表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/52

第9話 便利な卵



 補助従魔。


 いい響きだ。


 昨日までの俺は、役割:荷物だった。


 荷物。


 食用不可。

 廃棄推奨。

 役割、荷物。


 プロフィール欄がほぼ悪口で埋まっていた俺にとって、補助従魔への昇格は大事件である。


 俺は木箱の中で、ギルドカードの内容を思い出していた。


================


従魔名:エッグ

種別:ひび割れ卵

所有者:ミミル

役割:補助従魔

危険度:なし

備考:魔力素材への反応あり。

食用不可。廃棄推奨。経過観察中。

意思表示あり。本人同意あり。


================


 廃棄推奨はまだ残っている。


 かなりしつこい。


 だが、役割は補助従魔。


 荷物ではない。


 これは大きい。


 俺はもう、ただ運ばれるだけの卵ではない。


 薬草を探せる。

 牙ネズミに体当たりできる。

 坂道ならそこそこ速い。


 ただし、止まれない。


 そこは今後の課題だ。


 ミミルは朝から、俺の状態を確認していた。


「昨日、転がったところ痛くない?」


 左。


 痛くはない。


「ひび、広がった感じは?」


 少し迷って、右。


 感覚としては少しある。


 ステータス上でも、ひび割れ率は31%から32%になった。


 たった1%。


 だが、軽く見てはいけない。


 俺は卵だ。


 100%でどうなるのかは、考えたくない。


「やっぱり無茶は駄目だね」


 右。


 完全同意。


 ミミルは観察記録に書く。


『転殻』

『坂道で加速』

『体当たり可能』

『ただし危険』

『止まれない』

『エッグが目を回す』


 最後。


 目はない。


 だが、回ったのは事実なので否定できない。


 俺は小さく震えた。


 ミミルは笑った。


「今日は戦闘なし。ギルドで報告と、できれば安全な依頼を探そう」


 右。


 それがいい。


 戦わずに役に立つ。


 今の俺たちには、それが一番だ。


 俺はまだ強くない。


 ミミルも戦闘向きではない。


 無理をすれば、またひびが広がる。


 昨日の体当たりは成功した。


 だが、あれを毎回やっていたら、たぶん俺はいつか割れる。


 俺たちは工房を出た。


 ミミルは昨日よりさらに慎重に俺を籠へ入れている。


 底には布を多めに敷き、左右にも丸めた布を詰めている。


 エッグ用衝撃吸収システム。


 言い方は格好いいが、要するに布である。


 ありがたい。


 ギルドへ向かう途中、ミミルは何度か周囲を見た。


 ヴァルム商会の男はいない。


 昨日の牙ネズミより、むしろ人間の方が怖い。


 俺の殻片が高品質素材だと知られた。


 それだけで、世界の見え方が少し変わる。


 ギルドに入ると、受付嬢がすぐに俺たちに気づいた。


「ミミルさん、エッグさん。おはようございます」


「おはようございます」


 俺も右へ揺れた。


 おはようございます。


 受付嬢は微笑む。


「昨日の依頼、薬品担当の方にも報告しました。月露草の状態がよかったそうです」


「本当ですか?」


「はい。エッグさんの素材反応が役に立ったようですね」


 俺は籠の中で少し得意げに震えた。


 ぶる。


 役に立った。


 その言葉には弱い。


 前世では、役に立つことが重荷になることもあった。


 でも今は、ミミルがちゃんと俺に聞いてくれる。


 勝手に使わない。

 無理させない。

 嫌ならやめる。


 その前提があるだけで、役に立つことは少し嬉しいものになる。


 受付嬢は依頼票をいくつか出してくれた。


「安全そうなものだと、薬草仕分け、倉庫の素材確認、低級薬草の追加採取あたりですね」


 戦闘はなさそうだ。


 ありがたい。


 ミミルが依頼票を見ていると、横から声が聞こえた。


「お、補助従魔の卵じゃねえか」


 ガルドだ。


 今日もいる。


 本当にいる。


 こいつはギルドの常駐設備なのか?


 ガルドは腕を組み、俺の籠を覗き込んだ。


「昨日、牙ネズミに体当たりしたんだって?」


 情報が早い。


 ギルド内の噂は本当に広がるのが早い。


 俺は返事をしなかった。


 ガルドはにやにや笑う。


「転がってぶつかるだけで評価されるなんて、楽でいいなあ」


 楽ではない。


 めちゃくちゃ目が回った。


 いや、目はないが。


 ミミルが少しむっとする。


「エッグはちゃんと頑張りました」


「はいはい。荷物から昇格できてよかったな、卵」


 俺は震えた。


 こいつ、毎回微妙に腹が立つ言い方をしてくる。


 才能か?


 ガルドは俺を見ながら、ふと思い出したように言った。


「そういや、来月に従魔闘技会があるんだよな」


 従魔闘技会。


 嫌な単語が出た。


 ミミルも首をかしげる。


「従魔闘技会?」


「ああ。登録従魔を戦わせる催しだ。低ランク向けの部門もある。まあ、卵が出るようなもんじゃねえけど」


 ガルドはわざとらしく笑う。


「いや、出たら面白いかもな。転がる卵がどこまで持つか」


 俺は左へ揺れた。


 今は無理。


 絶対に無理。


 ミミルも即座に言った。


「出ません。エッグは昨日ひびが広がったばかりです」


「逃げるのか?」


 ガルドの目が少し細くなる。


 挑発だ。


 わかりやすい。


 俺は動かなかった。


 ここで右へ揺れてしまえば、乗せられたことになる。


 前世でもこういう奴はいた。


 できないの?

 逃げるの?

 やる気ないの?


 その言葉に乗って仕事を引き受けると、だいたいろくなことにならない。


 俺はもう知っている。


 無理な挑発に乗ると、割れる。


 比喩ではなく。


 ミミルは俺の籠を抱き寄せた。


「逃げるんじゃなくて、今は必要ないだけです」


 おお。


 ミミルが言い返した。


 少し成長している。


 ガルドは面白そうに笑う。


「へえ。言うじゃねえか、見習い」


 ミミルは少し緊張していたが、目をそらさなかった。


「エッグを壊すために強くしたいわけじゃありません」


 俺は小さく震えた。


 その通りだ。


 強くなりたい。


 でも、壊れるためじゃない。


 ミミルと生きるために強くなりたい。


 ガルドは肩をすくめる。


「まあ、来月までに気が変わったら見に来いよ。従魔の強さを見るには悪くねえ」


 そう言って去っていった。


 嫌な奴だ。


 ただ、完全に無意味な話でもない。


 従魔闘技会。


 今は出ない。


 絶対に出ない。


 だが、他の従魔を見る機会にはなるかもしれない。


 俺は卵だ。


 自分以外の従魔がどう戦うのか、知っておくのは悪くない。


 ただし、戦うのは嫌だ。


 割れるから。


 受付嬢が少し困ったように言った。


「ガルドさんは口が悪いですが、従魔闘技会自体はギルド公認の催しです。見学だけなら安全ですよ」


 ミミルは俺を見る。


「見学だけなら、いつか行ってみる?」


 俺は少し考えた。


 見学だけ。


 戦わない。


 安全なら。


 右へ揺れた。


「じゃあ、体調が良ければね」


 右。


 それならいい。


 その後、俺たちは倉庫の素材確認依頼を受けることにした。


 街の外には出ない。


 戦闘もない。


 俺の《素材感知》を試すにはちょうどいい。


 ギルドの倉庫は、思ったより広かった。


 木箱が積まれ、棚には薬草、魔石、骨、皮、瓶詰めの液体などが並んでいる。


 匂いがすごい。


 薬草の匂い。

 土の匂い。

 獣の匂い。

 少し腐ったような匂い。


 俺は籠の中で震えた。


 これは情報量が多い。


 《素材感知》が、あちこちに反応している。


 倉庫担当の職員が説明した。


「古い素材や劣化したものを見つけてほしい。見習いの確認作業だが、昨日の薬草探しができたなら役に立つかもしれない」


 ミミルは頷く。


「やってみます」


 俺は籠から机の上に移された。


 素材箱が一つずつ近づけられる。


 ミミルが俺の反応を見る。


「これは?」


 普通。


 俺は動かない。


「これは?」


 少し濁った反応。


 俺は左へ揺れる。


 倉庫担当が確認する。


「……湿気ているな。乾燥薬草が傷みかけている」


 当たり。


 ミミルの目が輝く。


「すごい、エッグ」


 俺は少し得意げに震えた。


 次の箱。


 魔石の欠片。


 強い反応。


 でも危険ではない。


 右。


 倉庫担当が頷く。


「問題なし」


 次。


 瓶詰めの粘液。


 嫌な反応。


 かなり嫌。


 俺は強めに震えた。


 ぶるり。


 ミミルがすぐ手を止める。


「これ、危ない?」


 俺は右へ揺れた。


 倉庫担当が瓶を調べる。


「封が緩んでいる。腐蝕液が漏れかけているな。危なかった」


 腐蝕液。


 やめてほしい。


 俺の殻にかかったらどうなるのか、想像したくない。


 その瞬間、俺の殻の奥が少しだけ反応した。


================


腐蝕性素材への反応を確認しました。

殻表面への接触は危険です。


警告。

現在の個体状態では腐蝕耐性が不足しています。


================


 怖い表示が出た。


 腐蝕耐性不足。


 つまり、俺は溶ける可能性があるということか。


 卵の殻が溶ける。


 最悪だ。


 俺は強く震えた。


 ミミルが慌てる。


「エッグ、大丈夫?」


 右。


 大丈夫。


 ただ、あれは嫌だ。


 絶対に近づけないでほしい。


 ミミルは倉庫担当に言った。


「腐蝕液は、エッグから離してください」


「ああ、すまない。すぐ隔離する」


 倉庫担当は瓶を別の箱へ移した。


 ギルド内の依頼とはいえ、危険なものはある。


 油断できない。


 俺は改めて思った。


 戦わない依頼でも、割れる危険はある。


 その後も素材確認は続いた。


 湿気た薬草。

 劣化した魔石粉。

 虫がついた布素材。

 問題ない骨材。

 少しだけ魔力が乱れた小瓶。


 俺は一つ一つ反応していく。


 名前はわからない。


 だが、状態の良し悪しは少しずつわかる。


================


《素材感知 Lv1》の熟練度が上昇しました。

危険素材への反応精度がわずかに上昇しました。


================


 いい感じだ。


 俺は戦えない。


 だが、危険を察知できるなら役に立つ。


 ミミルも記録を取りながら、少しずつ自信をつけているようだった。


「エッグが反応したもの、本当に何かあるね」


 右。


 俺もそう思う。


 倉庫担当も感心したように言った。


「これは助かるな。見習いの目視確認より早い」


 見習いの目視確認。


 ミミルが一瞬だけ固まった。


 褒めているようで、少し刺さる言い方だ。


 俺は倉庫担当を見た。


 いや、見る目はない。


 だが、気持ちとしては見た。


 ミミルは見習いだ。


 でも、俺と一緒ならできることがある。


 俺は机の上で強く右へ揺れた。


 ミミルが俺を見る。


「エッグ?」


 俺はミミルの方へ体を傾けた。


 ミミルは少し考えて、小さく笑った。


「一緒にやってる、って言いたいの?」


 右。


 そう。


 ミミル一人では難しいこともある。


 俺一人では何もできないこともある。


 だが、一緒ならできる。


 それが大事だ。


 倉庫担当は少し気まずそうに咳払いした。


「いや、悪い意味ではない。ミミル君の記録も丁寧だ。二人で組むと良い補助になる」


 ミミルは照れたように頷いた。


「ありがとうございます」


 俺も右へ揺れた。


 よし。


 ちゃんと評価された。


 依頼が終わると、倉庫担当から確認印をもらった。


 受付に戻ると、報酬が少し支払われた。


 少額。


 だが、安全な依頼で報酬を得られたのは大きい。


 受付嬢は書類を見て微笑む。


「エッグさんの補助実績、追加しておきますね」


 補助実績。


 いい響きだ。


 ミミルが嬉しそうに言う。


「ありがとうございます」


 俺も右へ揺れた。


 その時、受付嬢が少し声を落とした。


「それと、ヴァルム商会から問い合わせがありました」


 空気が変わった。


 ミミルの顔が硬くなる。


 俺も震えた。


「問い合わせ……?」


「昨日の卵殻片について、継続的な買い取りが可能かどうか、という内容です」


 来た。


 やっぱり来た。


 俺は即座に左へ揺れた。


 全力で左。


 嫌だ。


 絶対に嫌だ。


 ミミルもすぐに言った。


「売りません」


 受付嬢は頷いた。


「そうお伝えしておきます。ただ、今後も直接連絡が来る可能性はあります」


「直接……」


「手紙や使いの者が来た場合、無理に対応せずギルドに相談してください」


 右。


 そうしよう。


 ミミルも頷く。


「わかりました」


 受付嬢は俺を見る。


「エッグさんも、嫌な時はちゃんと左に揺れてくださいね」


 俺は左へ揺れた。


 今すでに嫌です。


 受付嬢は苦笑した。


「はい。よく伝わりました」


 ギルドを出る頃には、俺は少し疲れていた。


 素材感知は便利だが、ずっと使うと集中力を削られる。


 卵にも集中力があるらしい。


 帰り道、ミミルは黙っていた。


 俺は籠の中で、彼女の表情を見る。


 不安そうだ。


 ヴァルム商会の問い合わせ。


 昨日の視線。

 今日の買い取り希望。


 これで終わるとは思えない。


 工房に戻ると、ミミルは扉の隙間に挟まっていた手紙を見つけた。


 封には、きれいな商会印。


 ヴァルム商会。


 俺は籠の中で震えた。


 ミミルは少し迷ったあと、封を開けた。


 中には丁寧な文字で、継続取引の提案が書かれていた。


 内容は、やけに良い。


 殻片の高額買い取り。

 研究支援。

 薬草素材の優先提供。

 工房設備の補助。


 良いことばかりだ。


 良いことばかり並びすぎている。


 前世で見た怪しい契約書と同じ匂いがする。


 ミミルは読み終えると、手紙を机に置いた。


「エッグ」


 俺は左へ揺れた。


 言われる前に拒否。


 ミミルは少し笑った。


「うん。私も断る」


 右。


 よし。


「ただ、返事はちゃんと考えて書くね。変に怒らせるのも怖いから」


 それはそうだ。


 相手は大きな素材商会。


 無視するだけで済むとは限らない。


 ミミルは手紙を畳み、別の紙を取り出した。


「今日はもう返事を書かない。明日、受付嬢さんに相談してからにする」


 右。


 それがいい。


 自分たちだけで抱え込まない。


 大事だ。


 夜。


 ミミルは今日の依頼記録を書いていた。


『倉庫素材確認』

『湿気た薬草を発見』

『腐蝕液の漏れを発見』

『エッグは危険素材に強く反応』

『ヴァルム商会から継続取引の手紙』

『要相談』


 俺は木箱の中で、その文字を眺めた。


 便利になった。


 役に立つようになった。


 その分、見つかりやすくなった。


 俺の殻片。

 俺の素材感知。

 俺の魔力反応。


 それらはミミルの助けになる。


 だが、同時に誰かの欲を呼ぶ。


 役に立つほど危険になる。


 この世界でも、その法則は変わらないらしい。


 俺はステータスを開いた。


================


通常スキル:

《素材感知 Lv1》

《転殻 Lv1》


《素材感知 Lv1》の熟練度が上昇しました。

危険素材への反応精度がわずかに上昇しました。


称号《便利な卵》を獲得しました。


================


 便利な卵。


 嬉しいような、嫌なような称号だ。


 便利。


 その言葉には、少しだけ苦いものが混じっている。


 前世でも、便利な人間はよく使われた。


 断らない。

 頼みやすい。

 何とかしてくれる。


 そうやって便利に使われて、気づけばすり減っていた。


 今度は卵になってまで、便利扱いか。


 俺は小さく震えた。


 便利でもいい。


 でも、使い潰されるのは嫌だ。


 ミミルは俺を素材として見ない。


 だから、俺もミミルのために役に立ちたい。


 その境界線を間違えないようにしよう。


 勝手に使われない。

 勝手に売られない。

 無理をしない。


 俺は俺の殻を守る。


 たとえ、ひび割れていても。


 その夜。


 工房の外を、誰かが通り過ぎたような気がした。


 足音はすぐに遠ざかった。


 ミミルは気づいていない。


 俺は木箱の中で、しばらく窓の方を見ていた。


 闇の向こうには、何も見えない。


 だが、嫌な予感だけは、まだ消えなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ