に手をかざした。
「私、オズウィン・クレイヴィルトはステラ・エリセント様の臣従となることをお許しください」
「わたくし、ステラ・エリセントはオズウィン・クレイヴィルトが臣従になることを許します」
魔力を込めて誓いの言葉を唱えると、紙が光ってそのまま焼けたように熱くなって消えていった。
手のひらを見ると魔法陣が移っている。サリーに見せても見えないようだから契約した本人たちにしか見えないもののようだ。
「オズウィン、これからよろしくお願いいたします」
「はい。ステラ様のことは私が何に変えてもお守りします」




