7
「ところで佐畑さんって、佐畑グループの息子さんですよね?」
望月は急に言った。僕は意味がわからなかった。
「佐畑グループ? …なにそれ?」
「………あーあ。どうも、おかしいと思ってたんだ」
望月は、肩をすくめて大きなジェスチャーをした。僕は唖然としていた。望月は足を組んで、両手を広げてソファーの背に乗せ、冷たい視線を向けてきた。
「やっぱりなー。どうもおかしいと思ってたんだ。ここ来たのも…チッ。あいつ…ぶっ殺してやる…ああ、いいですよ。あんた。佐畑さん。たまたま名前が一緒だっただけなんでしょーね。あんた、佐畑グループも知らない田舎者だったなんて…こんな三流大学入ったのが間違いだったなあ…。まあ、いいや。あいつ…また嘘つきやがって…ぶっ殺してやる…挨拶した方がいいって…クソ…」
「僕は…佐畑グループなんて知りません」
僕は精一杯の抵抗であるかのように言った。望月は僕をチラリと見た。『ゴキブリが何か喋ってるよ』とでも言う視線だった。
「僕はただの佐畑です。そんなのは何も知りません。僕は普通の…ええ、普通の大学生です」
「そうでしょうよ」
望月は嘲笑を顔に浮かべていた。ポケットからタバコを取り出し、火をつけてうまそうに吸い始めた。その動作は自然で、吸い慣れているようだった。
「でしょうね。あんた…なんにも知らないから。ああ、今、俺の言った事は全部忘れてください。ただのジョークです。ジョーク。言うんじゃなかった…いや、あんたを佐畑グループの息子だと思って……ま、こんな事言っても仕方ないか。勘違いですよ、勘違い。申し訳なかった。無関係のあんたに、こんな大人の話をしてしまった。言ってもわかんないですよね。庶民に、こんな大人の話してもわからない。庶民にはわかんないすよ。貧乏人に金持ちの苦労なんかわかるわけないしね。住んでる世界が違うしね。あーあ、なんかおかしいと思ってたんだ。勘違いしちゃったなあ…。恥ずかしいなあ。まあ、いいや。俺はもう出ようかな。無駄な時間過ごしちゃったよ。庶民と長話しちゃってさ。まあ…その…あんた。大学生活、精々楽しんでください。俺はここに来る事はもうないと思うけど。それでも卒業資格は得られます。簡単です。あんたらは精々頑張って単位だの授業だのやってください。俺が言ったのは全部ジョークです。全部ジョーク。嘘です。う・そ。レイプなんてした事もない。女見たら震え上がっちゃいますよ…童貞なもんで…ウヒヒヒ…(望月は下品な笑いを浮かべた)。俺の言った事は全部忘れてください。庶民にゃ理解できんでしょう。…それじゃ、俺は行きます。あんたは、まあ精々青臭い大学生活を頑張ってくださいよ。俺とは住んでる世界が違うし。でもまあ、そんな青臭い世界観はこの先、必ず崩れますよ。世界は力で成り立ってる。この本質だけは確かだから。弱い人間は力を振るう人間に憧れるけど、自分はそうなれないから積極的に屈服する。俺らはそうした弱い連中を利用する。でも、弱い連中も俺達を利用しているからね。問題は落とし所。どこに犠牲者を出すか、誰から略奪し、誰を犯すか。理屈的にはそういう事です。みんなで一致して犯すんですよ。殺すんです。そうなりゃ、それは正義になります。問題は力をどう振るうかって事ですね。それだけ。それだけなんです。俺のしている事は正義なんです。なぜなら、力があるから。簡単な理屈です。力を持つ者には、持つ者の苦労がある。これは、君らみたいな三流大学生にはわからんだろうけど…。ま、いいや。あのね、俺は童貞だから、レイプなんてした事ないですよ。まだ、突っ込んだ事ないんですよ。ギャハハハ。マジで。ないんです。童貞なんで。悪かったっすね。関係ない話して。あんた、精々頑張ってくださいよ。ハハハ…」
僕は灰皿がテレビの上にあるのを知っていたから、手に取って望月の前に出してやった。望月は何も言わず吸いかけのタバコをギュッと灰皿に押し付けると、立ち上がり「それじゃ」と言った。僕は何か言おうとしたが、彼は素早く、颯爽と部室を出て行った。ドアがバタンと大きな音を立てた。僕は呆然とソファに座ったまま、閉まったばかりのドアを眺めていた。




