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新学期開始


 長い夏季休暇がもう明日で終わってしまう。

もう、3日前に寮に戻ってきていて、昨日は休暇明けの試験の勉強のために図書館に籠もっていた。


今日は私とロゼッタとラウレンツ様とラウレンツ様の友人のアレック様とイグナーツ様の5人で学園近くの湖へ遊びに来た。

元々は休暇の真ん中辺りで行こうと話していたけれど、イグナーツ様が急遽父方のお祖父様のいる領地へ行くことになって休暇の最終日へ日程が移された。


馬車はラウレンツ様が出してくれてサリーとラウレンツ様の側近もついてきてくれている。

林を抜けて湖に着くと馬車を降りた。透明度の高い綺麗な水だ。これなら水浴びも出来そう。しないけれど。


「陽が反射してすごく綺麗」

「湖を眺めるステラ様の表情はさらにお美しいです」


ロゼッタは相変わらずなお世辞を言っている。本人に言うと『お世辞ではありません。事実です』と言われるだろうからわざとらしく呆れた顔だけして特に何も言わないでおく。



お昼用に軽食を用意してもらっているけれど、まだお腹が空いていないから、ラウレンツ様と一緒に湖の周りを散策することにした。

ロゼッタとイグナーツ様とアレック様はこの湖の写生をするらしい。散策から戻ってきたら私とラウレンツ様が一番いい絵を選ぶことになっている。


「新学期が始まって少ししたら、お兄様とハイデリンデ様の婚姻の儀があるのです。ラウレンツ様もご予定が合えばお誘いしたいとお兄様がおっしゃっていました」

「授業を休んで行くの?」

「いいえ。授業がない日で予定しているそうです」

「なら、私も参加するよ。ステラの家族のお祝いごとだからね」

「ありがとうございます。お兄様に伝えておきますね」


さすがに湖一周は長いから途中で引き返すことにした。ラウレンツ様は帰りながら道に咲いている花や森にしかない植物や樹木についての説明をしてくれた。

幼い頃にラウレンツ様のお母様の実家の近くの森へ遊びに行っていたそうだ。公爵家の子息でも、森で遊んだりすることがあるのかと驚きつつ相槌を打ちながら聞いた。


「あ、きのこが生えてます」

「本当だ」

「見たことない種類ですが、食べれるのでしょうか」

「え、食べるの?」


ラウレンツ様の返答にハッとした。

街で育った私は夏の終わりから秋の間に街の外れにある森へきのこ狩りに行って乾物にするのが習慣だった。母の収入が少ない時期や天候が悪くて野菜があまり手に入らないときに、そのきのこの乾物を使った料理をよく食べていた。

だけど、貴族は自ら森で食料を調達したりしない。きのこは基本的に自分たちで採りに行って加工しておくものだから市場には並ばない。つまり、貴族が口にする機会は少ない。


違和感とか持たれてたらどうしよう。なんとか誤魔化さないと。


「毒をもつ種類もあると本に書いてあったので、これは大丈夫なのかなと、」

「ああ、毒はないよ。これは風邪薬に使われているものだからね」

「さすがラウレンツ様ですね。研究会でも扱われたことがあるのですか?」

「何度かね」


良かった。特に不審に思われたりはしていなさそうだ。だけど、気を付けないと。言ってしまっても大丈夫が考えてから発言するようにしないと、勘のいい人には私が元平民だって知られてしまいそう。


ロゼッタ達の元へ戻ると、皆絵を完成させて待っていた。さすが貴族と言うべきだろうか。絵の教育も受けてきたと分かるくらい絵が上手い。だけど、イグナーツ様がずば抜けて上手かった。絵を描くのが趣味だそうで、空いた時間は勉強よりも多く絵を描くのに費やしているくらいだそうだ。



新学期が始まって、魔法の実習も増えてきた。実習のある度に放課後にラウレンツ様が練習に付き合ってくれているお陰で今のところ補習にはなっていない。


学期末には学園祭も控えていて、今学期はとても忙しくなりそうだ。


「各クラスで催し物をするのですね。研究会も参加されるのでしょうか」

「参加するところとしないところがあるようだけど、私たちの研究会は研究発表をするつもりだよ」

「楽しみに待っています」


ラウレンツ様の所属している魔法薬学研究会は、新しく作った薬剤の販売や、元々ある薬剤の効力をさらに上げる研究などをしているそうで毎年人気のある研究発表だとお兄様から聞いた。

きっと、研究発表に向けてラウレンツ様も忙しくなるだろう。

ラウレンツ様は休みの日も研究会があるけれど、4日後の休みに私とラウレンツ様はお兄様とリンデの婚姻の儀に参列する。研究会を休んでの参列になるのなら申し訳ないと思ってお兄様に手紙を送る前に確認を取った。


「確かに研究会はあるけれど、ステラのご家族から大切な婚姻の儀式に招待してもらえたんだ。今後の付き合いもあるし断る理由はないよ。それに、多くの人が集まるのだから人脈を広げるにも好都合だ」

「そう言ってもらえて安心しました」


ラウレンツ様の利にもなるなら良かった。


ラウレンツ様は一生懸命に私の婚約者をしてくれている。私の家族や友人にもよくしてくれているし、パートナーが必須ではないパーティーのエスコートも進んでしてくれる。優しくて、容姿端麗で、聡明で、多くの生徒から信頼され、憧れられている。そんなラウレンツ様との婚約を羨む人は大勢いる。

だから、時々申し訳なくなる。私と婚約して本当に良かったのだろうか。私が足を引っ張ってしまっているのではないかと。

もっと優秀な令嬢と婚約していれば放課後に魔法の練習に付き合う必要もないし、その時間を研究に割ける。


「ステラ、どうかした?」

「いいえ。何でもありません」


後ろ向きな考えは良くないと母が昔言っていた。悪い方向に考えても杞憂に過ぎることがほとんどだから、どうせなら良い方向に考えるべきだと。

そういえば、いつだったかラウレンツ様は私に魔法を教えるのが好きだと言ってくれた。たまに奇想天外な事が起こるけれどそれが面白いそうだ。

私が優秀だったらその面白味はなくなってしまう。だから、気にしすぎるのはもうやめる。


「楽しみですね」

「ああ、そうだね」



婚姻の儀が執り行われるのは、我が家の大広間だ。

新婦が新郎に靴を贈り、新郎は新婦に盾を贈るのが貴族での儀式だ。靴には『生涯を共に歩く』、盾には『命をかけても貴方を守る』という意味が込められているらしい。


その後は披露宴が開かれる。

リンデの親族とも挨拶を交わしてお兄様とリンデの元へ行った。


「お兄様、リンデ。いえ、お義姉様。ご結婚お祝い申し上げます」

「ありがとうございます、ステラ様。ですが、わたくしのことは今まで通りリンデとお呼びください。わたくし、ステラ様にリンデと呼ばれるのが好きなのです」

「分かりました。お兄様のことをよろしくお願いしますね、リンデ」

「はい」


お兄様とリンデの幸せそうな顔を見ていると、私まで幸せな気持ちになってくる。

ラウレンツ様もお兄様とリンデにお祝いの言葉をかけて地方の有名なお酒を贈っていた。


ルクレシオ殿下もご参列されていて、ルクレシオ殿下を連れたヘンリエッタ様がわざわざ私に挨拶に来てくれた。

婚約者同士のお二人だけど、なんだか無邪気な妹とそれに振り回される兄みたいな関係に見えてしまう。


「ごきげんよう、ステラ様。いつもお手紙ありがとうございます」

「ステラ、ヘンリエッタと文通していたのか?いつの間にそんなに親しくなっていたんだ?」

「色々ありまして。ねえ、ヘンリエッタ様」

「はい、ステラ様」


私とヘンリエッタ様が顔を見合わせて微笑むと、ルクレシオ殿下とラウレンツ様は不思議そうに首を傾げた。


殿下たちは他の貴族に声を掛けられてその邪魔にならないように私たちはその場を離れた。

リンデが親戚の令嬢と楽しそうに話しているのが見える。その隣でお兄様が愛おしそうにリンデを見つめていた。それが眩しくて視線を逸らした。

バルコニーに見覚えのある姿が見えて、ラウレンツ様と一緒にその人の元へ向かった。


「何を見ているのですか?」

「別に何かを見ていたわけではない」

「そうでしたか」


ジークフリート様はラウレンツ様に視線を向けた。初対面ではないはずだけど、私と婚約してから顔を合わせるのは初めてだったと思う。


「お久しぶりです、ジークフリート様。ステラの婚約者のラウレンツ・アデレアスです」

「学園での成績は常に首位だと聞いている。第1学年だというのに生徒会から勧誘もされているんだろう?相当優秀なのだな」

「本当に、ラウレンツ様はとても優秀なのです。特に魔法薬学の実技は先生方にも一目置かれているほどです」


どうしてお前が自慢気なのだという顔をされたけれど、気付いていないふりをした。きっと、ラウレンツ様なら自慢どころか謙遜して中々ないジークフリート様の褒め言葉を全て受け流してしまうだろう。そんな勿体ないことはさせたくないから、ラウレンツ様の代わりに私が褒め言葉を受け取ることにした。


「仲が良いんだな」

「はい。婚約者ですから」

「婚約者か。私もそろそろ婚約しないとな」


ジークフリート様の口からそんな言葉が出てくるなんて思いもしなくて驚いていると、面倒くさそうにため息を吐いた。


「元々、ギルベルトの結婚を見届けたら相手を探して婚約するつもりだったからな。見合いは両親が勝手に組んでいるからその中から選ぶことになるだろう」


何となく、ジークフリート様は誰とも婚約しないと決めつけていた。少なくとも、自分から婚約するなんて言い出さないと思っていた。だけど、貴族でしかも公爵家の跡取りなんだから婚約しないわけがない。本人がいくら拒もうが、いつかは必ず誰かと結婚することになる。当然だ。

なのに私は、何を動揺してるんだろう。


幸い、動揺は表情には出ていなかったようでラウレンツ様もジークフリート様も特に気にする素振りは見せなかった。


「いいお相手が見つかることを祈っております」


ジークフリート様はありがとうと告げるとバルコニーから立ち去った。



パーティーが終わり、私とラウレンツ様は会場から馬車でそのまま学園へ向かった。ラウレンツ様はご実家の自室から寮の自室へ転移陣で繋がっているからそれで帰らないかと言っていたけれど、サリーに結婚もしていないのに異性の自室へはいるのは外聞が悪いと言われて結局馬車で帰ることになった。


「わたくしに合わせなくても、ラウレンツ様だけなら転移陣でお戻りになれたのではないですか?」

「さすがにステラを置いて先に帰れないよ。ステラは護衛騎士をつけていないから」


護衛騎士か。そういえば、お祖父様がそろそろ付けた方がいいと言われたけれど学園内は警備体制が整っているから必要ないと断ったんだった。

だけど、休暇やこういう外出の時に護衛してくれるのはラウレンツ様の護衛騎士だ。だけど、ラウレンツ様と一緒に出掛けるとき以外は護衛は付かない。

お祖父様に外出するときに護衛をしてくれる騎士を付けたいと頼んでみようかな。


馬車の揺れが心地良かったからか、疲れていたからか眠ってしまっていたらしい。学園の門が見える頃にサリーに起こされた。

ラウレンツ様も乗っている馬車で寝るなんてはしたないと、お母様には叱られてしまうかもしれない。だけど、ラウレンツ様も眠っていたようだから目を瞑ってもらえるはず。


寮の前で馬車を降りて、中に入ると寮長が出迎えてくれた。他の学生たちはもう夜遅いからか自室にいるようで私とラウレンツ様もそれぞれの自室へ向かった。


「ラウレンツ様、今日はお疲れ様でした。ゆっくりお休みください」

「ありがとう。おやすみ、ステラ」

「はい、おやすみなさいませ」


自室に戻って寝間着に着替えてすぐにベッドに入った。サリーも疲れているだろうからとすぐに下がらせて布団に潜った。


どうしてだろう。すごく眠いはずなのに全然寝付けない。馬車で寝てしまったからなのか、ジークフリート様の言葉が引っかかっているからなのか。


考えるのはやめよう。明日は授業があるから、寝坊しないように今は何も考えずに寝よう。うん、それがいい。

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