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学園祭


 秋が深まり、冬季休暇まで残り一月となった。

3日後には学園に入って初めての学園祭が迫っている。


私のクラスは全員で合奏をすることになった。今日は授業がないから午前から練習をして、それが終わると研究会に所属している生徒たちはそれぞれの研究会へ行った。ラウレンツ様も学園祭まで研究会で遅くなるから私は先に寮へ戻ることにした。


自室に着くと、テーブルの上に封筒が置いてあるのに気が付いた。郵便ではなく魔法で届けられた手紙だろう。魔法の跡からヘンリエッタ様からの手紙だと分かった。

椅子を引いて封を開けた。


ヘンリエッタ様とは三日に一度くらいの頻度で送り合っているけれどこの十日ほど音沙汰が無くなっていた。何かあったのかもしれない。


折りたたまれた手紙を恐る恐る開いた。


「え、」


ヘンリエッタ様の手紙によると、今度の学園祭にジークフリート様がいらっしゃるらしい。しかも、婚約者を連れて。

何でも数日前に土地持ちの伯爵家のご令嬢と婚約したそうで、その婚約者が親戚の招待で学園祭に行くからエスコートを頼まれたらしい。そのついでに私に婚約者を紹介したいと言っていたそうだ。


お見合いをするようになったということはヘンリエッタ様から聞いていたけれど、まさかこんな短期間に婚約してしまうなんて思ってもいなかった。それどころか、あんなことを言っていたけれどまだ数年は誰とも婚約しないんじゃないかとすら思っていた。


ヘンリエッタ様もルクレシオ殿下と一緒にいらっしゃるそうで是非案内してほしいとのことだ。もちろん引き受けると返事を書いて魔法で送り返した。


ジークフリート様の婚約者ってどんな令嬢なんだろう。気になる反面、少し会いたくないと思ってしまうのはきっと私の気のせい。



複雑な気持ちを抱えたまま学園祭当日を迎えた。

私のクラスは比較的早く順番が回ってきて、昼前にホールで合奏を披露した。それぞれ得意な楽器、主に鍵盤楽器と弦楽器と打楽器を使用した演奏で私は鍵盤楽器を演奏した。どの楽器も学園に入る前に練習していたけれど、弦楽器と打楽器は人に見せられるほどの出来ではないから消去法でこう決まった。


演奏が終わり、ラウレンツ様と一緒にヘンリエッタ様たちを探した。中庭で待ち合わせる予定だったからこの辺りにいるはずだけど。


大勢の人がいる中、1人の男性が目に入った。一際目立つ美しく整った容姿に、見るからに分かる上等な生地を使って作られたシンプルなデザインの衣装を身にまとったその人は、見覚えのない令嬢をエスコートしていた。


「ステラ、どうかした?」

「いいえ。何でもありません」


どうしてか、見ていられなくて何も見なかったふりをすることにした。



ヘンリエッタ様と殿下と無事合流して、ラウレンツ様は研究会の方へ向かわれた。ヘンリエッタ様は入学前の学校見学を兼ねての視察だそうで校舎の案内をしながら見て回ることにした。


「わたくし、魔法石研究会へ行きたいです。とても美しい魔法が見られるとすれ違った学生が言っていました」

「ではそちらにご案内しますね」


研究棟の方へ向かっていると、すれ違う人皆から視線を浴びた。殿下と殿下の婚約者が視察に来ているなんて緊張してしまうのも仕方がない。特に、実家が王都ではない生徒からすれば殿下なんて入学式と卒業式にしか顔を合わせないのだから本当に遠い存在のように思えるのだろう。


扉を開けると様々な色に光る魔法石が並んでいる。さすが魔法石研究会。魔法石の種類も数も豊富だ。

魔法石は魔力の籠もった石のことで、ガラスのように透明の物もあれば、不透明で色のついた石もある。その石を装飾品にしたり、魔法具の部品にしたりと用途は様々だ。



ヘンリエッタ様は綺麗な魔法石にうっとりとしながら色々と見定めている。

展示してある魔法石を購入することもできるそう。

殿下は夢中で眺めているヘンリエッタ様の肩を軽く叩いて今回の主役であろう展示の方に視線を誘導した。


親指の爪くらいの大きさの石がたくさん並べられている。パッと見た感じ、普通の透明の魔法石との違いが分からない。

じっくり魔法石を観察していると、研究会に所属している顔見知りの学生が説明に来てくれた。


「こちらは魔力で染めると色がつく魔法石なのです。何色になるかはその人の魔力によって異なりますが、多くは魔力を多く含む髪や瞳の色に染まります。そして、この魔法石は一度染まると魔力が無くなっても色が変わりません。ですから、婚約者同士や家族間での贈り合いや親しい友人との交換などを勧めております」


ヘンリエッタ様は気に入られたようで2つ購入されていた。ルクレシオ殿下もヘンリエッタ様に続いて1つ購入されていて、私も少し興味が湧いてきた。


「ところで、お2つもご購入されていますがどなたに渡されるのですか?」

「婚約者である殿下にお渡しします。殿下もそうしてくださるのでしょう?」

「ああ」

「もう一つはどなたへ?」

「それは、その……ステラ様、もしよろしければわたくしと魔法石を交換していただけないでしょうか」


思いがけない言葉に驚いて理解するのに少し時間が掛かった。だけど、ヘンリエッタ様からそんなに親しく思ってもらえていると知れて嬉しくて私も魔法石を1つ購入した。


「ラウレンツには贈らないのか?」

「ヘンリエッタ様と殿下が贈り合って、婚約者同士で贈り合うのが流行してからにしようと思います。そうでないとラウレンツ様が困惑されてしまうかもしれませんから」

「確かにそうだな」


納得した様子の殿下を見て胸を撫で下ろした。

正直、ラウレンツ様に贈ろうなんて考えは全くなかった。だけど、普通の婚約者同士ならこういうお揃いのものなどがあれば自然と贈り合うという発想になるのだろうか。もしそうなら、私はラウレンツ様の婚約者としての自覚が足りないのかもしれない。


展示スペースの端に設置された包装してくれるスペースの隣で購入したばかりの魔法石を魔力で染めた。するとみるみる内に透明な魔法石が金色と水色を合わせたような色に染まっていった。ヘンリエッタ様の魔法石は青みが強い紺、殿下の魔法石は亜麻色に染まっていた。


「あら、こちらの石は最初に染めたものと違って色が透けたままですわ」

「本当ですね。どうしてなのでしょうか」


近くにいた研究会の学生に問うと、透明度が変わるのは流した魔力の量が原因なのだそう。

ヘンリエッタ様は1つ目を染めたときに想定外に早く染まってしまったからと、2つ目は少し魔力を抑えて染めたそうだ。この魔法石は一度染めたら濃くすることも薄くすることも出来ないからこのままずっと残るらしい。


「ステラ様はどちらの石がお気に召されました?」

「婚約者である殿下をご優先してください」

「私は特にこだわりはない。ステラが先に選べ」

「こう仰っておりますから、是非」


少し殿下に申し訳なく思いながら、石が透けている方をもらうことにした。それと交換に私も染めたばかりの魔法石を手渡した。


「美しいです。ステラ様の魔法石は髪の色と瞳の色が合わさっているのですね。わたくしと殿下は髪の色がそのまま表れていますのに、その人によって違うのですね」

「そうみたいですね。ラウレンツ様がここにいればきっと原因究明をし始めるでしょう」

「研究熱心なのですね」

「熱心というか、常に研究のことについて考えていらっしゃいますから」


殿下とヘンリエッタ様も魔法石を交換すると、それぞれ包装してもらった。私とヘンリエッタ様は魔宝石をブローチやネックレス、イヤリングなどに加工するため包装の装飾は少なくしてもらったけれど、殿下は『ゴテゴテした装飾は嫌いだ』と言って私たち以上に装飾の少ない(というか装飾のない)簡素な包装をしてもらっていた。



他の研究会も回って、最後にラウレンツ様の研究会にも顔を出したけれどお客さんが多すぎて中に入るのを諦めて中庭へ向かった。

ちょうど中庭ではロゼッタとジェシカとエリシアがベンチに腰掛けて休んでいた。ロゼッタは私たちに気が付くとすぐに制服のスカートの裾を摘んで片膝を軽く曲げて挨拶をした。遅れてジェシカとエリシアも同じように挨拶をする。これは言葉を交わさない時の最上級の礼儀だ。

王子であるルクレシオ殿下とその婚約者のヘンリエッタ様に対する礼儀を示しているのだろう。


ロゼッタは殿下と面識があるけれど、2人は初対面だ。だから、殿下の顔を知らなくて少し遅れたのだろう。

殿下は3人の方に軽く手を挙げて挨拶を返していた。


お二人はそろそろお帰りになられるそうで、馬車まで見送ることにした。

婚約者同士の生徒が楽しそうに笑いながら隣を通り過ぎていく。羨ましいと思うけれど、ラウレンツ様とああなれるなんて思っていないし、なりたいとも最近思わなくなってきた。


「ジークフリート!」


殿下の呼んだ名前に、一瞬心臓が掴まれたような気分になって動悸がした。殿下の目線を追うとジークフリート様が婚約者の令嬢と歩いてきていた。


どうしよう。何故か分からないけれど今すぐ逃げ出したい気分だ。


ジークフリート様の隣にいる令嬢と目が合って、挨拶をした。


「初めまして。ステラ・エリセントと申します」

「あなたが噂のステラ様なのね」


令嬢は藤色の長い髪を風になびかせて、ニコリと微笑んだ。


「わたくし、ソベル大公の長女のレモニーと申します。以後お見知りおきを」


ソベル大公、国王陛下の弟で外国からの輸入品を取り扱っている商会の総管理を行なっていたはず。その娘との婚約なんて、ヘルヴァディス公爵家にとっては何としてでも結婚に持っていきたいだろう。

寂しいというか、少し嫌だ。これはきっと、兄同然のように慕っていたジークフリート様を取られてしまうのが寂しいという子供みたいな理由だろう。


ジークフリート様は共有物じゃないというのに。例え、親しい付き合いがあろうと失礼なことを考えてしまった。


レモニー様の方に視線を向けると、ヘンリエッタ様とルクレシオ殿下と楽しそうにお話されていた。ジークフリート様はどこへ行ったのかと探していると私のすぐ後ろに来ていた。


「ステラ、顔色が悪そうだがどうかしたのか?」

「初めての学園祭にはしゃいでしまって疲れたようです。ご心配には及びません」

「婚約者は?」

「ラウレンツ様は研究会の発表がありますので」


ジークフリート様は、私が本当はラウレンツ様と回りたいという気持ちを抑えてヘンリエッタ様のわがままを聞いていると思っていたそうだ。全然そんなことはないし、むしろラウレンツ様が研究会の方で忙しそうだったから一人で回ることにならなくて助かったくらいだ。


「あの、ジークフリート様」

「どうした?」

「……いえ、何でもありません」


婚約しても今まで通りでいられますか?なんて、きっと困らせてしまうだけだ。言葉を呑み込んで精一杯の笑顔を浮かべた。


「ジークフリート様。ご婚約、おめでとうございます」

「ステラ、やはり体調が」


ジークフリート様が心配そうに少し眉を寄せて私の顔を覗き込もうとすると、ヘンリエッタ様が間に入った。自分たちは私のことを寮まで送り届けるから、ジークフリート様とレモニー様は先に戻っていてほしいと告げた。

2人に別れの挨拶を告げて、ヘンリエッタ様とルクレシオ殿下に寮まで送り届けてもらうことにした。


寮に戻る途中、ヘンリエッタ様はため息混じりにジークフリート様の愚痴をこぼした。


「お兄様は本当に自分の気持ちにも他人の気持ちにも鈍感なのですから。周りの目をもう少しは気にしてほしいものですね」


どうやら私の外聞が悪くなることを気にして怒ってくれているらしい。


「仕方がありませんよ。ジークフリート様にとってわたくしは妹同然なのですから。一人の淑女として接しているわけではないのでしょうし」


そういいながら少し胸が痛んだ。

笑顔を取り繕ってみたけれど、ヘンリエッタ様には作り笑顔がすぐにバレてしまったらしい。


「ステラ様、やっぱりお兄様のこと……」


ヘンリエッタ様は何かを言いかけて途中でやめた。


寮まで送り届けてもらって2人と別れた。


自室に戻ると、サリーが驚いた様子で出迎えてくれた。今日あった出来事を話しながらソファに座ると、何も言わずお茶を出してくれた。


学園祭の後のパーティーは不参加にしよう。ラウレンツ様もきっとお疲れのはずだから許してくれるだろう。

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