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自覚


 冬季休暇に入ると、寮から実家に学生たちが多く帰ってきて社交界が賑やかになった。それに伴い、夜会や舞踏会が多く開かれて毎日のように招待状が届くようになった。

ラウレンツ様は夏季休暇と変わりなく研究会に勤しんでいてまだ寮にいるようだ。

私はというと、今日はヘンリエッタ様に招かれてヘルヴァディス公爵家へとやって来た。


エリセント侯爵邸よりもさらに大きく、門だけでも圧倒された。


公爵家付きの侍従に温室まで案内をしてもらった。

今日は寒いから温室でお茶をしようということらしい。

中に入ると色とりどりの花が咲いていて、真ん中には大きな噴水もある。その噴水と花がよく見える場所にソファとテーブルが置かれている。


「ごきげんよう、ステラ様」

「ごきげんよう、ヘンリエッタ様。本日はお招きいただきありがとうございます」

「こちらこそ、寒い中足を運んでくださりありがとうございます。どうぞお席へ着いてください」


ヘンリエッタ様に促されて席に着くと、侍女がお茶を淹れてくれた。ヘンリエッタ様が一口飲んでから私もお茶飲む。サリーの淹れるお茶も美味しいけれど、ヘンリエッタ様の次女の淹れたお茶もすごく美味しい。


遠慮がちにお菓子に手を伸ばしてみた。こちらもすごく美味しくてついつい表情が緩んでしまいそうになった。


「ステラ様は恋愛小説をお読みになられますか?」

「そうですね。様々な種類の小説を読みますが、恋愛小説は一番よく読んでいる気がします」

「では、ステラ様も恋愛結婚に憧れたことはありますか?」

「お恥ずかしながら、今も憧れています」


そう言うと、ヘンリエッタ様は表情を明るくして私の手を握った。そして、貴族社会においての令嬢の役割について語りだした。

貴族令嬢は主に利益を得るための結婚をすることになる。例えば、私とラウレンツ様だったらお父様同士がよく一緒に仕事をしていてお父様がラウレンツ様のお父様に色々と助けられた恩があるそうだ。だから、きっぱりと断りきれず婚約の打診があった時も濁したり返事を延期することしかできなかったそうだ。

ヘンリエッタ様のような公爵令嬢の場合、多くは王族へ嫁ぐことになる。ヘンリエッタ様は国内だったけれど文化の違う他国の王族へ嫁いだり、側室になったりするとこが多く他の婚約とは比べ物にならないくらい大変だ。


「ヘンリエッタ様はご婚約について思うところがあるのですか?」

「特に不満はありません。殿下のことは尊敬しておりますし、素敵な方だと思っておりますから」


なら、どうして恋愛結婚について尋ねたのだろうかと不思議に思っていると、ヘンリエッタ様は少し心配そうに眉をひそめた。


「ステラ様は、ラウレンツ様との婚約についてどうお考えですか?」

「わたくしは……、そうですね。貴族令嬢という視点で見ると、とても好条件の婚約者だと思います。お優しいですし、家柄、容姿が良く、研究熱心で成績優秀。少々研究会を優先されるところもありますが、エスコートが必須ではないパーティーでもわざわざエスコートをしてくれるなど、とても大切にされていると実感します」


改めてラウレンツ様の条件を挙げていくと、本当に皆が羨む理由が分かる。この条件だけを聞けば誰だって素敵な婚約者だと思うだろう。実際に、ラウレンツ様は素敵な方だと思うし、だからこそ人気があるのだとも思う。生徒会に入ってから尚更人気が出ているらしい。


だけど、それは貴族令嬢の目線で見ればの話だ。私自身の1人の女性として見ると話しは別だ。


「大切にしてくださっているのはわかっているのですが、わたくしだからではなく、あくまでも婚約者だからというのが伝わってくるのです。それに、ラウレンツ様はわたくしの魔法にすごく興味を示していらっしゃいます。少し魔力が特殊なようで、実技の練習に付き合ってくださっているのですが変わった失敗をするとそれについて考察を始めます。それは良いのですが、態度や表情の変わりようが、まるでわたくし自身ではなくわたくしの魔力にしか興味がないのではないかと思うほどなのです」


これまで募っていた不満を全てヘンリエッタ様にさらけ出した。自分でも、こんなに不満を抱えていたなんて驚いたけれどヘンリエッタ様はそうなのですねと微笑みながら話を聞いてくれた。

私の方が年上のはずなのに、ヘンリエッタ様の方が大人びている。なんだか、自分が情けなく思えてきた。


春から学園に通うヘンリエッタ様のために、学園生活や先生について話したり、殿下との話を聞いたりしているうちに帰る時間になった。



玄関まで見送ってもらって馬車に乗り込んだ。ヘンリエッタ様に手を振って馬車が進み出すと、玄関から2人の男女が腕を組んで出てくるのが見えた。

ジークフリート様と婚約者のレモニー様だ。


それを見た瞬間、心臓がギュッと掴まれたみたいに苦しくなった。あれだけ婚約を嫌がっていたジークフリート様が婚約者と親しくしているのは喜ばしいことの筈なのに、どうして二人の仲を心から応援できないのだろう。私は、酷い人間だ。



侯爵邸へ戻って、夕食の時間になっても食事が喉を通らなかった。そんな私を心配したリンデが、夜に私の部屋へやって来た。


「夜遅くに申し訳ありません。今夜はあまり寝付けないので、良ければ話し相手になっていただけませんか?」

「……ありがとうございます、リンデ」

「あら、お礼を述べるのはわたくしの方ですよ」


リンデは可笑しそうに笑うけれど、あくまでも自分のわがままに付き合わせているという体で私の話を聞いてくれようとしているのだとわかる。こういうところに、お兄様は惚れたのだろう。


サリーはもう休んでいるからお茶の準備は出来ないけれど、とりあえずソファに座るように促した。こんなくだらないことで悩んでいるなんて呆れられてしまうかもしれない。

話そうか悩んでいると、リンデが優しく微笑んで私の顔を見た。


「無理にお話しいただく必要はありません。ですが、ステラ様には恩がありますのでわたくしも貴方が困っていたらお力になりたいのです」

「リンデ。わたくしは、どうしてこんなに酷い人間なのでしょう」


私は、今日の出来事をリンデに話した。ジークフリート様とレモニー様が親しいのは本来喜ばしいことの筈なのに、どうしても仲を応援できなかったこと。むしろ、二人を見ていると何故か胸が苦しくなったこと。ジークフリート様が早く婚約して幸せになってほしいと思っていたのに、いざ婚約者が出来ると嫌だと思ってしまったこと。


「わがままだということは自覚しているのです。今までこんなこと思ったこともなかったのに。わたくしはどうしてしまったのでしょう」


こんな自分が嫌で仕方がない。ため息を吐きながら呆れて笑うとリンデが私の目をじっと見つめた。


「ステラ様、いくつかご質問をしてもよろしいですか?」


頷くと、リンデは右手の人差し指を立てた。


「仮に、ラウレンツ様が他のご令嬢と親しくしていたとします。それを見て、ジークフリート様とレモニー様に対して抱いたような嫌なお気持ちになられますか?」


ラウレンツ様が誰と親しくしようが、ラウレンツ様の自由だし私には関係がない。もし、ラウレンツ様がその令嬢を好きだと言うのなら婚約破棄をして陰ながら応援したいとさえ思う。

リンデの質問に首を横に振って否定をする。


「そうですか。では、今日のような眠れない夜やぼんやりとしている時にステラ様は誰を思い出されますか?」


私は一瞬間を空けて、リンデの顔を見上げて答えた。


「ジークフリート様です」


リンデは目を細めて優しく微笑むと、私の手のひらに自分の手を重ねた。


「ステラ様、それは恋ではないでしょうか?」

「恋、ですか」


誰かを特別に好きになったことがない私は、この何とも言えない気持ちが恋なのかどうか分からない。恋ってもっと、恋愛物語みたいに心が躍るような幸せな感情だと思っていた。だけど、今の私はわがままな自分に対しての苛立ちと、ジークフリート様とレモニー様の親しい様子を見ての苦しみしかない。


これが、私のずっと憧れていた恋だなんて。


「ステラ様、人を愛するというのは苦しいのですよ。ですが、その苦しさと同じくらい愛するというのは愛おしくて幸せなのです」

「そうなのですか?」

「はい。好きな人が他の異性と親しくしているのを見て嫉妬したり、気持ちが伝えられなくて苦しくなったりすることもありますが、その人の笑顔を見たり、楽しくお話をするだけでそんな嫌な気持ちが吹き飛ぶほど幸せな気持ちになったりすることもあります」


少し分かる気がする。

なかなか笑ってくれないジークフリート様も時々笑顔を向けてくれることがある。その笑顔を見ていると幸せな気持ちになる。


リンデの顔を見上げて微笑んだ。


「ありがとう、リンデ。わたくし、リンデが義姉(あね)で良かった」

「ありがとうございます。ステラ様にそんな風に言っていただけるなんて光栄です」



リンデが部屋を出て私は手紙を書く用意だけしてベッドに潜った。明日の朝、起きたら手紙を書かないと。



リンデと話して数日が経った。

今日はヘンリエッタ様を我が家に招いてお茶をしている。


「やっと自覚したのですね」

「もしかして、わたくしってそんなに顔に出ていますか?」

「顔には出ていませんが、お兄様のことが好きなのはなんとなく分かりました。女の勘ですかね」


ヘンリエッタ様は少しいたずらっぽく笑うと、お菓子を1つつまんだ。

恐るべし、女の勘だ。


それにしても、これからどうしよう。恋心を自覚したからといっても、ジークフリート様には婚約者がいる。始まる前からこの恋は終わっている。

初めての恋がこんなに呆気なく終わってしまうなんて。

ため息混じりにお茶を一口飲むと、ヘンリエッタ様は穏やかに微笑んだ。


「諦める必要なんてありませんよ」

「どうしてですか?」

「だって、お兄様とレモニー様はあくまでも仮面の婚約者ですから。お二人ともお互いに好意を抱くどころか、反りが合わなさすぎて婚約破棄の理由を探しているくらいですから」


大公のご息女で国王陛下の姪であるレモニー様と、セラテリアン王国の宰相の息子で大きな領地ももつヘルヴァディス公爵家の跡取りであるジークフリート様。家柄や年齢的にもこんなに釣り合いの取れる貴族の男女は他にいないだろう。

両家からすればこの婚約を破棄する理由なんてない。もし、誰もが納得する婚約破棄の理由を作るとすれば、レモニー様が他国の貴族に嫁入りする以外にないだろう。


「成人の婚約破棄なんて、そんな簡単に出来るのですか?」

「難しいでしょうけれど、お二人は婚姻しても結局長くは続かないでしょうから今のうちに婚約を破棄しておいた方が傷は浅く済みます」


私から見ればとても親しそうな良い関係に見えていたけれど、それも不仲を隠すために取り繕っていただけだそうだ。


「とにかく、ステラ様はまだお兄様を諦める必要はありません。ステラ様の婚約者の問題はあるかもしれませんが」

「ご配慮いただき、ありがとうございます。ラウレンツ様にお話してみます」


ラウレンツ様とは婚約した時に、お互いに他に好きな人ができたらこの婚約はなかったことにしようと話していた。けれど、あくまでも口約束だ。それに、ラウレンツ様が婚約を破棄することに賛同してくれても、お母様やラウレンツ様のご両親も説得しなければならない。


正直、そちらの方が大変だろう。


お母様はまだしも、ラウレンツ様のご両親、特に公爵夫人は何度も私に対して婚約の打診をしていただけでなく、私のことをとても気に入ってよくしてくれていたから申し訳ない。罪悪感が出てくる。貴族令嬢としては自分の気持ちを最優先するよりも先に家にとっての利益を最優先に考えるべきなのかもしれない。それでも、後悔したくない。


昔、お母さんがよく言っていた。誰に何と言われても自分の人生なんだから後悔しない選択をするべきだ、と。


「ヘンリエッタ様。わたくしは、初恋を諦めたくありません。ジークフリート様を振り向かせて、婚約者の座につきたいと存じております」

「分かりました。それではわたくしはステラ様を全面的に手助けしましょう」

「心強いです」


あのジークフリート様を振り向かせるなんて、そう簡単なことではないだろう。だけど、リンデだって婚約なんてする気もなかったお兄様を振り向かせた。それに比べてジークフリート様は婚約する意志はある。レモニー様との婚約を破棄してしまえばさらにお見合いをしたりして新しい婚約者を探すことになるだろう。

手っ取り早いのは私がお見合いを申し込むことだけど、さすがにそれは受けてくれないだろう。

作戦は後で考えるとして、とりあえずラウレンツ様にお話しをしなければならない。

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