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王子の婚約者


 貴族社会の夏は舞踏会が少ない。それに比例してお茶会での社交が増える。だから、この5日間で3回もお茶会に参加した。さすがに疲れたけど、3日後には数少ない舞踏会が控えている。だから、今日と明日は疲れを取るためにお茶会は断った。


読書を終えて、少し風に当たろうと窓を開けると庭にお兄様とジークフリート様がいた。

自室を出て、庭へ出ると2人とも悩ましそうな表情で何かを話していた。話しかけない方がいいかと思ったけれど、ジークフリート様が私に気付くと顔を上げた。


「ごきげんよう、ジークフリート様。悩ましそうなお顔をされていましたが何か悩み事ですか?」

「いや、何でもない」

「それなら良かったです」


何でもないわけないんだろうなと思いつつも聞いたところで私がどうにか出来る問題じゃないだろうから深く聞くことはしない。


「そういえば、ルクレシオ殿下がご婚約されるそうですね。今度の舞踏会は婚約披露も兼ねてとお聞きしました」


あのルクレシオ殿下の婚約相手、誰もが気になっていると思う。本人は誰でもいいと言っていたけれど、王位継承権第1位の殿下の婚約者はつまり未来の王妃だ。今のうちに取り入っておこうと考える貴族も少なくはないだろう。


「ジークフリート様も舞踏会に参加されるのですか?」

「いや、私は行かない」

「ルクレシオ殿下の婚約者様に挨拶はしないのですか?」

「挨拶の機会なんていくらでもあるからな」

「確かにそうですね」


殿下に仕えているジークフリート様なら挨拶の機会なんて舞踏会以外でもたくさんあるだろう。わざわざ殿下の婚約者に挨拶をするためだけに舞踏会に参加なんてしない。さすがジークフリート様だ。社交嫌いが伝わってくる。



ジークフリート様が帰って、お兄様と舞踏会についての話をしていると赤く光る蝶が飛んできて手のひらを出すとそこに留まって手紙に変わった。

ラウレンツ様からの手紙だ。

内容は舞踏会のエスコートについてだった。舞踏会の直前まで研究会に参加をしていたいようで、アデレアス公爵邸で合流してから王宮へ向かうようにしてほしいとのことだ。

ラウレンツ様は学園の寮にある自室と公爵邸にある自室を転移陣で繋げているから学園から公爵邸には一瞬で移動できる。

普通はエスコートをする男性側が女性を家まで迎えに行くけれどその時間さえ惜しいのだろう。本当に研究好きだな。


承知したとだけ書いて私も手紙を送り返した。空色に光る蝶が壁をすり抜けて行くのを眺めながら自らの成長を感じていた。入学してすぐに習った基礎魔法だけど、私は使えるようになるまで随分と時間が掛かった。今はもう慣れたものだ。手こずることなくすぐに手紙を送れるようになった。



舞踏会当日、淡い青と白のレースの重なったドレスに身を包みお祖父様やお母様から頂いたジュエリーを身につけて馬車でアデレアス公爵邸へ向かう。

着いて門の前で馬車を降りると、ラウレンツ様が出てきた。


「お久しぶりです、ラウレンツ様。夏季休暇の間にまた背が伸びましたか?」

「そうなんだ。だから、自分の服が入らなくて兄上の服を借りたんだよ」

「こんな短期間でも背が伸びるものなのですね」


男の子は私くらいの年齢になればすぐに背が伸びるとエドガーのとこのおばさんがよく言っていたけれど、本当にあっという間に背が伸びていく。ラウレンツ様は初めて会った頃は私よりも低いくらいだったのに、もう見上げないと目が合わないくらいだ。


馬車を乗り換えて王宮へ向かう。


王宮での舞踏会に参加するのは久しぶりだ。

相変わらずホールは広くて、見上げると豪奢なシャンデリアがいくつもある。どれも凝ったデザインなのに悪目立ちしていなくてむしろこの空間に馴染んでいる。派手派手しくならないのに、ここだけで既に王族の威厳を感じる。

こんなことを思うのは失礼かもしれないけど、感心してしまう。


顔を見知っている貴族たちに挨拶をして回っていると、歓声が聞こえてきた。2階からホールへ繋がる階段の奥の扉が開いて、王族の方々が降りてくる。婚姻をされたユスティーナ様はいなくて、国王陛下、王妃殿下、ルクレシオ王子殿下、そして噂のルクレシオ殿下の婚約者の令嬢が続いてホールへ到着した。


どうしてだろう。ルクレシオ殿下の婚約者の令嬢とは会ったことがないはずなのにどこか見覚えがある。誰かに似ているような………。


「今宵は我が息子、ルクレシオの婚約を祝う会へ集まってくれたこと感謝する。若き2人の明るい未来を祈って皆も楽しく過ごしてくれ」


陛下からの挨拶を終えると、ルクレシオ殿下とその婚約者は貴族たちに囲まれて順番に挨拶と自己紹介をされていた。そういえば、見たことがない令嬢だったけれど、最近社交界デビューしたのかな。多分、私と同じで10歳を有に超えてのデビューだろう。それもあってかかなり注目を浴びている。


「私たちも後で挨拶に行こう」

「はい」


ルクレシオ殿下の周りの人が空くまで、他の貴族や学園での友人たちと話して過ごすことにした。


しばらくすると、ルクレシオ殿下の周りが少し空いてきてラウレンツ様と一緒に挨拶に行った。

ルクレシオ殿下の婚約者の令嬢は、学園では見たことがないから私よりは年下だろう。だけどやっぱり、誰か似ている気がする。


「ごきげんよう、ルクレシオ殿下。ご無沙汰してます」

「ああ」

「そして、お初にお目にかかります。私はラウレンツ・アデレアスと申します」

「婚約者のステラ・エリセントと申します」


令嬢は紺色の長い髪を揺らして、すみれ色の瞳を細めて微笑んだ。貴族令嬢には珍しく、柔らかい雰囲気をまとっている。

その令嬢は私とラウレンツ様それぞれと顔を合わせて優しく微笑んだ。


「初めまして。わたくしはルクレシオ殿下の婚約者のヘンリエッタ・ベルヴァディスと申します」


ベルヴァディスって、もしかしなくてもジークフリート様の妹だ。誰かに似てると思っていたけど、言われてみれば似ている気がする。髪色同じだし、顔立ちもどことなく似ている。だけど、表情とかまとっている雰囲気が違いすぎて全く気づかなかった。って、それより妹いたんだ。


「ステラ様はお兄様とお知り合いなのですよね。わたくしとお兄様、顔立ちは似ているのに全体的に見ると似ていないでしょう?」

「はい。雰囲気は真反対ですね」

「お兄様はいつも冷たい表情をされているものね」


ヘンリエッタ様が少し寂しそうに目を伏せる。

そうだろうか。確かに初めてみたときは冷たい目をしていると思っていたけれどある程度話すようになってからはそう感じることはほとんどなくなった。時々、誰も信用していないような冷たい目をするときがないわけではないけれど。

反論するのはやめておいて、曖昧に笑って誤魔化した。

ヘンリエッタ様は特に気にすることもなく、何かを思い出したかのようにハッとして私の顔を見た。


「ステラ様、もしよろしければ今度お茶でもしませんか?わたくし、王都に来てまだ半年も経っていないので友人が一人もいないのです」

「わたくしでよろしければ、是非」

「では、またご連絡いたします」


私との会話に一区切りつくと、今度はラウレンツ様と公爵家同士での話を始めた。王都に来てまだ間もないと言っていたけれど、社交には随分と慣れているんだな。

2人のやり取りを見ていると、ルクレシオ殿下がからかうように笑って私の顔を見下ろした。


「今は婚約者へ気持ちが傾いているのか?」

「今はだなんて、まるで前に他の誰かに気があったかのような言い方ですね」

「違うのか?」

「違います」


つまらないと言いたげな顔をして、殿下はラウレンツ様たちに視線を向けた。


「冗談抜きで、其方はラウレンツを慕っているのか?」

「尊敬はしております。ですが、愛だの恋だのはわたくしには未だ理解できておりません」

「そうか」


殿下なりに、いつまで経っても婚約しようとしないジークフリート様を心配しているのかもしれない。そもそも仕事以外で令嬢とまともに会話をしないとお兄様が言っていたから、殿下からすればジークフリート様と普通に会話をする私は婚約相手にちょうどいいと思っていたのかもしれない。だけど、その期待には応えられない。



舞踏会の2日後、ヘンリエッタ様が我が家へいらっしゃった。まさかこんな直近でお茶をするなんて思っていなかったから手紙を読んだときは驚いた。


ヘンリエッタ様を出迎えて庭のガゼボでサリーが淹れてくれたお茶をお土産でもらったお菓子と一緒にいただく。


ヘンリエッタ様は私より1つ年下の13歳で、10歳のときにベルヴァディス公爵領で一度社交界デビューをしていて王都に来てから再度デビューをしたそうだ。

ヘンリエッタ様のお母様が、ヘンリエッタ様を産んですぐに体調を崩して半年を過ぎても治らなかったため公爵領へ療養に行くことになったそうだ。

その時に、生まれてまだ1年も経っていないヘンリエッタ様を置いていくことは出来ないということになったそうで、既に王都で社交界デビューをしていたジークフリート様はお父上と王都に残って、ヘンリエッタ様とお母様だけが祖父母のいる公爵領へ移ったそうだ。


「お兄様が領地経営の勉強で公爵領へ来たときに初めてお会いしたのです。その時にはお母様の体調も良くなっていたので、お兄様が王都へ戻るのと一緒にわたくしとお母様も王都へ来たのです」

「ジークフリート様は、それまで一度も公爵領へ行かれたりはしていなかったのですか?」

「はい。お父様は時々いらしていましたが、お兄様は学業やお仕事が忙しいそうで中々時間が取れなかったようです」

「文通とかはしていたのですか?」

「文通と言うほどでもありませんが、毎年誕生日にお祝いのお手紙と贈り物をいただいておりました」


ジークフリート様が私を本当の妹のように大切にしてくれていたのは、離れて住む実の妹に出来なかったことを私で晴らそうとしていたのかもしれない。


ヘンリエッタ様は私に心を開いてくれたのか、殿下との婚約についての不安や心の内を語ってくれた。

殿下に私は面白いから仲良くしておくといいと聞いたようでまだ顔を合わせて2回目なのに随分と私に信頼を寄せてくれている。


私って面白いのかな。


いや、殿下の言う面白いはからかい甲斐があるという意味だろう。


そろそろお茶会をお開きにしようと椅子から立ち上がると、お兄様とジークフリート様がこちらへやって来た。

ヘンリエッタ様はジークフリート様に気が付くと驚いて固まってしまっていた。それはジークフリート様も同じのようでガゼボの前まで歩いてくるとヘンリエッタ様を見下ろした。


「なぜ、ここにいるんだ?」

「ステラ様とお茶をしておりましたの。お兄様はどうしてこちらへ?」

「特に用はない」


ジークフリート様の声は何故かすごく冷たくて、だけどヘンリエッタ様は気にせず穏やかに微笑んでいる。本当に兄妹かと疑いたくなるほど対称的だ。


「わたくしはそろそろお暇します。お兄様、お先に失礼いたします」

「……ああ」


ジークフリート様はヘンリエッタ様の言葉に小さく返事をしてお兄様と中庭の方へ歩いていった。

私はヘンリエッタ様を玄関まで見送った。馬車を玄関前まで移動するのを待っている間、さっき気になっていたことを聞いてみた。


「ジークフリート様はいつもあのような態度を取られているのですか?」

「はい。兄妹と言えど、ほとんど他人のように過ごしてきたのですから。お兄様はまだ心を開いてくださっていないのでしょう」


確かに、社交界でのジークフリート様はいつもさっきみたいに冷たい目でまるで何に対しても関心がないような言い方をしている。

私とお兄様は会ってすぐから本当の兄妹のように話せるようになったけれど、それはお兄様の性格も相まってだろう。


「ご心配なさらないでください。わたくしはお兄様の性格もある程度理解はしております。ゆっくり時間をかけて、ちゃんと兄妹になっていきたいと思っていますの」

「それなら、何かあったらいつでも相談してください。ジークフリート様のことでも、全然違うことでも。愚痴でも構いません」

「ありがとうございます。ステラ様」


ヘンリエッタ様を見送って部屋に途中、お兄様とジークフリート様とまた会った。ジークフリート様は少しヘンリエッタ様を気にしているのか、もう帰ったのかと分かっていることをわざわざ聞いてきた。


「ジークフリート様の態度は特に気にしていない様子だったので心配は要らないと思いますよ」


ジークフリート様の顔を見上げると図星を突かれたことに驚いたようで、私の顔をじっと見て安堵のため息を吐いた。

最近、頻繁に我が家へ来ていた理由はお兄様にヘンリエッタ様との関係についての相談をするためだったそうだ。ジークフリート様の記憶の中のヘンリエッタ様はまだ生まれて間もない姿だから、もう13歳の少女になっているということに戸惑っているらしい。

お互い話したいと思っているなら、時間が経てば関係が良くなるだろう。



3日後、ヘンリエッタ様とジークフリート様が揃って我が家を訪れた。この数日で何があったのかと思うほど、親しい空気をまとっていた。

私とお兄様も驚きながら4人でお茶をすることにした。お茶をしている時も、ジークフリート様とヘンリエッタ様は本当に兄妹らしくなったなと改めて感じた。お兄様がジークフリート様に何があったのかと訊ねても色々な、と誤魔化されていた。


帰り際に、ヘンリエッタ様が私に礼を述べた。


「ありがとうございます、ステラ様」

「お礼を言われるようなことはしていないと思うのですが」

「いいえ。お兄様とこうして話せるようになったのはステラ様のお陰なのです」


何でも、お茶をした日の夜に夕食を一緒に摂ったようで特に話題がなかったからヘンリエッタ様が私の話をしたそうだ。それが存外、盛り上がったそうでそこからヘンリエッタ様もジークフリート様もお互いに話しやすくなったらしい。


「だから、ありがとうございます。あ、それと、わたくしがこの話をしたことはお兄様には内緒でお願いします」

「承知しました」

「また、お茶をしに来てもよろしいでしょうか」

「是非いらっしゃってください」


ヘンリエッタ様とジークフリート様が乗った馬車を見送って屋敷の中に戻った。

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