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羨望


 授業が終わると、お茶会室へ向かった。

マインラート様の相談事が個人的なものなら他に聞かれるのは良くないと思ってお茶会室を借りておいた。

相談を受ける側がここまで気を回すのは私の感覚では変だけれど、一番爵位の低い私が動くのが貴族社会の摂理である。学園内では権威を振りかざしてはならないってなっているけれど、やはり暗黙の了解的なものは存在する。


お茶会室に入ると既にマインラート様が待っていた。挨拶をしてラウレンツ様が席に着いてから私も席に着いた。

サリーがお茶を淹れてくれて、早速マインラート様の相談を聞くことになった。


やはり相談内容はジェシカとの婚約についてだった。ジェシカもよく、マインラート様との婚約についての相談を私にしていた。

だけど、マインラート様の相談内容は思っていたものとは全く違った。


「ジェシカに私との婚約を破棄したいのです」


まさかの内容に驚いていると、ラウレンツ様が私の代わりに理由を訊ねてくれた。


「いくら幼馴染でも親同士に勝手に決められた婚約だからです。彼女は幼い頃から政略結婚ではなく恋愛結婚をしたいと言っていました。だから、ステラ様にはジェシカが婚約についてどう思っているか確認してほしいのです」


マインラート様とジェシカの婚約も決まったのは去年の秋でまだ1年も経っていない。もし、婚約を解消することになったら婚約期間は短い方が次の婚約に結びつきやすくなる。だから、今のうちに確認しておきたいそうだ。

わざわざ学園に入ってからなのも、マインラート様が学園で他の令嬢に一目惚れしたという言い訳を作るためらしい。マインラート様の一方的な都合での婚約破棄とすることでジェシカの評判が傷付くことはなくなる。


ジェシカから聞く話ではマインラート様はジェシカに全く興味がないと言っていたけれど、そんなことはない。むしろ、誰よりもジェシカを大切に思っていると思う。

正直、ジェシカの意思くらい、マインラート様本人が聞けばいいのにとも思うけれど例え幼馴染でも伯爵家と公爵家では本音で話し合うことは難しいのかもしれない。


「承知いたしました。では、3日後にまたお茶会室を借ります。予定は大丈夫でしょうか?」

「はい。問題ありません」

「では、それまでにジェシカの意思を聞き出しておきます」

「よろしくお願いします」


ラウレンツ様と一緒にお茶会室を出た。

今日はラウレンツ様の研究会もないから、そのまま寮に向かう。

お茶会室は教室がある棟とは違う棟にあるため、寮まで少し歩く。ラウレンツ様は私の歩幅に合わせて少しゆっくり歩いてくれる。

私は特別歩くのが遅いわけではないけれど、おしとやかに歩きなさいとお母様に言われているからスタスタと早足で歩けない。ラウレンツ様は私が元々病弱だったと信じ込んでいるから少し体力がないと思っているようだけど、ちょうどいいので誤解を解くつもりはない。


「そうだ。今度の休日にお菓子を作る予定なのです。ラウレンツ様は研究会ですよね?差し入れで持っていってもよろしいでしょうか」

「うん、楽しみに待ってるよ。ところで、何のお菓子を作るの?」

「それは当日の楽しみにとっておいてください」


寮に着いて部屋に戻ると、サリーにお菓子の材料の取り寄せを頼んだ。

食堂の台所を借りたかったけれど、それは出来ないらしくサリーの部屋にある台所を借りることにした。オーブンは付いていないからオーブンを使わないお菓子にしなければならない。あれを作るのは久しぶりだけど、上手くいくといいな。



授業が終わり、いつも通りロゼッタとジェシカとエミリアと4人で昼食を摂っていた。

昨日、マインラート様に頼まれたことをそれとなく聞かないと。婚約についての考えを聞くなら、私が婚約に関わる話を先に振ればいいのかな。


「わたくし、この間王子と隣国の姫の恋愛小説を読んで婚約について改めて考えてみたのです」

「わたくしもその小説を読みました。元々は許婚でお互いあまり良い感情を持っていなかったのですよね?」

「そうなの。婚約って多くは親に決められるでしょう?わたくしはラウレンツ様と話し合う時間を作っていただいたから半分は自分の意思での婚約だけど、もしそうじゃなかったらどう思うのかと思って」


たとえ、親しい友人や幼馴染でも親が勝手に決めた婚約であれば乗り気でなくても婚約せざる負えないから嫌々婚約をしていたのかなと思った。もちろん、親しければそれからも関係を続けられると思うけれど、婚約者と友人はやはり違う。


「ジェシカはどう思う?」

「わたくしは、親に決められましたがマインラート様との婚約を嫌だと思ったことはありません。全く気が乗らなかったというわけでもありませんもの」

「ジェシカ、もしかして婚約者様のことを」

「素敵な方だと思っているだけで、恋愛感情はありません」


ジェシカが早口で否定するとエミリアは疑り深そうにジェシカを見た。私とロゼッタはそんな2人の様子を見て顔を見合わせて笑った。

いつも完璧な淑女のジェシカがこんなにも感情を顕にしているところを初めて見た気がする。何度も否定しているけれど、ジェシカはマインラート様に恋をしているのだろう。



2度目のお茶会でマインラート様にジェシカは婚約に気乗りしていないわけではないと伝えると思っていた答えとは違ったからなのか、しばらく悩んで黙り込んだ。

お節介だと分かってはいるけれど、2人があまりにもすれ違っているのが見過ごせなくて余計なことを言ってしまった。


「これは、わたくしの独り言だと思って聞き流してください」

「はい」

「ジェシカはよくわたくしとラウレンツ様が羨ましいと話しています。爵位が違えど、婚約者として親しく話し合える関係に憧れる。自分もそうなりたい。だけど、婚約してから会話らしい会話もなくなってしまったため、きっと婚約者から嫌われてしまったのだろうと」


チラリとマインラート様の方へ視線を向けると、ハッとしたような表情になって慌てて立ち上がった。

私とラウレンツ様に感謝と別れの挨拶だけ告げるとすぐにお茶会室を出ていった。


2人が拗れすぎる前に関係が良くなりそうで安心したのと同時に、少しだけ羨ましく感じた。私もいつかラウレンツ様に愛される日が来るかもしれないし、私がラウレンツ様を愛する日が来るかもしれない。だけど、今はそうじゃない。友人としてはすごく親しいけれど愛し愛されの関係とはほど遠いと思う。


「ラウレンツ様」

「なに?ステラ」

「ラウレンツ様は、誰かを好きになったことはありますか?」


唐突な私の質問に驚いたのか、ラウレンツ様は飲んでいたお茶を置いて咳払いをした。


「まだない。だけど、兄上たちを見ていると少し憧れることはあるよ」


ラウレンツ様も恋に憧れたりするのかと驚きつつ、表情を伺っていると少し気恥ずかしそうに顔を背けられた。

焦らなくてもいいか。まだ婚約をして半年も経っていないし、焦ったところで恋愛関係に発展するわけでもない。それに、案外今の友人のような関係も悪くないと思っている。


お茶会室を出て寮へ戻った。明後日は休日でラウレンツ様は昼まで研究会へ参加されるそうだ。

私はその間にお菓子を作って昼からラウレンツ様とお茶と勉強会をする約束をしている。

もうすぐ試験で、それが終われば夏季休暇が始まる。

休暇の過ごし方は特に決めていないけれど、ラウレンツ様やロゼッタとどこかへ出掛けようかと計画中だ。



朝、起きてすぐにワンピースに着替えた。そして、寝室の隣にあるサリーの部屋へやって来た。ここの台所を借りてお菓子を作らせてもらう。

氷箱の魔術具に保管されていた卵とミルクを取り出して砂糖と一緒にボウルに入れてかき混ぜてから甘い香りのするファニレという香辛料も加えて混ぜる。

しっかり混ぜた液を濾しながら型へ流して鍋で蒸す。

蒸し終えたら冷まして、氷箱で冷やす。

その間に砂糖と水を煮詰めたシロップを作っておいてそれをかけて食べる。


街にいた頃に時々作っていたフランという蒸したお菓子だ。あの頃はドゥーエという甘い果物を乾燥させて作った粉を使って作っていたけれど今は砂糖が手に入るから砂糖を使って初めて作ってみた。


「サリー、味見がてら1つ食べてみてくれない?」

「はい。では、いただきます」


サリーはフランにシロップをかけてスプーンですくって口に運んだ。我ながらとても美味しそうにできたから、期待を込めた目でサリーの表情を伺った。


「とても美味しいです。お嬢様の腕は宮廷菓子職人にも引けを取らないくらいです」


表情1つ変えずにそう言うけれど、あっという間に食べ終わった様子からして美味しかったのだろう。



昼が過ぎて軽い昼食を摂ってから、勉強道具を持ってお茶会室へ向かった。お茶とフランはサリーが運んできてくれる。

予定よりも早めに着いたというのに、ラウレンツ様はもう来て待っていた。そういえば、待ち合わせをするときにラウレンツ様に待たされたことがない気がする。ラウレンツ様は必ず私よりも早く来ている。


「ラウレンツ様はいつもお早いですね。毎度待たせてしまって申し訳ないです」

「気に病まなくていいよ。私はステラを待っている時間も嫌いじゃないから」

「ありがとうございます」


ラウレンツ様は本を閉じると、側近に預けた。そこにサリーが淹れたてのお茶を差し出してお茶のカップの隣にフランとフランにかけるシロップを置いた。


「シロップはお好みでどうぞ。わたくしは甘いものが好きなのでシロップはたくさんかけていただきます」

「私もそうするよ」


ラウレンツ様はフランを一口食べると美味しそうに微笑んだ。


「とても美味しいよ。ステラは本当にお菓子作りが上手なんだね」

「フランは昔何度か作ったことがあったので、なかなかの出来でしょう?」

「そうだね。私の屋敷の料理人が作るお菓子にも匹敵するくらいだよ」

「お世辞でも嬉しいです」


フランを食べ終えて、ラウレンツ様と勉強を始めた。

特に魔法系教科を中心に勉強をしているとあっという間に日が暮れ始めた。

今日で随分と魔法系教科を理解できた気がする。ラウレンツ様はもちろん、ラウレンツ様の側近も勉強を教えてくれて少しは理解できるようになった。これで、休暇前試験も少しは良い結果が出る筈だ。


お茶会室を出て、ラウレンツ様と一緒に寮へ戻る。


「もうすぐ夏季休暇ですね。ラウレンツ様はいつからご実家へ戻られるのですか?」

「私は10日ほどしてから数日だけ実家に戻る予定だよ。研究会もあるからなるべく寮に残っていたいんだ」

「ロゼッタ達と皆で湖へ行く話は、日帰りで行けるところに変更した方が良いですか?」

「いや、連続で寮を空けなければ問題ないから予定はそのままでいいよ」

「承知いたしました。楽しみですね」

「そうだね」



5日後、休暇前試験が始まった。

試験は3日間あってその後結果が張り出される。試験の結果が学年で上位3名の生徒は休暇が明けた新学期から生徒会に入ることができる。生徒会に入ることでたくさんの貴族と繋がりができるため、皆必死で勉強に取り組んでいる。

私は特に生徒会に入りたいわけではないから、とりあえず前みたいな補習にはならなければ良い。


初日と2日目は一般教養の試験だからすごく簡単だったけれど、3日目は全て魔法系教科だ。魔法薬学はラウレンツ様からいつも話を聞いているだけあって座学も実技もそれなりの結果は出たと思うけれど、魔法基礎学と魔法陣基礎学は座学は出来たけれど実技は微妙だ。


補習にはなりませんようにと祈りながら結果が出る翌日が来るのを待った。


教室に行くと、試験の結果が貼り出されていた。

一般教養と魔法系教科の座学の順位はクラスで2番目で1番はどちらもラウレンツ様だった。そして、実技はクラスの真ん中辺りだけど合格していた。


良かった。名前が書かれていなかったらどうしようかと思ったけれど、無事試験に合格できた。


「ラウレンツ様、勉強を教えてくださりありがとうございました。お陰で試験に合格できました」

「おめでとう。ステラが頑張った結果だよ」

「ラウレンツ様、そこは素直にどういたしましてと受け取ってください」

「どう、いたしまして」


ラウレンツ様は少し困惑気味にそう言うと自分の結果も確認した。まあ、ラウレンツ様は確認するまでもなくどれもクラス一番だけど。

学年の結果はホームルーム後に廊下に張り出されるそうで、まだ結果は分からない。だけど、ラウレンツ様はきっと学年1位だろう。

なんと言っても、全9教科で満点を逃したのはたったの3教科だけだからだ。その3教科も1問しか間違っていない。


予想通り、ラウレンツ様は学年1位で新学期から生徒会に入ることができる。


「生徒会に入られるのですか?」

「一応そのつもり。兄上も入っていたし」

「そうだったのですね」

「そもそもユスティーナ殿下と親しくなったきっかけも生徒会脱走だからね」


そうだったんだ。言われてみれば、モーリス様とユスティーナ殿下は学年が違うから学校内で関わりがあったとすれば生徒会などの他学年の集まる場以外あまりないはず。だからなのか分からないけど、生徒会に入りたがる令嬢は多い。

そういう縁も出来るということが生徒会の1つの魅力だったりするのかもしれない。



無事に試験が終わった今はそんなことはどうでもいい。もう夏季休暇のことしか頭にない。

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